2022-06-15 電気通信大学,東京大学
発表のポイント
◆ハエの幼虫の粘弾性および筋力を物性物理の手法を用いて測定
◆得られた物性値に基づいて、虫の動きを定量的に再現する神経力学モデルを構築
◆動物に着想を得るソフトロボット開発への貢献の期待
発表概要
電気通信大学 大学院情報理工学研究科 共通教育部の高坂洋史准教授、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻の能瀬聡直教授、同研究科 物質系専攻の伊藤耕三教授、東京大学 物性研究所 附属中性子科学研究施設の眞弓皓一准教授らの研究グループは、物性測定に基づいたショウジョウバエ幼虫の動きの神経力学モデルを構築し、高精度で虫の動きをシミュレーションすることに成功しました。この成果は英国科学誌 BMC Biologyに掲載されました。
発表内容
【背景】
やわらかい身体をもつ動物は、環境に適応してしなやかに動きます。この動きは、身体の各所に配置された筋肉と、それらの筋収縮力を調整する神経回路からの指令によって実現されます。従来、運動制御に関わる神経回路については詳しく調べられてきましたが、その出力先である動物の身体に関してやわらかさや筋収縮力といった物理特性についてはあまり明らかになっていませんでした。そのため、やわらかい動物がしなやかに動くしくみについて不明な点が多く残されています。
【手法】
この研究では、神経回路の研究が最もよく進んでいる動物の一つであるショウジョウバエの幼虫に注目しました。体長4mmほどのこのやわらかい幼虫は、体節構造をしていて、尾から頭に向けて順番に体節を収縮させることによって移動します。この幼虫について、物性物理研究で用いられるtensile tester(引張試験機)と呼ばれる測定装置によって、そのやわらかさや筋収縮力を測定しました(図1)。その測定値に基づいて幼虫の物理モデルを構成し、標準的な神経回路モデルと組み合わせることで、幼虫の動きをシミュレーションする神経力学モデルを構築しました(図2)。
【成果】
シミュレーションに用いるパラメータを探索した結果、構築した神経力学モデルで、実際の幼虫の動きを定量的に再現できることが明らかになりました。また、従来シミュレーションで再現できていなかった神経活動の摂動実験結果について、今回のシミュレーションで再現することができました。さらに、この神経力学モデルによって、中枢神経系内の情報伝達の強さと運動速度との間に強い関係があることが示唆され、ショウジョウバエ種間で多様な運動速度を示す背後には、動物種間での神経回路の多様性があることが予測されました。
【今後の期待】
動物が複雑な環境のなかでどのように適応的でしなやかな動きを生み出すのか、というのは神経科学において重要なテーマです。今回構築した神経力学モデルは、動物の動きの背後にある物理機構について定量的な分析を可能にするものです。このモデルが、地球上に生息するやわらかい動物の多彩な動きの理解に貢献できると期待されます。
動物の動きは、長い進化の過程で育まれ、洗練されてきました。この動物の動きに着想を得て、適応的で効率のよいソフトロボットの開発が世界中で急速に展開されています。本研究の神経力学モデルは、定量的な予測が可能であるため、ソフトロボットのデザインや性能予測に寄与できると期待できます。
論文情報
著者名:Xiyang Sun, Yingtao Liu, Chang Liu, Koichi Mayumi, Kohzo Ito, Akinao Nose, Hiroshi Kohsaka
論文名:A neuromechanical model for Drosophila larval crawling based on physical measurements
雑誌名:BMC Biology
DOI:10.1186/s12915-022-01336-w
公表日:2022年6月15日
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新領域創成科学研究科 広報室