発症時刻不明脳梗塞患者への高度画像診断基準を用いた静注血栓溶解療法

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わが国のTHAWS試験を含めた統合解析

2020-11-09 国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:小川久雄、略称:国循)の豊田一則 副院長、古賀政利脳血管内科部長らが参加した国際研究チームが、国内外の4つの無作為割付試験(治療内容を無作為に割り当てて治療効果を調べる試験)をまとめた統合解析を行い、従来は治療適応外とみなされていた発症時刻不明の脳梗塞患者の中から専門的な頭部画像診断基準を駆使して適切な患者を抽出し、静注血栓溶解療法を行うと、転帰改善効果が明らかに高まることを解明しました。この研究成果は令和2年11月8日に、世界脳卒中機構・欧州脳卒中機構合同カンファレンス(インターネット開催)のプレナリーセッションで発表され、同日に医学雑誌Lancet電子版に論文が公表されます。

背景

脳梗塞は死因の第4位、要介護疾患の第2位を占める重要な国民病です。脳梗塞は概して重症で、重い後遺症をのこすことが少なくありません。脳梗塞に高い治療効果を示す急性期治療法として、遺伝子組み換えによる組織型プラスミノゲン・アクティベータ(tPA)を用いた静注血栓溶解療法(以下、tPA静注療法)が有名です。しかしこの治療は、発症後4.5時間を超えた患者には用いることが出来ません。
脳梗塞患者の約2割は、睡眠中に発症して朝起床時に症状に気づいたり、言葉のコミュニケーションを取れなくなった状態を他者に発見されるなど、正確な発症時刻が分からないため、長くtPA静注療法を受けることが出来ませんでした。このような患者に対して、頭部画像診断を駆使しておおよその発症時刻を推測し、tPA静注療法の治療効果を確かめる臨床試験が国内外で行われ、概して良い結果を示しました。国循が作成事務局を務めた2019年のtPA静注療法の指針改訂ではこれらの結果を受けて、発症時刻が不明な時でも、頭部MRI所見が定められた基準を満たす場合にはこの治療を考慮しても良いと、推奨の大きな変更を行いました(静注血栓溶解療法 適正治療指針 第三版 2019年3月)。
2020年初めまでに、発症時刻不明脳梗塞へのtPA静注療法に関して国内外で行われていた大型試験の結果が出揃い、その研究者らが研究チームを作って統合解析を行いました。

研究方法

解析の方法に、システマティックレビュー(規定した条件を満たす論文を洩れなく検索すること)とプール解析(検索して集めた論文の元情報を集めて解析し直すこと)を採り入れました。「発症時刻不明の脳梗塞患者に対する、tPA静注療法と対照治療の無作為化比較を、専門的な頭部画像診断を用いた患者選定に基づいて行う」という条件を、4つの臨床試験が満たし、それらを研究対象論文としました。ここでの画像診断とは、頭部MRIの拡散強調画像(DWI)での早期虚血所見がFLAIR画像で明らかではない「DWI-FLAIRミスマッチ(図1)」、あるいはDWIまたはCTでの早期虚血所見とそれを含めた灌流画像での低灌流部位の差(ペナンブラ所見:図2)が一定のサイズを超えて存在する所見を指します。前者の画像所見は脳梗塞発症後おおよそ4.5時間以内であることを、後者はtPA治療によって救済される可能性のある領域(ペナンブラ)が相当に存在することを、それぞれ示します。
今回のレビューで、欧州で行われたWAKE-UP試験と、わが国のTHAWS試験の2つがDWI-FLAIRミスマッチを用いた試験として、豪州を中心に行われたEXTEND試験と欧州で行われたECASS-4試験がペナンブラ所見に基づく試験として選ばれ、WAKE-UP試験の研究代表者であるGötz Thomalla博士(ドイツ、ハンブルグ大学)を中心に解析作業を進めました。このうちTHAWS(THrombolysis for Acute Wake-up and unclear-onset Strokes with alteplase at 0.6 mg/kg)試験は、日本医療研究開発機構(AMED)の研究助成を受けて、国循を中心に国内多施設共同で行われ、主解析論文はStroke誌に掲載されています(Koga M, et al: Stroke 2020;51:1530-8)。

研究結果

4試験を併せて843例の患者(うちtPA実薬群429例)を用いて、解析を行いました。
発症90日後の患者自立度を、図3に修正ランキン尺度を用いて示します。完全自立の状態とみなされる同尺度の0または1の割合は、実薬群47%、対照群(偽薬または従来治療)39%で、年齢や初期重症度の補正した後のオッズ比1.49と、tPAを用いることで5割増しの転帰改善効果が得られました。その他の治療成績を表1に纏めます。tPA治療が対照と比べて有効で、また安全性の群間差も許容範囲内であることが分かります。

臨床現場に届けられるメッセージ

今回の統合解析によって、適切な画像診断で発症時刻不明脳梗塞の中からtPA静注療法に相応しい患者を抽出し、同治療を行うことの有用性が、高く推奨されます。このうちMRIは国内に広く普及しており、DWI-FLAIRミスマッチを判断基準として治療を行うことは、比較的手軽で現実的です。一方で灌流画像を使って短時間で定量的に異常所見を評価する診断手段は、まだ一部の施設でしか用いられておらず、今後の普及が望まれます。発症時刻不明脳梗塞患者にもtPA静注療法の可能性が広がったことで、この治療が国内でさらに多く実施されることが期待できます。
AMEDの研究助成を頼りに手探りで始めた医師主導試験(THAWS)が国際的な統合解析の主要論文として世界のエビデンス構築に寄与し得たことも、大きな収穫です。

発表論文情報

著者: Götz Thomalla, Boutitie F, Ma H, Koga M, et al
題名: Intravenous alteplase for unknown onset stroke guided by extended imaging: a systematic review and meta-analysis of individual patient data
掲載誌: Lancet

謝辞

本研究の解析対象論文となったTHAWS試験は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
・AMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「発症時刻不明の急性期脳梗塞に対する適正な血栓溶解療法の推進を目指す研究」

<図・表>
(図1)DWI-FLAIRミスマッチ所見

MRIの拡散強調画像(DWI)は脳梗塞発症後30分以内に早期虚血変化を異常信号(黄色矢印)で表示しますが、FLAIR画像で異常所見として現れるには4~5時間が必要です。したがって両者に差がある場合、発症後おおよそ4.5時間以内の脳梗塞と考えられます。
(図2)ペナンブラ画像

灌流画像解析ソフトによるミスマッチ評価。左のピンクはMRIの拡散強調画像(DWI)で虚血性コア体積を4mLと計算し、右の緑は脳梗塞に陥る危険が高い低灌流領域を88mLと自動計算しています。引き算した84mLがtPA治療で救済される可能性のあるペナンブラ領域で、治療の良い適応と考えられます。
(図3)90日後の患者自立度: 修正ランキン尺度を用いて

修正ランキン尺度は、患者自立度を0(後遺症候なし)から6(死亡)までの7段階に分けた尺度で、脳卒中患者の治療効果判定によく用いられます。
表1: 両群間での主な治療成績の比較

調整オッズ比: 年齢と初診時神経学的重症度を用いて補正した後のオッズ比
PH2型: 脳梗塞領域の30%を超える塊状の血腫

最終更新日 2020年11月9日

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