国連海洋法条約でペンギンを守る! 〜国の管轄を超えた海洋生物多様性保護の必要性を科学的に証明~

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2022-03-22 国立極地研究所

国立極地研究所のJean-Baptiste Thiebot特任研究員とフランス・リール大学のMagali Dreyfus研究マネージャーは、海でのペンギンの移動に関する131の科学論文を分析し、ライフステージの多くを広い海域で過ごすペンギンに対して、各国が連携した保護体制の確立が必要であることを明らかにしました。この研究は、特定の国が所有権を主張できない公海(国家管轄権を越える区域(ABNJ:Areas Beyond National Jurisdiction))の持続可能な利用に関する条約である、「国連海洋法条約(注1)」について、 国際連合において交渉が続いていることを受けて行われたものです。この成果は、学術誌Marine Policyに掲載されました。

図1:オウサマペンギン(Aptenodytes patagonicus)の毛繕い。亜南極のインド洋のケルゲレン諸島でThiebot特任研究員が撮影。国境を越えた広く大規模に移動する動物の一例として「海の放浪者」と呼ばれます。


人類の活動は現在も拡大し続けています。海域でも、「領海(注2)」やその外側の「排他的経済水域(注3)」に留まらず、さらに遠い外洋である公海での活動も激化しています。このような、特定の国が所有権を主張できない公海は、「国家管轄権を越える区域」であり、その範囲は海面の64%、体積で言えば95%と広大です。「国家管轄権を越える区域」への人類活動の拡大があまりにも早いために、この海域では、科学的な研究も国際的な規制も間に合っていないことが問題となっています。このように激化する人間の活動は、汚染、漁業、気候変動などとして海洋生物の脅威になることが報告されています。海洋の生物多様性保全のためには、人間活動によって生じる脅威が海洋生物へどのような影響を与えているかを知ることが重要です。

近年になって、各種のペンギンは最も脅威にさらされている海鳥のグループの一つであり、陸と海の両方で多くの危険に直面していることが分かってきました。人間活動などがペンギンへに与える影響を把握することは重要ですが、陸域や排他的経済水域までと異なり、管轄する国がない「国家管轄権を越える区域」では、影響を把握することが困難です。そこで、Thiebot特任研究員らは、ペンギンが直面する脅威の影響を解明するために131の科学論文を分析し、18種のペンギンの活動を総合的に考察することとしました。

「繁殖期に陸上で子育てをする印象が強くてあまり知られていないかもしれませんが、ペンギンは広範囲に海域を移動する動物です。残念なことに、ペンギンが広く活動的に海を泳ぎ回ることは、海域の汚染、漁業、気候変動などの脅威に遭遇する頻度を高めてしまいます。私達は、世界中の科学者が生物多様性保護の重要性を示してきた多くの論文成果の一部を活用することで、『国家管轄権を越える区域』でのペンギンの活動を可視化できるのではないかと考えました」とThiebot特任研究員は述べています。

解析の結果、特定の国が管轄する海域から「国家管轄権を越える区域」への移動は、解析対象とした18種のうち13種のペンギンで120回報告されていることがわかりました。また、16種のペンギンでは、季節やライフサイクルの段階に応じて、特異的な長距離移動を行う可能性があることが判明しました。例えば、越冬時の巣からの移動、換羽前後の移動、巣立ちの移動等では、時には10,000kmを超える移動が見られました。このような、特定の季節やライフサイクルにおける、種や地域にも特異的な長距離移動に対しては、「国家管轄権を越える区域」の該当地域を該当時期のみ柔軟に保護する必要性が示されました。これらに基づき、研究グループは、衛星などのリモートセンシング技術を用いた生物の監視体制の確立や「移動式海洋保護区」の設定等、革新的な保護手法の開発を提言しました。

「今回の論文では、『国家管轄権を越える区域』でのペンギンの活動を解明し、『国家管轄権を越える区域』での人類の活動の規制がどのようにペンギンの保護に繋がるかを調べました。今回のはじめの一歩としての成果を発展させ、今後は、特に優先的に保護すべき領域の特定が必要です。そのためにも、今回活用したような個別のペンギン種の調査を、より広く行っていく必要があります」とThiebot特任研究員は述べています。

注1:海洋法に関する国際連合条約(United Nations Convention on the Law of the Sea)
第3次国連海洋法会議(1982年4月30日)にて採択、1994年11月16日に発効した海洋法に関する包括的・一般的な秩序の確立を目指した条約。国際海洋法において、最も普遍的・包括的な条約であり、基本条約であるため、別名「海の憲法」とも呼ばれる。2019年4月末現在、168の国・地域と欧州連合が批准。

注2:領海(Territorial Sea)
沿岸国の主権が及ぶ水域。基線から最大12海里(約22.2キロメートル)までの範囲の帯状の水域。領海、領海の上空、領海の海底とその地下には沿岸国の主権が及ぶ。

注3:排他的経済水域(Exclusive Economic Zone; EEZ)
基線から最大200海里(約370.4キロメートル)までの範囲の水域。天然資源及び自然エネルギーに関する「主権的権利」、並びに人工島・施設の設置、環境保護・保全、海洋科学調査に関する「管轄権」が及ぶ。水域に存在する資源は、陸上・海上施設・船舶にひきあげられた段階、自然エネルギーは電力に変換された段階で初めて物権が発生。

発表論文

掲載誌:Marine Policy
タイトル:Protecting marine biodiversity beyond national jurisdiction: A penguins’ perspective

著者:
Jean-Baptiste Thiebot (国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員)
Magali Dreyfus(フランス・リール大学 研究マネージャー)
DOI:10.1016/j.marpol.2021.104640
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0308597X21002517
公開日:2021年6月

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