2022-09-09 理化学研究所,株式会社ユーグレナ
理化学研究所(理研)科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラム微細藻類生産制御技術研究チームの石川まるみテクニカルスタッフⅡ、野村俊尚研究員(環境資源科学研究センターバイオ生産情報研究チーム研究員)、玉木峻研究員、鈴木健吾チームリーダー(株式会社ユーグレナCTO)、持田恵一副チームリーダー(環境資源科学研究センターバイオ生産情報研究チームチームリーダー)、光量子工学研究センター先端レーザー加工研究チームの尾笹一成特別嘱託研究員、環境資源科学研究センター質量分析・顕微鏡解析ユニットの豊岡公徳上級技師らの研究グループは、ミドリムシの産業利用種Euglena gracilis[1](以下、ミドリムシ)の遊泳不全ゲノム編集[2]株の作出に初めて成功しました。
本研究成果は、食品やバイオ燃料などの原料として産業利用されているミドリムシの生産効率向上に貢献すると期待できます。
産業利用する藻類の生産工程において、大量培養した細胞を遠心分離などで回収するコストは生産コストの約20~30%を占めるともいわれ、回収の効率化が生産コスト低減の課題となっています。
今回、研究グループは、先行研究で確立したミドリムシの高効率ゲノム編集技術を用いて、遊泳に必要なべん毛の形成に関連する遺伝子を欠損させた遊泳不全ミドリムシ株を作出することに成功しました。遊泳不全ミドリムシ株はべん毛を持たず、遊泳能力を欠くことから、培養液を静置するだけでほぼ全量のミドリムシが沈澱するため、ミドリムシの回収がしやすいという特長があります。なお、遊泳不全ミドリムシ株は増殖やパラミロン[3]生産、バイオ燃料の原料となる油脂生産は通常のミドリムシ(野生株)と同等であることから、産業利用価値を保ちながら運動性を低下させることに成功しました。
本研究は、科学雑誌『Plant Biotechnology Journal』オンライン版(9月8日付:日本時間9月9日)に掲載されます。
本研究の概要
背景
ミドリムシは光合成能を持つ微細藻類の一種で、増殖可能なバイオ資源であるため、持続可能な開発目標(SDGs)[4]の達成や、社会の持続可能性と経済活動を両立の実現に向けて産業利用の拡大が期待されています。ミドリムシは豊富な栄養素を持つため、食品として利用されているほか、その油脂はバイオ燃料の原料としての利用が進められています。
しかし、藻類の生産工程において、大量培養したミドリムシを遠心分離などの技術で回収するコストは、生産コストの約20~30%を占めるともいわれ、回収の効率化が課題となっています。2020年に重イオンビーム[5]を用いた研究により、遊泳不全のミドリムシ株(M–3ZFeL)注1)が得られましたが、細胞の増殖や油脂の生産が通常のミドリムシ(野生株)に比べて劣っていました。そのため、より的確な遺伝子操作による遊泳不全ミドリムシ株が求められていました。
そこで本研究では、研究グループが2019年に開発したミドリムシのゲノム編集技術注2)を用いて、遊泳に必要なべん毛の形成に必要な遺伝子であるBardet-Biedl syndrome(BBS)遺伝子[6]を欠損させた遊泳不全ミドリムシ株の作出に取り組みました。
注1)Muramatsu S, Atsuji K, Yamada K, Ozasa K, Suzuki H, Takeuchi T, Hashimoto-Marukawa Y, Kazama Y, Abe T, Suzuki K, Iwata O. Isolation and characterization of a motility-defective mutant of Euglena gracilis. PeerJ. 2020 Sep 28;8:e10002. doi: 10.7717/peerj.10002.
注2)2019年6月17日プレスリリース「ミドリムシでの高効率ゲノム編集に成功」
研究手法と成果
研究グループは、ミドリムシのべん毛形成関連遺伝子であるBBS遺伝子(BBS7とBBS8)を部分的に欠損するようにゲノム編集し、野生株とは異なったコロニー状に増える株を取得しました。このゲノム編集ミドリムシにはべん毛が見られず(図1)、遊泳能力も示さないことから、遊泳不全ミドリムシ株であることを確認しました。
図1 ゲノム編集技術により作出したべん毛が無いミドリムシの一例
野生株の顕微鏡写真中の矢頭はべん毛を示す。赤色の点構造は眼点。スケールバーは10マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。
また、遊泳能力を持つ野生株では培養液を静置しても培養液中に浮遊するミドリムシが残るのに対して、ゲノム編集株ではほぼ全てのミドリムシが沈澱し(図2)、野生株に比べて30%以上回収率が高いことが分かりました。さらに、ゲノム編集株の増殖率やパラミロン含有率、バイオ燃料などの原料となる油脂含有率は野生株に比べて劣らないことを確認しました。このように、ミドリムシの産業利用における性質はそのままに運動性を低下させることに成功しました。
図2 遊泳不全ミドリムシ株の沈殿試験
ミドリムシの培養液を静置したところ、120分後にはゲノム編集により作出した遊泳不全ミドリムシ株では、ほぼ全量のミドリムシが沈澱する。
今後の期待
今回用いたミドリムシは増殖可能なバイオ資源であり、SDGsの達成や社会の持続可能性と経済活動との両立の実現に向けて、本研究成果の利用が期待されています。しかし、現状のバイオ燃料などは化石燃料に比べて価格が高く、生産コストを下げるための技術開発が重要です。今回のようなミドリムシの有用ゲノム編集株の作出は、生産コストを下げる一助となるものです。
また本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「SDGs(持続可能な開発目標)」のうち「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」と「13.気候変動に具体的な対策を」などへの貢献が期待される成果です。
補足説明
1.Euglena gracilis
田んぼや淡水の湖沼などに生育するユーグレナ属(ミドリムシ)の微細藻類の一種で、古くから生物学実験に使用されている。本種は、大量培養法が確立されていることから、ミドリムシの中で最も産業利用に適しており、さまざまな用途での利活用が展開されている。
2.ゲノム編集
核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)などを部位特異的に作用させることで、遺伝情報を改変する技術。
3.パラミロン
グルコース(ブドウ糖)がβ-1、3結合した、ミドリムシにおける貯蔵多糖類。ミドリムシの細胞内で蓄積されると、粒状の構造体として視認できる。また、嫌気条件下では、エネルギー獲得のため、パラミロンを基に油脂(ワックスエステル)が生産される。
4.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
5.重イオンビーム
原子からいくつかの電子がはぎ取られ、電気を帯びたものを「イオン」と呼び、特にヘリウムより重い元素のイオンを「重イオン」と呼ぶ。加速器により加速した重イオンを生物に照射することで、DNA二重鎖を切断し塩基欠失を誘発できることから、品種改良にも用いられている。
6.Bardet-Biedl syndrome(BBS)遺伝子
バルデービードル症候群(BBS)は、感覚などのシグナル伝達に重要な役割を果たす繊毛に異常をきたす、繊毛症という疾患に属する遺伝性疾患。その原因遺伝子がBBS遺伝子であり、BBS遺伝子欠損によるべん毛や繊毛の形成や機能不全が報告されている。
研究グループ
理化学研究所
科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラム 微細藻類生産制御技術研究チーム
テクニカルスタッフ 石川 まるみ(イシカワ・マルミ)
研究員 玉木 峻(タマキ・シュン)
研究員 野村 俊尚(ノムラ・トシヒサ)
(環境資源科学研究センター バイオ生産情報研究チーム 研究員)
研究パートタイマー 広田 菊江(ヒロタ・キクエ)
客員研究員 山田 康嗣(ヤマダ・コウジ)
(株式会社ユーグレナ 先端科学研究所 所長)
副チームリーダー 持田 恵一(モチダ・ケイイチ)
(環境資源科学研究センター バイオ生産情報研究チーム チームリーダー)
チームリーダー 鈴木 健吾(スズキ・ケンゴ)
(株式会社ユーグレナ CTO)
光量子工学研究センター 先端レーザー加工チーム
特別嘱託研究員 尾笹 一成(オザサ・カズナリ)
環境資源科学研究センター 質量分析・顕微鏡ユニット
上級技師 豊岡 公徳(トヨオカ・キミノリ)
訪問研究員 鈴木 智子(スズキ・トモコ)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)OPERA機能性バイオ共創コンソーシアム(領域統括:三谷啓志(東京大学))による支援を受けて行われました。
原論文情報
Marumi Ishikawa, Toshihisa Nomura, Shun Tamaki, Kazunari Ozasa, Tomoko Suzuki, Kiminori Toyooka, Kikue Hirota, Koji Yamada, Kengo Suzuki, and Keiichi Mochida, “CRISPR/Cas9-mediated generation of non-motile mutants to improve the harvesting efficiency of mass-cultivated Euglena gracilis”, Plant Biotechnology Journal, 10.1111/pbi.13904
発表者
理化学研究所
科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラム 微細藻類生産制御技術研究チーム
テクニカルスタッフⅡ 石川 まるみ(イシカワ・マルミ)
研究員 玉木 峻(タマキ・シュン)
研究員 野村 俊尚(ノムラ・トシヒサ)
(環境資源科学研究センター バイオ生産情報研究チーム 研究員)
副チームリーダー 持田 恵一(モチダ・ケイイチ)
(環境資源科学研究センター バイオ生産情報研究チーム チームリーダー)
チームリーダー 鈴木 健吾(スズキ・ケンゴ) (株式会社ユーグレナ CTO)
光量子工学研究センター 先端レーザー加工研究チーム
特別嘱託研究員 尾笹 一成(オザサ・カズナリ)
環境資源科学研究センター 質量分析・顕微鏡解析ユニット
上級技師 豊岡 公徳(トヨオカ・キミノリ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
株式会社ユーグレナ コーポレートコミュニケーション課 芦田/本間