ゲノムリファレンスパネルとゲノム解析情報を拡充

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日本人全ゲノムリファレンスパネルが14KJPNに構造多型データベースなど公開

2021-12-08 東北大学東北メディカル・メガバンク機構,東北大学高等研究機構未来型医療創成センター,日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • 1万4千人の全ゲノム解析データをもとに日本人全ゲノムリファレンスパネル*114KJPNを公開しました。
  • 日本人にみられる約6万8千個のゲノム構造多型*2とその頻度情報をデータベースとして公開しました。
  • 次世代シークエンス解析の参照配列として実用性を高めた日本人基準ゲノム配列*3の新バージョンJG2.1を公開しました。
  • 連鎖不平衡*4情報をもとにした遺伝地図*5の対象人数を96人から150人に拡大し解像度が向上しました。
概要

東北メディカル・メガバンク計画は、公開データベース日本人多層オミックス参照パネル(jMorp:Japanese Multi Omics Reference Panel)を大幅に更新し、1万4千人分の全ゲノム解析情報に基づく日本人全ゲノムリファレンスパネル「14KJPN」を新たに公開しました。同データベースは均一性の高い民族集団における世界最大規模のもので、約1億個のバリアント*6を収載しています。また、主に最新の長鎖リードシークエンサー*7を用いた333人分の全ゲノム解析に基づく構造多型データベース、「JSV1:Japanese Structural Variation」を作成・公開しました。さらに、日本人基準ゲノム配列の実用性を高めた新しいバージョンである「JG2.1」を公開し、遺伝地図は対象人数を150人に拡大し精度の向上をはかりました。

jMorpはこれまでもゲノム解析情報の公開により、ゲノム医学・医療研究の発展に貢献してきました。今回の拡充により、ますます精緻なゲノム解析が可能となります。

背景

東北メディカル・メガバンク計画(【参考1】)では長期健康調査によって得られた試料を解析した結果を、個人識別性のない頻度情報等にしてjMorp(【参考2】)として公開しています。jMorpは2015年7月、代謝物やタンパク質の解析結果の公開からスタートし、2018年6月に別サイト(iJGVD)で公開していた全ゲノムリファレンスパネルを統合しました。全ゲノムリファレンスパネルは1,000人分(1KJPN)からスタートし、着々と解析人数や情報を拡大し、2020年8月には8.3千人分のゲノム解析の頻度情報(8.3KJPN)を公開しました。全ゲノムリファレンスパネルでは、最初はSNV*8の頻度情報、2018年11月には50塩基対未満のINDEL*9頻度情報を公開しました。ゲノムにはさらに長い挿入や欠失が存在し、疾患等の表現型に大きな影響を持つと考えられていますが、短鎖リードシークエンシング解析では長い配列の解析は困難であるため、日本人における構造多型の個人ごとの違いや頻度はこれまで不明でした。

現在ヒトゲノム解析の主流である短鎖リードシークエンシング解析にひな型として必要なのが「基準ゲノム配列」です。2019年2月に日本人のゲノム解析を行うためのひな型となるJG1を発表しました。JG1およびその後発表したJG2は、民族集団の違いを考慮したゲノム解析に有効ですが、長鎖リードシークエンシング技術では解読が難しい配列部分を中心に未決定領域が残されていました。

また、2019年11月には連鎖不平衡情報をもとにした遺伝地図を発表しました。これは日本人民族集団の家系から算出した初めての遺伝地図です。対象は三世代コホート調査参加者の96人でありアジアでは最大級の遺伝地図でした。

なお、jMorpはゲノム解析情報以外にもヒトに関わる生命科学の総合的な情報を公開しており、リファレンスパネルとして多くの研究者に利用されています。

内容
14KJPN

これまで公開を行ってきた約8.3千人からなるリファレンスパネル(8.3KJPN)の更新版として、「14KJPN」の構築を行いました。8.3KJPNと14KJPNの違いは大きく分けて2点あり、(1)検体数の拡充と(2)参照配列の変更になります。

(1)検体数の拡充
14KJPNは、東北メディカル・メガバンク計画による宮城県と岩手県でのコホート調査への協力者、合計14,129人から構成されており、より低頻度なバリアントを収載しました。14KJPNに収録されるSNVおよびINDELの数は以下の通りです。

SNV INDEL
常染色体 106,705,823 13,130,321
X染色体
(PAR1+PAR2)*10
4,015,929 518,977
X染色体
(PAR1+XTR+PAR2)*10
4,074,917 526,406
ミトコンドリア 3,832
  • X染色体は2種類の解析方法で解析された結果を公開
    (解析方法の詳細:Tadaka et al., 2019, Human Genome Variation)
(2)参照配列の変更
8.3KJPNはGRCh37/hg19と呼ばれる国際的に使われるヒトゲノム配列を参照配列として用いて解析を行ってきましたが、14KJPNでは現時点の最新版であるGRCh38/hg38を用いて解析を行いました。
14KJPNのアレル頻度*11情報・ジェノタイプ頻度*12情報はjMorpウェブサイト(jMorp )からダウンロード可能です。(ジェノタイプ頻度情報のダウンロードにあたっては、ORCID*13と連携する認証を行い、データ移転契約(DTA:Data Transfer Agreement)をご確認いただく必要があります。)
構造多型データベース

これまで公開を行っていたリファレンスパネル(8.3KJPN,14KJPNなど)は主に短鎖リードシークエンス技術を用いた全ゲノム解析データに基づいており、その解析対象をSNVや小規模のINDELに限定していました。一方で、ヒトゲノム中には、構造多型と呼ばれる大規模な塩基の挿入や欠失が存在することが知られています。そこで今回、一部の検体で長鎖リードシークエンス解析を実施し、日本人集団にみられる構造多型を網羅したデータベース「JSV1」を作成しました。解析には三世代コホート調査への協力者(111トリオ(両親、子の組み合わせ)、333人)の培養細胞試料から取得した高品質DNAを用いており、家族間の遺伝子型一致性を利用することで解析結果の精度検証を実施しました。JSV1では、ゲノム中の構造多型の位置情報のみならず、解析集団におけるアレル頻度、精度検証結果も合わせて公開しています。

JSV1とは別に短鎖リードシークエンス解析を用いた構造多型解析結果も公開しました。大規模な挿入やリピート部分の欠失の精度については長鎖リードシークエンス解析に及びませんが、より人数の多い約8.3千人からなる構造多型リファレンスパネルです。低頻度でみられる構造多型の調査などJSV1を補完する用途に利用可能です。

JG2.1

基準ゲノム配列はゲノム解析を行う上で遺伝子や突然変異のある位置を表すための重要な情報基盤です。東北大学東北メディカル・メガバンク機構(以下ToMMo)ではこれまで2019年に日本人基準ゲノム配列JG1を、2020年にその後継となるJG2を構築・公開してきました。JG1は3組のゲノム配列を構築し統合したもので、JG2は6組のゲノム配列を統合し、より日本人の代表性を高めたものです。しかし、ヘテロクロマチン領域*14周辺や大規模な重複が知られている領域など難読領域は未解読の状態でした。今回我々は、次世代シークエンス解析における実用性を高めるために、JG2でも未解読であった領域に対し、国際基準ゲノム配列GRCh38/hg38を参照して更新し、「JG2.1」を構築しました。JG2.1では、JG2で未解読だった常染色体領域2.1億塩基対を1.27億塩基対まで減らしました。またタンパク質をコードする遺伝子がJG2では19,429個検出されていましたが、JG2.1では19,743個検出することに成功しました。JG2.1は日本人以外に由来するゲノム配列領域があるため使用には注意が必要ですが、配列の由来の情報も同時に公開しています。また次世代シーケンス解析のデファクトスタンダードであるGATKベストプラクティス*15の実行に必要なGATKリソースバンドル*15のJG2.1座標バージョンも合わせて公開しています。これにより、より実用性の高い基準ゲノム配列となっています。

遺伝地図

ヒトは、両親からそれぞれ一組のゲノムDNAを受け取る二倍体の生き物です。個体が次世代にゲノムDNAを伝える際には、精子や卵子を作って一倍体ゲノムにして伝達します。この過程で、両親から受け取ったゲノムDNAの一部を交換する「組換え」と呼ばれる現象が起こります。組換えにより多様な遺伝情報を持った個体を生み出すことが可能になると考えられます。ゲノムDNA上の遺伝子や多型を示すマーカー間の距離は、物理的な距離だけでなく、この組換えの起こりやすさを用いても表すことができます。これを遺伝地図と呼びます。組換えはゲノムDNA上で均一に生じるのではなく、むしろ組換えホットスポットと呼ばれる限られた範囲でよく生じることが知られており、物理的な距離と関連するものの、異なった描像が得られます。

ToMMoでは、2019年11月に96検体の全ゲノムシークエンス結果から、ゲノム全体にわたって組換えが起こりやすかったか(組換え頻度)を推定し、その結果である「遺伝地図」を構築・公開してきました。2019年版では8,735,371マーカーとその間の距離を推定しましたが、今回、150検体に解析対象を広げることで、10,092,551マーカー間の距離を推定しました。これにより高解像度な遺伝地図を構築することに成功しました。

遺伝地図はハプロタイプフェージング*16、遺伝子型インピュテーション*17、連鎖分析*18等、様々な遺伝統計学的解析の基盤情報となります。この遺伝地図は日本人集団を対象とした遺伝統計解析の高精度化に貢献するものと期待されます。

今後の展望

14KJPNと構造多型データベースの公開により、jMorpが網羅する遺伝的バリアントの数および種類が大幅に拡張しました。今後は一層、SNV、構造多型ともに解析対象人数を増やすとともに、INDEL以外の重複や逆位の構造多型解析情報の搭載を検討しています。

JG2.1への更新による精緻化でこれまで不可能であった難読領域におけるバリアントコール*19が可能になりました。今後は性染色体など一層未解読領域を減らしていくとともに、日本人検体のゲノム情報を用いた難読領域の解読に挑みます。

連鎖不平衡情報に基づく遺伝地図は三世代コホート調査をもとにした世界最大規模のもので連鎖分析・関連解析*20等、様々な遺伝統計学的解析の情報基盤としての利用が期待されます。

今後も研究基盤の強化を継続し、常に最前線で日本のゲノム医学・医療の発展を牽引していきます。

用語説明
*1 全ゲノムリファレンスパネル
東北メディカル・メガバンク計画で実施された、日本人の一般住民数千人の全ゲノム次世代シークエンシング解析により、検出されたゲノムDNAバリアントから構築された日本人ゲノム配列のパネル。
*2 ゲノム構造多型
ゲノム配列において、SNV(後述)や短鎖リードシークエンサーで検出できるようなINDEL(後述)などの短い長さの多型ではなく、数十から数千、あるいはそれ以上の塩基が個人間で異なる多様性のこと。
*3 基準ゲノム配列
次世代シークエンシング解析を行う際、ひな型となるゲノム配列。参照配列ともいう。次世代シークエンシング解析ではリードと呼ばれる小さな単位で大量に配列解読を行い、リードを基準ゲノム配列に当てはめて検体の元のゲノム配列を推定する。そのため基準ゲノム配列の品質がゲノム解析の精度を左右する。
*4 連鎖不平衡
ゲノム上の連鎖している(座位)の各2種類の塩基(アレル)について、ランダムに生じる以上の偏った組み合わせ(ハプロタイプ)の存在。
*5 遺伝地図
染色体上のマーカー間の距離を、組換えの頻度で表したもの。100回の減数分裂で1回の組換えが生じる距離を1センチモルガン(cM)と呼ぶ。
*6 バリアント
標準となるゲノム配列とは異なる箇所のこと。
*7 長鎖(短鎖)リードシークエンサー
大量のゲノム情報を同時並行で高速に解析可能な装置が次世代シークエンサーであり、数百塩基単位で解析しその後情報を基準ゲノム配列に当てはめるのが短鎖リードシークエンサー、数千から万単位の塩基を解析可能なのが長鎖リードシークエンサーである。短鎖リードシークエンサーは解析速度やコスト面で優位性があり、長鎖リードシークエンサーは基準ゲノム配列から外れた配列も解析可能であるため構造多型の解析に適している。
*8 SNV
一塩基バリアント。ゲノム配列において、ある領域でDNAの塩基配列が個人間で一塩基のみ異なる多様性のこと。
*9 INDEL
ゲノム配列における塩基配列の挿入(insertion)または欠失(deletion)のどちらかあるいは両方。
*10 PAR1(+XTR)+PAR2
X染色体の解析において、XとY染色体それぞれ一本ずつ持つ男性では、X染色体を2本持つ女性や常染色体とバリアントコール(後述)の方法が異なり、解析方法は確立されていない。jMorpでは、比較的有効と見られている2種類の方法の両方を用いて解析を行っている。
*11 アレル頻度
ある集団におけるDNAバリアントの塩基(A,T,G,C)の頻度で、アレル(同じ座位上で対立して存在する塩基)ごとに算出したもの。今回は対象となった日本人約1万4千人中の頻度となり、最大で約2万8千アレルのうちにどれだけ検出されたか計算される。
*12 ジェノタイプ頻度
遺伝子型頻度。父母から由来する二つのアレルの組み合わせの頻度。今回の発表では、対象となる約1万4千人の中で、ホモで持つ(父母由来の情報が双方ともある)、ヘテロで持つ(父母いずれかからのみ持つ)などを分けて算出している。
*13 ORCID
研究者等学術的な著作の著者を一意的に識別するために作られた英数字コード。
*14 ヘテロクロマチン領域
染色体上の常に凝集した領域であり配列決定が困難である。
*15 GATKベストプラクティス/GATKリソースバンドル
米国Broad Instituteが開発・提唱している次世代シークエンシング情報解析の標準的な手法(ベストプラクティス)と、その実行に必要な情報資源(リソースバンドル)のこと。
*16 ハプロタイプフェージング
バリアントが2本の染色体のどちらに属するものか決定すること。
*17 遺伝子型インピュテーション
観測された遺伝子型の組み合わせから、観測されていない座位の遺伝子型を推定すること。他の検体で大規模に全ゲノム解析を行った結果であるリファレンスパネルを参照することで推定を行う。
*18 連鎖分析
主に大規模な家系を用いて継承性のある形質と関連する遺伝子座を同定する方法の一つ。
*19 バリアントコール
参照配列との差異(バリアント)を検出すること。
*20 関連解析
主に非血縁者の集団のアレル頻度情報を利用して特定の疾患や身長などの形質と関連する遺伝子座を同定するための解析手法。
参考
参考1:東北メディカル・メガバンク計画
東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災からの復興事業として平成23年度から始められ、被災地の健康復興と、個別化予防・医療の実現を目指しています。
ToMMoと岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構を実施機関として、東日本大震災被災地の医療の創造的復興および被災者の健康増進に役立てるために、合計15万人規模の地域住民コホート調査および三世代コホート調査を平成25年より実施し、収集した試料・情報をもとにバイオバンクを整備しています。
平成27年度より、日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。
参考2:jMorp
公開データベース日本人多層オミックス参照パネル。東北メディカル・メガバンク計画のコホート調査によって得られた試料を解析した結果を、個人識別性のない頻度情報等にして公開している。
サイト名:Japanese Multi Omics Reference Panel (jMorp)
言語:英語
URL:jMorp
お問い合わせ先

研究に関すること
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
基盤情報創成センター長
木下賢吾(きのした けんご)

報道担当
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
長神風二(ながみ ふうじ)

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課

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