レビー小体型認知症の新たな発症リスク遺伝子変異を発見

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2022-07-07 国立長寿医療研究センター

研究成果のポイント

  • 新規のレビー小体型認知症発症リスク遺伝子変異を同定
  • この変異は日本人を含む東アジア人特異的なもの
  • レビー小体型認知症の病態メカニズムの解明から治療薬開発に期待

概要

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(荒井秀典理事長)研究所の重水大智部長らの研究グループは、レビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies: DLB)患者の全ゲノムシークエンスデータ(※1)を解析し、遺伝子ベースのレアバリアント(※2)関連解析、さらには7,000名を超える本邦最大規模の日本人コホートによる検証実験から、MFSD3遺伝子のストップゲイン変異(※3)がDLB発症のリスクを高めることを見出しました。また、DLB関連遺伝子群のタンパク質間相互作用ネットワーク解析(※4)から主要なハブ遺伝子(※5)を同定し、大規模日本人コホートによる検証実験から、MRPL43遺伝子のミスセンス変異(※6)も同様にDLB発症のリスクを高めることを明らかにしました。本研究で得られた知見は、DLBの発症メカニズムの解明や認知症の病型鑑別に関する研究に資するものであり、認知症のゲノム医療や治療法開発につながるものと期待されます。

この研究成果は、神経科学分野の国際専門誌「Neuropsychiatric Genetics」に、2022年6月29日付で掲載されました。

なお本研究は、AMED、科研費、長寿医療研究開発費、中京長寿医療研究推進財団、堀科学芸術振興財団、厚生労働科学研究費補助金からの助成を受けて行われました。

※研究グループ

レビー小体型認知症の新たな発症リスク遺伝子変異を発見

研究の背景

レビー小体型認知症(DLB)は、アルツハイマー病(AD)に次いで多く、認知症患者全体の約4.6%を占めます。現在、DLB患者に対する効果的な治療法はなく、AD患者よりも死亡率が高くQOLが低いことが知られています。これまでの遺伝学的研究から、DLB発症には遺伝的因子が36%程度寄与(遺伝率)していると推定されています。しかしながら、SNCA(α-シヌクレイン)、APOE(アポリポプロテインE)、GBA(グルコシルセラミダーゼ)の3遺伝子以外明らかになっておらず、新規発症リスク遺伝子の同定が求められています。

研究成果の内容

研究グループは、国立長寿医療研究センターバイオバンクに登録されている日本人DLB患者61名と認知機能正常高齢者(Cognitively normal: CN)45名の全ゲノムシークエンスデータを解析。さらに7,274名からなる大規模日本人検証コホートを用いた検証実験から、MFSD3遺伝子のストップゲイン変異(※3)(rs143475431、C296X、図1a)がDLB発症のリスクを高めることを見出し、DLB–CN間(P = 0.00063、オッズ比 = 4.32)、DLB–AD間(P = 0.0096、オッズ比 = 2.96)において統計的有意性を確認しました。また、本変異は東アジア人以外の人種では見つからないことから、東アジア人特異的な遺伝子変異であると考えられます。

図1

図1 WGS解析で見つかったMFSD3遺伝子とMRLP43遺伝子上のDLBとCNのバリアント
(a)MFSD3遺伝子のストップゲイン変異p.C296XがDLB発症リスク遺伝子変異。
(b)MRPL43遺伝子のミスセンス変異p.N81HがDLB発症リスク遺伝子変異。


MFSD3遺伝子はアセチルCoAの膜輸送に関わる膜タンパク質と推定されています。アセチルCoAの代謝産物であるアセチルコリン(ACh)は、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)とブチリルコリンエステラーゼ(BuChE)によって加水分解され、AD患者の血漿中ではAChEとBuChEが多いことが報告されています。研究グループが同定したMFSD3遺伝子のストップゲイン変異は、血漿中でのBuChE濃度増加に関与していることから(図2、P = 0.029)、DLB発症のリスクを高める可能性が高いと考えられます。

図2

図2 MFSD3遺伝子変異と血漿中でのBuChE濃度

さらに研究グループは、全ゲノムシークエンス解析(※1)で見つかったDLB患者で変異が蓄積している16個の遺伝子に対して、組織特異的なタンパク質間相互作用ネットワーク解析(※4)を実施しました。その結果、2つのハブ遺伝子(※5)(RASSF1、MRPL43)が新たなDLB発症リスク遺伝子候補として同定されました。大規模日本人コホートによる検証実験からMRPL43遺伝子のミスセンス変異(※6)(図1b、chr10:102746730、p.N81H)がMFSD3遺伝子変異同様、DLB発症リスク遺伝子変異であると見出され、DLB–CN間(P = 0.0029、オッズ比 = 7.12)、DLB–AD間(P = 0.00024、オッズ比 = 15.84)、ともに統計的有意性が確認されました。

DLBとパーキンソン病は深い関わりがありますが、MRPL43遺伝子はパーキンソン病発症リスク遺伝子のひとつPARK7と共発現することが知られています。また、MRPL43変異を有するDLB患者の多くがパーキンソニズムの症状を示すことから、MRPL43変異がDLB発症に関わる可能性が示唆されます。この変異は、MFSD3遺伝子変異同様、日本人以外では見つかっておらず、民族特異的なDLB発症リスク遺伝子変異と考えられます。

研究成果の意義

今回、日本人DLB患者の全ゲノムシークエンス解析から、東アジア人特異的な複数のDLB発症リスク遺伝子変異が同定されました。本研究に使用した日本人コホートは、本邦におけるDLBの遺伝子研究としては最大規模と思われます。これは本疾患のクリニカルシークエンスや個別化医療等、将来期待されるゲノム医療につながる重要な知見であり、本研究の意義は大きいと考えられます。本研究で明らかにした新規DLB発症リスク遺伝子群は、DLB発症機序の解明に役立つとともに、新たな予防、治療法の確立に貢献することが期待されます。

論文情報

掲載誌
Neuropsychiatric Genetics

著者
Daichi Shigemizu, Yuya Asanomi, Shintaro Akiyama, Sayuri Higaki, Takashi Sakurai, Kengo Ito, Shumpei Niida, Kouichi Ozaki

論文タイトル
Network-based meta-analysis and the candidate gene association studies reveal novel ethnicity-specific variants in MFSD3 and MRPL43 associated with dementia with Lewy bodies

DOI
10.1002/ajmg.b.32908
論文URL

用語解説

※1 全ゲノムシークエンス解析
次世代型DNAシークエンサーを用い、約30億塩基あるヒトゲノム配列の全領域を網羅的かつ高速に解読する手法。数万人に一人しか保有していないような低頻度な遺伝子変異であっても検出することが可能である。

※2 レアバリアント
集団内において低頻度で存在する一塩基置換遺伝子多型。

※3 ストップゲイン変異
一塩基置換遺伝子変異のうち、その遺伝子がコードするタンパク質への翻訳を止めてしまう変異。

※4 タンパク質間相互作用ネットワーク解析
多くのタンパク質は他のタンパク質や生体高分子と相互作用することでその機能を果たす(構造タンパク質、代謝、シグナル伝達、転写など)。よって、タンパク質の機能を解明する上でタンパク質間相互作用は必要不可欠である。

※5 ハブ遺伝子
遺伝子ネットワーク上で多数の遺伝子と相互作用する遺伝子。生物学的に重要であるとされる。

※6 ミスセンス変異
一塩基置換遺伝子変異のうち、その遺伝子がコードするタンパク質において異なるアミノ酸残基への置換を伴う変異。

問い合わせ先

報道に関すること
国立長寿医療研究センター 総務部総務課
広報担当 伊藤 大佑

研究に関すること
国立長寿医療研究センター 研究所 メディカルゲノムセンター
バイオインフォマティクス研究部
重水 大智

医療・健康
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