梅雨どきに大量発生するコバエは新種だった

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2022-09-15 森林研究・整備機構 森林総合研究所

ポイント

  • 岐阜県や静岡県などで梅雨の時期に大量発生する不快害虫の正体はよくわかっていなかった。
  • 形態的特徴と遺伝情報から、この不快害虫がクロバネキノコバエ類の新種であることを明らかにした。
  • 新種として学名を付けたことで、国内外で情報共有が可能となり、防除方法を開発する研究の推進が期待される。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所およびドイツ昆虫学研究所からなる研究グループは、岐阜県や静岡県などで梅雨時に大量発生する不快害虫が新種の昆虫であることを明らかにし、本種の学名を Hyperlasion breviantenna、和名をシズオカコヒゲクロバネキノコバエとして発表しました。この不快害虫は住宅など建物内に侵入することからその対策がこれまで各自治体で求められてきましたが、その正体は良くわかっていませんでした。本研究では、静岡県、岐阜県、福岡県で採集された標本の形態的特徴と遺伝情報を解析し、これらがこれまでアジアで知られていなかった種類のクロバネキノコバエ類であること、同種と思われる個体群がオーストラリアでも見つかっていることを明らかにしました。本種に学名が付けられたことで、本種に関する研究成果を国内外で共有・検索することが可能になりました。今後、その生態の解明や、防除方法の開発の推進が期待されます。
本研究成果は、2022年7月25日にZootaxa誌でオンライン公開されました。

背景

1997年頃から体長2mm前後の微小なクロバネキノコバエ類の1種(以下クロバネ)(写真1)が岐阜県や静岡県などで毎年のように大量発生し、衛生上の問題となっています。窓を閉めていても、大量に発生したクロバネが網戸やサッシの隙間をすり抜け、住宅や学校などの屋内に侵入したり(写真2)、屋外では体にまとわりついたり、洗濯物に付着したりするため、住民から自治体へ苦情・相談が寄せられています。新聞などのメディアでもその発生による被害が多く報じられてきました。岐阜県では公的予算を投じてクロバネの調査を行っており、また多くの自治体ではホームページにクロバネに関する情報を掲載し、住民に注意を促しています。森林総合研究所にも2020年にクロバネについて問い合わせがありました。
クロバネの生態について科学的に分かっていることは限られています。クロバネは森林林床や花壇、野積みされた腐葉土から発生します。成虫の発生は晴れた日の早朝から正午までであり、成虫はその日のうちに死滅します。発生した成虫のほとんどがメス個体であることが観察されていました。
地球上の生物種には、私たちの姓と名にあたる属名と種小名で構成される学名が付けられます。まだ学名が付けられていない生物が見つかった場合、新しい学名を付けて新種として発表します。学名はラテン語で表され、世界共通で使われます。私たち日本人は、生物種に対してカタカナで表される和名を通常使いますが、海外の人々と生物の情報を共有するため、国内で見つかった新種にも学名を付ける必要があります。また、複数の場所で見つかった、似たような生物が同じ学名をもつ同じ種であることを確かめる(これを同定と言います)には、それぞれの場所で標本を採集し、その形を観察したり遺伝情報を解析したりします。
静岡県で発生したクロバネは2014年にシズオカコヒゲクロバネキノコバエ(以下シズオカコヒゲ)という和名が付けられましたが、学名が付けられていませんでした。さらに、近年岐阜県などで問題となっているクロバネがシズオカコヒゲと同じ種であるか否かについても未確認でした。現在も大学・企業などで研究が進められていますが、クロバネには学名が付けられていなかったため、情報の共有や研究成果の発表が滞っていました。

梅雨どきに大量発生するコバエは新種だった
写真1. シズオカコヒゲクロバネキノコバエ Hyperlasion breviantenna の成虫。a ♂, b ♀.

大量に発生した成虫の写真
写真2. 屋内に侵入した シズオカコヒゲクロバネキノコバエ Hyperlasion breviantenna の成虫(高木貴行氏撮影)。

内容

私たちは静岡県、岐阜県、福岡県で発生したクロバネの形態的な特徴を詳細に観察し、これらがメスの触角が短いなど、これまでに国内外のクロバネキノコバエ類で知られていなかった特徴を多く持つ新種であることを明らかにしました。また、これらの標本の遺伝情報の解析(DNAバーコーディング1)により、この新種とほぼ同じ遺伝情報を持つクロバネが学名不明の種としてオーストラリアからデータベースに登録されていることがわかりました。今回、私たちはこのクロバネに Hyperlasion breviantenna という学名を付け、新種として発表しました。種小名はラテン語で「短い」を意味する brevis と、「触角」を意味する antenna に由来します。また、和名としては、すでにクロバネに対して用られていたシズオカコヒゲクロバネキノコバエを適用することを提唱しました。和名に「キノコバエ」とありますが、シズオカコヒゲは私たちが食べるきのこに害を及ぼすことはありません。シズオカコヒゲと同じように Hyperlasion という属名をもつ生物種はこれまでヨーロッパ、アフリカ、中米、オーストラリア、太平洋の諸島で知られていましたが、アジアでは記録がありませんでした。
シズオカコヒゲのように、クロバネキノコバエ類でメスが毎年のように大量発生し、それが報じられることは世界的に極めて稀な事象です。私たちはシズオカコヒゲと同じような発生様式や被害が過去に報告されたか否かを文献で調べました。その結果、シズオカコヒゲに近縁な Hyperlasion wasmanni という種のメスが短期間に大量に捕獲された事例や、別属の1種が室内で大量に見つかった事例がありましたが、いずれも一度きりの観察・報告でした。

今後の展開

シズオカコヒゲに学名が付けられたことで、シズオカコヒゲに関する様々な研究を国内外で行い、その成果を世界で共有・検索することが可能になりました。国内ではまずシズオカコヒゲの防除技術の開発とそれに関係する生態の解明が望まれます。海外に分布する Hyperlasion wasmanni は様々な環境(森林、草原、湿地など)に生息することが知られており、シズオカコヒゲの生息環境も同様であることが推察されます。その中で、シズオカコヒゲの天敵やシズオカコヒゲの幼虫の具体的な生息場所が分かれば、防除を行う場所・季節などの絞り込みも可能になります。私たちが明らかにしたシズオカコヒゲの遺伝情報を用いることで、土壌などから直接シズオカコヒゲを検出することも可能になります。
今回の研究で利用した標本の産地は限られていましたが、今後、産地の数を増やすことでシズオカコヒゲがどの地域に多く分布しているかが分かるようになります。また、それらを含めて国内外で得られた標本の遺伝情報を解析することで、シズオカコヒゲの分布拡大の歴史を解明できます。これはシズオカコヒゲによる被害のさらなる拡大防止・警戒手段の開発に繋がると期待されます。

論文

論文名:A new species of Hyperlasion Schmitz (Diptera: Sciaridae), causing periodic outbreaks in Japan
著者名:MASAHIRO SUEYOSHI,SHOKO NAKAMURA, FRANK MENZEL
掲載誌:Zootaxa 5168 (4): 451–463
DOI:https://doi.org/10.11646/zootaxa.5168.4.5

共同研究機関

ドイツ昆虫学研究所(ドイツ・ミュンチェベルグ)

用語解説

1DNAバーコーディング:生物の種によって異なる遺伝子などのDNA配列情報を利用して生物種の同定を行うこと。DNAを用いた種の同定には、種名が登録されたDNA配列情報が必要なため、世界中でDNA配列情報の蓄積と共有がすすんでいる。

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 生物多様性・気候変動研究拠点 生物多様性研究室 室長 末吉昌宏

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

生物化学工学
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