トウモロコシ根からの生物的硝化抑制物質を世界初発見~窒素施肥量を減らし地球を健康にする第一歩~

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2021-07-29 国際農研,農研機構

ポイント

  • トウモロコシ根から、生物的硝化抑制(BNI)1)物質の同定に初めて成功
  • 強いBNI活性を持つ「ゼアノン」など、4つのBNI物質が硝化を抑制することを解明
  • BNI強化トウモロコシの開発に繋がることを期待

概要

国際農研の大髙潤之介研究員、グントール・スバラオ主任研究員、吉橋忠主任研究員と農研機構の小野裕嗣ユニット長の共同研究グループは、トウモロコシの根から産出される生物的硝化抑制(BNI)物質の同定に初めて成功しました。 本研究成果は、トウモロコシのBNI産生能力(BNI能)を活用した、地球に優しい農業生産システムの構築へ道を拓くものと期待できます。近代農業では、工業生産されたアンモニア態窒素2)肥料が農地に多量投入され、土壌細菌により変換(硝化)されることで、温室効果ガス排出や水質汚染など、窒素損失に起因する様々な問題を引き起こしています。

国際農研では、作物が根から産出する物質の持つBNI作用を活用し、農地からの窒素損失を低減することを目指しています。研究グループは、トウモロコシ根の表層抽出物からBNI物質の探索を行い、1種類の新規高活性物質の発見に成功するとともに、高活性物質1種類と活性物質2種類も同定しました。最もBNI活性(硝化菌の硝化を抑える力)が強かった物質は、BNI物質として自然界から初めて発見されたことから、「ゼアノン」と命名しました。今回発見したゼアノンを含む4物質は、トウモロコシ根の持つBNI合計活性量のうち、45%相当の活性を有していることが明らかになりました。世界で最も多く生産される畑地作物であるトウモロコシのBNI能を、本研究で得たBNI物質を礎に強化することで、窒素肥料の損失と環境汚染を減らし、地球の窒素循環を改善することに繋がります。

本研究の成果は、科学雑誌『Biology and Fertility of Soils<?XML:NAMESPACE PREFIX = “[default] http://www.w3.org/2000/svg” NS = “http://www.w3.org/2000/svg” />』オンライン版(6月17日付:日本時間6月18日)に掲載されました。

<関連情報>
予算
運営費交付金プロジェクト「生物的硝化抑制(BNI)技術の活用による低負荷型農業生産システムの開発」
発表論文
論文著者
J Otaka, GV Subbarao, H Ono, T Yoshihashi
論文タイトル
Biological nitrification inhibition in maize — solation and identification of hydrophobic inhibitors from root exudates
雑誌
Biology and Fertility of Soils
DOI: https://doi.org/10.1007/s00374-021-01577-x
問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市大わし1-1)理事長 小山 修
研究推進責任者:プログラムディレクター 林 慶一
研究担当者:国際農研 生物資源・利用領域 大髙 潤之介
国際農研 生物資源・利用領域 吉橋 忠
国際農研 生産環境・畜産領域 グントゥール V. スバラオ
農研機構 基盤技術研究本部 高度分析研究センター 小野 裕嗣
広報担当者:情報広報室長 大森 圭祐

本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。

※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。
※農研機構(のうけんきこう)は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)です。新聞、TV等の報道でも当機構の名称としては「農研機構」のご使用をお願い申し上げます。

開発の社会的背景

近代農業は、工業生産された窒素の多量投入による収量増加を基礎としており、トウモロコシ、コムギをはじめとする畑地作物では、窒素利用効率が顕著に低下しています。施肥された窒素肥料の50%以上は、農作物に利用されずに農地外へと溶脱・流出することで、無駄になっています。その多くは、土壌微生物による「硝化」を原因としています。

硝化は、土壌の硝化菌が窒素肥料を構成するアンモニア態窒素を、硝酸態窒素へと酸化する反応経路です。地球の窒素循環にとって、非常に重要な過程ですが、過度な硝化は余分な硝酸を生み出すことに繋がり、窒素循環を撹乱します。農作物は施肥された窒素の半分以下しか吸収できないため、硝化された大量の窒素は環境に放出され、温室効果ガスや水圏を汚染する硝酸、亜硝酸などの物質になります(図1)。

一方、アンモニア態窒素は、硝化の過程と硝酸を変換する土壌の硝酸還元菌により、CO2の298倍もの温室効果のある亜酸化窒素(N2O)へと変換されます。世界の農地からのN2O排出量は、CO2換算で年間7億トンと推定されており、世界の旺盛な食料需要に伴い、各地で増加する傾向にあります。したがって、硝化菌による硝化を抑制する技術は、作物の窒素利用効率を向上させるだけでなく、窒素肥料の損失と環境汚染を減らし、地球の窒素循環を改善することに繋がります。

植物が生産する天然物(二次代謝物質3))は、人にとって役立つ活性を持つものも多く、農業分野や医療分野の発展に大きく貢献してきました。作物から生物的硝化抑制(Biological Nitrification Inhibition: BNI)物質を探索し、BNI産生能力を活用することで、農地からの窒素損失を低減することが可能です(図1)。

特に、トウモロコシは世界で最も多く栽培される畑地作物であり、窒素利用効率の向上による窒素肥料の損失と環境汚染の低減が、強く求められています。

研究の経緯

国際農研では、作物自身が根から物質を分泌し硝化を抑制する現象「BNI」に着目しており、BNI国際コンソーシアム4)を通じて、世界のBNI研究を主導しています。作物由来のBNI物質は、作物自身が生産する天然物であり、新たな投入を必要としないこと、また、作物の根周辺でより強い活性を示すため、生態系を撹乱する恐れがないことから、扱いやすい技術であることが強みです。BNI産生能力(BNI能)を強化した作物の活用は、温室効果ガスと水質汚濁物質を削減する地球にやさしいスーパー品種等の開発・普及として期待されています(みどりの食料システム戦略5):令和3年5月12日 農林水産省策定)。

これまでに、研究グループはクリーピングシグナルグラス(熱帯牧草)やソルガムといったイネ科の作物からBNI物質を同定して、土壌中でも硝化抑制を示すことを明らかにしています。トウモロコシでは、根の分泌物(二次代謝物質)にBNI能があることは予備的に確認されていましたが、BNI物質の構造は明らかになっていませんでした。根の分泌物は水への溶けやすさによって、疎水性成分と親水性成分に大きく分類できます。水に溶けにくい疎水性成分は溶けやすい親水性成分と比較して、作物の根圏に維持されやすいと予想されます。研究グループは、先ずトウモロコシ根表層に分布する疎水性成分からBNI物質の取得を目指しました。

研究の内容・意義

  1. 根表層の疎水性成分を取得するために、トウモロコシの根の表層を有機溶媒で抽出しました。BNI活性(硝化菌の硝化を抑える力)の強さを指標にして、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)6)により分離・精製を進め、BNI物質を単離しました。
  2. 最も強力なBNI物質の化学構造は、核磁気共鳴装置(NMR)7)による解析により決定し、BNI物質として自然界では初めての「ゼアノン(Zeanone)」を発見しました。発見したゼアノンのBNI活性はED50 8)= 2 μMで、高活性物質として、今まで報告されたBNI物質よりも強力な作用を持つことが明らかになりました(図2)。
  3. 続いて、強力なBNI活性を示すベンゾキサジノイド9)の1種であるHDMBOAも高活性物質として同定しました。この物質はトウモロコシ根の表層抽出物の50%以上を占め、トウモロコシ根のBNIではゼアノンと同様に重要な役割を持つことが推定されます。
  4. また、根内部からHDMBOAの類縁体2種、HMBOAとHDMBOA-β-glucosideを同定しました。
  5. トウモロコシ根のBNI活性の45%は、同定した4物質(ゼアノン、HDMBOA、HMBOA、HDMBOA-β-glucoside)で説明することができました。
  6. 以上の得られた結果から、トウモロコシのBNI発現メカニズムを提案しました(図3)。トウモロコシ根表層から分泌された主要な疎水性BNI物質ゼアノンとHDMBOAは、硝化を抑制することができます。さらに、根内部から滲出したBNI物質も同様に硝化抑制を示します。根内部にあるHDMBOA-β-glucosideは、糖分解酵素10)によって高いBNI活性を持つHDMBOAに変換されます。トウモロコシはBNI物質によって硝化抑制し、安定的にアンモニア態窒素を利用して成長、生理活性物質の産生をすると予想されます。

今後の予定・期待

本研究でトウモロコシ根から発見したBNI物質は、BNI機能を持つトウモロコシの指標として活用でき、BNI強化トウモロコシの開発に繋がります。今後、この研究に加え、トウモロコシ根の根分泌物に含まれる親水性BNI物質の同定、作物間や品種間におけるBNI物質量の比較、圃場試験などを実施することで、農業分野への応用化に向け最適なBNI作物の選別を実施予定です。そして、得られた知見を基に、国際農研は地球に優しく高効率なBNIを活用したトウモロコシ生産システムの開発を推進していきます。

用語の解説
1) 生物的硝化抑制(BNI)
生物的硝化抑制(Biological Nitrification Inhibition)の略称で、植物自身が根から物質を分泌し硝化を抑制することを指しています。硝化は、限られた微生物(硝化菌)がアンモニア態窒素から硝酸態窒素へと酸化する経路のことです。作物の根圏土壌の硝化速度を低く維持できれば、作物による施肥窒素の吸収は増加して窒素利用効率が向上し、結果として減肥が可能となるとともに、硝酸態窒素に起因する環境問題の解決へと繋がります。
2) アンモニア態窒素
窒素肥料の成分のうちアンモニウム塩の状態のものを指します。アンモニア態窒素は硝化により硝酸態窒素に変換されます。
3) 二次代謝物質
生物が生きるために必須となるタンパク質、アミノ酸、DNA、ビタミンなどを一次代謝物質といいます。また、一次代謝物質を基に産み出される、テルペノイド、アルカロイド、ポリケタイドといった物質群を二次代謝物質といいます。一般的に天然物という言葉は二次代謝物質のことを指し、生理活性を持つものが多く知られています。
4) BNI国際コンソーシアム
国際農研を中心としたBNI研究に関わる機関によって、2015年に結成された国際的な組織です。2年に一度、BNI研究の進捗を共有することに加えて、未来のBNI研究をどう進めるか、BNI機能を農業の現場で使える技術として発展させるために必要な研究は何か、BNIの導入が社会経済や環境に及ぼすポテンシャルを測るための研究(ex-ante impact assessment)などを議論しています。
5) みどりの食料システム戦略
食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するため、中長期的な観点から戦略的に取り組む農林水産省の政策方針であり、令和3年5月12日に策定されました。
6) 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
High Performance Liquid Chromatographyの略です。多種多様な物質を含む混合物をカラムに通し、高圧で溶離液を流し、物質の物理化学的特性に応じて分離するための分析機器です。
7) 核磁気共鳴装置(NMR)
Nuclear Magnetic Resonanceの略です。物質の分子構造を原子レベルで解析するための装置です。
8) ED50
Effective Dose 50の略です。50%有効量といい、その物質を投与したとき、生物の半数に反応を引き起こす濃度のことを指します。ED50値が小さいほど活性が高いといえます。
9) ベンゾキサジノイド
トウモロコシやコムギといった、イネ科植物に主に分布する物質群のことです。抗真菌活性、抗菌活性、抗虫活性といった幅広い生理活性を持っていることが知られています。
10) 糖分解酵素
炭水化物(糖)分子と別分子のグリコシド結合を加水分解して切断する酵素(グリコシダーゼ)のことです。今回の研究で同定したHDMBOAは、HDMBOA-β-glucosideのβ-glucosideが糖分解酵素(例:β-グルコシダーゼ、アミラーゼ)によって切断・分離された構造を持ちます。

図1. 土壌中における窒素肥料の変換過程(硝化)

図1. 土壌中における窒素肥料の変換過程(硝化)

図2. トウモロコシ根から見出したBNI物質の活性の強さと構造

図2. トウモロコシ根から見出したBNI物質の活性の強さと構造
(各物質名の括弧の中はBNI活性の強さを示しています。数値が小さいほど活性が強いことを意味しています。)

図3. 予想されるトウモロコシの生物的硝化抑制(BNI)のメカニズム

図3. 予想されるトウモロコシの生物的硝化抑制(BNI)のメカニズム

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