2023-06-02 国立がん研究センター
国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策研究所(理事長・所長:中釜斉、東京都中央区)は、横断的プロジェクトとして、ヒトパピローマウイルス(以下、HPV)による持続感染が原因で発症する子宮頸がんやその他のHPV関連がんについて、科学的根拠と日本の現状をファクトシートの形でまとめ公開しました。
WEB公開版
子宮頸がんとその他のヒトパピローマウイルス (HPV) 関連がんの予防ファクトシート 2023
ファクトシートのポイント
- 子宮頸がんはHPVワクチンと検診によって予防できるがんです。
- 日本では、HPVワクチン、子宮頸がん検診ともに十分に実施されておらず、子宮頸がんの罹患率、死亡率ともに増加しています。
- HPVワクチンは、HPV感染、子宮頸がん前がん病変、子宮頸がんに対して高い予防効果があります。この効果は接種時の年齢が上がるほど弱くなります。
- HPVワクチンは、2013年から2021年まで積極的勧奨が控えられていましたが、2022年度から積極的勧奨が本格的に再開されました。
- 接種対象の女性(小学校6年生~高校1年生相当)は、現状入手できるHPVワクチンを接種することが推奨されます。特にキャッチアップ接種の対象世代(1997年度生まれ~2006年度生まれの女性)は、HPVワクチン接種と、20歳以上でのがん検診受診が強く推奨されます。
- 子宮頸がん対策は、HPVワクチン、検診、治療・ケア包括的に実施することが求められます。それらの履歴管理とデータ分析が可能な制度の構築が合わせて必要です。
概要
日本では、子宮頸がんが増加し続けています。これは、実効性のある子宮頸がん対策が行われていないことが背景にあります。2022年度からHPVワクチンの積極的勧奨が本格的に再開されましたが、接種率は十分に回復していません。子宮頸がん検診も対策型検診として実施されていますが、受診率は低く、子宮頸がんの減少にはつながっていません。先進諸国では、科学的根拠に基づく子宮頸がん対策を実施することによって子宮頸がん減少に成功しています。
そこで、国立がん研究センターがん対策研究所は、子宮頸がんおよびHPV関連がんについて、国内外の科学的根拠と、これらのがんを実効的に減らすために必要な方策をファクトシートの形でまとめました。このファクトシートでは、ワクチンによる1次予防、検診による2次予防それぞれの課題を明らかにするとともに、予防からがんの診断治療までをモニタリング、評価できる制度の構築が重要であることがわかりました。
国立がん研究センターがん対策研究所は、これらの課題の解決に向けて、国、自治体、研究機関、医療機関、メディアなどと連携し、日本での子宮頸がんの減少に貢献していきたいと考えています。
子宮頸がんの罹患率と死亡率(ファクトシート2章27ページ 図2.1.6)
日本の子宮頸がん罹患率、死亡率は1990年代には諸外国より低いレベルでしたが、現在は米国、西欧、オーストラリア、韓国より高いレベルになっています(図1)。
図1 子宮頸がん年齢調整死亡率の年次推移
HPV感染(ファクトシート1章10ページ 図1.1.1)
- 子宮頸がんの95%以上は子宮頸部のHPVによる持続的な感染が原因です。
- HPVは感染しやすく、性交経験を有する人の大半が生涯一度は感染します。
- 日本人女性(注1)のHPV検出率は、10歳代~20歳代で最も高く、20%前後と報告されています(図2)。(注1:子宮頸部細胞診正常例)
図2 細胞診が正常または浸潤性子宮頸がんを有する女性の年齢別HPV検出率
HPVワクチンによるHPV関連がん予防の有効性(ファクトシート3章41ページ 表3.2.3)
- HPVワクチンは、HPV感染、子宮頸がん前がん病変、子宮頸がんに対して高い予防効果があります(表1)。
- HPVの予防効果は、接種時の年齢が上がるほど弱くなります。
- HPVワクチンには、既に感染したウイルスを排除する効果はありません。そのため、性交渉開始前の年齢でワクチンを接種することが重要となります。
表1 HPVワクチンによる子宮頸部の前がん病変予防効果(相対リスク)
日本におけるHPVワクチン接種の経緯・現状(ファクトシート3章55ページ 図3.3.1)
日本では、接種後の多様な症状が報告されたことから、HPVワクチンの積極的勧奨が2013年から2021年まで控えられました。その間、接種対象年齢であった女性(2000年度以降生まれ)のHPVワクチン接種率は極めて低い状況となっています。
図3 生まれ年度ごとのHPVワクチン接種率
(地域保健・健康増進事業報告および国勢調査から算出)
日本におけるHPVワクチン接種の実施(ファクトシート3章35ページ 図3.1.1)
- 日本では2023年5月現在、小学校6年生~高校1年生相当の女性を対象に2価、4価、9価HPVワクチンの定期接種が実施されています(3回または2回接種)。
- 加えて、1997年度生まれ~2006年度生まれ(誕生日が1997年4月2日~2007年4月1日)(注2)の女性に対して、2022年4月から2025年3月まで公費でのHPVワクチン接種が行われています(キャッチアップ接種)。(注2:2005年度生まれまでで開始され、2023年度から2006年度生まれが追加された)
図4 HPVワクチン接種スケジュール
HPVワクチン接種後の症状とその対応(ファクトシート3章66ページ 図3.4.4)
- HPVワクチン接種への不安や多様な症状に対処するため、地域ブロック拠点病院を中心とした医療連携体制、相談体制および報告・救済制度が設けられています(1)。
- 予防接種にあたる医師やかかりつけ医は、「HPVワクチン接種後に生じた症状に関する診療マニュアル」(2), (3)にそってワクチン接種前、副反応出現時などに適切に対応する体制となっています。
図5 地域におけるHPVワクチン接種にかかる診療・相談体制
- ヒトパピローマウイルス感染症の予防接種後に生じた症状の診療に係る協力医療機関及び厚生労働行政推進調査事業研究班の所属医療機関(令和4年11月1日現在)
- 一般財団法人日本いたみ財団.「HPV ワクチン接種後に生じた症状に関する診療マニュアル」(登録によりダウンロードが可能)
- 公益社団法人日本医師会/日本医学会. HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き.2015.
子宮頸がん対策の管理体制(ファクトシート6章106ページ 図6.3.2)
- 日本では、HPVワクチン、子宮頸がん検診ともに、受診歴や検査結果を全国で一元管理する仕組みがありません。
- オーストラリアではHPVワクチン接種は予防接種登録、がん検診に関する情報は連邦法に基づくNational Cancer Screening Register(NCSR)で一元的に管理されています。
- NCSRは予防接種登録、死亡登録、がん登録などの情報システムと個人番号を用いて突合することが可能で、それによってデータに基づく事業の管理・運営からエビデンスに基づいた政策・プログラムの策定までが可能になっています。
- 日本でも子宮頸がん対策のモニタリング・サーベイランスの情報管理体制の構築が必要です。
図6 オーストラリアの子宮頸がん検診プログラムを支える情報管理の仕組み
日本で今後必要な方策(ファクトシート7章109ページ)
HPVワクチンによる1次予防
- リマインダー・リコールを含むHPVワクチン接種勧奨
- 医療機関、教育機関、民間団体、学会、専門家、NPOなど様々な団体および個人の社会的動員
- HPVワクチン接種対象者が接種しやすい環境の整備
- HPVワクチンの対象(男性接種、対象年齢)についての検討
- 接種対象者とその保護者へ適切な情報提供とHPVワクチン接種時の不安や接種後の様々な症状に対応できる体制整備とケアの充実
検診による2次予防
- 行動科学、ソーシャルマーケティング、ナッジ理論などに基づく検診受診勧奨
- 子宮頸がん検診を受診できる施設の増加や受診可能な時間の拡張
- HPV検査を用いた子宮頸がん検診について、陽性例のトリアージや精密検査実施体制を含めて、日本において実施可能性の高いアルゴリズムの検討
- 子宮頸がんおよびその検診に関する認知度・知識を高めるための取り組み、およびその取り組みについての情報共有
対策のモニタリングと評価
- HPVワクチン接種歴を電子的に管理する全国的な登録制度の構築
- 職域および個人で受診している場合も含めて、がん検診事業全体を統一した基準で管理できる仕組みの構築
- オーストラリアなどをモデルとした、ワクチン接種、検診受診、保険診療などの情報を合わせて一元管理する仕組みの構築
まとめ
- 子宮頸がんはHPVワクチンと検診によって予防できるがんです。先進国では近い将来、撲滅(注3)も可能だと予測されています。(注3:罹患率が人口10万対で数例レベル)
- HPVワクチンは、その有効性と安全性が確認され、接種による予防の利益が副反応のリスクを上回ることが明らかになりました。
- HPVワクチンは体内のウイルスを排除する効果はなく、ワクチンで予防できないタイプのウイルスがあるため、子宮頸がん検診による2次予防を合わせて実施することが大切です。
- 接種対象の女性(小学校6年生~高校1年生相当)は、現状入手できるHPVワクチンを接種することが推奨されます。特にキャッチアップ世代(1997年度生まれ~2006年度生まれの女性)へのHPVワクチン接種勧奨(+検診受診勧奨)が急務です。
- 子宮頸がん対策は、1次予防のワクチン接種、2次予防の検診受診、診断・治療・ケアを包括的に実施することが重要であり、それらを通じた情報を一元的に収集、評価できる制度の構築が必要です。
報道関係からのお問い合わせ先
HPVファクトシートについて
国立研究開発法人 国立がん研究センター
がん対策研究所 データサイエンス研究部
その他全般について
国立研究開発法人 国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室
担当:がん対策研究所 がん登録センター 院内がん登録室 高橋ユカ