次世代多目的コホート研究(JPHC-NEXT研究)からの成果
2021-02-01 国立がん研究センター,藤田医科大学
発表のポイント
- がんの既往のない労働者と比較して、がんサバイバー労働者では主観的不健康や身体的機能の低下を訴える人の割合が高い。
- がんの既往のない労働者と比較して、男性ではがんサバイバー労働者が幸福感を感じる割合が高い。
- がんサバイバーに対し、就労復帰後も継続的に主観的健康感や身体的機能を向上させるためのサポートを行うことの必要性が示唆された。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、所在地:東京都中央区)と藤田医科大学(学長:才藤栄一、所在地:愛知県豊明市)の研究グループは、約5万4千人の労働者を対象にがんサバイバー(がん既往がある者)と既往症のない労働者の心身の状態について調査し、がんサバイバー労働者の主観的不健康、身体的機能の低下、抑うつ症状、幸福感を、がん既往のない労働者と比較しました。
その結果、がん既往のない労働者に比べて、がんサバイバー労働者では、主観的不健康や身体的機能の低下を訴える割合が高いことが明らかになりました。また、男性のがんサバイバー労働者では幸福感を感じる割合が高いこともわかりました。
がんサバイバーの就労復帰支援が政策として進められていますが、就労復帰した後も継続的に主観的健康感や身体的機能を向上させるためのサポートを行うことの必要性が示唆されました。
本研究は、「多目的コホートに基づくがん予防など健康の維持・増進に役立つエビデンスの構築に関する研究(次世代多目的コホート研究(JPHC-NEXT研究))」(主任研究者 津金昌一郎 国立がん研究センター 社会と健康研究センター長)の成果で、研究成果は国際学術誌「Journal of Cancer Survivorship」にて発表されました(2021年1月12日付け)。
研究背景
近年、がんサバイバーの就労支援が進められています。就労していないがんサバイバーに比べて、就労しているがんサバイバーは主観的不健康、身体的機能の低下、抑うつ症状を訴える割合が低いことが報告されています。しかし、がんサバイバー労働者(注1)の主観的不健康(自分の健康状態が良くないと思うこと)、身体的機能の低下、抑うつ症状、幸福感を訴える割合が、がん既往のない労働者と異なるかについては報告が少なく、よくわかっていませんでした。今回の研究では、がんサバイバー労働者の主観的不健康、身体的機能の低下、抑うつ症状、幸福感を、がん既往のない労働者と比較しました。
(注1) 本研究では、過去にがんにかかったことがあると回答し、また、現在、何らかの職業に就いていると回答した方を、がんサバイバー労働者と定義しました。
調査方法
平成23-28年(2011-16年)に、次世代多目的コホート研究対象地域(秋田県、岩手県、茨城県、長野県、高知県、愛媛県、長崎県など)にお住まいで、本研究に同意いただいた40-74歳の約11万5千人のうち、アンケートで労働者であると回答した40-65歳の約5万4千人(男性28,311人、女性26,068人)のアンケート結果にもとづいて、がんサバイバー(がん既往がある者)労働者の主観的不健康(自分の健康状態が良くないと思うこと)、身体的機能の低下、抑うつ症状、幸福感といった心身の状況を調査しました。
「今までに、医師から次の病気があると言われたり、次の手術を受けましたか?当てはまるものをすべてマークしてください。」の質問に対し、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、前立腺がん、その他のがんのいずれか1つ以上をマークした方を、がんサバイバー(がんの既往あり)としました。
研究結果
がんの既往がある(がんサバイバー)と答えた労働者は、男性977人(3.5%)、女性1,267人(4.9%)でした。がんの部位として多かったのは男性では胃(26%)、大腸(22%)、前立腺(14%)、女性では乳(38%)、大腸(9%)、胃(8%)でした。
男女とも、がんサバイバー労働者では、がん既往のない労働者に比べて、主観的不健康を訴える割合と、身体的機能の低下があると答えた割合が、統計学的に有意に高いことが分かりました。一方、抑うつ症状がある人の割合はがんサバイバー労働者とがん既往のない労働者との間に違いはみられませんでした。幸福感を感じる割合は、がん既往のない労働者と比べてがんサバイバー労働者では、男性で統計学的に有意に高いことが分かりましたが、女性では違いはみられませんでした。
図1.がんサバイバー労働者の心身状態―がん既往のない労働者との比較
まとめ
本研究では、がん既往のない労働者に比べて、がんサバイバー労働者では、主観的不健康や身体的機能の低下を訴える割合が高いことが明らかになりました。この研究結果は、日本やノルウェーの比較的小規模な研究で報告されていましたが、本研究においても同様の結果でした。先行研究では、様々ながん治療が身体的機能の低下をもたらすことが報告されており、本研究では、身体的機能の低下をがんサバイバー自身で感じていることが反映された結果と考えられます。先行研究では、男性は就労して稼ぎ手となることに幸福感を感じるという報告があり、本研究においても、男性のがんサバイバー労働者が幸福感を感じる割合が高いことがわかりました。本研究結果は、男性がんサバイバーはがんから生き延びた幸福感に加えて就労していることに幸福感を感じていることを示していると考えられます。
がんサバイバーの就労復帰が政策として進められていますが、就労復帰した後も継続的にがんサバイバーに対して主観的健康感や身体的機能を向上させるためのサポートを行うことの必要性が示唆されました。
今回の研究では、がんの部位やがんを罹患してからどれくらい経過しているかを考慮した分析ができていないなどの限界があり、今後もさらなる研究が必要です。
それぞれの項目の評価について
- 主観的不健康
主観的不健康は「全体的にみて、あなたの過去1か月間の健康状態はいかがでしたか?」の質問に対し、1=最高に良い 2=やや良い 3=良い 4=あまり良くない 5=良くない、のなかで4あるいは5と答えた方を、「主観的不健康がある」としました。 - 身体的機能低下
身体的機能の評価は厚生労働省の障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)を使用し、「身体に特に障害はない」と回答した方を「身体的機能が保たれている」とし、その他の回答(「身体に何らかの障害はあるが、日常生活はほぼ自分で出来、独力で外出する」など)を選んだ方を「身体的機能が低下している」としました。 - 抑うつ症状あり:
抑うつ症状はうつ病自己評価尺度として用いられるCES-D Scale(Center for Epidemiological Studies Depression Scale)を改変した11項目の質問を用い、8点以上の方を抑うつ症状ありとしました。 - 幸福感あり:
幸福感は「あなたはご自分がどれくらい幸せだと感じていますか?」の質問に対し、1=大変幸せ 2=幸せ 3=どちらとも言えない 4=幸せでない、のなかで1あるいは2と答えた方を幸福感があるとしました。
次世代多目的コホート研究(JPHC-NEXT研究)について
コホート研究とは、特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡し、疾患の罹患率や死亡率を比較することで、要因と疾患との関連を調べる観察研究です。観察研究にはいくつかの手法がありますが、コホート研究は他の観察研究よりも時間とコストがかかる一方、曝露要因(原因)と疾病の罹患や発症(結果)を時間の流れに沿って追跡することから、因果関係を明らかにする手法としてより望ましいと考えられています。
国立がん研究センターを中心に、日本人での食習慣・運動・喫煙・飲酒等とがん・心筋梗塞・脳卒中等の関係を明らかにし、生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるために2つのコホート研究を行っています。
一つは、1990年に開始された多目的コホート研究です。戦前、戦中、戦後すぐに生まれた日本各地の約14万人を対象に、20年以上にわたって生活習慣や生活環境と疾病の発症について追跡調査をしています。全国の11保健所や国立循環器病研究センター、大学、研究機関、医療機関などと共同で実施しており、日本における大規模で、かつ長期追跡を行っているコホート研究のひとつです。これまでに多数の生活習慣病における予防要因・危険要因を明らかにしています。
もう一つは、戦後の新たな生活習慣との関連についても調査するため2011年から開始した次世代多目的コホート研究になり、約11万人を対象としています。
参考
多目的コホート研究:https://epi.ncc.go.jp/jphc/index.html
次世代多目的コホート研究:https://epi.ncc.go.jp/jphcnext/index.html
発表論文
雑誌名: Journal of Cancer Survivorship
タイトル:Working cancer survivors’ physical and mental characteristics compared to cancer-free workers in Japan: a nationwide general population-based study
著者名: Atsuhiko Ota, Yuanying Li, Hiroshi Yatsuya, Kozo Tanno, Kiyomi Sakata,
Kazumasa Yamagishi, Hiroyasu Iso, Nobufumi Yasuda, Isao Saito, Tadahiro Kato,
Kazuhiko Arima, Yoko Sou, Taichi Shimazu, Taiki Yamaji, Atsushi Goto, Manami Inoue,
Motoki Iwasaki, Norie Sawada, Shoichiro Tsugane for the JPHC-NEXT Study Group
DOI: 10.1007/s11764-020-00984-7
URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s11764-020-00984-7
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