滑膜肉腫に対する新しいα線標的アイソトープ治療薬候補を開発

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若年層に多く、治りにくく予後が悪い、滑膜肉腫に新たな治療法として期待

2018-06-28 量子科学技術研究開発機構,徳島大学,公益財団法人がん研究会

発表のポイント
  • 滑膜肉腫1)がん細胞に結合してα線2)を放出する標的アイソトープ治療3)薬候補211At-抗 FZD10抗体4)を作製し、滑膜肉腫モデルマウスに投与して、がん増殖抑制効果を確認した
  • 効果的な治療法が無く、予後が非常に悪いがんの一つである滑膜肉腫に対する新たな治療法となることが期待される

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)放射線医学総合研究所 臨床研究クラスタ重粒子線治療研究部 放射線がん生物学研究チームの長谷川純崇チームリーダー・李惠子日本学術振興会特別研究員、分子イメージング診断治療研究部の東達也部長は、国立大学法人徳島大学、公益財団法人がん研究会と共同で、滑膜肉腫(がん)に対するα線放出核種を用いた治療薬候補の作製に成功し、動物実験によりそのがん増殖抑制効果を明らかにしました。
滑膜肉腫は、皮下組織や筋肉などの軟部組織から発生する悪性軟部肉腫の一つです。発症頻度は少なく「希少がん」に分類されますが、主に若年層に発症し、四肢を中心に全身に発症するがんです。がんが限局している場合は手術による切除が第一選択で、外照射放射線治療や化学療法も行われます。しかし、切除ができない場合や、転移がある場合は治療困難で予後が悪く、効果的な治療がないため、新たな治療法が望まれていました。
量研では、放射線の飛ぶ距離が細胞数個分で、当たった細胞を殺傷する能力が高いα線を放出する核種アスタチン-211(211At)を加速器で効率よく製造することに成功しています(2016年6月13日プレスリリース)。この211Atを滑膜肉腫がん細胞だけに届けることが出来れば、周囲の正常細胞を傷つけることなく、がん細胞を殺傷することが可能です。そこで、本研究チームは、滑膜肉腫がん細胞の細胞表面に多く存在しているFZD10というタンパク質5)に結合する抗体(以下、「抗FZD10抗体」という。」)に、211Atを付加したα線標的アイソトープ治療薬候補として211At-抗 FZD10抗体を作製しました。211At-抗 FZD10抗体を、滑膜肉腫のモデルマウスに1回投与したところ、滑膜肉腫に対してがん増殖抑制効果があることを確認しました。一方で、副作用の指標となる体重減少は認められませんでした。更に、α線と同様にがん細胞殺傷能力を有するβ線6)を放出するアイソトープであるイットリウム-90(90Y)を付加した90Y- 抗FZD10抗体と211At-抗 FZD10抗体のがん増殖抑制効果を比べたところ、211At- 抗FZD10抗体は90Y- 抗FZD10抗体よりも、投与してすぐに、かつ、少ない投与量でがん増殖抑制効果を発揮することが明らかとなりました。これらの研究成果から、滑膜肉腫に対して、211At-抗 FZD10抗体によるα線標的アイソトープが副作用の少ない効果的な治療法となることが期待されます。
この成果は、がん研究の分野でインパクトの大きい論文が数多く発表されている日本癌学会誌「Cancer Science」2018年6月28日にオンライン掲載されました。

研究の背景と目的​

滑膜肉腫は皮下組織や筋肉などの軟部組織から発生する悪性軟部肉腫の一つです。発症頻度は少ない「希少がん」ですが、10~40代の若年層に、四肢を中心に全身に発生するがんです。限局している場合は、手術や化学療法、外照射放射線治療により治癒も期待出来ますが、しばしば肺転移やリンパ節転移をきたす、治療困難で予後が不良な悪性疾患(がん)のひとつです。希少がんであることから、あまり研究が進んでいないこともあり、効果的な薬剤や治療法の開発が強く望まれている状況です。
量研は、放射線の飛ぶ距離が細胞数個分で、当たった細胞を殺傷する能力が高いα線を出す核種211Atを加速器で製造することに成功しています。この211Atを滑膜肉腫がん細胞に効率よく届けることが出来れば、周囲の正常組織に障害を与えることなく滑膜肉腫を治療することが可能ではないかと研究チームは考えました。
 211Atを滑膜肉腫がん細胞に届ける手法として、正常細胞と比べて滑膜肉腫がん細胞の表面に非常に高密度に存在しているFZD10タンパク質に着目しました。そこで、オンコセラピー・サイエンス株式会社が作製した、FZD10タンパク質に強く結合する抗体医薬抗FZD10抗体に211Atを付加した211At- 抗FZD10抗体を作製し、滑膜肉腫に対するそのがん増殖抑制効果をモデル動物において実証することを目的としました。

研究の手法と成果

211Atを抗FZD10抗体に結合させたα線標的アイソトープ治療薬候補、211At-抗 FZD10抗体を作製し、滑膜肉腫がん細胞を皮下に移植した滑膜肉腫モデルマウスに抗FZD10抗体単体および211At- 抗FZD10抗体をそれぞれ1回静脈投与して、がんの大きさとモデルマウスの生存期間について約30日間観察しました。また、α線とβ線の治療効果を比較するため、β線を出す治療薬候補90Y- 抗FZD10抗体も作製し、α線標的アイソトープ治療薬候補である211At- 抗FZD10抗体とがん増殖抑制効果を比較しました。
その結果、211At-抗 FZD10抗体と90Y-抗 FZD10抗体は、両方とも50μCi(マイクロキュリー)7)の投与で、抗FZD10抗体単体投与群と比べて、有意ながん増殖抑制効果が確認されました。この際、211At-抗 FZD10抗体は投与直後からがんの増殖抑制が見られたにもかかわらず、90Y-抗 FZD10抗体は、がん増殖抑制が確認できたのは投与して数日経ってからでした。更に、半分の投与量である25μCi(マイクロキュリー)では、90Y- 抗FZD10抗体にがん増殖抑制効果が見られなかったのに対し、211At- 抗FZD10抗体では25μCi(マイクロキュリー)投与でもがんの増殖抑制効果が確認されました(図1)。なお、生存期間については両方、50μCi(マイクロキュリー)投与で生存期間が延長しておりました。
 211At- 抗FZD10抗体および90Y-抗FZD10抗体投与群では、副作用として懸念された体重減少は観察されませんでした。
滑膜肉腫に対する新しいα線標的アイソトープ治療薬候補を開発
図1 がん増殖抑制効果の解析結果
マウスに移植された滑膜肉腫がんのサイズ変化をグラフ化。左が211At- OTSA101(211At- 抗FZD10抗体)、右が90Y-OTSA101(90Y- 抗FZD10抗体)。グラフの縦軸は、腫瘍サイズで単位はmm3(立方ミリメートル)。横軸は薬剤投与からの日数。両薬剤とも50μCi(マイクロキュリー)投与で非標識抗体投与群(intact IgG; グラフの黒実線)と有意にがんの増殖が抑えられた(211At- 抗FZD10抗体は左図の緑実線、90Y-抗 FZD10抗体は右図の緑点線)。ただし、211At- 抗FZD10抗体は投与直後にがん増殖抑制効果が現れているが、90Y- 抗FZD10抗体は投与後しばらくがん増殖が認められ、投与数日後から抑制され始めた。211At- 抗FZD10抗体は25μCi(マイクロキュリー)でも有意にがん増殖が抑制された(青実線)。

今後の展開

本成果により、211At- 抗FZD10抗体によるα線標的アイソトープ治療は、滑膜肉腫に対する副作用の少ない、効果的な治療法となることが期待されます。今後はヒトへの応用に向けて、ヒトへの投与に適した薬剤合成、安全性の検討や治療最適化のための検討などに取り組み、臨床研究に進めていきたいと考えています。

用語解説

1)滑膜肉腫
滑膜肉腫は皮下組織や筋肉などの軟部組織から発生する悪性軟部肉腫の一つです。発症頻度は少ない希少がんですが、若年層を中心に発症し、しばし肺転移やリンパ節転移を伴う治療困難、予後の悪い疾患です。発症場所としては四肢が多いですが、全身に腫瘤として発症します。
2)α線
α線はヘリウム(He)原子核が非常に速いスピードで飛んでいるものです。物質中を通過する際、物質と相互作用し、例えば物質中の分子が持っている電子を弾き飛ばす(電離といいます)ことで、物質に対してエネルギーを付与します。α線(He原子核)は質量が大きく、物質中の分子などと衝突しやすいため、透過性が非常に低く、紙一枚で遮断することができる代わりに、物質中では短い通過距離で高いエネルギーを付与することから、分子などを密に電離することができます。α線を細胞に照射した場合、DNAに修復することが難しいキズ(DNA二重鎖切断)ができます。この現象はα線が、がん細胞を効果的に殺滅できる理由のひとつです。
3) 標的アイソトープ治療
細胞傷害能力を有する粒子放射線(α線やβ線)を放出する放射性同位体を用いた治療法。RI内用療法、核医学治療とも呼ばれます。放射性同位体を体内に注射し、がん細胞だけを標的として、がん細胞に粒子放射線を体内から照射し殺傷します。
4) 211At- 抗FZD10抗体
α線を放出する核種であるアスタチン-211(211At)を抗FZD10抗体に標識した放射性抗体医薬品候補です。抗FZD10抗体は、滑膜肉腫で高発現しているFZD10タンパク質に結合する抗体で、オンコセラピー・サイエンス株式会社で作製されました。FZD10タンパク質は、細胞の表面に存在するタンパク質で滑膜肉腫に対する新規治療薬開発の標的分子とされています。
5)FZD10タンパク質A
FZD10はFrizzled homologue 10の略称です。細胞表面に存在しているタンパク質で、細胞の増殖や分化などに関与しているタンパク質と言われています。滑膜肉腫で高い発現をしており、滑膜肉腫がん細胞の増殖に関与していることがわかっています。
6)β線
β線は電子が非常に速いスピードで飛んでいる放射線の一種です。アイソトープの原子核から放出されるβ線もα線同様にDNAにキズをつけますが、α線に比べると修復しやすいキズをつけると言われており、その細胞殺傷効果はα線に比べると低いとされています。
7)Ci(キュリー)
放射能の単位。27.0×10-12Ci=1Bq(ベクレル)。

論文について

α-particle therapy for synovial sarcoma in the mouse using an astatine-211-labeled antibody against frizzled homolog 10 , Cancer Science
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1111/cas.13636
Huizi Keiko Li1,2,3, Aya Sugyo4, Atsushi B. Tsuji4, Yukie Morokoshi1, Katsuyuki Minegishi5, Kotaro Nagatsu5, Hiroaki Kanda6, Yosuke Harada7, Satoshi Nagayama8, Toyomasa Katagiri9, Yusuke Nakamura10, Tatsuya Higashi4, and Sumitaka Hasegawa1
1Radiation and Cancer Biology Team, National Institute of Radiological Sciences (NIRS), National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology (QST), Chiba, Japan
2Graduate School of Medical and Pharmaceutical Sciences, Chiba University, Chiba, Japan
3Japan Society for the Promotion of Science, Tokyo, Japan
4Department of Molecular Imaging and Theranostics, NIRS, QST, Chiba, Japan
5Targetry and Target Chemistry Team, NIRS, QST, Chiba, Japan
6Department of Pathology, The Cancer Institute of the Japanese Foundation for Cancer Research (JFCR), Tokyo, Japan
7OncoTherapy Science, Inc., Kanagawa, Japan
8Department of Gastroenterological Surgery, Caner Institute Hospital, JFCR, Tokyo, Japan
9Division of Genome Medicine, Institute for Genome Research, Tokushima University, Tokushima, Japan
10Department of Medicine, The University of Chicago, Chicago, IL, USA

有機化学・薬学
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