2020-02-28 医薬基盤・健康・栄養研究所
【研究成果のポイント】
●ヒト ACE2 と同等の薬理活性を持つ微生物酵素「B38-CAP」を発見
●B38-CAP は ACE2 と同様に心不全や高血圧に対して治療効果を示した
●ヒトACE2はSARS コロナウイルスの受容体であり、ACE2蛋白質にはSARSや重症呼吸不全の抑制効果のあることを既に報告
●最近 ACE2 は新型コロナウイルスの受容体であることが報告
●B38-CAP には ACE2 同様、新型コロナウイルス感染症の重症化阻止効果のあることが期待
概要
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の今井由美子プロジェクトリーダーならびに秋田大学大学院医学系研究科の久場敬司教授は、国際農林水産業研究センターの韮澤悟主任研究員、秋田県総合食品研究センターの高橋砂織研究員らとの共同研究により、白神山地の土壌から分離した微生物の産生する新しい酵素 B38-CAP がヒトのアンジオテンシン変換酵素 2(ACE2)蛋白質の構造とよく似ており、生体内で ACE2 と同等の薬理活性を示すことにより心不全や高血圧の症状を改善することを明らかにしました。今井プロジェクトリーダーならびに久場教授は既に ACE2 は SARS コロナウイルスの受容体である一方 ACE2 蛋白質には SARS ならびに重症呼吸不全の重症化阻止効果のあることを報告しています。最近 ACE2 は現在流行している新型コロナウイルスの受容体であることが報告されましたので、B38-CAP には、ACE2 同様に新型コロナウイルス感染に対して、特に心不全などの基礎疾患を有するヒトの重症化阻止効果のあることが期待されます(図 1~3)。
本研究成果は 2020 年 2 月 26 日午後 7 時(日本時間)に国際科学雑誌『Nature Communications』の電子版(https://www.nature.com/ncomms/)に掲載されました。
研究の背景
ACE2 は強力な生理活性物質であるアンジオテンシン II を分解することによりレニンアンジオテンシン系を負に調節して、高血圧や心不全に対して保護的に作用することが知られていました。医薬基盤研究所の今井由美子プロジェクトリーダーならびに秋田大学の久場敬司教授は、以前より ACE2 の研究に取り組み、2005 年には ACE2 は SARS コロナウイルスの受容体であること、また ACE2 蛋白質に SARS や重症呼吸不全の重症化阻止効果のあることを報告しています(図 2)。これまでヒトを含む哺乳類の ACE2 は糖鎖構造を持つことから、組換え型のヒト ACE2 酵素を治療薬として大量に生産することが困難で医薬開発での障害となっていました。一方、2006 年に秋田県総合食品研究センターの高橋砂織らが白神山地土壌から分離した D-アスパラギン酸特異的エンドペプチダーゼ生産菌 Paenibacillus sp. B38 は、国際農研での全ゲノム解析から多くの有用酵素遺伝子を持つことが示唆されていました。
本研究の内容
秋田県総合食品研究センターの高橋砂織研究員と国際農研の韮澤悟主任研究員らの解析から、Paenibacillus sp. B38 菌株の遺伝子産物の一つにヒト型 ACE2 と似通った蛋白質構造を持つ酵素 B38-CAP が存在することが分かりました。韮澤悟主任研究員らは、試験管内で B38-CAP 蛋白質の諸性質がヒト ACE2 と酷似している一方で、微生物の蛋白質生産系で短期間に大量に取得できることを見出しました。同蛋白質を用いて、医薬基盤研究所の今井由美子プロジェクトリーダーならびに秋田大学久場敬司らの研究グループは、B38-CAP 蛋白質にはヒト ACE2 蛋白質と同様に心不全の改善効果のあることを見出しました。具体的には、B38-CAP をマウスに投与して生体内での血行動態や毒性について検討を行ったところ、ヒト ACE2 と同程度に安定な血中濃度が維持され、異種蛋白による毒性や免疫拒絶反応などは見られませんでした。次に生体内で B38-CAP が ACE2 様の酵素活性を発揮するかを調べたところ、マウスに投与された B38-CAP は ACE2 と同等にアンジオテンシン II を分解し、アンジオテンシン II によって誘導される高血圧を改善することが分かりました。さらにマウス心不全モデルで B38-CAP の効果を検討したところ、B38-CAP は心収縮率の低下、心肥大、組織の線維化といった心不全の所見を顕著に改善しました。重要なことに、B38-CAP の治療効果は心不全や高血圧の病態が確立した後から投与しても症状の改善が認められました。したがって、B38-CAP には ACE2 と同様の薬理作用のあることが示唆されました(図1)。
本研究成果の意義
この研究を通して、微生物酵素 B38-CAP には ACE2 と同等の薬理活性を示すことが明らかになりました。最近 ACE2 は現在流行している新型コロナウイルスの受容体であることが報告されました(図 3)。現在、新型コロナウイルス感染症は高齢者や心不全、糖尿病、呼吸器疾患などの持病のある人で重症化することが問題になっています。本研究から B38-CAP には ACE2 同様に、新型コロナウイルス感染に対して、特に心不全などの基礎疾患を有するヒトの重症化阻止効果のあることが期待されます。また、B38-CAP は ACE2 蛋白質より短期間で大量に産生することが可能なので、臨床応用の可能性が期待されます。
特記事項
本研究成果は2020年2月26日午後7時(日本時間)に国際科学雑誌 『Nature Communications』の電子版(https://www.nature.com/ncomms/)に掲載されました。
論文タイトル:
B38-CAP is a bacteria-derived ACE2-like enzyme that suppresses hypertension and cardiac dysfunction.
著者:
Minato T, *Nirasawa S, Sato T, Yamaguchi T, Hoshizaki M, Inagaki T, Nakahara K, Yoshihashi T, Ozawa R,
Yokota S, Natsui M, Koyota S, Yoshiya T, Yoshizawa-Kumagaye K, Motoyama S, Gotoh T, Nakaoka Y, Penninger JM, Watanabe H, Imai Y, Takahashi S, *Kuba K
*責任著者
掲載雑誌:
Nature Communications (ネーチャーコミュニケーション)
本件に関する問い合わせ先
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 (NIBIOHN)
ワクチン・アジュバント研究センター (CVAR) 感染病態制御ワクチンプロジェクト・プロジェクトリーダー
(クロスアポイントメント:大阪大学蛋白質研究所特任教授(常勤))
今井 由美子 (いまい ゆみこ)