2022-06-16 名古屋大学,京都大学,慶應義塾大学,科学技術振興機構
ポイント
- 脳内の神経回路の働きを理解するために、記憶・学習をつかさどる神経伝達物質受容体であるグルタミン酸受容体を細胞種選択的に活性化する技術が必要とされている。
- 本研究では、本来のグルタミン酸応答能を維持したままで、人工化合物によって活性化される変異グルタミン酸受容体を開発した。
- この変異グルタミン酸受容体をある特定の細胞種に発現させたマウスを作製し、人工化合物投与によって細胞種選択的にグルタミン酸受容体を活性化させることに成功した。
- この新技術「配位ケモジェネティクス法」により、神経回路の理解が加速すると期待される。
東海国立大学機構 名古屋大学 大学院工学研究科 清中 茂樹 教授は、京都大学 大学院工学研究科 浜地 格 教授、小島 憲人 博士(2021年度 博士課程卒)、慶應義塾大学 医学部 生理学教室 柚﨑 通介 教授、掛川 渉 准教授らと共に、神経回路の役割を明らかにするために、グルタミン酸受容体を細胞種選択的に活性化できる新たな方法論「配位ケモジェネティクス法」を開発しました。
私たちの脳に存在する1,000億個もの神経細胞は、シナプスを介して互いに結合してさまざまな神経回路を形成します。シナプスにおいて主要な情報伝達を担っているのは、神経伝達物質であるグルタミン酸とその受容体(グルタミン酸受容体)です。グルタミン酸受容体は、情報伝達に加えて記憶・学習などの高次機能に必須の役割を果たすと考えられています。しかしグルタミン酸受容体は、さまざまな種類の神経細胞に発現しているため、どの神経回路のどのシナプスに存在する受容体が重要であるのかについては、従来の実験法では解析が困難でした。本研究では、運動機能や運動学習を支える小脳神経回路において重要な役割を果たす代謝型グルタミン酸受容体1型(mGlu1)に着目しました。まず、本研究グループは、天然リガンド(グルタミン酸)との親和性を維持したmGlu1変異体を見いだし、その変異体を選択的に活性化できる人工化合物(Pd(bpy)およびPd(sulfo-bpy))を開発しました。次に、ゲノム編集技術によりmGlu1変異体を発現する遺伝子改変マウスを作製し、そのマウスから得られる小脳切片にPd(sulfo-bpy)を投与することによって、mGlu1が関わる高次脳機能(小脳長期抑圧)を選択的に誘起できました。さらに、アデノ随伴ウィルスを用いて、マウス小脳内の標的とする神経細胞種にmGlu1変異体を選択的に発現させ、細胞種選択的にmGlu1を活性化させることにも成功しました。本手法(配位ケモジェネティクス法)はmGlu1だけでなく、他のグルタミン酸受容体にも適用可能であり、グルタミン酸受容体が関わる神経回路の解明が大幅に加速すると期待されます。
本研究成果は、2022年6月16日に国際学術誌「Nature Communications」オンライン版で公開されます。
本研究成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型(ERATO)の研究領域「浜地ニューロ分子技術」(研究総括:浜地 格 京都大学 教授)の一環として行われました。
<論文タイトル>
- “Coordination chemogenetics for activation of GPCR-type glutamate receptors in brain tissue”
- DOI:10.1038/s41467-022-30828-0
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
清中 茂樹(キヨナカ シゲキ)
東海国立大学機構 名古屋大学 大学院工学研究科 生命分子工学専攻 教授
浜地 格(ハマチ イタル)
京都大学 大学院工学研究科 合成・生物化学専攻 教授
柚﨑 通介(ユザキ ミチスケ)
慶應義塾大学 医学部 生理学教室 教授
<JST事業に関すること>
加藤 豪(カトウ ゴウ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部 グリーンイノベーショングループ
<報道担当>
東海国立大学機構 名古屋大学 広報室
京都大学 総務部 広報課 国際広報室
慶應義塾大学 信濃町キャンパス 総務課(山崎・飯塚・奈良)
科学技術振興機構 広報課