2022-03-04 国立循環器病研究センター
国立研究開発法人 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)健診部の小久保 喜弘 特任部長らは、都市部地域住民を対象とした吹田研究(注1)を用いて、日常生活の中で階段の利用が多いと心房細動罹患リスクが低いことを明らかにしました。本研究成果は、日本衛生学会の英文誌Environmental Health and Preventive Medicine (Impact Factor 3.676、2021年6月)に2022年3月4日に公開されました(注2)。
■背景
身体活動量が多いと循環器病やがんなどの罹患率や死亡率が低いことが、最近の疫学研究で示されており、家事や仕事の自動化、交通手段の発達により身体活動量が低下してきた現代社会において運動を実施して身体活動量を増やすことが推奨されています。しかし、高度経済成長時代以前においては、むしろ働きすぎて体を壊してきました。運動においても同様で、健康増進に良いことはわかっていても、激しい運動はかえって健康を害することがあります。アスリートと非アスリートの心房細動罹病率を比較したこれまでの6つの論文をまとめた解析によると、アスリートは非アスリートに比べて、5.29倍心房細動になりやすいことが分かりました(注3)。また、15の論文をまとめた解析では、ガイドライン推奨レベルの身体活動を達成した群では、心房細動罹患リスクが有意に低値でした(ハザード比0.94; 95%信頼区間0.90~0.97)(注4)。用量反応分析では、週に1900 メッツ(MET・分)までの身体活動レベルは、心房細動のリスクが低く、そのレベルを超えると有意ではなくなりました(注5)。健康障害にならないで健康増進が期待される身体活動の程度を測る方法として、身体活動問診で身体活動量を「身体活動の強さ」と「その活動時間」の掛け算で求めることができますが、日常生活の中で、身体活動の内容別に身体活動量の合計を求めることはかなり煩雑なことです。また、最近はスマートフォンのアプリなどで身体活動量が計測可能ですが、一日中肌身離さず所持する必要性があります。そこで、日常生活の中の簡便な身体活動の指標として、階段の利用率を想定し、階段の利用が多いと心房細動の予防につながるかどうか検討しました。
■研究方法と成果
吹田研究参加者である30~84歳の都市部一般住民のうち、ベースライン調査時に心房細動の既往歴のない6,575名(男性3,090名、女性3,485名)を対象に、心房細動の新規罹患を追跡しました。その結果、平均14.7年の追跡期間中に295名が心房細動と新たに診断されました。「3階まで昇るときに階段をどのくらいの割合で利用しますか」という質問において、2割未満、2~3割、4~5割、6~7割、8割以上の5択で伺いました。階段の利用率が2割未満の群を基準とした場合、6割以上階段を利用する群において心房細動の罹患リスクは、性年齢調整で0.69倍(ハザード比0.69、95%信頼区間0.49~0.96)、多変量調整で0.71倍(ハザード比0.71、95%信頼区間0.50~0.99)、さらに運動習慣の有無による調整で0.69倍(95%信頼区間0.49~0.98)でした。
■考察
日頃3階程度の階に昇るときに階段を6割以上利用している群において、心房細動の罹患率が低いことを、我が国の地域住民を対象とした追跡研究で初めて示すことが出来ました。日頃から階段をどの程度利用しているかという簡単な指標で心房細動のリスクが予測でき、しかも運動習慣で調整しても有意であったところから、運動習慣とは別に日頃から日常生活で階段を利用するように心がけていると、心房細動になりにくいということが分かりました。日頃から階段を利用するように心がけている人は、階段以外のところでも体を動かそうとしている可能性もあり、日頃から日常生活で体を動かすように心がけていると、心房細動になりにくい可能性も考えられます。
■今後の展望と課題
吹田研究ではこれまで、心房細動罹患の予測ツールを開発してきました(注6)。この予測ツールは健診程度の古典的リスク因子を用いて開発されていますが、今回の結果を受け、今後は生活習慣要因も加えていくことで、心房細動発症予防の為に、どのような生活習慣改善、例えば食事要因、運動要因、睡眠要因などが必要であるか提示することができるようになる可能性があります。
今回、研究の限界性として、自己記入式の問診票であるため、誤分類の可能性は否定できません。しかし、健診時に看護師が記入を確認しているので、誤分類は最小限に抑えられていることと思われます。腰痛や膝関節症などの整形外科的な疾患を有する方は、階段を避ける傾向があると考えられますが、今回これらの疾患の影響を検討していません。そのような方には、椅子を使った体操など別の方法を紹介していく必要性があると考えています。また、階段の利用率はベースライン時のみの解析であり、追跡期間中の階段の利用率も併せて今後さらに研究を広げていきたいと思います。更に、今回の解析では、生活習慣の中でも食事要因や睡眠などに関する要因を検討しておりませんので、今後さらなる研究が必要です。
表1.階段の利用率レベル別による心房細動罹患リスクとの関係(ハザード比、95%信頼区間)
<注釈>モデルI: 性・年齢 (<40, 40-50, 50-59, 60-69, ≥70 歳)調整
モデルII: モデルIに加えて、body mass index (<18.5, 18.5-24.9 or ≥25 kg/m2), 喫煙歴 (非喫煙, 喫煙数≤20本/日, or >20 本/日), 飲酒歴 (非飲酒, 飲酒<360 mL/日, or ≥360 ml/日), 高血圧 (有無), 非-HDLコレステロール (<130, 130-190, or ≥190 mg/dL), 心雑音または弁膜症 (有無), 心房細動以外の不整脈 (有無), 虚血性心疾患 (有無) で調整
モデルⅢ: モデルIIに加えて、運動習慣の有無でさらに調整
(注1) 吹田研究
国循が1989年より実施しているコホート研究(研究対象者の健康状態を長期間追跡し、病気になる要因等を解析する研究手法)で、性年代階層別に無作為に抽出した大阪府吹田市民を対象としています。全国民の約90%は都市部に在住していることを考えると、その研究結果は国民の現状により近い傾向があると考えられています。
(注2) Arafa A, KokuboY, Shimamoto K, Kashima R, Watanabe E, Sakai Y, Li J, Teramoto M, Sheerah H, Kusano K. Stair climbing and incident atrial fibrillation: A prospective cohort study. Environmental Health and Preventive Medicine (2022) 27:XX. https://doi.org/10.1265/ehpm.21-00021
(注3) Aizer A, et al. Am J Cardiol 2009;103:1572-1577
(注4) Heart Rhythm 2021;18:520–528
(注5) メッツ(MET):活動強度といい、身体活動の強度を表す単位です。安静に座っている状態を「1」とした時と比較して、何倍のエネルギーを消費するのかが分かります。例えば、歩行は3メッツ、速歩は4.5メッツに相当します。週当たり1900メッツ分ということは、毎日1時間速歩することに相当します。
(注6) 吹田心房細動スコア (10年間による心房細動罹患リスクスコア)
https://www.ncvc.go.jp/pr/release/20170606_press/
健診や外来受診時の検査項目程度で、10年後の心房細動の予測が可能です。
モデル因子:性、年齢、循環器リスク(収縮期高血圧、過体重以上 [BMI≥25㎏/㎡]、心房細動以外の不整脈、虚血性心疾患)、生活習慣・血清脂質 (過剰飲酒[≥2合/日]、喫煙、non-HDLC*[130-189 mg/dL])、心雑音または弁膜症。
モデル因子のスコアに応じて心房細動罹患予測確率(10年間)が0.5%未満~27%と予測可能なツールです。
■謝辞
本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
・国立研究開発法人国立循環器病研究センター(循環器病委託研究費「20-4-9」)
・研究成果展開事業 共創の場形成支援プログラム: 世界モデルとなる自律成長型人材・技術を育む総合健康産業都市拠点(JPMJPF2018; 分担研究者 小久保喜弘)
・明治安田生命と明治安田総合研究所