スギ花粉症の治療法「舌下免疫療法」の効果を予測する遺伝子型を発見

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2022-04-05 福井大学,筑波大学,日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント
  • スギ花粉舌下免疫療法(注1)を行っているスギ花粉症患者において、HLA遺伝子型(注2)のうち、HLA-DPB1*05:01遺伝子型を保有する患者は、保有しない患者と比較して、治療応答性が低いことが判明しました。
  • 特異的な遺伝子多型を用いたHLA遺伝子型の検査方法を確立しました。
  • スギ花粉症の舌下免疫療法を行う患者が、舌下免疫療法の開始前にHLA遺伝子型の検査を行うことにより、治療効果が予測でき、患者にとってより良い医療の提供につながる可能性があります。
  • 本研究成果は特許出願中です。
研究概要

本学医学部 医学科 感覚運動医学講座 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 木戸口正典特命助教、藤枝重治教授、筑波大学 医学医療系の野口恵美子教授らの研究グループは、スギ花粉症に対する「舌下免疫療法」の応答性に関連する遺伝子型を同定しました。この治療を含むアレルゲン免疫療法はスギ花粉症をはじめとするアレルギー性鼻炎の唯一の根治療法として注目されていますが、治療応答性をみるマーカーがないことが指摘されてきました。舌下免疫療法を行う患者は2、3年間継続し、治療効果があるかを長期的に観察しなければならず、中でも2~3割の患者は満足する治療効果が得られずに治療を終了しています。本研究グループは、HLA遺伝子のうち、スギ花粉抗原ペプチド(注3)が結合する細胞表面の結合ポケット「HLA-DPβ1 」(図1)に注目し、その結合ポケットを構成するHLA遺伝子型によって治療応答性が異なるのではないかと考えました。今回、203名のスギ花粉舌下免疫療法患者の治療応答性とHLA遺伝子型を分析したところ、HLA-DPB1*05:01 遺伝子型を保有する患者は保有しない患者と比較して治療応答性が低いことが確認されました。つまり、スギ花粉症では細胞表面に存在する抗原ペプチド結合ポケットであるHLA-DPβ1の立体構造がスギ花粉舌下免疫療法の応答性に関与していました。今回、世界で初めて舌下免疫療法の治療効果が予測可能な薬理遺伝学的バイオマーカーを発見しました。本研究成果により、スギ花粉症に対して舌下免疫療法の治療効果を事前に予測し、患者にとってより良い医療の提供につながる可能性があります。

スギ花粉症の治療法「舌下免疫療法」の効果を予測する遺伝子型を発見
図1 スギ花粉抗原ペプチドとHLA-DPβ1結合ポケット(Protein Data Bank:3LQZ)

研究の背景と経緯

花粉やダニ(ハウスダスト)抗原を原因とするアレルギー性鼻炎は近年増加傾向で、日本人の2人に1人が罹患しており、アレルギー性鼻炎の病態解明や治療法の確立は喫緊の課題とされています。舌下免疫療法は唯一根治性のある治療として注目され、国内では2014年にスギ花粉症、2015年にダニ抗原アレルギー性鼻炎に対する薬剤が発売されました。しかし、舌下免疫療法は7割以上の症例に有効性が認められる一方で、2年以上の長期治療にも関わらず2~3割程度の症例には効果が乏しく、十分な普及には至っていません。そのため、舌下免疫療法開始時に応答性を予測するバイオマーカーの開発が望まれています。

近年では、ヒトが生まれつき保有する遺伝子に着目し、遺伝学(genetics)の観点から薬理作用である薬理学(pharmacology)との関連を明らかにする薬理遺伝学(pharmacogenetics)の重要性が注目されてきています。今までに、スギ花粉症患者では健常者と比較してHLA-DPB1*05:01遺伝子型の割合が高いことが報告され(Hori T, et al. Tissue Antigens 1996)、また、スギ花粉抗原ペプチドとペプチド結合ポケットであるHLA-DPβ1の立体構造的変化との関連が報告されました(Kusano S, et al. J Mol Biol 2014)。そこで私たちは、スギ花粉舌下免疫療法において、患者が保有するHLA遺伝子型によって治療応答性が異なるのではないかと考えました。

研究の内容

スギ花粉舌下免疫療法を行っているスギ花粉症患者203名(平均37.8歳)を対象に、血液からDNAを抽出し、HLA遺伝子型を決定し、治療応答性を分析しました。また、HLA遺伝子型による治療後の血清抗体量や、スギ抗原に対する血液の反応性をそれぞれ比較検討しました。

研究の成果

スギ花粉舌下免疫療法を行っているスギ花粉症患者のうち、HLA-DPB1*05:01 遺伝子型を保有する患者は、保有しない患者と比較して治療応答性が低いことが判明しました(図2)。また、HLA-DPB1*05:01 遺伝子型を保有する患者は、保有しない患者と比較して、治療後のスギ花粉抗原に対するIL-10産生量が低いことが示されました(図3)。IL-10は血液中の制御性T細胞などから産生され、舌下免疫療法の応答性と関連する早期バイオマーカーと言われています。今回の研究結果により、HLA-DPB1*05:01 遺伝子型を保有する患者はスギ花粉による血液中において免疫反応の抑制性と関連する「IL-10産生能」が低いことにより、舌下免疫療法への応答性が低くなる可能性が示されました。


図2 HLA-DPB1*05:01遺伝子型とスギ花粉舌下免疫療法の治療効果との関連
図3 HLA-DPB1*05:01遺伝子型とスギ抗原に対する末梢血単核細胞のサイトカイン産生との関連。 HLA-DPB1*05:01遺伝子型保有者はスギ抗原によるIL-10産生量が低い。


さらに、実臨床での応用を前提として、従来の方法によるHLA遺伝子型決定法とは異なり、より簡便に安価で検査可能な方法として、HLA-DPB1*05:01と強い連鎖不平衡にある一塩基多型(tag SNP、注4)を用いたHLA-DPB1*05:01遺伝子型の検査方法を提案しました。

今後の展開

今回の研究成果により、スギ花粉舌下免疫療法への応答性において、HLA-DPB1*05:01遺伝子型を保有する患者は保有しない患者と比較して治療応答性が低いことが確認されました。つまり、HLA-DPB1*05:01遺伝子型が、スギ花粉舌下免疫療法の応答性にも関与していました。HLA遺伝子の薬理遺伝学的検査を用いることで、スギ花粉症に対して舌下免疫療法の治療効果を事前に予測し、患者にとってより良い医療の提供につながる可能性があります。

用語解説
(注1)舌下免疫療法(sublingual immunotherapy, SLIT)
アレルギー原因物質を含む治療薬を舌下に投与し、毎日継続することで、特定のアレルギー原因物質(アレルゲン)に対する免疫寛容が誘導され、治療を終えた後も長期にわたり効果が持続する治療法。
(注2)HLA(human leukocyte antigen)遺伝子
白血球の表面に発現する分子で、白血球の血液型を規定する。生体内における自己と非自己の認識や外来性の抗原に対する免疫反応に関わる。HLA遺伝子には、HLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-DR、HLA-DQ、HLA-DPなどが含まれる。
(注3)ペプチド
タンパク質を構成するアミノ酸が2個から数十繋がった低分子タンパク。
(注4)tag SNP
1本のゲノム上の特定領域において、連鎖している位置(座位)に存在するアレルの非無作為の組み合わせ(ハプロタイプ)を効率的に識別するために選ばれた一塩基多型(single nucleotide polymorphism, SNP)。
論文情報
論文タイトル
HLA-DPB1*05:01 genotype is associated with poor response to sublingual immunotherapy for Japanese cedar pollinosis
「HLA-DPB1*05:01 遺伝子型がスギ花粉舌下免疫療法の応答性が低いことに関与する」
著者
Masanori Kidoguchi,Wataru Morii,Emiko Noguchi,Atsushi Yuta,Yukiko Ogawa,Takako Nakamura,Hirotaka Kikuoka,Hideaki Kouzaki,Hiroyuki Arai,Rieko Ii,Naoto Adachi,Keisuke Koyama,Takahiro Ninomiya,Yoshimasa Imoto,Masafumi Sakashita,Shigeharu Fujieda
雑誌名
Allergy(2022年2月12日 オンライン掲載)
DOI
10.1111/all.15254.
特記事項

本研究は下記事業等の採択を受け実施しました。

日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業「難治性ダニアレルギー性鼻炎、難治性スギ花粉症の定義付けとガイドラインへの反映」(藤枝重治)、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患等実用化研究事業「疾患コホートと一般コホート研究の組み合わせによるアレルギー疾患発症ならびにアレルゲン免疫応答を予測するためのゲノム基盤構築」(野口恵美子)、日本学術振興会科学研究費補助金によりサポートされる研究の一環として行われました。

本研究は下記の特許出願中です。

出願番号
特願2020-174582
出願日
2020年10月16日
発明の名称
舌下免疫療法の治療効果を予測するためのデータの取得方法、およびその利用
出願人
国立大学法人福井大学、国立大学法人筑波大学
お問い合わせ先

研究に関すること
木戸口 正典(きどぐち まさのり)
国立大学法人福井大学 医学部 医学科
感覚運動医学講座 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学

野口 恵美子(のぐち えみこ)
国立大学法人筑波大学 医学医療系

報道に関すること
国立大学法人福井大学 広報センター
林 美果(はやし みか)

国立大学法人筑波大学 広報室

AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課

医療・健康
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