北海道におけるエゾウイルス熱を発見~マダニが媒介する新たなウイルス感染症~

ad

2021-10-11 北海道大学,長崎大学,酪農学園大学,北海道医療大学,日本医療研究開発機構

研究成果のポイント
  • マダニが媒介する新たなウイルス感染症、エゾウイルス熱を発見。
  • 2014年以降、少なくとも7名の感染者が北海道内で発生していることが判明。
  • マダニや野生動物にもエゾウイルスが感染しており、北海道内に定着している可能性を示唆。
概要

北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所の松野啓太講師らの研究グループは、同大学院獣医学研究院、同大学ワンヘルスリサーチセンター、市立札幌病院、北海道立衛生研究所、国立感染症研究所、長崎大学、酪農学園大学、北海道医療大学らと共同で、発熱や筋肉痛などを主徴とする感染症の原因となる新しいウイルスを発見し、このウイルスをエゾウイルスと命名しました。エゾウイルス(図)は、クリミア・コンゴ出血熱ウイルスなどと同じブニヤウイルス目ナイロウイルス科に分類される新たなウイルスです。エゾウイルス感染者は2014年から2020年までの7年間で少なくとも7名おり、いずれの方もマダニに刺された数日から約2週間後に発熱や筋肉痛などを訴えていました。また、7名ともに、北海道内での感染が疑われています。これまでのところ、エゾウイルス感染症(エゾウイルス熱)による死者は確認されていません。道内で採集されたマダニからウイルス遺伝子が検出され、また、エゾシカなどの野生動物からウイルスタンパク質に対する抗体が検出されたことから、エゾウイルスは北海道内に定着していると考えられます。

なお、本研究成果は、2021年9月20日(月)公開のNature Communications誌にオンライン掲載されました。

北海道におけるエゾウイルス熱を発見~マダニが媒介する新たなウイルス感染症~
図 エゾウイルス粒子の電子顕微鏡写真

研究背景

マダニは人間や動物から吸血する節足動物で、様々な病原体を媒介します。北海道ではダニ媒介脳炎の原因となるダニ媒介脳炎ウイルスや、ライム病や回帰熱の原因となるボレリア属細菌が確認されています。一方、西日本から関東にかけては、日本紅斑熱の原因となるリケッチア属細菌に加え、最近では重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の原因となるSFTSウイルスが問題となっています。解析技術の発展により世界各地のマダニからウイルスを含む新たな微生物が次々と発見されており、マダニ中には未発見の病原体がまだ存在していると考えられています。

研究チームは2019年に北海道でマダニと思われる虫に刺された後、発熱と下肢痛を主訴に受診した患者1名から、過去に報告されていない新規ナイロウイルスを検出し、国立感染症研究所刊行の病原微生物検出情報に報告しました(IASR Vol.41 p11-13:2020年1月号)。今回の研究は、当該患者の症例報告を含む続報です。

研究手法

2019年及び2020年に札幌市内の病院を受診した2名の患者の検体から、免疫不全マウスと培養細胞を用いてウイルスを分離培養しました。これらの患者はいずれも、マダニに刺された後、数日~2週間程度のうちに発熱・血小板減少といった急性症状を示した方です。培養したウイルスは、遺伝子配列解析装置を用いてウイルス種を同定しました。また、ウイルス遺伝子の検出方法と、ウイルスに対する特異抗体の検出方法をそれぞれ樹立し、本感染症の実態把握のための疫学調査を行いました。

研究成果

培養したウイルスの遺伝子解析の結果、2名の患者は未知のナイロウイルス(*1)に感染していたことが分かりました。研究チームはこの新たなウイルスをエゾウイルス(Yezo virus)と命名しました。患者が発熱していた期間にエゾウイルス遺伝子が血中から検出され、解熱後に消失していたことから、急性の熱性疾患の原因がエゾウイルスであると考えられました。

樹立した遺伝子検査法を用いて、北海道立衛生研究所が保有する248検体を後方視的に調査しました。これらの検体は、マダニに刺された後に発熱するなどしてダニ媒介性感染症が疑われ,同所に検査依頼があった症例の残余検体です。248検体から5つのエゾウイルス遺伝子陽性検体が見つかり、最も古い陽性検体は2014年のものでした。先の2症例を合わせると、2014年から2020年までの間に合計7名の感染者が発生していたことになります。これらの感染者に共通する点は、6~8月にマダニに刺されてから数日~2週間の間に発熱や食欲不振が始まり、病院にかかった際には血小板減少や白血球減少、肝臓の機能を示す検査項目の異常値といった、SFTSでも良く見られる症状を示していたことです。なお、これら7名は北海道内での感染が疑われています。また、7名の感染者のうち回復後の検体が残っていた4名については、エゾウイルスに対する抗体ができていたこともわかりました。

ウイルス遺伝子の全長塩基配列を解読し、系統解析した結果、エゾウイルスはナイロウイルス科の中ではオルソナイロウイルス属に分類され、2016年にルーマニアでマダニから見つかったスリナウイルス(Sulina virus)に最も近縁であることが判明しました。スリナウイルスの人や動物に対する病原性はわかっていません。一方、スリナウイルスの次にエゾウイルスに近縁なタムディウイルス(Tamdy virus)のグループは、中華人民共和国黒竜江省や新疆ウイグル自治区において、ヒトに急性熱性疾患を起こすウイルスとして報告されています(X Liu et al. 2020 Clin Infect Dis. DOI:10.1093/cid/ciz602,J Ma et al. 2021 Nat Med. DOI:10.1038/s41591-020-01228-y)。

樹立した抗体検査法を用いて、北海道内の野生動物におけるエゾウイルスに対する抗体調査を実施したところ、エゾシカで0.8%(6/785個体、2010年~2019年)、アライグマで1.6%(3/182個体、2017年~2020年)の抗体陽性個体が見つかりました。また、同じく北海道内のマダニにおけるエゾウイルス遺伝子調査を実施したところ、調査したオオトゲチマダニ、ヤマトマダニ、シュルツェマダニでそれぞれ、3.7%(4/108個体)、1.9%(4/213個体)、1.3%(2/156個体)がエゾウイルス遺伝子陽性でした。これらの結果は、エゾウイルスが他のナイロウイルス同様にマダニによって媒介されるウイルスで、既に北海道に定着していることを示しています。

今後への期待

エゾウイルス感染症(エゾウイルス熱)は、日本国内では初めて確認されたナイロウイルスによる感染症です。ナイロウイルスのほとんどは、マダニの吸血によって媒介されるウイルスであり、エゾウイルスも同様にマダニの吸血によって体内に侵入すると考えられます。エゾウイルス熱の主症状である発熱や血小板減少などは、同じくダニ媒介性感染症であるSFTSや回帰熱に類似しているため、診断を目的に各地でエゾウイルス検査体制を早急に整える必要があります。

本研究では北海道のみを研究対象としていましたが、本州の一部地域で実施した調査では野生動物からエゾウイルス特異抗体が確認されており(未発表)、北海道以外の地域でもエゾウイルス熱患者が発生する可能性があります。エゾウイルスという名はブニヤウイルスの慣習的な命名則に従い、最初にウイルスが発見された地域の地名にちなんだものであり、分布が北海道に限定されているという含意はありません。今後の調査で、エゾウイルスの全国的な分布状況や患者発生動向を明らかにしていく予定です。

エゾウイルス熱による死者は今回の調査では確認されませんでしたが、エゾウイルスに感染した患者の病気の進行や重症度、及びSFTSや回帰熱などとの症状の違いについて、より多くの患者を追跡して情報を得る必要があります。また、今回の研究でエゾウイルスとボレリア属細菌に重複して感染している検体が複数見つかったことから、これまで回帰熱と診断されていた症例に一定数のエゾウイルス熱患者が含まれていたと考えられます。実験動物を用いた実験室内感染モデルを樹立するなどして、エゾウイルス熱の病態解析を進める必要があります。

少なくとも北海道の林野においては、これまでもマダニがエゾウイルスを保有していたと考えられるため、今回の発見により当該地域を訪問する危険性が突然高くなるわけではありません。また、マダニなどの吸血性節足動物に咬まれることで感染症に罹患するリスクは、地域を問わず存在します。お住まいの、あるいは訪問先の地域の自治体から出されている注意喚起やマダニ情報などに留意してください。

北海道大学大学院獣医学研究院と人獣共通感染症国際共同研究所は共同でワンヘルスリサーチセンターを設立し、今回発見したエゾウイルス熱のような未知の疾患の原因探索を、ヒト・動物の垣根なく受け入れる体制を構築しています。この体制を生かし、今後も社会貢献に努めてまいります。

なお、本研究は各機関における倫理審査委員会等の承認を得て実施しました。

研究費

本研究は、以下の研究費の助成の下で行われました。

日本医療研究開発機構(AMED)研究費
  • 2020年度~2021年度  新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の対策に資する開発研究」(代表:西條政幸)
  • 2015年度~2019年度 感染症研究国際展開戦略プログラム「人獣共通感染症の克服に向けた国際共同研究開発戦略」(代表:澤 洋文)
  • 2020年度~2021年度 新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点研究領域)「ザンビア拠点を活用した人獣共通感染症対策に資する研究と人材育成」(代表:澤 洋文)
科学研究費助成事業(科研費)
  • 2016年度~2020年度 新学術領域研究(研究領域提案型)「ネオウイルス学:生命の源流から超個体、そしてエコ・スフィアーへ」(代表:河岡義裕)
  • 2016年度~2020年度 新学術領域研究(研究領域提案型)「吸血性節足動物・被吸血動物の内在性ウイルスエレメントの網羅的検索と機能解析」(代表:澤 洋文)
  • 2017年度~2020年度 基盤研究(B)「脊椎動物・節足動物比較によるウイルス感染制御コアネットワーク探索」(代表:松野啓太)
  • 2017年度~2020年度 基盤研究(B)「ウイルス由来ノンコーディングRNAによるフラビウイルス感染制御メカニズムの解明」(代表:好井健太朗)
  • 2019年度~2023年度 基盤研究(B)「マダニに潜む病原体のグローバルプロファイリング」(代表:松野啓太)
  • 2020年度~2023年度 若手研究「一回感染性ウイルス様粒子を用いたフラビウイルス脳炎における診断法の確立と実用化」(代表:山口宏樹)
民間助成研究費
  • 秋山記念生命科学振興財団
論文情報
掲載雑誌
Nature Communications. 2021 Sep 20;12(1):5539.
タイトル
A novel nairovirus associated with acute febrile illness in Hokkaido, Japan(北海道における急性熱性疾患に関連した新規ナイロウイルス)
著者名
児玉文宏1,2、山口宏樹3、Eunsil Park4、立本完吾4、佐鹿万里子5、中尾亮6、寺内悠里乃7、水間奎太8、大場靖子9,10、苅和宏明7、萩原克郎11、岡崎克則12、後藤明子3、駒込理佳3、三好正浩3、伊東拓也3、山野公明3、好井健太朗13、船木千秋9、石塚万里子9、重野麻子14、板倉友香里9、Lesley Bell-Sakyi15、枝川峻二1、永坂敦1、迫田義博8、澤洋文9,10,16、前田健4、西條政幸17、松野啓太10,14,16.
所属
1市立札幌病院
2長岡赤十字病院
3北海道立衛生研究所感染症センター
4国立感染症研究所獣医科学部
5北海道大学大学院獣医学研究院野生動物学教室
6北海道大学大学院獣医学研究院寄生虫学教室
7北海道大学大学院獣医学研究院公衆衛生学教室
8北海道大学大学院獣医学研究院微生物楽教室
9北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所分子病態・診断部門
10北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所
11酪農学園大学獣医学群
12北海道医療大学薬学部免疫微生物学教室
13長崎大学感染症共同研究拠点
14北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所危機分析・対応部門
15Department of Infection Biology and Microbiomes, Institute of Infection, Veterinary and Ecological Sciences, University of Liverpool
16北海道大学ワンヘルスリサーチセンター
17国立感染症研究所獣医科学部ウイルス第1部
doi
10.1038/s41467-021-25857-0
用語説明
*1 ナイロウイルス
ブニヤウイルス目ナイロウイルス科に分類されるウイルス。代表的なナイロウイルスとしては、出血熱の原因となるクリミア・コンゴ出血熱ウイルスが挙げられる。
お問い合わせ先

本研究に関すること
北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所
講師 松野啓太(まつのけいた)

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 創薬企画・評価課
新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業

疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点研究領域)

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました