閉経期マウスの生殖中枢イメージング~生殖をつかさどる神経集団の活動リズムは閉経後も変わらない~

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2023-06-02 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チームの後藤 哲平 研究員、宮道 和成 チームリーダーらの研究チームは、生殖適齢期から閉経に至る雌マウスの神経細胞の集団活動を1年間にわたって記録することに成功し、卵巣機能が老化して閉経に至っても卵巣機能をつかさどるキスペプチン[1]神経細胞群の活動が維持され続けることを明らかにしました。

本研究成果は、卵巣機能の老化に関わる神経基盤を解明する上で重要な知見であり、将来的には更年期障害[2]の理解へと発展するものと期待できます。

卵子を成熟・排卵させる卵巣の機能が老化すると閉経しますが、卵巣機能をつかさどるキスペプチン神経細胞が、生殖適齢期から閉経にかけてどのような活動を示すのかについては分かっていませんでした。

研究チームはマウスを用いて、生殖適齢期において性周期が一周する間にキスペプチン神経細胞の活動がダイナミックに変動することを示しました。さらに、生殖適齢期から閉経時にかけてキスペプチン神経細胞の活動の強度は減少する傾向にありましたが、頻度は変化せずに維持されていることが分かりました。これは、生殖機能の老化時にキスペプチン神経細胞の活動頻度が変化すると想定してきた従来の学説に反する結果です。

本研究は、科学雑誌『eLife注1)』オンライン版(5月24日付)に掲載されました。

注1)2023年の1月31日から掲載規定を変更し、査読後の論文のアクセプト・リジェクトを廃止し、査読を行った全てのプレプリントを”Reviewed Preprint”として公開しているが、本論文はこの規定の変更前に投稿されており、従来の査読プロセスを受けアクセプト判定を得たものである。

閉経期マウスの生殖中枢イメージング~生殖をつかさどる神経集団の活動リズムは閉経後も変わらない~

卵巣が老化しても維持されるキスペプチン神経のパルス状の活動

背景

閉経にまつわる不調を治療する薬は江戸時代には既に広く出回っていたようです。閉経という言葉は昭和時代初期までに新聞に登場するようになります注2)。平均して51歳ごろに閉経するため、医学が進歩し、栄養状態や環境の改善によって寿命が大きく延びた現代において、ほぼ全ての女性が閉経を経験することになります。

卵巣は受精可能な卵子を成熟・排卵させる器官であり、その機能は間欠的(パルス状)に分泌されるホルモンの支配を受けます。この仕組みは、内分泌学という分野で詳しく研究されてきましたが、ホルモンのパルス状分泌をつかさどる脳内のメカニズムには未解明な部分が多く残されています。生殖適齢期において、脳下垂体からパルス状に分泌される性腺刺激ホルモンは卵巣の卵子の発育を促進します。この性腺刺激ホルモンの分泌リズムを制御している最上位の中枢が、視床下部弓状核[3]のキスペプチン神経細胞です。一方、キスペプチン神経細胞自体も、卵巣から分泌される性ステロイドホルモンによるフィードバック制御を受けています。このように、性周期を正常に維持するためには、ホルモンを介した中枢のキスペプチン神経細胞と末梢の卵巣のコミュニケーションが重要だと考えられています。では、卵巣機能が老化して閉経する過程で、キスペプチン神経細胞の活動パターンはどのように変化するのでしょうか。

従来、性腺刺激ホルモンの分泌リズムを卵巣の機能と関連付けて研究するためには、数時間に1回、少量の血液を採取してホルモン量を測定する必要がありました。このような作業は、実験者の負担が大きいだけでなく、実験対象の動物にとってもストレスの大きいものでした。そこで研究チームは、自由行動下でストレスなく長期間にわたって神経細胞の活動を記録できるファイバーフォトメトリー[4]をキスペプチン神経細胞の研究に用いることを着想しました。性腺刺激ホルモンの分泌リズムを決めるキスペプチン神経細胞の活動を測定することで、大きな負担のかかるホルモン測定よりも簡便に、長期間にわたって繰り返し測定することが可能になると考えました。

注2)山脇悌二郎「近世日本の医薬文化」平凡社(1995)

研究手法と成果

研究チームは、まず生殖適齢期の視床下部弓状核のキスペプチン神経細胞の活動を捉えるため、カルシウムイオン(Ca2+)センサーとして働くタンパク質GCaMP[4]を雌マウスのキスペプチン神経細胞に発現させました(図1B)。一般に、神経細胞が活動すると細胞内Ca2+の濃度が上昇し、GCaMPの蛍光強度の変化として可視化されます。弓状核の直上に光ファイバーを設置し、接続したケーブルから脳内の蛍光を検出するファイバーフォトメトリー装置を使って活動を記録しました(図1A)。

ファイバーフォトメトリーのキスペプチン神経細胞への適用の図

図1 ファイバーフォトメトリーのキスペプチン神経細胞への適用
A.ファイバーフォトメトリー実験の模式図。脳視床下部弓状核のキスペプチン神経細胞の活動を、緑色蛍光の強度変化としてモニターできる。
B.遺伝学的な手法を用いて脳視床下部弓状核のキスペプチン神経細胞(組織染色により可視化し、マゼンタで表示)に特異的にCa2+センサーとして働くGCaMP(染色し、緑で表示)を発現させた。青色は染色試薬で細胞の核を染めている。この手法でGCaMPを発現する緑色の細胞の大多数はキスペプチン神経細胞であることを確認した上で、光ファイバーを弓状核の直上に設置した。スケールバーは100マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。


記録する神経細胞のダメージが最小限になるように調整を施し、7日間繰り返して記録することに成功しました。このとき、同時に記録したマウスの性周期[5]のステージを発情前期、発情期、発情間期、発情休止期に分類しました(図2A)。

キスペプチン神経細胞は30分から数時間に1回、約1分続く非常に明瞭な神経活動を示しました(図2B)。これは性腺刺激ホルモンのパルス状の分泌パターンと対応していることが知られています。1週間の繰り返し記録が可能になったことで、キスペプチン神経細胞のパルス状活動の頻度は発情前期の暗期[6]に最も少なく、発情休止期に最も多くなることが分かりました(図2C)。さらに、それぞれの活動の強度(ピークの高さ)は性周期中に1.5倍程度変動することも分かりました。

生殖適齢期の雌マウスにおけるキスペプチン神経細胞の活動記録の図

図2 生殖適齢期の雌マウスにおけるキスペプチン神経細胞の活動記録
A.性周期の模式図。性周期は発情前期、発情期、発情間期、発情休止期と呼ばれるステージに分類でき、この順番に一周する。
B.6時間のフォトメトリー記録。例えば、発情期の明期には矢頭で示したキスペプチン神経細胞群のパルス状の活動が2回見られたが、発情休止期の暗期にはパルス状の活動が9回あった。
C.性周期の各ステージにおける6時間当たりのキスペプチン神経細胞のパルス状活動の回数。発情前期の暗期に最小となってその後緩やかに上昇し、発情休止期の暗期に最大となった。実験には4匹のマウスを用い、7日間の記録から発情前期を見つけ出して、続く5日分のデータを解析した。


マウスの卵巣機能が老化すると、性周期の1周が長くなり、不規則な周期が続いて、やがて性周期の停止に至ることが知られています。今回、研究チームは9ヶ月齢以上の中年期のマウスに対して25日間のうちに性周期が何周するかを測定し、周期的(≧3回)、不規則(1~2回)、閉経(0回)として分類しました(図3)。

老化マウスの25日当たりの性周期数の推移と閉経の検出の図

図3 老化マウスの25日当たりの性周期数の推移と閉経の検出

A.さまざまな月齢の野生型マウスについて25日当たりの性周期数を調べた。マウスの月齢が高くなるにつれて平均の周期数が減少する。*は有意水準0.05において有意な違いがあることを示す。
B.フォトメトリー記録を行ったマウス(計12匹)のさまざまな月齢時点で25日当たりの性周期数を調べた。Aで示した野生型マウスと同様、加齢とともに性周期数が減少したことから、フォトメトリー記録操作が性周期に影響を与えていないことが示された。25日当たりの周期数に基づき、3回以上の性周期を持つ”周期的”グループ、1~2回の周期を持つ”不規則”グループ、性周期が停止している”閉経”グループの3群に分類した。


次に、同一のマウスの生殖適齢期から閉経に至る過程でキスペプチン神経細胞のパルス状の活動を捉えるために、25日間当たりの性周期数をモニターしつつ、そのうち7日間の神経活動を記録しました。このような測定を数カ月に一度行い、1年間にわたって同一個体のキスペプチン神経細胞の活動を観察しました。その結果、性周期のリズムが乱れ最終的に停止するまでの間、予想外なことにキスペプチン神経細胞のパルス状の活動は変化せず、生殖適齢期と同様のパターンで活動を続けていることが分かりました(図4)。一方、閉経に至る際、キスペプチン神経細胞のパルス状活動の強度(ピークの高さ)は減少することも分かりました。これらの結果は、生殖機能の老化時にキスペプチン神経細胞の活動が変化すると想定してきた従来の学説に反して、少なくともマウスの場合、閉経の過程においてキスペプチン神経細胞の活動頻度は安定に保たれていることを明らかにしました。

1年間にわたるフォトメトリー記録の代表例の図

図4 1年間にわたるフォトメトリー記録の代表例

個々のマウスにおいて生殖適齢期から閉経に至るまでのキスペプチン神経細胞のパルス状活動を1年かけて追跡した。ここでは特定の一匹の代表例を示す。6時間当たりのパルス状活動の数は生殖適齢期から閉経期まで変化しなかったが、活動強度(ピークの高さ)は不規則~閉経にかけて低下した。

今後の期待

本研究は、卵巣が老化して閉経した後も卵巣機能をつかさどるキスペプチン神経細胞群のパルス状活動が維持されていることを初めて明らかにしました。しかしその活動強度は低下する傾向にあり、これが卵子の発育や排卵を行えなくなる一因となる可能性があります。また、キスペプチン神経細胞の下流において、性腺刺激ホルモンの分泌パターンや分泌量などを含め、どの過程がどのように老化に伴い変化するのかについて更なる研究が必要です。

技術的な観点では、本研究は特定のホルモンの分泌を制御する神経細胞を対象に同一の個体からライフコースにわたるような長期間の活動をモニターできることを示しました。本手法は、他の神経内分泌系の老化過程に関する研究にも応用できるものと考えられます。

寿命が長くなり、現代を生きる女性のほとんどが閉経を経験することになります。しかし、閉経に付随する更年期障害は生活の質を損なう要因であるにもかかわらず、更年期障害の基盤的な研究は十分に行われていません。キスペプチン神経細胞は体温調節にも関与しており、代表的な更年期障害の一種であるホットフラッシュ[2]に関わっている可能性があります。本研究を基盤として、老化マウスの生殖中枢の基礎研究が進むことで、ヒトの更年期障害の理解にも貢献する知見が蓄積していくことが期待されます。

補足説明

1.キスペプチン
キスペプチンはKISS1遺伝子の産物で約54個のアミノ酸より成るペプチドホルモンである。2001年、大瀧徹也(当時武田薬品工業株式会社)らががん転移抑制因子メタスチンとして発見した。その後、性腺刺激ホルモンを分泌させる促進作用をもち、性成熟に必須であることが発見され、視床下部による性機能制御の最上位に位置するホルモンと認識されるようになった。具体的には、キスペプチン神経細胞のパルス状活動に合わせて視床下部から性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)がパルス状に分泌され、GnRHの作用により脳下垂体から性腺刺激ホルモンが血流に分泌される。

2.更年期障害、ホットフラッシュ
主に閉経の前後10年の更年期において女性の卵巣機能の低下によるエストロゲン欠乏に起因する症状群の中で、特に生活に支障を来すレベルのものを更年期障害と呼ぶ。更年期障害には、情緒不安定、不眠、抑うつなどの精神的な症状以外に、体温制御に関するものが含まれる。ホットフラッシュは代表的な症状で、何もしていなくても突然のぼせ、火照り、異常発汗などが発生するものである。

3.視床下部弓状核
脳の視床下部は、内分泌や自律機能の調節を担い生理機能をつかさどる中枢領域。視床下部は特定の機能をつかさどる数多くの神経核(細胞の集まり)から構成されており、弓状核はその一つである。弓状核はキスペプチン神経細胞のほか、食欲中枢として有名なAgrpや、満腹中枢として有名なPOMCを分泌する神経細胞などから構成され、神経内分泌の中枢の一つである。

4.ファイバーフォトメトリー、GCaMP
ファイバーフォトメトリーはin vivo(生体内)蛍光検出法の一つ。脳などの臓器に蛍光プローブを導入後、その直上に光ファイバーを埋め込み、光ファイバーを介して励起光の照射と蛍光の検出を行う。蛍光プローブとしては、本研究でも使用したGCaMPなどのカルシウムイオン(Ca2+)センサーがよく用いられる。GCaMPは、緑色蛍光タンパク質、カルモジュリンのCa2+結合部分、ミオシン軽鎖キナーゼのM13ペプチドを遺伝子工学的に結合させたCa2+センサー蛍光タンパク質で、Ca2+が結合すると蛍光の明るさが変化する。Ca2+センサーのほかにも、シグナル伝達分子活性の可視化や小分子リガンドの検出などさまざまな用途に応用可能であるが、空間解像度は低く、通常、数百の細胞の集団的な蛍光強度変化を捉える手法である。

5.性周期
排卵が自発的かつ周期的に繰り返される種において、一つの排卵から次の排卵までを一回りとする周期を性周期と呼ぶ。性周期は一連のホルモン分泌の周期的な変動によって引き起こされており、ヒトでは約28日、マウスやラットでは4~5日の周期性が観察される。多くの種では性周期の特定のタイミング(排卵期の前後)においてのみ、雌が雄からの交尾を受け入れる発情と呼ばれる状態になるため、性周期のことを発情周期と呼ぶこともある。マウスやラットの性周期は、膣粘膜をやさしく洗浄した際に得られる膣垢(ちつあか)を分析することで正確に判定できる。本研究でも、繁殖適齢期や老化するマウスの性周期の決定は膣垢によって行われている。

6.暗期
実験室では人工照明により部屋を明るくする明期と照明を消して暗くする暗期を規則的に12時間周期で繰り返している。マウスは夜行性のため明期に休息し、暗期に活動する。

研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム
チームリーダー 宮道 和成(ミヤミチ・カズナリ)
研究員 後藤 哲平(ゴトウ・テッペイ)
テクニカルスタッフⅡ 萩原 光恵(ハギハラ・ミツエ)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究、基礎科学特別研究員制度)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「レプチンシグナルによる性成熟開始の神経回路基盤」(研究代表者:後藤哲平)、同若手研究「更年期における生殖中枢の変容とホットフラッシュの神経メカニズム」(研究代表者:後藤哲平)、同挑戦的研究(開拓)「ニューロンの個性と接続パターンとを結び付ける新規技術で解明する脳の性差と進化」(研究代表者:宮道和成)、同基盤研究(B)「妊娠期における神経回路の再編による母体機能の制御」(研究代表者:宮道和成)による助成を受けて行われました。

原論文情報

Teppei Goto, Mitsue Hagihara, Kazunari Miyamichi, “Dynamics of Pulsatile Activities of Arcuate Kisspeptin Neurons in Aging Female Mice”, eLife, 10.7554/eLife.82533

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム
チームリーダー 宮道 和成(ミヤミチ・カズナリ)
研究員 後藤 哲平(ゴトウ・テッペイ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

医療・健康
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