免疫機能がコレステロール調節機構を利用し炎症を収束させる仕組みを発見

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炎症性疾患の新たな治療法開発に期待

2021-10-11 慶應義塾大学医学部,日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部皮膚科学教室の高橋勇人准教授、天谷雅行教授、米国国立衛生研究所菅野由香博士(Staff Scientist)、ジョン・オシェア博士(Scientific Director)らの国際合同研究チームは、コレステロール代謝に関連した新たな炎症抑制機構を発見しました。

これまでの研究では、免疫系や代謝系に関して、別々に研究がなされ、それぞれの役割が別々に理解されてきました。今回、免疫が脂質代謝を利用して、炎症を収束させる仕組みがあることが分かりました。この基礎研究の成果は、炎症をともなう疾患の新しい治療法の開発につながる成果です。

免疫細胞を含む全ての細胞において、脂質の一種であるコレステロールは細胞の活動に必須な物質です。細胞内のコレステロールが不足すると、コレステロールの合成が活発になり、濃度が適切に維持される仕組みがあります(図1)。この仕組みに重要な役割を果たす物質として、コレステロールとコレステロールが酸化されてできるオキシステロール(注1)があります。同じ仕組みは免疫細胞にもあると考えられています。

免疫機能がコレステロール調節機構を利用し炎症を収束させる仕組みを発見
【図1】

今回、研究チームは免疫細胞の一つであるCD4陽性T細胞(注2)が、25水酸化コレステロール(25OHC、注3)を分泌することを見つけました。25OHCはオキシステロールの一種です。分泌された25OHCは周囲の免疫細胞に作用し、コレステロールの濃度調節機構を介してコレステロール合成機能を弱め、コレステロールの枯渇状態を引き起こしました。その結果、炎症を引き起こす免疫細胞がその活動に必要なコレステロールを確保することができず、細胞死に陥ることで、炎症が収束することを明らかにしました(図2)。


【図2】

本研究成果は2021年10月8日(米国東部標準時)に国際学術雑誌『Science Immunology』のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

コレステロールは私達の細胞の活動に必要な構成要素です。コレステロールは体内の酵素によりオキシステロールに代謝されます。細胞内のコレステロールとオキシステロールの量が増えると、コレステロールの合成が止まり、細胞内コレステロール濃度が適正に保たれる仕組みは既に知られていました(図1)。

一方、体内で生じた炎症はさまざまな仕組みで適切に収束されることで、組織に余計な損傷を与えることなく消えていきます。例えば感染症では、ウイルスや細菌などの病原体を排除するために炎症が生じますが、炎症を収束する適切な仕組みが存在するため、病原体をきちんと排除しながらも、適切なタイミングで炎症が落ち着き、組織は正常な状態に戻ります。インターロイキン-27(IL-27、注4)は、この炎症を収束させる機構の一つとして重要なサイトカインで、IL-27を欠失したマウスでは、感染症の際に、組織が必要以上の炎症による損傷をうけることが知られています。しかし、IL-27が炎症を収束させる仕組みは、完全には理解されていませんでした。

本研究の成果

本研究では、まず、IL-27がCD4陽性T細胞に作用すると、T細胞がコレステロール25-水酸化酵素(Ch25h)を発現し、その代謝産物である25水酸化コレステロール(25OHC、オキシステロールの一種)を分泌することを示しました(図2)。

次に、25OHCを活性化したCD4陽性T細胞(炎症と関係)に作用させると細胞が死滅しました。一方、活性化していないT細胞(炎症と無関係)ではこの作用は観察されませんでした(図3)。


【図3】活性化状態に特異的な25OHCの作用培養T細胞の生存率の測定結果。T細胞を活性化させた状態では、25OHCを作用させると生存率が低下するが(51.9% vs 14.0%)、活性化していない状態では、25OHCは生存率に影響しない(26.4% vs 30.4%)。


次に、25OHCの作用をうけ、死滅していくT細胞を調べると、細胞のコレステロール合成機能が著しく低下しており、T細胞がコレステロールを作り出すことができない状態にあることが分かりました。そこで、コレステロールを外から補充すると細胞の死滅を回避できたことから、25OHCによるT細胞の死滅は、細胞内のコレステロールが不足するために生じていることが分かりました(図4)。


【図4】コレステロール補充による25OHCの細胞死誘導作用の回避培養T細胞の生存率の測定結果。コレステロールの補充がない状態では25OHCの作用で生存率が低下し、細胞死が誘導される(40.7% vs 1.9%)。コレステロールの補充があると25OHCの作用があっても生存率に差はない(39.3% vs 41.2%)。


次に、皮膚の表皮細胞を攻撃する自己反応性CD4陽性T細胞が皮膚炎を起こす動物モデルを用いて、生体内でのCh25hの機能を検証しました。この皮膚炎モデルでは皮膚に入り込んでいるT細胞にCh25hの発現が確認されましたが、皮膚の所属リンパ節のT細胞では確認されませんでした。つまり、皮膚炎を起こしている場所にいるT細胞にCh25hが発現すると考えられました。一方、IL-27の作用がない条件では、皮膚炎に存在するT細胞のCh25hの発現が低下し(図5)、皮膚炎が増悪することがわかりました。次に、このT細胞からCh25hを欠失させただけで、皮膚炎が増悪しました(図6)。さらに別の動物モデルとして、マウスの皮膚に化学物質を塗布し皮膚炎を発症させる接触皮膚炎モデルにおいては、Ch25hを欠失したマウスでは皮膚炎の収束が遅延しました。


【図5】皮膚炎モデルでの皮膚浸潤T細胞におけるCh25hの発現量皮膚炎モデルの皮膚(黒色)とリンパ節(灰色)からT細胞を単離し、Ch25hの発現量を測定した。リンパ節ではT細胞はCh25hを発現していなかった。皮膚ではT細胞のCh25hの発現が認められ、IL-27の作用がない条件ではその発現量は有意に低下した。


【図6】T細胞で発現するCh25hの皮膚炎モデルへの影響皮膚炎モデルの臨床スコアの経時的結果。皮膚炎を引き起こすT細胞がCh25hを欠損すると(赤)、通常条件(青)よりも皮膚炎の程度が有意に悪化した。皮膚炎の程度を数値化して臨床スコアとして算出した。


以上より、IL-27はCh25h発現CD4陽性T細胞を炎症局所に誘導し、25OHCの分泌を促すことで、周囲の炎症に関連する免疫細胞に作用し、免疫細胞のコレステロールを不足させることで細胞を死滅させ、その結果、組織の炎症が収束していく仕組みが存在すると考えられました(図2)。

本研究の意義・今後の展開

これまでの研究では、免疫系や代謝系に関して、別々に研究がなされ、それぞれの役割が別々に理解されてきました。代謝系の従来の研究において、オキシステロールを介した細胞内コレステロール濃度の調節機構は、多くの細胞で機能している脂質代謝調節の仕組みとして以前から知られてきましたが、コレステロールの濃度を調節する本来の目的以外の役割は知られていませんでした。今回の研究成果は、炎症を収束させるためにコレステロール調節機構を免疫機能が利用しているという全く新しいコンセプトを確立し、免疫系と代謝系の接点を明らかにした点で、私たちの体の仕組みを理解するうえで大きな前進と考えられます。

また、25OHCによる細胞を死滅させる作用が、活性化したT細胞のみに観察される理由として、活性化したT細胞は細胞分裂が盛んで、その細胞機能を維持するためにコレステロールの需要が高い状態にあることが考えられます。25OHCの作用により自らコレステロールが作れなくなった状態では、この高い需要を満たせなくなるために、細胞機能が維持できずに死滅すると考えられます。一方、活性化していないT細胞はコレステロールの需要は高くないため、25OHCによる影響を受けにくく、細胞が死滅しにくい状況にあると考えらえます。炎症の病態に直接関与している免疫細胞は活性化状態にあると考えられます。したがって、本研究で発見した仕組みをうまく利用できれば、病気を起こしている免疫細胞のみをうまく死滅させる治療法が開発できるかもしれません。炎症性疾患などに対して、従来の免疫に作用する治療法の多くは、病気と無関係な細胞にも作用することで、さまざまな副作用を引き起こします。そのような副作用の少ない治療法の開発が、本研究成果の利用により将来的に期待されます。

論文
英文タイトル
Cholesterol 25-hydroxylase is a metabolic switch to constrain T cell-mediated inflammation in the skin
タイトル和訳
コレステロール25-水酸化酵素は皮膚におけるT細胞を介した炎症を抑制する代謝スイッチである
著者名
高橋勇人、野村尚志、入來景悟、久保亜紀子、勇昂一、三上洋平、向井美穂、佐々木貴史、山上淳、工藤純、伊藤宏美、鎌田亜紀、紅林泰、吉田裕樹、吉村昭彦、Hong-Wei Sun、末松誠、John O’Shea、菅野由香、天谷雅行
掲載誌
Science Immunology(オンライン版)
DOI
10.1126/sciimmunol.abb6444
共同研究グループ

慶應義塾大学医学部皮膚科学教室(高橋勇人、野村尚志※1、入來景悟、勇昂一、向井美穂、山上淳、伊藤宏美、鎌田亜紀、天谷雅行)
米国 National Institutes of Health, National Institute of Arthritis and Musculoskeletal and Skin Diseases(菅野由香、三上洋平※2、Hong-Wei Sun、John O’Shea)
慶應義塾大学医学部医化学教室(久保亜紀子、末松誠)
慶應義塾大学医学部百寿総合研究センター(佐々木貴史)
慶應義塾大学医学部遺伝子医学研究室(工藤純※3)
慶應義塾大学医学部病理学教室(紅林泰)
佐賀大学医学部医学科分子生命科学講座(吉田裕樹)
慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室(吉村昭彦)

※1 2019年6月30日まで在籍。
※2 現所属は慶應義塾大学医学部内科学教室(消化器)。
※3 2019年5月31日まで在籍。

特記事項

本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構「革新的先端研究開発支援事業」(JP19gm5910015, JP18gm1210001, JP20gm1110009)、「橋渡し研究加速ネットワークプログラム・慶應義塾大学拠点シーズA」(JP15lm0103010)、JSPS科研費(JP26293258, JP19H01051, JP20H03666, JP 21H05044)、国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業ERATO「末松ガスバイオロジープロジェクト」、JSID Fellowship Shiseido Research Grant、LEO Foundation Research Grant、公益財団法人武田科学振興財団研究助成金、公益財団法人持田記念医学薬学振興財団研究助成金、慶應義塾学事振興資金、Intramural Research Programs of NIAMS(1 ZIA AR041159-09)などの支援によって行われました。なお、末松誠教授は、本研究に関する研究開発費をAMEDから受給していません。

用語解説
(注1)オキシステロール
コレステロールにOH基が付き酸化された化合物の総称。
(注2)CD4陽性T細胞
T細胞は免疫機能の中心的役割をはたす免疫細胞の一種で、そのうちCD4分子を表面にもつT細胞のこと。抗体を作るB細胞に働きかけて、抗体の産生を促すほか、多様なサイトカインや生理活性物質を放出し、感染防御や自己免疫疾患などのさまざまな病態に関与する。
(注3)25水酸化コレステロール
オキシステロールの一種。コレステロールの25番目の炭素にOH基が付加されたもの(下図の赤下線部分)。
(注4)インターロイキン-27(IL-27)
サイトカインの一種。サイトカインは主に免疫細胞などが分泌する可溶性のタンパク質で、細胞外に放出された後に別の細胞に作用し、さまざまな生理活性を発揮する。
お問い合わせ先

本発表資料のお問い合わせ先
慶應義塾大学医学部 皮膚科学教室
准教授 高橋勇人(たかはし はやと)

本リリースの配信元
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課
山崎・飯塚

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

有機化学・薬学
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