コウモリが互いの超音波の周波数を変えて混信を回避することを発見

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2018-05-03 同志社大学,科学技術振興機構(JST)

ポイント
  • コウモリは超音波を発して、周囲の状況を把握するソナーの能力を持つが、集団で飛行するコウモリがお互いの音声の混信をどのような工夫で回避しているのかはこれまで明らかではなかった。
  • 今回、集団飛行するコウモリが発声する超音波の周波数を互いに調節し合うことで混信を回避していることを発見した。
  • コウモリの超音波運用からは、混信に強いセンシング設計や、将来的には自律センシングロボットの群制御などの技術シーズの着想が期待できる。

同志社大学 生命医科学部の飛龍 志津子 教授、長谷 一磨 大学院生らは、コウモリが集団で飛行する際、発声する超音波の周波数を互いに調整し合うことで混信を回避していることを発見しました。
コウモリは洗練された超音波ソナー注1)の能力を有しています。コウモリが集団で飛行する際には他の個体の発した音声が混信状況を引き起こしうるにもかかわらず、暗く狭い洞窟などでも他の個体と衝突せずに飛行します。しかしながら、集団で飛行するコウモリが、お互いが発する音声の混信をどのような工夫で回避しているのかは、これまで明らかにされていませんでした。
本研究グループは、複数のコウモリにテレメトリマイクロホン注2)を搭載し、飛び交うそれぞれのコウモリが発する音声を分離して計測するシステムを開発しました。その結果、コウモリは空間把握のために放射するセンシング信号が混信しないよう、お互いのコウモリが発する超音波の周波数を調整し合うことで混信を回避していることを発見しました。
この発見により、コウモリが集団行動や群知能センシング注3)などの新しいモデル動物となることが示されました。今後、コウモリのシンプルな混信回避アルゴリズムに学ぶことで、多数の自律センシングロボットの群制御などの技術シーズの着想につながることが期待されます。
本研究成果は、2018年5月3日10時(英国夏時間)に「Communications Biology」で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ
研究領域:「社会と調和した情報基盤技術の構築」
(研究総括:安浦 寛人 九州大学 理事・副学長)
※文部科学省の人工知能/ビッグデータ/IoT/サイバーセキュリティ統合プロジェクト(AIPプロジェクト)の一環として運営
研究課題名:「コウモリの生物ソナー機構に学ぶ、ロバストな実時間空間センシング技術の創出」
研究者:飛龍 志津子 同志社大学 生命医科学部 教授
研究期間:平成26年10月~平成30年3月
日本学術振興会科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)
領域課題名:「生物ナビゲーションのシステム科学」
(研究統括:橋本 浩一 東北大学 教授)
研究課題名:「コウモリのアクティブセンシングによるナビゲーション行動の包括的理解」
研究代表者:飛龍 志津子 同志社大学 生命医科学部 教授
研究期間:平成28年10月~平成33年3月

<研究の背景と経緯>

コウモリは自ら発した超音波音声に対する反響音を聴取・分析することで周囲の環境をリアルタイムに把握し飛行します。コウモリが群れで飛行する際には、他の個体が環境把握のために発した超音波音声が複雑に混在します。類似する他個体の音声が混在するなかで、コウモリは自身の微弱なエコーを選択的に聴取・分析し、獲物となる微小昆虫の捕食を行います。多くの研究がコウモリの目的音声抽出メカニズムの解明を目指し、複数個体飛行実験やスピーカーを用いた妨害実験を行ってきました。しかし、集団飛行するコウモリの音声の分離は困難であり、またコウモリの飛行によるドップラー効果注4)や大気中での超音波の減衰によって、計測された音声に生じる特徴量の意図しない変化が問題となっていました。

<研究の内容>

上記の問題を解決するために、本研究では、集団飛行時に各コウモリが発した超音波音声を分離して計測するシステムを開発し、4個体のコウモリにテレメトリマイクロホン(図1A)を登載することで各個体の発する音声を分析することに成功しました。1個体で飛行する際には各個体が類似の周波数帯域の終端周波数注5)を使用していたのに対し、4個体で飛行する際には終端周波数(図1B)の差をわずかに広げる傾向が見られました(図2)。また、集団飛行時には個体間の音声の類似度が有意に低下していました(図3)。
さらに、コウモリが発声する周波数変調型の信号を作成し、その音響特性を操作して類似度を計算することで、どの音響特性が信号間の類似度の低下に最も貢献しているかを調べました。その結果、他の音響特性(開始周波数、時間長など)に比べて、終端周波数を変化させたときに最も効率よく信号間類似度が低下することがわかりました(図4)。これらの結果から、コウモリが利用する周波数降下型の変調信号が混信に強いこと、またコウモリは音声の類似度を効率的に低下させる終端周波数を変化させ、集団飛行時にお互いが放射する音声の混信を回避していたことが分かりました。

<今後の展開>

本研究によって、コウモリが集団飛行時に超音波音声の混信を回避するためにシンプルな戦術をとっていることが明らかになりました。今後、超音波によるアクティブセンシングを行うコウモリが群行動の新たなモデル動物になることが期待されます。また、コウモリが利用する混信に強い信号設計やシンプルな混信回避アルゴリズムに学ぶことで、多数の自律センシングロボットの群制御などの技術シーズの着想につながることが期待されます。

<参考図>

コウモリが互いの超音波の周波数を変えて混信を回避することを発見

図1

(A)テレメトリマイクロホンを登載したユビナガコウモリ。(B)テレメトリマイクロホンで録音したユビナガコウモリの飛行中の放射音声。基本周波数が約100kHzから45kHzまで降下する周波数変調型の超音波を放射し、最も低下した周波数を終端周波数と呼ぶ。
図2

図2

集団飛行中のコウモリの飛行軌跡(上図)と放射した超音波の終端周波数の時間変化(下図)。(左)単独飛行時には同じグループの4個体は類似した終端周波数を使用していた。(右)4個体を同時に飛行させると、お互いのコウモリは終端周波数が重畳しないように調整していることがわかる。
図3

図3

(A)同時飛行する4個体のコウモリが放射した音声スペクトログラムの代表例。図中や白矢印は各音声の終端周波数を示す。(B)集団飛行時の個体間の音声類似度の変化。単独飛行時と集団飛行時とでは、個体間の音声の類似度に有意な差があった。すなわち集団飛行時は、コウモリがお互いにより異なった音声を用いることで、センシング信号の混信を回避していることを示している。
図4

図4

コウモリの放射パルスの信号間類似度の評価。ユビナガコウモリが用いる周波数変調型信号を模擬して作成した2つの信号のうち、一方の信号の音響特性を変化させ、信号間類似度を求めた。その結果、終端周波数を操作した場合、わずか2%の変化で信号間類似度が半値にまで減少した(A)。一方、その他の音響特性(開始周波数(B)、時間長(C)など)はおよそ8%の変化が必要であった。すなわち、終端周波数を変化させたときに、最も効率よく信号間類似度が低下した。実際の集団飛行中のユビナガコウモリでも、終端周波数を変化させ、お互いが放射する音声の類似度を低下させている(図3)。

<用語解説>
注1)ソナー
音によって物体を探知また測距する技術。SONAR(SOund NAvigation and Ranging)の頭字語。
注2)テレメトリマイクロホン
マイクロホンで受信した音声を、無線によって遠隔にある装置で受信し、記録するシステム。飛行する各コウモリが発する超音波を、正確に記録することができる。
注3)群知能センシング
動物の群れのように個体が協調して秩序ある行動をする際に、集団として効率よく行われる周囲環境へのセンシングのこと。
注4)ドップラー効果
音源と観測者との相対的な速度によって音波の周波数が異なって観測される現象。
注5)終端周波数
コウモリが放射する周波数降下音の最後の周波数。行動学的、神経生理学的な観点から、エコーロケーションにおいて重要な周波数帯域であるといわれている。
注6)カクテルパーティー問題
パーティー会場のように大勢の人が同時に会話を行う騒々しい環境で、目的の音声(例えば,目の前の会話相手の発話)を抽出する問題。
<論文情報>

タイトル
“Bats enhance their call identities to solve the cocktail party problem”
(コウモリはカクテルパーティー問題注6)を解決するために音声の特徴を強調する)
著者
Kazuma Hase, Yukimi Kadoya, Yosuke Maitani, Takara Miyamoto, Kohta I Kobayashi, Shizuko Hiryu

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

長谷 一磨(ハセ カズマ)
同志社大学 大学院生命医科学研究科 博士課程(後期)3年
飛龍 志津子(ヒリュウ シヅコ)
同志社大学 生命医科学部 教授

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

<報道担当>

河村 秀明(カワムラ ヒデアキ)
同志社大学 広報部 広報課
科学技術振興機構 広報課

生物環境工学
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