一度ササ原になるとなかなか森には戻らない ~皆伐されたブナ林を約40年間モニタリング調査~

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2021-02-04 森林総合研究所

ポイント

  • 広葉樹林の伐採後にササ原となった場所が自然に森林へと再生するかどうか?これを検証するため、ササの密生するブナ林の皆伐前後の変化を約40年かけて調べました。
  • ブナ林を単に皆伐するとササがさらに繁ってササ原となり、皆伐から30年経過した時点でも広葉樹は育っていませんでした。
  • 皆伐前の約10年間に刈払いや除草剤でササを減らしても皆伐後にササが急速に回復し、顕著な効果は見られませんでした。
  • 今回調査した場所は、このままではブナ林へと再生していく兆しがみられませんでした。
  • ササの密生するブナ林の皆伐は、生態系機能を長期間低下させる懸念があります。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、1967年に苗場山麓に設定された試験地での41年間の長期モニタリング調査から、ササの密生するブナ林を皆伐するとササがさらに繁茂し、伐採から30年を経た時点でも次世代のブナが育ってきていないことを明らかにしました。
日本では、「後は野となれ山(=森)となれ」と言う諺があるように、広葉樹の天然林を伐採してもやがて天然林に戻ると考えられています。しかし、時間をかけてその過程を検証した例はこれまでありませんでした。そこで森林総合研究所は、苗場山ブナ天然更新試験地の41年間のデータを分析し、ササの密生するブナ林を皆伐した後に森がどう再生していくか、また、皆伐前の11年間にササを減らす処理を行なうと再生の過程がどう変わるか、について調べました。
その結果、ササを減らす処理を行わなかった場所では、皆伐後にササが以前よりも繁茂し、皆伐から30年経過した時点でも、次世代を担う広葉樹が育っていないことがわかりました。皆伐前にあらかじめ刈払いや除草剤散布でササを減らした場合でも、伐採後ササはすぐに回復し、結局元の状態よりも繁茂しました。成長の早いダケカンバでは、ササを一度減らすことでササ丈を超えて成長するものが現れましたが、ブナの稚樹はササ藪から抜け出せないか、あるいは消失してしまいました。以上のように、今回調査した場所は、このまま放置するだけではブナ林へと再生していく兆しがみられませんでした。
本成果から、ブナ林を皆伐して一度ササ原になってしまうと、なかなか自然にはブナ林に戻らず、ブナ林ならではの生態系機能を長期間低下させる懸念のあることがわかります。この場所が、将来いつかまたブナ林として自然に再生するのかどうか?それを検証するにはとても長い期間にわたるモニタリング調査が必要です。
本成果は、2020年12月7日にJournal of Forest Researchでオンライン公開されました。

背景

日本では、「後は野となれ山(=森)となれ」という諺があるように、天然林を伐採してもそこは再び天然林として再生していくと一般に考えられています。しかし、これまでの事例の中には、伐採後にササやシダなどが繁茂し、広葉樹が想定どおりには更新1)しなかった現場が見られます。そのような場合であっても少しずつ広葉樹の稚樹が侵入し、諺のように、いつかは広葉樹林になっていくと予想されます。しかし、実際にどのくらいの時間がかかるのか、科学的に検証した例はありませんでした。
森林総合研究所は、以前からさまざまなタイプの森林で長期的なモニタリング調査を続けてきています。その中の一つに、皆伐2)されたブナ林でササ及び更新した樹木の41年間の変化を測定してきた試験地があります。そのデータを分析することで、上記の検証を行いました。

内容

分析対象としたのは、林床にササが密生するブナの純林に設定された苗場山ブナ天然更新試験地です。この試験地は新潟県の南魚沼郡の国有林に位置し、1967年の設定以来、ブナの天然更新3)に関するさまざまな試験が行われてきました(図1)。その中に、1967~1977年の11年間、上木をすべて保残母樹4)として残し、刈払いや除草剤(塩素酸ソーダ)の散布などササを衰退・減少させるための抑制処理を行ない、あるいは何もせずにササをそのままとし、ブナの豊作で芽生えが豊富となった1978年に皆伐によって保残母樹を除去した調査区があります(図1)。その調査区で皆伐から30年後の2008年までに得られた計41年間のデータを分析し、ササの被度5)や高さがササの抑制処理の有無や皆伐に伴う光環境の変化によって、どのような影響を受けたか、またブナなどの広葉樹がどのように更新したかを分析しました。
図2に結果の概要を示します。ササの被度は、抑制処理を行わなかった場合、高い値を保ちました。一方、皆伐前に刈払いを行なうとササの被度が一度約20%まで低下しましたが、その直後から回復し始め、皆伐後にはむしろ刈払い前よりも高い数値になりました。除草剤を散布すると、ササの被度が5%以下まで低下しましたが皆伐後に急速に回復し、数年で除草剤散布前よりも高い値になりました。
ササの高さは、抑制処理を行わなかった場合、当初の約1.5mから皆伐後の約2mにまで上昇しました。刈払いや除草剤散布を行なうと、高さは約0.5mまで低下しましたが、皆伐後に回復し始め、最終的にやはり約2mまで上昇しました(図3)。
一方、更新した広葉樹は、ササの抑制処理を行わなかった場合、皆伐から約15年で消えてしまいました。刈払いや除草剤散布を行なうと、皆伐前のブナ林では少数派だったダケカンバが皆伐を契機に更新し、ササの高さを上回るものが現れました。しかし肝心のブナはササを超えることがなく、除草剤を散布した場所では皆伐から約20年ですべて消えてしまいました。
以上のように、本研究の調査区は、皆伐から30年経過してもなお、ブナ林に戻っていく兆しがみられない状況でした。ブナは、野生動物への食料(果実)の供給、特定の鳥類への営巣環境の提供など、成長の早いダケカンバでは担えない生態系機能6)を有しています。しかし、ササが密生するブナ林を皆伐するとブナの欠落した状態が長期間続くこととなり、また、ササの抑制処理を行わなければダケカンバすらも更新しないササ原となることから、森林の生態系機能の長期にわたる低下が懸念される状況となります。

phoo01:新潟県南魚沼郡の国有林に設定された試験地
図1 苗場山ブナ天然更新試験地の外観(2002年4月撮影)(提供:田中信行氏)。

幅300m、奥行き水平750m、標高差290mの広さをもつこの試験地は10の区画に分けられ、さまざまな試験が行なわれてきました。この写真は右列の5区画で母樹がすべて伐採されてから24年後に撮影されたものです。本研究では右列の一番上の区画(黄色の囲み)で調査したデータを分析しました。

photo02:1967年~2008年までに得られた計41年間のデータ
図2 ブナ林の皆伐前後のササと樹木の変化。ササはチマキザサとチシマザサの2種をあわせたものです。論文中の図3に基づいて作成しました。

上段:ササの被度の変化。ササの抑制処理がなければ被度は高いまま保たれました(左)。一方、刈払いや除草剤散布を行なうと、被度は一度下がりましたが、伐採の前後から急速に回復しはじめ、もとの状態、あるいはそれ以上の値となりました(中央・右)。

下段:ササと広葉樹の高さの変化(一番大きな株や個体の数値を使っています)。ササの抑制処理がなければ、ササの高さは皆伐後に約2mに上昇し、更新した広葉樹は消えてしまいました(左)。刈払いや除草剤散布を行なうと高さは一度下がりますが、皆伐後に高さが増えはじめ、結局やはり約2mに達しました(中央・右)。ダケカンバはササの丈を超えるものが現れましたが、ブナはササよりも低い状態にとどまり続けるか、あるいは途中で消えてしまいました(中央・右)。

photo03:皆伐後に回復し始め約2mまで上層したササ
図3 1978年にブナ林を皆伐する前にササを刈払った場所の最近の様子(2014年晩秋に撮影)。

数本のダケカンバの間に立つ白いヘルメットをかぶった人物(矢印)の身長は180cmですが、その丈を上回る高さのササが密生しています。なお、背景のブナ林は、伐採せずにモニタリング調査を続けている区画です。

今後の展開

実は、冒頭の諺には時間の概念がありません。ササの密生するブナ林の皆伐後の変化を調べた本事例は、一度ササの繁茂する「野」となってしまうと、自然にブナの「山」へと戻るには相当な年月がかかることを物語っています。約40年間のモニタリング調査は、人間の感覚ではかなりの長期間ですが、森林生態系の変化を見極めるにはそれでも短期間だったということです。広葉樹林が伐採後に再び広葉樹林に戻っていくプロセスを解明するためには、さらに長期間、モニタリング調査を続けていく必要があります。

論文

タイトル:Dynamics of dwarf bamboo populations and tree regeneration over 40 years in a clear-cut beech forest: Effects of advance weeding and herbicide application

著者:正木隆、田中信行(東京農業大学)、八木橋勉、小川みふゆ(東京大学)、田中浩(日本森林技術協会)、杉田久志(雪森研究所)、佐藤保、長池卓男(山梨県森林総合研究所)

掲載誌:Journal of Forest Research、2020年12月7日オンライン掲載

論文URL:https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/13416979.2020.1847376

研究費:文部科学省科学研究費補助金(17H00797)、環境研究総合推進費(陸域生態系の供給・調整サービスの定量化と予測)、運営費交付金(実施課題及び基盤事業)

用語解説

1) 更新
植栽した苗木や自然に現れた芽生え・ひこばえが森林の次世代を確実に担える大きさにまで成長すること。

2) 皆伐
更新の手法の一つ。森林の上層を構成する樹木をすべて伐採し、更新する樹木に一度に明るい光環境を与える作業。

3) 天然更新
苗木の植栽によらず、自然に現れた芽生えやひこばえで更新を行なう作業のこと。

4) 保残母樹
天然更新の材料である芽生えの元となる種子の供給源として、伐らずに一時的に残した樹木のこと。通常、芽生えが十分に発生したら伐採される。

5) 被度
植物の葉が面的に林地をどれだけの割合で覆っているかを示す数値。

6) 生態系機能
生物と環境の相互作用及び生物同士の相互作用がもたらす生態系の働きのこと。

お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 研究ディレクター 正木 隆

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

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