マレーシアで実施するSATREPSプロジェクトより
2020-11-02 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)
2019年6月から始まった、SATREPSの環境・エネルギー分野のプロジェクト「マレーシア国サラワク州の国立公園における熱帯雨林の生物多様性活用システムの開発」(研究代表者:京都大学 市岡孝朗教授)の研究メンバーである橋本佳明准教授(兵庫県立大学/兵庫県立人と自然の博物館)は、アリグモ属が外敵から身を守るために蟻に擬態する代償として、本来の跳躍力や捕食能力が低下していることを発見しました。
橋本准教授の研究チームは、マレーシア領ボルネオ島やタイ国に生息し蟻に擬態するアリグモ属7種(86個体)と、擬態していないハエトリグモ類12属(70個体)を採集し、幾何学的形態測定法により形態を測定しました。また、両者の捕食能力を比較するため、各個体が小バエ(体長2mm程)を捕食する様子をビデオカメラで撮影し、捕獲時の跳躍距離や捕獲成功率を測定しました。
測定結果から、擬態していないハエトリグモは獲物の捕獲時に体長の3倍ほどの距離を跳躍することが分かりました。他方で、アリグモ属は最大でも体長と同じぐらいの距離しか跳躍せず、中にはほとんど跳躍できない個体も確認されました。また、跳躍力の低下に伴って、擬態したアリグモ属の獲物の捕獲成功率が大きく低下することが分かりました。
図1 擬態していないハエトリグモとアリグモ属との捕食方法
さらに、擬態したアリグモ属の中でも、より細長く・よりくびれた体型をもつ蟻に擬態したアリグモ属ほど、跳躍力や獲物の捕獲成功率が低下していました。つまり、同じアリグモ属でも、どの種類の蟻に擬態するかで跳躍力や捕獲能力の低下度合いが異なることが判明したのです。
これまで、世界では200種以上のアリグモ属が確認されており、その全ての種が蟻に擬態することで外敵から身を守っていることが知られています。しかし、擬態によってアリグモ属が被る不利益については多くが明らかになっていませんでした。本研究から、アリグモ属の蟻への精緻な擬態は高い防衛効果をもたらす一方で、本来の跳躍力や捕食能力が大きく低下するという諸刃の剣であることが判明したのです。
本プロジェクトでは、橋本准教授が撮影したアリグモ属の2次元・3次元画像や映像データなどをデータベースに集約する予定です。今後も、様々な生物種についての鮮明な画像データ・映像データ・CT画像がデータベースに蓄積される計画で、将来的には各国の研究者が参照できる生物多様性情報プラットフォームが構築されると期待されます。
図2 本研究でボルネオ島やタイ国から採集されたアリグモ属(一見、蟻に見えるが足が4本あることなどからクモであることが分かる)。極端に細長く括れたフシナガアリに擬態するアリグモから、ずんぐりとした体型のトゲアリに擬態するアリグモまで、その形態は実にバラエティ豊かである(Photo credit:橋本准教授)。この中では、より細長く、よりくびれている②の蟻の跳躍力が最も低い。
(①Myrmarachne acromegalis、② M. cornuta、③ M. hashimotoi、④ M. melanocephala、⑤ M. maxillosa、⑥ M. plataleoides)