脳脊髄液漏出症を高い精度で診断できる新しいマーカーを発見

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2018-04-16 公立大学法人 福島県立医科大学,国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

このたび、公立大学法人 福島県立医科大学 医学部の村上友太博士(脳神経外科学講座・齋藤清教授)及び星京香博士(生化学講座・橋本康弘教授)らの研究グループは、脳脊髄液漏出症の新しい診断マーカーを見出しました。この成果は、国際科学雑誌Biochimica et Biophysica Acta-General Subjectに4月11日に掲載されました。

論文題名

Spontaneous intracranial hypotension is diagnosed by a combination of lipocalin-type prostaglandin D synthase and brain-type transferrin in cerebrospinal fluid
(脳脊髄液漏出症は脳脊髄液中のリポカリン型プロスタグランディンD合成酵素と“脳型”トランスフェリン・マーカーの組み合わせにより診断される)

ポイント
  • 脳脊髄液漏出症/脳脊髄液減少症は、脳周囲に存在する体液(脳脊髄液)が漏出し、頭痛など多彩な症状を示す疾患ですが、この新しい診断マーカーを脳脊髄液中に複数見出しました。
  • 見出されたマーカーの2つを組み合わせると高い精度で診断が可能となりました(見逃しが5%以下)。
  • 本疾患の診断には髄液腔に放射性アイソトープを注射し、その漏出・消失を診断に利用する検査法が行われていますが、新しいマーカーはアイソトープを用いないため被曝の心配がなく、小児の診断にも有用と考えられます。

福島県立医科大学(竹之下誠一学長)の村上友太博士(脳神経外科学講座・齋藤清教授)及び星京香博士(生化学講座・橋本康弘教授)らの研究グループは、脳脊髄液漏出症の新しい診断マーカーを見出しました。分析に用いた脳脊髄液は、山王病院・脳神経外科(高橋浩一・美馬達夫両博士)で採取(診断)されたものです。この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)先端計測分析技術・機器開発プログラム「脳脊髄液産生マーカーによる脳脊髄液漏出症の診断法の開発」の支援により行われたもので、今後マーカーの自動分析装置の開発を目指します。この研究成果は、国際科学雑誌Biochimica et Biophysica Acta-General Subjectsに2018年4月11日に発表されました。

研究成果の背景

脳脊髄液漏出症/脳脊髄液減少症(以下、脳脊髄液漏出症)は脳の周囲にある脳脊髄液が漏出し減少することで起きる症状です。脳が下方に沈降(偏位)するために、起立性の頭痛、めまい、吐き気、耳鳴り、全身倦怠感など、様々な症状を呈します。漏出の原因が不明な“特発性”のものと、交通外傷(むち打ち症)など原因が明らかな“二次性”のものがあります。

脳脊髄液漏出症では頭痛や吐き気など多彩な症状を示しますが、その強さを量的に表すことは困難です(客観的指標の欠如)。従って、症状による苦痛の程度は患者本人にしかわからず、周囲の理解を得られないことがあります。症状は脳脊髄液の漏れによる脳の沈下(偏位)によって現れるため、長時間立っていたり、座ったりしていると悪くなり、短時間でも横になると軽快するという特徴があります。このため、勤務中に度々横になることを繰り返し、いわゆる“怠け病”と誤解され、離職につながることさえあります。従来、脳脊髄液漏出症を(数値化して)客観的に診断する良いバイオマーカーは存在しませんでした。

研究成果の概要

そこで、研究グループは、CTミエログラフィーなど他の検査の際に得られる脳脊髄液(注1)を使って新たな診断マーカーの探索を行いました。本研究では、成人の“特発性”脳脊髄液漏出症を対象としました。

その結果、脳組織由来のタンパク質である脳型トランスフェリン、リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素(L-PGDS)(注2)及び可溶型アミロイド前駆体タンパク質(注3)が本疾患では増加していることがわかりました。トランスフェリンは鉄の輸送タンパク質です。主に肝臓で作られて血液中に分泌され、全身の臓器に鉄を運搬します。我々は、この肝臓で作られるトランスフェリンとは別に、脳内で作られるトランスフェリンが存在することを見出しました(脳型トランスフェリン)。脳型トランスフェリンは血液には存在せず、脳脊髄液中にのみ検出され、髄液の産生マーカーになることを明らかにしています。脳脊髄液漏出症では、漏出に伴って脳脊髄液の産生が増加するため、脳型トランスフェリン濃度が上昇すると考えられます。図1に、脳型トランスフェリンの診断精度(感度82%・特異度83%)を示すデータを示します。さらに、脳型トランスフェリンとL-PGDSの両者を組み合わせると、漏出症患者を感度95%(注4)で診断することができることがわかりました。これらのマーカーは細胞機能を反映する指標であり、従来のMRIやCTの画像診断とは質的に異なる新たな検査方法となることが期待されます。

図1 脳型トランスフェリンによる脳脊髄液漏出症の診断
図1 脳型トランスフェリンによる脳脊髄液漏出症の診断

脳脊髄液漏出症が疑われた患者のうち、画像診断等により脳脊髄液漏出症と診断された群(□)、脳脊髄液漏出症ではないと診断された群(○)、他の疾患(コントロール群)(△)の3群における脳脊髄液中の脳型トランスフェリン濃度を示す。基準値を10µg/mLとすると、脳脊髄液漏出症患者の82%がマーカー陽性となる(感度)。脳脊髄液漏出症ではない患者の83%はマーカー陰性である(特異度)。

本疾患には、脳脊髄液の漏出部位に患者自身の血液を注射して凝固させ、漏出を止める治療法が有効です(硬膜外自家血注入療法/ブラッドパッチ法)。本研究により見出されたマーカーが客観的な診断指標として確立されれば、漏出症患者の診断精度の向上と適切な治療の適用が期待されます。現在、髄液漏出の指標として、髄液腔に放射性アイソトープを注射し、その漏出・消失を診断に利用する検査法が行われています。しかし、小児患者へのアイソトープ投与は被曝のため好ましくありません。本研究により見出された診断マーカー測定は、非アイソトープ検査であるため、小児の脳脊髄液漏出症の診断にも有用となる可能性があります。

なお、福島県では総合南東北病院(郡山)の管桂一博士が本疾患の診療を行っていまいます。

用語説明
注1:脳脊髄液
脳脊髄液は脳や脊髄の周囲に存在する体液です。従来は、脳内の脈絡叢と呼ばれる組織から分泌され、脳の内外を循環して頭頂部のクモ膜顆粒から吸収されると考えられています。脳脊髄液のタンパク質濃度は血液の100分の1程度であり、両者は厳密に隔てられています(血液脳関門)。従って、脳脊髄液は脳に由来する特徴的なタンパク質を多く含み、これらは脳疾患の診断マーカーになると考えられています。
注2:リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素(L-PGDS)
L-PGDSは、睡眠に関与するプロスタグランジンD2を生合成する酵素であり、脳脊髄液に豊富に含まれています。脳脊髄液産生が減少すると考えられる病態(正常圧水頭症)では、L-PGDSの減少が報告されています。脳脊髄液漏出症では、代償性に脳脊髄液の産生が増加し、これに伴って、L-PGDSが増加すると考えられます。
注3:可溶型アミロイド前駆体タンパク質(sAPP)
アルツハイマー病の病的プロセスは、神経毒性のアミロイドβ(Aβ)ペプチドの脳内蓄積により開始されます。Aβペプチドは40~42アミノ酸からなる低分子ペプチドであり、695アミノ酸からなるアミロイド前駆体タンパク質(APP)が2箇所で切断されて生じます。このとき生じる断片の一つが可溶型アミロイド前駆体タンパク質(sAPP)で、脳脊髄液中に分泌されます。脳脊髄液漏出症では、sAPP濃度の増加が検出されましたが、その増加メカニズム及び病的意義については現在研究中です。
注4:感度度・特異度
診断マーカーが疾患の有無をどの程度正確に判定できるかを示す定量的な指標です。感度が高いということは、その疾患の患者の大部分が検査陽性になることを意味します。例えば、脳型トランスフェリンは、脳脊髄液漏出症患者の95%で基準値(正常値)を超えます(感度82%)。一方、漏出症でない患者で基準値を超える確率は17%です(特異度83%)。幾つかのマーカーを組み合わせることにより診断の感度を上げ、見逃しを少なくすることができます。
お問い合わせ先
本件に関するお問い合わせ先

福島県立医科大学生化学講座
橋本康弘

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
産学連携部 医療機器研究課

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