心血管病のバイオマーカーと血漿アルブミンが究極の長寿と関連

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スーパーセンチナリアンの生物学的特徴の一端を解明

2020-07-30 慶應義塾大学医学部,日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部百寿総合研究センター(センター長:岡野栄之)の新井康通専任講師、平田匠特任助教(研究当時。現北海道大学大学院医学研究院社会医学分野公衆衛生学教室准教授)、広瀬信義特別招聘教授(研究当時)および、熊本大学大学院生命科学研究部分子遺伝学講座尾池雄一教授、岐阜薬科大学臨床薬剤学研究室足立哲夫教授らの研究グループは、36名のスーパーセンチナリアン(110歳以上)を含む1,427名の多年代高齢者コホート研究を実施し、心血管病に関連する血液バイオマーカーと生命予後の関連を検証しました。その結果、心不全のバイオマーカーであるNT-proBNP(注1)が古典的な心血管病の危険因子と独立して長寿者の生命予後と関連することを明らかにしました。NT-proBNPは、特に105歳以降の余命と強く関連し、この分子の血中濃度が低いほど110歳以上まで到達する可能性が高いことを発見しました。また、栄養状態を反映し、高齢者の予後予測因子としても重要なアルブミン濃度が低いほど全年代の総死亡率が高くなりました。

本研究により限界寿命に迫る超長寿者の生物学的な特徴の一端が明らかにされ、高齢化によって増加が危惧される心血管病の予防や新しい治療法の開発に貢献することが期待されます。

本研究は、2020年7月30日(英国時間)に英国の科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。

研究の背景と概要
研究の背景

110歳を超える超長寿者をスーパーセンチナリアンと呼びます。近年、世界的な長寿化を背景に、100歳以上の高齢者の人口は急速に増加しています。しかし、スーパーセンチナリアンの数は長寿国・日本においても未だに希少であり、“生物学的な障壁”を超えた人だけがこの年齢に到達すると考えられます。

スーパーセンチナリアンを実際に調査した研究は世界でも限られていますが、これまでの結果から、スーパーセンチナリアンは100歳時点でも日常生活が自立しており、認知機能も高いことが報告されており、百寿者の中でも特に健康寿命が長い集団と考えられます。しかしながら、どのような生物学的メカニズムによって究極の健康長寿が達成されているのかはまだほとんどわかっていません。

本グループでは、世界の高齢者の死因の第一位を占める心血管病に対する防御機構を備えていることがスーパーセンチナリアンの長寿の秘訣であると考え、スーパーセンチナリアン(110歳以上)、スーパーセンチナリアン予備軍(105-109歳)、百寿者(100-104歳)、および85-99歳の超高齢者からなる多年代高齢者コホート研究において、心血管病に関連する血液バイオマーカー(注2)と生命予後(調査時点からの生存期間)の関連を検証しました。

研究の概要

本研究では、東京百寿者研究(参考文献1/注3)、全国超百寿者研究(参考文献2/注4)、TOOTH研究(参考文献3/注5)の3つの超高齢者コホート研究の対象者1,427名の統合データを解析しました。対象者は、登録時の年齢から36名のスーパーセンチナリアン、572名のスーパーセンチナリアン予備軍(105-109歳)、288名の百寿者(100-104歳)、531名の超高齢者(85-99歳)に分類されました。スーパーセンチナリアンは脂質異常症や糖尿病などの心血管病リスク(注6)が低く、56.3%が心血管病治療薬の投薬を受けていませんでした。一方、慢性腎臓病の有病率は増加していました。

観察期間中に全体で1,000名(70.1%)の対象者が死亡しました。心血管病、炎症、臓器予備能に関連する9つの血液バイオマーカーのうち、NT-proBNP(神経内分泌因子;注1)、インターロイキン-6(炎症メディエーター)、シスタチンC(腎機能)、コリンエステラーゼ(肝予備能)の4つが、心血管病リスクと独立して対象者全体および年代別の総死亡率と有意に関連しました。4つの分子のうちNT-proBNPは、特に105歳以降の余命と強く関連し、この物質の血中濃度が低いほど110歳以上まで到達する可能性が高いことを発見しました。また、栄養状態を反映し、高齢者の予後予測因子としても重要な血漿アルブミン濃度の低下は全年代の総死亡率の増加と関連しました。

研究の成果と意義・今後の展開

NT-proBNPの血中濃度は虚血性心疾患や心臓弁膜症、心房細動などさまざまな心臓病で上昇し、心不全の診断や重症度の指標として日常臨床にも応用されています。また、NT-proBNPは腎機能の低下や加齢によっても上昇することが知られています。心臓病や重大な心電図異常がない百寿者でも加齢とともにNT-proBNP濃度が高くなることから、研究者らは究極的には心腎循環システム(注7)の老化の進行が限界寿命付近に到達する確率を規定するのではないかと考えました。

今回の研究結果から、スーパーセンチナリアンは百寿者に比べても心腎循環システムの老化が遅く、そのため加齢に伴う血中のproBNPの上昇が遅いことが究極の長寿者の重要な生物学的特徴であると考えられました。将来的には、網羅的遺伝子解析や発現解析、タンパク解析など最新の解析技術の導入により、スーパーセンチナリアンの“slow cardiovascular aging(心臓血管系の老化が遅いこと)”の分子メカニズムを解明することにより、高齢者の心血管病の予防法や新しい治療法の開発の糸口につながることが期待されます。

本研究にご協力いただいたスーパーセンチナリアンの方々は1900年前後に出生されており、スタチン(注8)やレニン・アンギオテンシン系阻害薬(注9)などの革新的な医薬品開発の恩恵を受けることなく長寿を達成した、いわば“自然的な生活による長寿者”です。将来、世界的にスーパーセンチナリアンの数は増えるかもしれませんが、革新的医薬品が標準化された後のスーパーセンチナリアンとどのような違いが生じるか検証するために、歴史的にも貴重な研究データとなります。

特記事項

本研究は、厚生科学研究費補助金長寿科学総合研究事業、JSPS科研費JP23617024、JP21590775、JP15KT0009、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)臨床ゲノム情報統合データベース整備事業「認知症臨床ゲノム情報データベース構築に関する開発研究」およびゲノム医療実現推進プラットフォーム事業「保存血清のメタボローム解析による疾患診断の有用性の検証と応用」、農林水産省医福食農連携推進環境整備事業等の支援により行われました。

論文
タイトル:
Associations of Cardiovascular Biomarkers and Plasma Albumin with Exceptional Survival to the Highest Ages
和文タイトル:
心血管病関連バイオマーカーおよび血漿アルブミンと究極の長寿との関連
著者名:
平田 匠1、2、新井 康通1、3,*、湯浅慎介4、阿部 由紀子1、高山 美智代5、佐々木 貴史1、國富 晃4、稲垣 宏樹6、遠藤 元誉7、8、森永 潤7、吉村 公雄9、足立 哲夫10、尾池 雄一7、武林 亨11、岡野 栄之1、3、12、広瀬 信義1

  1. 慶應義塾大学医学部百寿総合研究センター
  2. 北海道大学大学院医学研究院・医学院社会医学分野公衆衛生学教室
  3. 慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)
  4. 慶應義塾大学医学部循環器内科学教室
  5. 慶應義塾大学医学部予防医療センター
  6. 東京都健康長寿医療センター研究所
  7. 熊本大学大学院生命科学研究部分子遺伝学講座
  8. 産業医科大学医学部分子生物学講座
  9. 慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室
  10. 岐阜薬科大学臨床薬剤学研究室
  11. 慶應義塾大学医学部公衆衛生学教室
  12. 慶應義塾大学医学部生理学教室
DOI:
10.1038/s41467-020-17636-0
用語解説
(注1)NT-proBNP:
N-terminal pro-brain natriuretic peptideの略。心臓に負荷がかかった際に分泌されるプロ脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が分解されて生じるNT-proBNPの血中濃度は、心臓の働きを反映し、主に心不全の診断や重症度の判定に用いられます。
(注2)血液バイオマーカー:
血液中に含まれる生体由来の分子で、肝臓や腎臓など臓器の働きや、代謝の状態を定量的に評価するための生物学的指標です。
(注3)東京百寿者研究:
2000年から2002年に慶應義塾大学と東京都健康長寿医療センター研究所が共同で行った東京都在住の百寿者を対象とした研究。合計で514名の方にアンケート調査にご参加いただき、このうち304名の方に医学心理学調査にご参加いただきました。東京百寿者研究では、百寿者の健康状態や認知機能、性格、食習慣に関する調査、ならびに血液検査を行い、百寿者の方々の特徴として糖尿病が少ないなど様々なことがわかりました。
(注4)全国超百寿者研究:
百寿者の中でも105歳まで長生きされる方は100歳時点での日常生活の自立度が高く、健康長寿のエリートと考えられます。慶應義塾大学では、2002年に日本全国の105歳以上の方を対象とした全国超百寿者研究を開始し、36名のスーパーセンチナリアン、572名のスーパーセンチナリアン予備軍の方の調査を行い、限界寿命に迫る超長寿者の生物学的な特徴を明らかにし、国民の皆様の健康寿命の延伸に役立てる研究を行っています。全国超百寿者研究では、現在も研究にご協力いただける105歳以上の方のリクルートを継続しています。
(注5)TOOTH(Tokyo Oldest Old survey on Total Health)研究:
慶應義塾大学と日本大学歯学部が共同で行った東京都新宿区、港区、渋谷区に在住の85歳以上の高齢者を対象としたコホート研究。2008年から2009年にかけて542名の高齢者の医学歯学調査を行い、2015年まで追跡調査が行われました。現在は研究で得られたデータの解析が進められています。
(注6)心血管病リスク:
喫煙、高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病など心血管病発症の危険性を増大させる要因。
(注7)心腎循環システム:
心臓と腎臓は血圧や体液量を調節して循環動態を一定に保ち、全身に血液を送るために重要な働きをしています。心臓の働きが悪くなり、心不全になると腎臓の働きも弱ったり、逆に腎臓が弱ると心臓の働きが悪くなったりします。高齢者では心臓も腎臓も老化により徐々に働きが衰えますが、本研究では心臓と腎臓の老化が遅く、血液循環システムの恒常性が保たれていることがスーパーセンチナリアンの大きな特徴であることを示しました。
(注8)スタチン:
HMG-CoA還元酵素阻害薬の総称で、コレステロール合成速度を調節するHMG-CoA還元酵素を特異的に阻害することにより、血中コレステロール濃度を低下する薬剤です。スタチン以前の脂質低下薬剤に比較しコレステロール低下作用が強く、抗動脈硬化作用や冠動脈疾患予防効果も認められるため、世界中で最も広く使用されている脂質低下薬です。
(注9)レニン・アンギオテンシン系阻害薬:
血圧を調節するレニン・アンジオテンシン・アルドステロンの体内作用経路を阻害して血圧を下げる薬剤で、ACE阻害薬とARBがあります。降圧効果のみでなく、心不全患者の予後改善効果、腎保護効果、抗動脈硬化作用が認められており、心血管病の代表的な治療薬として頻用されています。
参考文献
  1. Takayama, M. et al. Morbidity of Tokyo-area centenarians and its relationship to functional status. J. Gerontol. A Biol. Sci. Med. Sci. 62, 774–782 (2007).
  2. Arai, Y. et al. Inflammation, but not telomere length, predicts successful ageing at extreme old age: a longitudinal study of semi-supercentenarians. EBioMedicine 2, 1549–1558 (2015).
  3. Arai, Y. et al. The Tokyo oldest old survey on total health (TOOTH): a longitudinal cohort study of multidimensional components of health and well-being. BMC Geriatr. 10, 35 (2010).
お問い合わせ先
本発表資料のお問い合わせ先

慶應義塾大学医学部 百寿総合研究センター 専任講師 新井康通(あらいやすみち)

本リリースの配信元

慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:山崎・飯塚

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