腎臓の造血ホルモン、プロの細胞集団が産生~腎性貧血治療に貢献する発症メカニズムの解明へ~

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2022-06-09 京都大学,日本医療研究開発機構

概要

慢性腎臓病は、成人の8人に1人が罹ると言われ、患者の多くが貧血(腎性貧血)を発症します。腎性貧血は、腎臓の線維芽細胞(※1)でEPOを生み出す能力が低下し、赤血球が減少するために起こることが知られています。しかし、腎障害によりEPOを産生できなくなった細胞の観察が難しかったため、EPO産生細胞の性質には不明な点が多く残されたままでした。

京都大学大学院医学研究科 柳田素子教授、金子惠一同特定病院助教らの研究グループは、任意の時点でEPO産生細胞を永久に標識することができる遺伝子組み換えマウス(EpoCreERT2/+マウス)を作成して、健康な腎臓と障害腎でのEPO産生細胞の挙動を解析しました。その結果、健康な腎臓では、線維芽細胞のごく一部であるEPO産生細胞がEPOを生み出すことに特化したプロフェッショナルな細胞集団として、繰り返しEPOを産生すること、障害された腎臓では、この細胞はEPO産生能を失うが細胞自体は性質が変化した状態で存在しており、増殖して線維化(※2)に寄与していること、腎障害から回復すると再びEPO産生能を回復することを明らかにしました。こうしたEPO産生細胞のふるまいは、今回の解析で初めて明らかになりました。

本知見は腎臓のEPO産生細胞が特殊な細胞集団であることを示唆しています。障害腎を含めた様々な状況でのEPO細胞を詳細に解析することは、腎性貧血の機序の解明と腎性貧血の新たな治療方法の開発に役立つことが期待されます。

背景

慢性腎臓病は増加を続けており、大きな健康問題となっています。慢性腎臓病患者では、腎臓から産生され、骨髄での赤血球の産生を促す機能を持つ造血ホルモンであるEPOの産生量が減少し、赤血球の産生が低下することで、腎性貧血を発症します。そのため、合成したEPOを定期的に注射することで腎性貧血の治療をおこないます。近年、自分自身のEPO産生を増やす治療薬(HIF-PH阻害薬)も上市されました。しかしながら、現在の腎性貧血の治療薬にはいくつかの副作用があります。また、腎性貧血治療薬にかかる費用は年間500億円を超え、医療費の面でも問題となっています。より副作用の少ない治療法の開発が望まれますが、そのためにはEPO産生細胞の性質の解明が必要となります。

慢性腎臓病が進行すると、腎性貧血を発症するだけでなく腎臓の「線維化」を認めます。本研究グループは、以前に腎臓の線維芽細胞の系譜追跡実験を行い、腎臓のEPO産生細胞が腎臓の線維芽細胞であることを証明しました。慢性腎臓病が進行すると腎臓の線維芽細胞の性質が障害され腎臓の線維化を引き起こし、さらに障害された線維芽細胞はEPO産生能が低下し腎性貧血を発症することも示しました。そのため、慢性腎臓病で起こる線維化と腎性貧血という2つの病態は、線維芽細胞の障害という共通した機序から生じることとなります。これまでの研究では、EPOを産生していること自体をEPO産生細胞の目印としていたため、EPO産生を中止したEPO産生細胞は観察できず、EPO産生細胞が線維芽細胞の中で特殊な細胞集団であるのかが分かっていませんでした。つまり、(1)健康な腎臓ではすべての線維芽細胞がEPO産生能を有しているのか、それとも特殊な細胞集団が繰り返しEPO産生を行っているのか、(2)EPO産生能が低下した障害腎ではEPO産生細胞が死滅してEPO産生能が低下するのか、それとも生き残っているがEPO産生できなくなっているのかといったことが不明のままでした。

研究手法・成果

本研究では、EPO産生細胞を任意の時点で標識し、永続的に追跡することを可能とする、遺伝子組み換えマウス(EpoCreERT2/+マウス)を作成しました。EpoCreERT2/+マウスを用いて腎臓のEPO産生細胞を標識し、健康な状況と腎障害を惹起した状況でのEPO産生細胞の挙動を評価しました。標識されたEPO産生細胞は、腎臓の線維芽細胞の約2%という少数で、腎障害がない状況ではEPO産生細胞は長期間EPO産生を繰り返しました(図1)。腎障害を惹起するとEPO産生細胞は線維化を起こす性質に変化し、増殖しますが(図2)、EPO産生能を失うことがわかりました。また、腎障害から回復すると、標識された同じ細胞がEPO産生能を回復することが示されました(図3)。

腎臓の造血ホルモン、プロの細胞集団が産生~腎性貧血治療に貢献する発症メカニズムの解明へ~

本研究の結果は、EPO産生細胞が特殊な性質を持つ細胞集団である可能性を示唆しています。

波及効果・今後の予定

現在、腎性貧血の治療薬として合成したEPO注射薬と内因性のEPOを増やすHIF-PH阻害薬が臨床現場で用いられ、腎性貧血の治療状況は大きく改善しています。しかしながら、いずれの薬剤においても望ましくない副作用の懸念が残されています。EPO産生細胞の性質の解析を進めることで、腎性貧血のより詳細な機序の解明と新しい腎性貧血治療薬の開発につながることが期待されます。

研究プロジェクトについて

本研究は、下記プロジェクトの支援を受けています。

日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「腎臓病において組織障害と修復を制御する微小環境の解明と医学応用」(研究開発代表者:柳田 素子)

用語説明
(※1)線維芽細胞
腎臓では尿を作る糸球体や尿細管が大きな割合を占めています。糸球体、尿細管と血管の間を埋める「間質」に線維芽細胞が存在し、臓器の構造維持やエリスロポエチンなどのホルモンの産生といった多くの機能を果たしています。
(※2)線維化
臓器の慢性的障害の結果、間質の細胞外基質が増加し異常に蓄積した状態です。臓器障害の進行度の指標とされ、進行すると回復できなくなります。
先行研究

Asada N, Takase M, Nakamura J, Oguchi A, Asada M, Suzuki N, Yamamura K, Nagoshi N, Shibata S, Rao TN, Fehling HJ, Fukatsu A, Minegishi N,8, Kita T, Kimura T, Okano H, Yamamoto M, Yanagita M. (2011) “Dysfunction of fibroblasts of extrarenal origin underlies renal fibrosis and renal anemia in mice.”  J Clin Invest. doi:10.1172/JCI57301

論文書誌情報
タイトル
Lineage tracing analysis defines erythropoietin-producing cells as a distinct subpopulation of resident fibroblasts with unique behaviors
著者
Keiichi Kaneko, Yuki Sato, Eiichiro Uchino, Naoya Toriu, Mayo Shigeta, Shuichiro Endo, Shingo Fukuma, Motoko Yanagita.
掲載誌
Kidney International
DOI
10.1016/j.kint.2022.04.026
公開日
2022年5月27日(アメリカ東部標準時)
お問い合わせ

研究に関するお問い合わせ
柳田素子(やなぎた・もとこ)
京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)主任研究者/教授
京都大学大学院医学研究科 教授

金子惠一(かねこ・けいいち)
京都大学医学部附属病院 特定病院助教

報道に関するお問い合わせ
京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
リサーチ・アクセラレーション・ユニット(広報担当:清水智樹 特定講師)

AMED 事業に関するお問い合わせ
革新的先端研究開発支援事業について
日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

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