思春期特発性側弯症の発症・重症化予測モデルを開発~今後の臨床現場への応用に期待~

ad

2021-06-24 理化学研究所,慶應義塾大学医学部

理化学研究所(理研)生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの大伴直央客員研究員(研究当時:慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程)、寺尾知可史チームリーダー、骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダーらと慶應義塾大学医学部整形外科学教室の松本守雄教授、渡辺航太准教授を中心とした日本側彎(そくわん)症臨床学術研究グループの国際共同研究グループは、大規模な日本人集団の遺伝子多型[1]から思春期特発性側弯症(Adolescent idiopathic scoliosis;AIS)の発症や重症化を予測する手法を新たに開発しました。

本研究成果は、AISの個別化医療や予防医療につながるものと期待できます。

AISは脊椎が三次元的にねじれる原因不明の疾患であり、10歳以降の主に女児が発症します。変形が重度になると手術しか治療法がないことから、早期発見と、重症化する症例の特定が課題となっています。

今回、国際共同研究グループは先の研究で発表したAISの世界最大規模のコホート(日本人女性のAIS患者5,004人、非患者3万7,597人)を使い、遺伝子情報からAISの発症リスクと相関する「ポリジェニック・リスク・スコア(PRS)[2]」を計算し、その数値を基に、AIS発症の予測モデルを開発しました。そして、その予測モデルにBMI[3](肥満の指標)を組み込むと予測精度が向上しました。また、よりAISの発症に遺伝的に関連性の深い少量の遺伝情報だけを用いることで、予測精度が向上する予測モデルも開発しました。さらに同様の方法により、手術による治療を要する重症化例の予測モデルの作成にも成功しました。

本研究は、科学雑誌『Journal of Bone and Mineral Research』のオンライン版(6月23日付)に掲載されます。

背景

側弯(そくわん)症とは、脊椎が三次元的にねじれて体幹に変形を来す疾患です(図1)。多くの場合は原因が特定できないため特発性側弯症と呼ばれ、発症時期などにより3タイプに分けられています。そのうち、10歳以降の主に女児に見られる「思春期特発性側弯症(Adolescent idiopathic scoliosis;AIS)」は最も発症頻度が高く、全世界の人口の2~3%の割合で発症します。日本人においても同様に人口の2~3%が発症し、側弯の学校検診が学校保健法で義務付けられています。変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害が生じ、また容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼします。重度のAISの治療には、侵襲が大きく脊椎の可動性が制限される脊椎矯正固定術しかないことから、発症・進行の予防法、および治療法の確立が待ち望まれています。

思春期特発性側弯症の発症・重症化予測モデルを開発~今後の臨床現場への応用に期待~

図1 思春期特発性側弯症のX線写真

脊椎が三次元的にねじれて体幹に変形を来す。変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害を起こし、また、容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼす。

AISは、遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する「多因子遺伝病」です。国際共同研究グループはこれまでに、ゲノムワイド関連解析(GWAS)[4]によりAISに関連する疾患感受性遺伝子や遺伝子多型を世界に先駆けて報告してきました注1-4)

しかし、これまでに見つかった遺伝子多型では発症リスクを十分に予測できないことから、AISの発症や重症化例を早期に同定できる予測モデルを開発し、臨床現場に応用する必要があります。そこで今回、共同研究グループはどの遺伝子多型が発症と関連するかではなく、「全ての遺伝子多型をリスク評価に用いる」というリスク計算に重点を置いたアプローチを取ることにしました。

注1)2011年10月24日 プレスリリース「思春期特発性側弯症の原因を解明、治療への大きな一歩新規タブで開きます

注2)2013年5月13日 プレスリリース「思春期特発性側彎症(AIS)発症に関連する遺伝子「GPR126」を発見

注3)2015年7月24日 プレスリリース「思春期特発性側彎症(AIS)発症に関連する遺伝子「BNC2」を発見

注4)2019年8月26日 プレスリリース「思春期特発性側弯症の発症に関わる遺伝子座を同定

研究手法と成果

国際共同研究グループは、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の松本守雄教授、渡辺航太准教授を中心とする側弯症の専門医集団で構成された日本側彎症臨床学術研究グループによる厳格な診断基準を用いて、これまで6,000例を超える検体とその臨床情報を収集してきました。これは、AISの研究コホート(集団)としては世界最大規模です。

まず、AISは女性に多く発症することから対象を女性に限定し、女性日本人集団(AIS患者5,004人、非患者3万7597人)の遺伝子情報を用いて、個々の「ポリジェニック・リスク・スコア(PRS)」を計算しました。PRSは遺伝統計学で疾患の発症リスクと相関することが示されています。AIS患者群のPRSの分布は非患者群のPRSの分布よりも有意に高得点であることから、女性日本人集団内でスコアの分布を調べることで、特に疾患のリスクが高い個人を特定できます。計算したPRSの数値を基に、AIS患者と非患者の情報からAIS発症の予測モデルを作成し、その予測能を検証しました。すると、PRSの高リスク群におけるAIS発症のリスクは、PRSの平均群(一般集団の平均と仮定)におけるAIS発症のリスクと比較してオッズ比(AISの発症リスク)が4.0倍でした。この結果から、この予測モデルが有効であることが確認されました(図2)。

思春期特発性側弯症(AIS)の発症リスクの図

図2 思春期特発性側弯症(AIS)の発症リスク

AISの高リスク群では、平均群と比べAISの発症リスクを表すオッズ比が4.0倍であった。これにより、本研究で構築した予測モデルがAISの発症リスクの予測に有効であることが分かった。

疫学研究により、AIS患者は非患者に比べるとBMI(肥満の指標)が低い、つまり痩せ型が多いことが知られています。そこで、このBMIの値を予測モデルに組み込んだところ、予測能が向上しました。このときのAUC[5](予測能を測る指標)は0.7であり、臨床的に許容できる値でした。また、この予測モデルを以前のGWAS研究で判明しているAISの発症に遺伝的に関連性の深い領域の遺伝子情報だけを用いて作成し直した結果、より少ない遺伝子情報だけでモデルの精度を向上させることに成功しました。この結果は、今後、AISの原因組織や新しい疾患感受性遺伝子座位を同定することで、より精度の高い予測モデルへ更新できる可能性を示しています。

さらに同様の方法で、軽症と重症のAISの情報から重症化する例の予測モデルを作成したところ、重症化のPRSが高いリスク群では、低リスク群に比べてAIS重症化のオッズ比が3.3倍であることが確認されました。また、BMIは主にAISの発症に影響し、重症化には影響しない可能性が示されました。

今後の期待

今後、本研究結果が前向き研究[6]でも再現されれば、個別化医療への応用・発展が期待できます。同時に、BMIのようなAISと関連がある臨床のパラメーターをさらに予測モデルに組み込むことで、モデルの予測精度が向上すると考えられます。

また、海外のAIS研究グループと協力し、本研究結果が他人種でも再現されれば、世界的なAISの新たな治療戦略となり得るものと期待できます。

補足説明

1.遺伝子多型
個人間で遺伝子配列の一部が異なる状態を指す。一塩基多様体(single nucleotide variation;SNV)や構造多型などがあり、1%以上の一塩基多様体を一塩基多型(single nucleotide polymorphism;SNP)と呼ぶ。

2.ポリジェニック・リスク・スコア(PRS)
大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)研究により疾患や形質との関連が示された、数十~数千の遺伝的変異の重み付きの和を個々に計算したスコア。このスコアは実際の疾患発症リスクと相関することが示されており、集団内でスコアの分布を調べることで、特にその疾患のリスクが高い個人を特定できる。PRSはpolygenic risk scoreの略。

3.BMI
ヒトの肥満の程度を示す指標。「BMI = 体重(kg)/身長(m)2」の計算式に基づき体重と身長の関係から算出される。BMIはBody Mass Indexの略。

4.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
疾患の感受性遺伝子を見つける方法の一つ。ヒトのゲノム全体を網羅する遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで、遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に検定する方法。GWASは、Genome-Wide Association Studyの略。

5.AUC
ROC曲線を作成したときに、グラフの曲線より下の部分の面積をAUCという。AUCは0から1までの値をとり、値が1に近いほど判別能が高いことを示す。AUCはArea under the curveの略。

6.前向き研究
一定の期間を経て前向きにデータをとる縦断研究のこと。研究を開始してから将来(数カ月後、数年後)にわたって追跡を続け、疾病などの発生状況を比較する研究方法。

国際共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター
ゲノム解析応用研究チーム
チームリーダー 寺尾 知可史(てらお ちかし)
客員研究員 大伴 直央(おおとも なお)
(研究当時:慶應義塾大学大学院 医学研究科 博士課程)
客員主管研究員 鎌谷 洋一郎(かまたに よういちろう)
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻メディカルサイエンス講座 教授)
特別研究員 小井土 大(こいど まさる)
(東京大学医科学研究所 人癌病因遺伝子分野 特任助教)
骨関節疾患研究チーム
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)
上級研究員(研究当時) 黄 郁代(こう いくよ)
基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢 幸秀(ももざわ ゆきひで)

東京医科歯科大学 難治疾患研究所
ゲノム応用医学研究部門 ゲノム機能多様性分野
教授 高地 雄太(こうち ゆうた)

臺北醫學大學藥學院(台湾) 臨床薬学
教授 張 偉嶠(チャン・ウェイチャオ)
博士課程(研究当時) 呂 幸芳(ル・シンファン)

日本側彎症臨床学術研究グループ
慶應義塾大学 医学部 整形外科学教室
教授 松本 守雄(まつもと もりお)
教授 中村 雅也(なかむら まさや)
准教授 渡辺 航太(わたなべ こおた)
専任講師 八木 満(やぎ みつる)
専任講師(研究当時) 岡田 英次朗(おかだ えいじろう)
助教 高橋 洋平(たかはし ようへい)
助教(研究当時) 小倉 洋二(おぐら ようじ)
助教(研究当時) 武田 和樹(たけだ かずき)
藤田医科大学 整形外科学教室
教授 藤田 順之(ふじた のぶゆき)
一宮西病院 整形外科
脊椎外科部長 川上 紀明(かわかみ のりあき)
豊田厚生病院 整形外科
脊椎外科部長 辻 太一(つじ たいち)
聖隷佐倉市民病院 整形外科
名誉院長 南 昌平(みなみ しょうへい)
院長補佐 小谷 俊明(こたに としあき)
せぼねセンター長 佐久間 毅(さくま つよし)
聖マリアンナ医科大学 整形外科
病院教授 赤澤 努(あかざわ つとむ)
神戸医療センター 整形外科
院長 宇野 耕吉(うの こうき)
医長 鈴木 哲平(すずき てっぺい)
神戸大学医学部 整形外科学教室
特命准教授 角谷 賢一朗(かくたに けんいちろう)
琉球大学医学部 整形外科学教室
教授 西田 康太郎(にしだ こうたろう)
北海道医療センター 整形外科
総括診療部長 伊東 学(いとう まなぶ)
北海道大学大学院 医学研究院 整形外科学教室
特任准教授 須藤 英毅(すどう ひでき)
特任助教 岩田 玲(いわた あきら)
獨協医科大学 整形外科学教室
主任教授 種市 洋(たねいち ひろし)
准教授 稲見 聡(いなみ さとし)
獨協医科大学埼玉医療センター 第一整形外科
准教授 飯田 尚裕(いいだ たかひろ)
奈良県立医科大学 整形外科教室
講師 重松 英樹(しげまつ ひでき)
新潟大学大学院 医歯学総合研究科 整形外科学分野
講師 渡辺慶(わたなべけい)
大阪大学大学院 医学研究科 器官制御外科
講師 海渡 貴司(かいと たかし)
福岡市立こども病院 整形外科
脊椎外科部長 柳田 晴久(やなぎだ はるひさ)
九州大学病院 別府病院
准教授 播广谷 勝三(はりまや かつみ)
順天堂大学医学部・大学院 医学研究科 整形外科学講座
教授 金子 和夫(かねこ かずお)
助教 佐藤 達哉(さとう たつや)
自治医科大学 整形外科
講師 菅原 亮(すがわら りょう)
東京大学 整形外科学教室
助教 谷口 優樹(たにぐち ゆうき)
金沢大学医学部 整形外科学教室
准教授 出村 諭(でむら さとる)
防衛医科大学校 整形外科学教室
教授 千葉 一裕(ちば かずひろ)
杏林大学医学部 整形外科
教授 細金 直文(ほそがね なおぶみ)
河野整形外科
院長 河野 克己(こうの かつき)

原論文情報

Nao Otomo, Hsing-Fang Lu, Masaru Koido, Ikuyo Kou, Kazuki Takeda, Yukihide Momozawa, Michiaki Kubo, Yoichiro Kamatani, Yoji Ogura, Yohei Takahashi, Masahiro Nakajima, Shohei Minami, Koki Uno, Noriaki Kawakami, Manabu Ito, Tatsuya Sato, Kei Watanabe, Takashi Kaito, Haruhisa Yanagida, Hiroshi Taneichi, Katsumi Harimaya, Yuki Taniguchi, Hideki Shigematsu, Takahiro Iida, Satoru Demura, Ryo Sugawara, Nobuyuki Fujita, Mitsuru Yagi, Eijiro Okada, Naobumi Hosogane, Katsuki Kono, Masaya Nakamura, Kazuhiro Chiba, Toshiaki Kotani, Tsuyoshi Sakuma, Tsutomu Akazawa, Teppei Suzuki, Kotaro Nishida, Kenichiro Kakutan, Taichi Tsuji, Hideki Sudo, Akira Iwata, Kazuo Kaneko, Satoshi Inami, Yuta Kochi, Wei-Chiao Chang, Morio Matsumoto, Kota Watanabe, Shiro Ikegawa, Chikashi Terao, “Polygenic risk score of adolescent idiopathic scoliosis for potential clinical use”, Journal of Bone and Mineral Research, 10.1002/jbmr.4324

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チーム
客員研究員 大伴 直央(おおとも なお)
(研究当時:慶應義塾大学大学院 医学研究科 博士課程)
チームリーダー 寺尾 知可史(てらお ちかし)
骨関節疾患研究チーム
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)

慶應義塾大学 医学部 整形外科学教室
教授 松本 守雄(まつもと もりお)
准教授 渡辺 航太(わたなべ こおた)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:山崎・飯塚

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました