2022-05-23 東京大学医科学研究所,熊本大学,北海道大学,広島大学,宮崎大学,日本医療研究開発機構
発表のポイント
- 昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)「オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)」(注1)は、当初オミクロンBA.1株が全世界に伝播したが、現在ではオミクロンBA.2株への急激な置き換わりが国内外で進んでいる。
- オミクロンBA.2株は、オミクロンBA.1株と比較してヒト集団内における実効再生産数が1.4倍高いことを明らかにした。
- オミクロンBA.2株は、オミクロンBA.1株同様、感染や2回のワクチン接種によって誘導される中和抗体に抵抗性を示すこと、オミクロンBA.2株とオミクロンBA.1株では抗原性(注2)が異なることを明らかにした。
- オミクロンBA.2株のスパイクタンパク質(注3)の合胞体形成活性(注4)は、オミクロンBA.1株のスパイクタンパク質に比べて有意に高かった。
- ハムスターを用いた感染実験の結果、オミクロンBA.2株のスパイクタンパク質の遺伝子を持つウイルスは、オミクロンBA.1株のスパイクタンパク質の遺伝子を持つウイルスよりも高い病原性を示すことを明らかにした。
発表概要
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注5)は、新型コロナウイルスの「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」(注6)のひとつである「オミクロンBA.2株」のウイルス学的特徴を、流行動態、免疫抵抗性、および実験動物への病原性等の観点から明らかにしました。まず、統計モデリング解析により、オミクロンBA.2株の実効再生産数は、オミクロンBA.1株に比べて1.4倍高いことを明らかにしました。また、オミクロンBA.2株の抗原性が、オミクロンBA.1株とは異なることを明らかにしました。さらに、オミクロンBA.2株のスパイクタンパク質の合胞体形成活性は、オミクロンBA.1株に比べて有意に高いことを明らかにしました。そして、オミクロンBA.2株のスパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.1株のスパイクタンパク質を持つウイルスに比べてハムスターにおける病原性が高いことを明らかにしました。
本研究成果は2022年5月1日、米国科学雑誌「Cell」オンライン版で公開されました。
発表内容
新型コロナウイルスは、2022年4月現在、全世界において5億人以上が感染し、600万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていません。
2020年以降、新型コロナウイルスが、その流行の過程において高度に多様化し、さまざまな新たな特性を獲得した「変異株」が出現していることが明らかとなっています。昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロンBA.1株」は、11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。その後、2022年1月から世界各国で、オミクロン株の派生株である「オミクロンBA.2株」が検出され、日本を含めた世界の多数の国々において、オミクロンBA.1株からオミクロンBA.2株への置き換わりが進んでいます。
本研究では、オミクロンBA.2株のウイルス学的特徴を明らかにするために、まず、世界各国のウイルスゲノム取得情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロン株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロン株BA.2株のヒト集団での増殖速度は、オミクロンBA.1株に比べて1.4倍高いことを明らかにしました。また、オミクロンBA.2株はオミクロンBA.1株同様、感染やワクチンによって誘導される中和抗体に抵抗性を示すことも明らかにしました。さらに、オミクロンBA.1株感染者やオミクロンBA.1株免疫動物の検体を用いた解析の結果、オミクロンBA.1株単独によって誘導される抗体は、オミクロンBA.2株への中和活性が低下していること、つまり、オミクロンBA.1株とオミクロンBA.2株では抗原性が異なることを明らかにしました。加えて、培養細胞を用いた感染実験の結果、オミクロン株BA.2株は、オミクロンBA.1株よりも、合胞体形成活性が高いことを明らかにしました(図1)。最後に、ハムスターを用いた感染実験の結果、オミクロンBA.2株スパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.1株スパイクタンパク質を持つウイルスに比べ、体重減少や呼吸機能の異常という病徴が有意に高いことを明らかにしました(図2)。
図1 オミクロンBA.2株感染による合胞体形成VeroE6/TMPRSS2細胞(新型コロナウイルスが効率良く感染する細胞株)に、図中に示したウイルスを感染させ、感染後48時間において、緑色蛍光タンパク質を指標として感染細胞を可視化した。その結果、オミクロンBA.1株に感染した細胞は、従来株(B.1.1系統)やデルタ株に感染した細胞に比べて、合胞体をほとんど形成しないが、オミクロンBA.2株はオミクロンBA.1株と比較して、有意に合胞体形成活性が高いことを明らかにした。
図2 オミクロンBA.2株の病原性それぞれオミクロンBA.1株(薄い緑)、オミクロンBA.2株(濃い緑)、従来株(B.1.1系統、黒)由来のスパイクタンパク質を持つウイルスをハムスターに経鼻接種し、体重(左)、および、呼吸機能(Penh, Rpef, 皮下血中酸素濃度 [SpO2])を経時的に測定した。その結果、オミクロンBA.2株のスパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.1株のスパイクタンパク質を持つウイルスに比べ、病原性が高い(体重減少が大きく、呼吸機能の異常の程度も高い)ことが明らかとなった。各図右上の数字は、重回帰検定による調整済P値を示す。
本研究により、オミクロンBA.2株スパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.1株スパイクタンパク質を持つウイルスよりも病原性が高いことが明らかになりました。実際、BA.1株とBA.2株の組換えウイルスであるオミクロンXE株が出現し、その流行が拡大しています。オミクロンXE株はBA.2株のスパイクタンパク質を持つことから、より注意が必要な変異株であると考えられます。
また、本研究により、オミクロンBA.1株とオミクロンBA.2株では抗原性が異なることを明らかにしました。そして、オミクロンBA.2株のヒト集団での実効再生産数は、オミクロンBA.1株に比べて1.4倍高いことから、オミクロンBA.2株による加速的な流行拡大による医療逼迫が起きてしまう恐れもあり、引き続き有効な感染対策を続けることが肝要です。
現在、「G2P-Japan」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な正常解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
本研究への支援
本研究は、佐藤 佳教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413、20fk0108451)、科学技術振興機構 CREST(JPMJCR20H4)などの支援の下で実施されました。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Cell」2022年5月1日オンライン版
- 論文タイトル
- Virological characteristics of the SARS-CoV-2 Omicron BA.2 spike
- 著者
- 山岨大智#, 木村出海#, Hesham Nasser#, 森岡佑平#, 直亨則#, 伊東潤平#, 瓜生慧也#, 津田真寿美#, Jiri Zahradnik#, 白川康太郎, 鈴木理滋, 岸本麻衣, 小杉優介, 小檜山浩司, 原哲平, 豊田真子, 田中友理, バトラー田中英里佳, 清水凌, 伊藤駿, 王磊, 小田義崇, 大場靖子, 佐々木道仁, 永田佳代子 吉松組子, 浅倉弘幸, 長島真美, 貞升健志, 吉村和久, 倉持仁, 関元昭, 藤木亮次, 金田篤志, 島田忠長, 中田孝明, 坂尾誠一郎, 鈴木拓児, 上野貴将, 高折晃史, 石井健, Gideon Schreiber, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 澤洋文, 齊藤暁*, 入江崇*, 田中伸哉*, 松野啓太*, 福原崇介*, 池田輝政*, 佐藤佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author) - DOI
- 10.1016/j.cell.2022.04.035
用語解説
- (注1)オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)
- 新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。オミクロンBA.1株、オミクロンBA.2株などが含まれる。現在、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。
- (注2)抗原性
- 抗原となる物質が宿主の免疫(ここでは抗体)を特異的に認識して結合する性質のこと。
- (注3)スパイクタンパク質
- 新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。
- (注4)合胞体形成活性
- 合胞体とは、新型コロナウイルスに感染した細胞が、スパイクタンパク質を細胞表面に発現し、周囲の細胞と融合することによって形成される大きな細胞塊のこと。合胞体形成活性とは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を介して、合胞体を形成する能力のこと。
- (注5)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」
- 東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
- (注6)懸念される変異株(VOC:variant of concern)
- 新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。現在まで、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2, AY系統)、オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)が、「懸念される変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。多数の国々で流行拡大していることが確認された株が分類される。
お問い合わせ先
研究に関する問い合わせ先
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
報道に関する問い合わせ先
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
熊本大学 総務部総務課広報戦略室
北海道大学 社会共創部広報課
広島大学 広報室
宮崎大学 企画総務部 総務広報課
AMED事業に関する問い合わせ先
日本医療研究開発機構(AMED) 創薬事業部 創薬企画・評価課
新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業