2021-03-02 東京大学
- 発表者
- 城所 聡(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
相馬 史幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員)
溝井 順哉(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
鈴木 孝征(中部大学応用生物学部 応用生物化学科 准教授)
篠崎 一雄(理化学研究所 環境資源科学研究センター 機能開発研究グループ グループディレクター)
篠崎 和子(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授;当時 現東京農業大学農生命科学研究所 教授)
発表のポイント
- 季節変動や異常気象などによる気温の低下に応答して、植物が低温耐性を獲得する仕組みで働く転写因子群を同定しました。
- 通常生育環境下で働いている概日時計を構成する転写因子群が、タンパク質レベルで制御されることが引き金となって、低温ストレス応答を引き起こすことを解明しました。
- 冷害などの環境ストレスによって起こる作物の減収を防ぐための技術に、応用されることが期待されます。
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科と理化学研究所環境資源科学研究センター、東京農業大学農生命科学研究所、中部大学応用生物学部の共同研究グループは、植物が気温低下(低温ストレス)に応答して耐性を獲得する仕組みを分子レベルで明らかにしました。植物は、低温、高温、乾燥といった環境ストレスを受けると、多数の遺伝子の発現を変化させることにより耐性を獲得する機構を持っています。低温ストレスにさらされた植物は、DREB1と呼ばれる転写因子(注1)をコードする遺伝子の発現を強く誘導することで耐性を獲得します。今回、共同研究グループは、通常生育環境下で機能する概日時計(注2)を構成する複数の転写因子がDREB1遺伝子の発現誘導に機能することを明らかにしました。また、これらの転写因子群が低温ストレスに応答してタンパク質レベルで制御されることによって、DREB1遺伝子の発現誘導を引き起こすことを示しました。この研究により、植物の低温ストレスに対する応答機構や感知機構の理解が進むと期待されます。また、DREB1が制御する遺伝子群は旱魃や塩害耐性の獲得にも機能するため、種々の環境ストレスに対する耐性を向上させた作物の開発への応用が期待されます。
発表内容
図1 RVE4とRVE8の機能欠損変異体でのDREB1A遺伝子の発現。DREB1A遺伝子の低温誘導は概日リズムを示し、昼間にのみ強く誘導されます。RVE4とRVE8の二重変異体(rve48)やそれらの相同遺伝子も含めた五重変異体(rve34568)ではDREB1Aの低温誘導が低下し、概日リズムが見られなくなった。
図2 RVE4とRVE8の細胞内局在。緑色蛍光タンパク質(GFP)と融合したRVE4およびRVE8を発現するシロイヌナズナを用いて蛍光観察を行ったところ、通常生育時(22℃)では主に細胞質に局在していましたが、低温ストレス下(4℃)では核へと蓄積しました。スケールバーは20 μmを示します。
図3 概日時計関連転写因子によるDREB1A遺伝子の低温ストレス誘導機構のモデル図。
通常生育時にはCCA1とLHYがDREB1Aプロモーター上のEvening Element (EE)に結合し、発現を抑制している。低温ストレス時は、CCA1およびLHYが分解される一方で、RVE4とRVE8は核へと集積しEEに結合することで、DREB1Aの発現が誘導される。
地球温暖化などの影響により異常気象や砂漠化が頻発しており、農業被害が深刻になっています。このために、低温や高温、乾燥といった環境ストレスに高い耐性を持つ作物の育種が不可欠となっています。ストレス耐性作物の育種のためには、植物がストレスに応答し耐性を獲得する制御機構の理解が重要となります。植物は環境ストレスを受けると、多数の遺伝子の発現を誘導して、これらのストレスに対する順化や耐性を獲得します。植物に特異的に見られる転写因子DREB1は、低温・凍結ストレスへの耐性獲得に機能する多数の遺伝子の転写を活性化させることで耐性獲得機構において中心的な役割を果たします。植物は、季節の変動や異常気象などによって気温が低下した時にDREB1遺伝子の発現を急速に誘導することで低温耐性を獲得します。また、DREB1が制御する遺伝子群は乾燥や塩ストレス耐性の獲得にも機能するため、DREB1が高発現する植物体は低温や凍結の他、乾燥や塩害などの環境ストレスに対して高い耐性能を獲得します。そのため、DREB1遺伝子の発現を制御できれば、植物の種々の環境ストレスに対する耐性を向上させることができると考えられます。
これまでに、本共同研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナが持つ3つのDREB1遺伝子(DREB1A、DREB1B、DREB1C)の発現が、2つの異なる経路によって低温ストレスに応答して誘導されることを見出しました。DREB1BとDREB1C遺伝子の発現はCAMTAと呼ばれる転写因子によって急速な温度低下の時にのみ促進される一方で、DREB1A遺伝子の発現はCAMTAによる制御を受けていませんでした。DREB1A遺伝子の発現が低温ストレスによって誘導される経路については、日中に強く機能し夜にはあまり機能しないという概日リズム(注3)を持つことと、植物が持つ体内時計を形成し概日リズムを生み出す分子機構である概日時計において中心的な役割を担う転写因子であるCCA1とLHYがその制御に関わることが知られていました。また、この経路でDREB1A遺伝子の発現を直接促進する転写因子はICE1と呼ばれるタンパク質であると長い間信じられてきました。しかし、最近ICE1はDREB1A遺伝子の低温誘導性発現には関与しないことが証明され、その後はDREB1A遺伝子の発現を促進する真の転写因子は不明のままでした。
今回、本共同研究グループは、シロイヌナズナのDREB1A遺伝子のプロモーターに含まれるEvening Elementと呼ばれるシス配列が、通常生育時に発現を抑える機能と低温ストレスに応答して発現を促進する機能の両方を持つことを見出しました。そこで、このシス配列に結合してDREB1A遺伝子の発現を制御する因子を探索した結果、CCA1/LHYの相同タンパク質であるRVE4とRVE8転写因子が低温ストレスに応答して発現を促進することが明らかになりました。RVE4とRVE8の機能欠損変異植物体では、低温ストレス時のDREB1A遺伝子の発現の概日リズムが消失し、常に低いままになりました (図1)。また、CCA1とLHYは通常生育時にむしろDREB1Aの発現を抑える一方で、低温ストレス時にはその発現を間接的に促進する機能も持つことがわかりました。
概日時計の制御機構においては、CCA1/LHYは朝方に発現し、夕方に機能する遺伝子群の発現を抑えており、RVE4/RVE8は夕方にこれらの発現を促進することが知られています。通常生育時にも機能しているCCA1/LHYとRVE4/RVE8がどのようにして、低温ストレスに応答した遺伝子発現の急速な促進を制御しているかを調べるため、これらの転写因子の低温ストレス応答を解析しました。その結果、RVE4とRVE8のタンパク質は通常生育時には主に細胞質に局在していましたが、低温ストレス下では急速に核へと蓄積することが示されました(図2)。また、CCA1とLHYのタンパク質は通常生育時には核に局在していましたが、低温ストレス下では急速に分解されていました。これらの研究結果から、概日時計に関わる複数の転写因子が低温ストレスに応答してタンパク質レベルで制御されることで、DREB1A遺伝子の発現が促進されることが明らかになりました(図3)。今後は、低温ストレスに応答したRVE4とRVE8タンパク質の局在変化やCCA1とLHYタンパク質の分解の分子メカニズムを解析することで、植物が低温を感知する機構の解明につながることが期待されます。また、DREB1A遺伝子の発現促進に働くRVE4やRVE8の発現や機能を強化することで、環境ストレスに対する耐性を向上させた作物の開発への応用が期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
- 論文タイトル
- Posttranslational regulation of multiple clock-related transcription factors triggers cold-inducible gene expression in Arabidopsis
- 著者
- Satoshi Kidokoro, Kentaro Hayashi, Hiroki Haraguchi, Tomona Ishikawa, Fumiyuki Soma, Izumi Konoura, Satomi Toda, Junya Mizoi, Takamasa Suzuki, Kazuo Shinozaki, Kazuko Yamaguchi-Shinozaki
- DOI番号
- 10.1073/pnas.2021048118
- 論文URL
- https://doi.org/10.1073/pnas.2021048118
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
助教 城所 聡(きどころ さとし)
用語解説
注1 転写因子
標的とする遺伝子のプロモーター配列(DNA)に結合し、その遺伝子の発現を促進したり抑制したりして調節するDNA結合性タンパク質。
注2 概日時計
約1日を周期とした概日リズムを生み出す体内時計の分子機構。CCA1やLHY、TOC1などと名付けられた複数の転写因子が互いの発現を制御することで中心振動子を構成している。
注3 概日リズム
生育環境の明暗サイクルといった周期的な変化に同調してほぼ1日(24時間)周期で変動する応答パターン。