「二つの顔」を持つタンパク質~転写促進とメッセンジャーRNAの分解抑制~

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2018/03/09 国立遺伝学研究所 形質遺伝研究部門,佐賀大学

Mbf1 ensures Polycomb silencing by protecting E(z) mRNA from degradation by Pacman

Kenichi Nishioka, Xian-Feng Wang, Hitomi Miyazaki, Hidenobu Soejima, Susumu Hirose

Development 2018 145:dev162461 DOI:10.1242/dev.162461

Mbf1はストレス耐性などにかかわる転写因子で、いわば細胞を守る「正義の味方」です。Mbf1は核内で様々なストレス耐性にかかわる遺伝子の転写を促進することがわかっていました。

本成果では、Mbf1が転写促進活性とは異なる新たなメカニズムによってポリコーム抑制やストレス防御に関わっていることを見出しました。細胞には、パックマンと呼ばれる「悪役」酵素が存在し、メッセンジャーRNAを分解しています。このメッセンジャーRNAにMbf1が結合し、パックマンによる分解からメッセンジャーRNAを守っていることがわかったのです。Mbf1によって守られているメッセンジャーRNAが作るタンパク質には、パックマンの発現を抑えるポリコーム抑制やストレス耐性にかかわるものなどがありました。したがって、Mbf1は、ポリコーム抑制を強固にすると共に、「ストレス耐性遺伝子の転写の促進」と「メッセンジャーRNAの分解抑制」という二つの機能によってストレス防御を制御していたのです。

本研究は、情報・システム機構国立遺伝学研究所の広瀬進名誉教授らと佐賀大学医学部の西岡憲一講師らによる共同研究の成果で、科学技術振興機構さきがけ、日本学術振興会科研費と九州大学生体防御研究所機器利用型共同研究プロジェクトの支援を受けておこなわれました。

本研究成果は、英国科学雑誌Developmentに平成30年3月9日(グリニッジ標準時)に掲載されました。

「二つの顔」を持つタンパク質~転写促進とメッセンジャーRNAの分解抑制~

図:二つの顔を持つMbf1

■ 成果掲載誌

本研究成果は、英国科学雑誌 Development に平成 30 年 3 月 9 日(グリニッジ標準時)に掲載されます。

論文タイトル:Mbf1 ensures Polycomb silencing by protecting E(z) mRNA from degradation by Pacman (Mbf1 はE(z)メッセンジャーRNA をパックマンの攻撃から守ってポリコーム抑制を強固にする)

著者:Kenichi Nishioka, Xian-Feng Wang, Hitomi Miyazaki, Hidenobu Soejima, 㻿usumu Hirose (西岡憲一、 Xian-Feng Wang、宮崎仁美、副島英伸、広瀬進)

■ 研究の詳細

● 研究の背景
Mbf1 は主として細胞質に存在して、アミノ酸飢餓、酸化、熱ショック, 細菌感染など様々なストレス条件下で 核に移行し、転写制御因子の補助因子として働き、ストレス応答遺伝子群を誘導することがわかっていました。 Mbf1 の転写活性化因子としての働きは、さまざまな種において保存されていることがわかっていました。しかし ながら、ストレスがない時は Mbf1 の細胞質での役割はわかっていませんでした。

●本研究の成果

本研究グループは分子遺伝学的および生命情報学的解析により、Mbf1 が細胞質で特定のメッセンジャーRNAと結合してRNA分解酵素パックマンの攻撃からメッセンジャーRNAを守っていることを見出しました。Mbf1結合RNAにはポリコーム抑制に重要な E(z)メッセンジャーRNAが含まれていました。ポリコーム抑制によってパックマンの発現は抑えられているので、Mbf1がポリコーム抑制を二重に保証する巧妙な仕組みが明らかになりました。Mbf1は未分化細胞で高発現していて、細胞分化時にその発現が弱まるので、この仕組みは分化に伴ってポリコーム抑制が解除される仕組みにも関与していると考えられます。さらにMbf1結合RNAにはストレス応答遺伝子群のメッセンジャーRNAも多数含まれるので、Mbf1は転写活性化とメッセンジャーRNA安定化の両面でストレス応答に関わることが示唆されました。同一タンパク質がその細胞内局在を変えることに よって、異なる仕組みで同じストレス応答にかかわることは新しい発見です。

●今後の期待

本成果はポリコーム抑制という遺伝子発現を抑える仕組みの理解につながるだけでなく、Mbf1は長寿との関係が示唆されていることから、長寿の仕組みを理解するための糸口となり、ヒトの健康寿命延長の研究の基盤になることが期待されます。産業レベルでは、Mbf1が環境ストレス応答にかかわることから、環境温度変化や微生物感染に強い農作物の作成に役立つ可能性があります。実際、ジャガイモやブドウなどのMbf1に関する論文が報告されつつあります。

■ 用語解説

(1) Mbf1
multi-protein bridging factor 1(複数タンパク質架橋因子)
転写活性化因子と転写装置と䛾間を取り持つ介在タンパク質で、転写を促進する。

(2) ポリコーム抑制
ポリコーム群と呼ばれる一連のタンパク質群の働きにより発生・分化関連遺伝子群などの発現を抑制して細胞記憶を維持する仕組み。ポリコーム群タンパク質は幹細胞などの未分化細胞やガン細胞で高発現していることが多い。

(3) パックマン
メッセンジャーRNAを5’-末端から分解するRNA分解酵素。

(4) E(z)
Enhancer of zeste。ポリコーム群タンパク質のひとつで、ヒストンH3の27番目のリジンをメチル化することにより、ポリコーム抑制において中心的な役割を果たす。

■ 研究体制と支援

本研究は、情報・システム機構国立遺伝学研究所の広瀬進名誉教授らと佐賀大学医学部の西岡憲一講師らによる共同研究の成果で、科学技術振興機構さきがけ、日本学術振興会科研費と九州大学生体防御研究所機器利用型共同研究プロジェクトの支援を受けておこなわれました。

■ 問い合わせ先

<研究に関すること>
● 情報・システム研究機構国立遺伝学研究所形質遺伝研究部門
名誉教授 広瀬 進 (ひろせ すすむ)
● 佐賀大学医学部 分子生命科学講座 分子遺伝学・エピジェネティクス分野
講師 西岡 憲一 (にしおか けんいち)

<報道担当>
● 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室
清野 浩明 (せいの ひろあき)
● 佐賀大学総務部総務課 広報室

細胞遺伝子工学
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