2021-10-21 福島県立医科大学,日本医療研究開発機構
成果情報
公立大学法人福島県立医科大学の橋本康弘名誉教授らは、脳脊髄液中にアルツハイマー病の新規糖鎖マーカーを見出しました。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)医療分野研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラムの研究費の助成を受けて実施しました。
この研究成果は2021年9月14日にスイスの科学雑誌Metabolites(a special issue “Cerebrospinal Fluid Biomarker for Understanding Disease Pathogenesis”)にonline掲載されました。
発表のポイント
トランスフェリン(Tf)は神経機能に必須である鉄のキャリアタンパク質です。神経細胞はユニークな糖鎖1)を持つトランスフェリンを分泌しており、その分泌がアルツハイマー病(AD)で増加することを見出しました。また、既存マーカーとの組み合わせにより、ADが高い精度で診断されました。
研究の背景
ほとんどのタンパク質は糖鎖を結合した形で細胞から分泌されます。その糖鎖の構造は細胞ごとに異なっています。従って、糖鎖は細胞の種類に特有の“目印”、即ちバイオマーカーとなります(糖鎖異性体)。本研究グループは、髄液中のトランスフェリン糖鎖を解析し、神経細胞由来の糖鎖異性体を同定し、そのADマーカーとしての可能性を検討しました。
発表内容
本研究グループは、神経細胞が分泌するトランスフェリン(Tf)が高マンノース型糖鎖を持つことを見出しました(Man-Tf)。高マンノース型糖鎖は、細胞ストレス下のタンパク質フォールディングにおける認識リガンドとなっています(小胞体ストレス反応)。そこで、神経細胞がストレスにさらされ、最終的には細胞死を示す疾患(神経変性疾患)において、脳脊髄液2)中のMan-Tf濃度を調べました。Man-Tfは、AD及びその前段階である軽度認知障害(MCI)で特異的に増加していました。また、ADに特徴的な細胞死マーカーであるリン酸化タウタンパク質(p-tau)濃度と強い相関を示しました。両マーカーの積(Man-Tf x p-tau)を組み合わせマーカーとして用いると、MCIおよびADが高い精度で診断されました。従って、Man-Tfは新しいADマーカーと考えられます。
図 脳脊髄液中のMan-Tfおよびp-tauマーカーの積による診断の感度・特異度MCI:軽度認知障害、AD:アルツハイマー病、PSP:進行性核上麻痺+FTD:前頭側頭型認知症、PD:パーキンソン病+DLB:レビー小体型認知症などの神経変性疾患におけるp-tau x Man-Tfの診断精度を調べました。MCIは感度84%、特異度90%、またADは感度94%、特異度89%と高い診断精度を示しました。診断精度を担保するAUC値はそれぞれ0.92および0.96と高い値を示しました。
研究の意義
Man-TfはMCIを高い精度で診断し、ADよりMCIの方が高い値を示したことから、早期診断マーカーと考えられます。即ち、早期投与が必要な治療薬との組み合わせにより、ADの発症予防の道筋が開かれました。
論文情報
- 論文名
- “Transferrin biosynthesized in the brain is a novel biomarker for Alzheimer’s disease”
脳内で生合成されるトランスフェリンは新規のアルツハイマー病バイオマーカーである - 発表雑誌
- Metabolites(a special issue “Cerebrospinal Fluid Biomarker for Understanding Disease Pathogenesis”)
- doi
- 10.3390/metabo11090616
- URL
- https://www.mdpi.com/2218-1989/11/9/616
用語解説
- 1)糖鎖
- グルコースやガラクトースなどの単糖が鎖状に結合した物質です。ほとんどの分泌タンパク質は糖鎖による修飾を受けています。その糖鎖構造は細胞種に特徴的であることから、細胞特異的なバイオマーカーとなります。神経細胞から分泌されるTfはユニークな糖鎖を持ち、ADの診断マーカーとなります。
- 2)脳脊髄液
- 脳の周囲に存在する体液であり、直接脳組織に接しているので中枢神経疾患のバイオマーカーの宝庫と考えられています。
引用文献
Yuta Murakami, Kiyoshi Saito, Hiromi Ito, Yasuhiro Hashimoto. Transferrin isoforms in cerebrospinal fluid and their relation to neurological diseases. Proceedings of the Japan Academy, Series B, 95, 198-210, 2019 doi: 10.2183/pjab.95.015
お問い合わせ先
研究に関すること
福島県立医科大学
名誉教授 橋本康弘
AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構
医療機器・ヘルスケア事業部 医療機器研究開発課