植物が生長とストレス応答を切り換える仕組みを解明

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高い生育能力と強い環境ストレス耐性を併せ持つ作物の創出に期待

2021-07-21 東京農工大学

国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院の梅澤泰史教授、大学院生物システム応用科学府博士後期課程の神山佳明氏らをはじめとする国際共同研究グループは、劣悪環境に置かれた植物が生長戦略を切り換え、環境ストレスに対する適応能力を最大化させる仕組みの一端を明らかにしました。
植物は、生育に適した温和な環境条件では可能な限り生長を促進する方が有利です。一方、乾燥や塩害などの水分欠乏ストレス条件では植物ホルモン「アブシジン酸(ABA) [1] 」が高蓄積し、生長が抑制されます。このとき、プロテインキナーゼ [2] の1種であるSnRK2 [3] が活性化して様々な基質タンパク質をリン酸化することでストレス耐性が誘導されます。今回、共同研究グループはSnRK2キナーゼにリン酸化される新規な基質タンパク質として、Raf36キナーゼを同定しました。また、SnRK2 -Ra36複合体が植物の「温和な生育環境での生長促進」と「劣悪環境でのABA応答の強化」の間にあるバランスや切り換えを調節していることを明らかにしました(図1)。本研究の成果は、劣悪な環境条件下でも高い生育能力と強い環境ストレス耐性の両方を併せ持つ作物の創出などへ応用されることが期待されます。

本研究成果は、2021年7月19日に米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA(PNAS)』にオンライン掲載されました。
論文名:Arabidopsis Group C Raf-like protein kinases negatively regulate abscisic acid signaling and are direct substrates of SnRK2
URL:https://www.pnas.org/content/118/30/e2100073118

現状
植物は絶えず外部環境の変化にさらされています。それに適応するために植物は周囲の環境変動に応じて生長戦略を変化させます。例えば、植物は光や水などに富んだ温和な生育環境条件では生長を促進することで葉を大きく展開し、生育に必要なエネルギーを得ようとします。一方で、乾燥地や塩類集積地などの水分の獲得が難しい劣悪環境下では、植物ホルモン「アブシジン酸(ABA)」がプロテインキナーゼの一種であるSnRK2を活性化して、ストレス応答をONにします。生長の促進とストレス応答の間にはトレードオフの関係があり、植物の環境ストレス耐性を増強すると収量やバイオマス量が減少することがありました。しかしながら、その詳細な仕組みは分かっていませんでした。

研究体制
本研究は、国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院生物システム科学部門の梅澤泰史教授、大学院生物システム応用科学府の神山佳明(大学院博士後期課程 日本学術振興会特別研究員DC2)、廣谷美咲(当時)、石川慎之祐(当時)、峯岸芙有子(当時)および片桐壮太郎(大学院博士後期課程)、オレゴン州立大学・植物病理部門のConner J. Rogan(大学院博士後期課程)およびJeffrey C. Anderson准教授(東京農工大学グローバルイノベーション研究院兼務)、国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センターの高橋史憲研究員(現:東京理科大学・准教授)および篠崎一雄特別顧問、国立大学法人名古屋大学遺伝子実験施設の野元美佳助教および多田安臣教授、国立大学法人宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの石川一也特任助教および児玉豊教授、国立大学法人埼玉大学大学院理工学研究科の竹澤大輔教授、米国ミズーリ大学・生化学部門のScott C. Peck教授(東京農工大学グローバルイノベーション研究院兼務)から構成される国際共同研究グループによって実施されました。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業[JP15H04383, 16KK0160, 19H03240, 21J10962]、 科学技術振興機構(JST)・さきがけ[JPMJPR13B3]などの支援を受けて行われたものです。

研究成果
研究グループは、植物に特異的なプロテインキナーゼであるSnRK2が、乾燥ストレスやアブシシン酸の蓄積に応答して活性化し、植物のストレス応答において中心的な役割を持つことを明らかにしてきました。今回の研究では、名古屋大学が開発したコムギ胚芽抽出液を用いて様々なタンパク質を試験管内で合成し、その中からSnRK2キナーゼと相互作用するタンパク質を探索することで、植物の環境ストレス応答に関わる新たな因子を発見しようと試みました。その結果、SnRK2の相互作用因子としてRaf36キナーゼを同定しました。Raf36はRaf型プロテインキナーゼ [4] のグループC群に属する1つで、その機能は明らかではありませんでした。共同研究グループは、このRaf36遺伝子を破壊したシロイヌナズナ変異体(raf36)が、野生型シロイヌナズナよりも個体サイズが小さくなることや(図2)、ABAに過剰に応答することを見出しました(図3)。また、Raf36遺伝子と近縁な関係にあるRaf22遺伝子も同じような働きをもつことがわかりました(図3)。さらに、比較リン酸化プロテオーム解析 [5] などの手法を駆使することによって、Raf36キナーゼは温和な生育条件において細胞内に高蓄積し、様々な生体内タンパク質を基質としてリン酸化していることがわかりました(図1左)。一方で、ストレス等で活性化されたSnRK2キナーゼがRaf36キナーゼをリン酸化することや、リン酸化型Raf36キナーゼが速やかに分解されることを証明しました(図1右)。以上の結果から、ABAはSnRK2キナーゼを介してRaf36キナーゼの分解を調節しており、これが植物の生長とストレス応答のバランスを制御するメカニズムの一つであると結論付けました(図1)。植物は、このメカニズムを持つことによって、劣悪な生育条件では生長の促進よりもABA応答を優遇的に促進し、環境ストレス耐性を向上させることができると考えられます(図1右)。

今後の展開
本研究によって、植物の機能未知プロテインキナーゼRaf36が温和な生育条件では生長を促進する一方で、劣悪環境におけるストレス応答を抑えてしまうトレードオフの性質をもつタンパク質であることが明らかになりました。さらに、環境ストレスを受けた植物細胞内では活性化したSnRK2キナーゼによってRaf36キナーゼの分解が誘導され、生長促進からストレス応答(ABA応答)へと生長戦略の切り換えが起こることが分かりました。今後は、Raf36の分解のメカニズムを明らかにしたり、Raf36がプロテインキナーゼとしてリン酸化する基質タンパク質の解明を進めることで、植物のストレス応答機構の理解が進むことが期待されます。将来的には、植物のストレス応答と生長制御のバランスをコントロールして、ストレスに強く、かつ生産効率も高い作物を実現する技術開発につながる可能性があります。

用語解説
[1] アブシジン酸(ABA)
植物ホルモンは、比較的低濃度で作用する植物の生長調節物質であり、アブシジン酸(ABA)はその1つである。英語名abscisic acid、分子式C₁₅H₂₀O₄で表される。代表的なABAの生理作用として、気孔の閉鎖促進、乾燥耐性の獲得、種子の成熟や種子休眠の維持などがある。

[2] プロテインキナーゼ
タンパク質をリン酸化する酵素の総称。ATPのγ位のリン酸基を基質タンパク質のセリン/スレオニンやチロシン残基のヒドロキシル基へ転移させることでそのタンパク質の酵素活性や安定性、相互作用性、細胞内局在などを調節する。

[3] SnRK2 (SNF1-related protein kinase 2)
プロテインキナーゼの1種で、モデル植物シロイヌナズナには10個のSnRK2遺伝子が存在する。そのうち、3つ(SnRK2D、SnRK2E、SnRK2I)がABAによって強く活性化しABA応答を誘導する。三重変異体(srk2dei)はABA応答性を失い、乾燥や塩耐性の劇的な低下を示す。

[4] Raf型プロテインキナーゼ
MAPキナーゼキナーゼキナーゼ(MAPKKK)ファミリーに属するプロテインキナーゼの一種で、シロイヌナズナには48個のRaf型プロテインキナーゼ遺伝子が存在する(22個のグループB群と26個のグループC群から構成)。近年、複数の研究チームが、環境ストレス条件下においてSnRK2を活性化させる上流因子としてグループB群のRafキナーゼを報告した。それに対し、グループC群の環境ストレス応答における役割はほとんど明らかではなかった。

[5] リン酸化プロテオーム解析
リン酸化されたタンパク質を大規模に解析する技術の総称。本研究では濃縮したリン酸化ペプチドを高速液体クロマトグラフィーに接続された質量分析計で解析した。

植物が生長とストレス応答を切り換える仕組みを解明図1.SnRK2キナーゼとRaf36キナーゼによる生長とストレス応答の制御モデル
温和な生育条件では、Raf36キナーゼが様々な基質タンパク質をリン酸化することで生長を促進します(左図)。一方、乾燥や塩害などの劣悪な環境条件では、植物ホルモンのABAが合成され、SnRK2キナーゼが活性化してABA応答を誘導するとともに、Raf36キナーゼをリン酸化して分解を誘導します(右図)。Raf36キナーゼの分解が進むと、生長促進からストレス耐性の獲得へとバランスが変化します。


図2.温和な生育環境におけるRaf36遺伝子破壊株の個体サイズ
左: シロイヌナズナ野生株。中央: Raf36遺伝子のみを破壊した変異体(raf36)。右: Raf36遺伝子に加えて類似遺伝子Raf22も破壊した二重変異体(raf22/36)。29日齢で撮影。スケールバー: 3 cm。


図3.野生株およびraf22/36変異株におけるABA応答性遺伝子(RAB18)の発現レベル
変異株では、野生株よりも高い遺伝子発現レベルを示すため、ABAに過剰に応答していることがわかります。RAB18は、乾燥ストレス下で細胞保護などに働くと考えられている親水性タンパク質の一種。

研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院生物システム応用科学府
教授
梅澤 泰史(うめざわ たいし)

生物環境工学
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