音の予測に前頭極―側頭葉ネットワークが関与することを発見

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2022-06-07 山梨大学,日本医療研究開発機構

研究成果のポイント
  • 同じ間隔で鳴っていた音が、予測外に鳴らなかったとき、脳の前頭極(注1)―側頭葉ネットワークが活動することを明らかにしました。
  • 精神神経疾患では、予測が外れて音が鳴らなかった時や、予測と異なる音が鳴った時に、脳波で生じるミスマッチ陰性電位(注2)が減弱することが知られていましたが、そのメカニズムは不明でした。
  • 本研究成果は統合失調症などの精神神経疾患の病態に脳内予測メカニズムの障害が関連する可能性を示唆し、今後の診断、治療法開発研究への応用が期待されます。
概要

同じ間隔で音が鳴ると、次に音が鳴るタイミングを予測することができます。予測が外れて音が鳴らなかった時や、予測と異なる音が鳴ると「予測誤差」を知らせる信号が脳を伝搬します。この信号は、頭皮上脳波で捉えられるミスマッチ陰性電位と関連することが知られていましたが、どのような神経ネットワークから生じるのかは明らかではありませんでした。

山梨大学医学部統合生理学教室、東京大学医学部附属病院精神神経科らの研究グループは、同じ間隔で鳴っていた音が鳴らなかったとき、脳の前頭極-側頭葉ネットワークが活動することを明らかにしました。この研究では山梨大学動物実験専門委員会の審査を受け、ヒトと同じ霊長類であるニホンザル(マカク属)の大脳皮質表面に多数の電極を留置し、網羅的に神経活動を計測する皮質脳波計測法(注3)を用いて、聴覚に関連する側頭葉と高度な予測形成に関わると考えられる前頭葉から神経活動を調べました。

精神神経疾患ではミスマッチ陰性電位の減弱が知られており、この成分の発生メカニズムの理解により、統合失調症などの精神疾患における認知機能障害と予測メカニズムとの関連が示唆される可能性があり、将来の診断や治療の開発に役立つことが期待されます。

なお、本研究は、革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト「候補回路型・双方向トランスレーショナルリサーチによる脳予測性障害の回路・分子病態解明(領域代表者:小池進介)」による支援を受けて行われ、科学誌「Frontiers in Psychiatry」(日本時間2022年4月26日)に掲載されました。

研究の背景

ミスマッチ陰性電位は、予測が外れて音が鳴らなかった時や、予測と異なる音が呈示されたときに生じる脳波成分であり、統合失調症などの精神神経疾患の患者さんで減弱していることが繰り返し報告されています。ミスマッチ陰性電位の生成には、聞くことに特化した脳部位(側頭葉)と認知機能に関与する脳部位(前頭葉)が関わるとされてきましたが、側頭葉と前頭葉の間でどのような情報が伝えられているのか、特に、予測や予測誤差に関わる信号が伝わっているのかはわかっていませんでした。ミスマッチ陰性電位と予測に関わる脳機能を理解するためには、詳細に脳の情報伝達を調べる新たな研究が必要でした。

研究の内容

山梨大学医学部統合生理学教室、東京大学医学部附属病院精神神経科らの研究グループは、ミスマッチ陰性電位と予測や予測誤差の関わりを次の方法で調べました。

ニホンザル大脳皮質の側頭葉と前頭葉に皮質脳波電極を留置する特別な技術を使いました。予測や予測誤差に関わる神経活動を取り出すため、同じ間隔で鳴る音をたまに(10%の確率で)欠落させ、その時の神経活動を解析する方法を用いました。この手法を用いることで、音が欠落した時の神経活動が、音そのものではなく、予測や予測誤差に関わることを保証しました。

その結果、音が欠落した時、前頭極と側頭葉前部の脳波信号の位相(周期のどの位置に信号があるのか)が、β帯域(12~30Hz:1秒間に12~30回振動すること)で同期(前頭極と側頭葉前部の位相が一致)することがわかりました(図1)。このことは、音が鳴るのではないかという予測や、音が鳴らなかったという予測誤差に関わる信号が、前頭極と側頭葉前部間で伝達されていることを示しています。今回の結果により、ミスマッチ陰性電位の発生に関連することが知られていた予測や予測誤差に関わる信号が前頭極と側頭葉前部間で伝達されているという新たな神経ネットワークを初めて見出しました。

音の予測に前頭極―側頭葉ネットワークが関与することを発見
図1 音の欠落時の前頭極-側頭葉前部の位相同期同じ間隔で鳴る音がたまに欠落したときの、前頭極と側頭葉前部の位相同期を調べたところ、音が鳴ると予測された100~200ミリ秒後にβ帯域(15~30Hz)位相同期が強くなることがわかりました(白の矢印)。PLV(phase-locking value)は前頭極と側頭葉前部の位相同期の強さを示す値です。

社会的意義

今回の研究では、大脳皮質前頭極と側頭葉が予測や予測誤差の生成に関わる神経ネットワークを形成していることを明らかにしました。予測誤差との関連が知られるミスマッチ陰性電位は、統合失調症などの精神神経疾患で減弱することが知られている生物学的指標の代表的なもののひとつです。ミスマッチ陰性電位は単純な音を聞かせることで得られる信号であるため、モデル動物で分子レベルの発生メカニズムを調べることもできます。ミスマッチ陰性電位の発生メカニズムの理解が進むことで、精神神経疾患の新しい診断や治療の開発に役立つことが期待されます。

発表雑誌
雑誌名
Frontiers in Psychiatry(2022年4月26日)
論文タイトル
Prediction-related frontal-temporal network for omission mismatch activity in the macaque monkey.
著者
Suda Y, Tada M, Matsuo T, Kawasaki K, Saigusa T, Ishida M, Mitsui T, Kumano H, Kirihara K, Suzuki T, Matsumoto K, Hasegawa I, Kasai K, Uka T*.
DOI番号
10.3389/fpsyt.2022.557954
用語解説
(注1)前頭極
前頭葉の最前部にある脳領域です。ヒトではメタ認知(自身が感じたり考えたりしたことを意識的に理解すること)に関わると言われています。
(注2)ミスマッチ陰性電位
予測が外れて音が鳴らなかった時や、予測と異なる音が鳴った時、予測が外れてから100~200ミリ秒後に、頭頂部の脳波電位が陰性に振れることをミスマッチ陰性電位とよびます。ミスマッチ陰性電位は統合失調症などの精神神経疾患の早期から減弱することがわかっています。
(注3)皮質脳波計測法
大脳皮質の表面に小さな電極をたくさん留置し、局所の神経活動を広範囲に計測する手法です。頭皮上脳波に比べると、信号の拡散が少ないため空間解像度がよい。難治性てんかんの患者さんのてんかん焦点の同定にも用いられます。
お問い合わせ先

研究内容に関するお問い合わせ先
山梨大学大学院総合研究部医学域生理学講座統合生理学
教授 宇賀 貴紀(うか たかのり)
TEL:055-273-6730 FAX:055-273-6730 E-mail:tuka”AT”yamanashi.ac.jp

AMED事業に関するお問い合わせ先
日本医療研究開発機構 疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
脳とこころの研究推進プログラム
革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト 担当

医療・健康
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