2023-06-20 理化学研究所,慶應義塾大学,静岡県立総合病院,静岡県立大学
理化学研究所(理研)生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チームの大伴 直央 大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現 客員研究員)(慶應義塾大学 医学部 医学研究科後期博士課程4年(研究当時))、寺尾 知可史 チームリーダー(静岡県立総合病院 免疫研究部長、静岡県立大学 特任教授)と慶應義塾大学 医学部 整形外科学教室を中心とした日本側彎(そくわん)症臨床学術研究グループの共同研究グループは、大規模な日本人集団の遺伝子多型[1]データに基づき、思春期特発性側弯症(Adolescent idiopathic scoliosis: AIS)の発症と肥満の指標であるBMI[2]が遺伝的に負の因果関係にあることを明らかにしました。
本研究成果は、AISの発症に関する病態の解明につながると期待できます。
AISは脊椎が3次元的にねじれる原因不明の疾患であり、10歳以降の主に女児に見られます。遺伝的要因と環境要因が関連する多因子遺伝疾患と考えられていますが、発症の原因は不明な点が多く、病態の解明が急がれています。
今回、共同研究グループは、AISの研究コホート[3]としては世界最大規模の日本人集団における遺伝子研究の結果とバイオバンク・ジャパン[4]が保有する日本人のBMIに関する遺伝子研究の結果を用いて、「メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)[5]」という手法により、AISとBMIの遺伝的な因果関係について解析しました。その結果、遺伝的にBMIが低くなりやすい人(太りにくい人)はAISの発症リスクが高いことが分かりました。同様の傾向が欧米人にもあることが分かり、低BMIとAISの発症リスクに遺伝的な因果関係があることを初めて明らかにしました。
本研究は、科学雑誌『Frontiers in endocrinology』のオンライン版(6月20日付:日本時間6月20日)に掲載されました。
メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)解析によるAISとBMIの遺伝的な因果関係
背景
側弯(そくわん)症とは、脊椎が3次元的にねじれて体幹に変形を来す疾患です(図1)。多くの場合は原因が特定できないため特発性側弯症と呼ばれ、発症時期などにより3タイプに分けられています。そのうち、最も発症頻度の高いものが10歳以降の主に女児に見られる「思春期特発性側弯症(Adolescent idiopathic scoliosis: AIS)」で、全世界の人口の2~3%の割合で発症します。その割合は日本人においても同様であり、側弯の学校検診が学校保健法で義務付けられています。変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害が生じ、また容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼします。重度のAISの治療には、脊椎の可動性が制限される脊椎矯正固定術しかないことから、発症の病態解明が急がれています。
図1 思春期特発性側弯症のX線写真
脊椎が3次元的にねじれて体幹に変形を来す。変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害を起こし、また、容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼす。
AISは、遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝疾患です。共同研究グループはこれまでに、ゲノムワイド関連解析(GWAS)[6]によりAISに関連する疾患感受性遺伝子[7]や遺伝子多型を世界に先駆けて報告してきました注1-4)。AISが肥満の指標のBMIと関連することがこれまでのGWASや疫学研究から報告されていましたが、直接の因果関係は不明でした。近年、遺伝的な因果関係を解析する遺伝統計学の手法が開発されたことから、本研究ではこの手法を用いて、AISとBMIの遺伝的な因果関係の有無を解析することにしました。
注1)2011年10月24日慶應義塾大学医学部プレスリリース「思春期特発性側弯症の原因を解明、治療への大きな一歩」
注2)2013年5月13日 プレスリリース「思春期特発性側彎症(AIS)発症に関連する遺伝子「GPR126」を発見」
注3)2015年7月24日 プレスリリース「思春期特発性側彎症(AIS)発症に関連する遺伝子「BNC2」を発見」
注4)2019年8月26日 プレスリリース「思春期特発性側弯症の発症に関わる遺伝子座を同定」
研究手法と成果
共同研究グループは、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の渡邉航太准教授を中心とする側弯症の専門医集団である日本側彎症臨床学術研究グループによる厳格な診断基準を用いて、これまで日本人の6,000例を超える検体とその臨床情報を収集してきました。これは、AISの研究コホートとしては世界最大規模です。
まず、共同研究グループはこのAISコホートを用いたGWAS研究の結果と、バイオバンク・ジャパンが保有する日本人約16万人のデータを用いたBMIに関するGWAS結果を使用し、「メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)」という手法により遺伝的な因果関係を解析しました。AISおよびBMIのそれぞれのGWAS研究でゲノムワイド有意水準[8](p[8] < 5.0×10-8)を満たした一塩基多型(SNP)を使用して、MR解析を行った結果、AISとBMIは遺伝的に負の因果関係にあることが証明されました(表1)。
この結果は、太りにくい遺伝的因子を持つ人(原因)はAISの発症リスクが高いこと(結果)を意味しています。一方で、AISを発症しやすい遺伝的因子を持つ人(原因)が必ずしも太りにくいわけではないこと(結果)が証明されました。つまり、遺伝的に太りにくい体質という原因によってAISの発症リスクが高くなるという因果関係が初めて証明されました。このことは、GWAS研究や疫学研究で報告されているAISとBMIの関係とも一致しています。
AISの発症頻度には人種差はないとされています。欧米人のAISおよびBMIのGWASデータを使用してMR解析を行ったところ、日本人のMR解析の結果と同様の傾向が得られました(表1)。ただし、欧米人のデータでは、p < 0.05を満たさず統計学的に有意な結果にはなりませんでした。しかし、これは単に欧米人AISコホートのサンプルサイズが小さいことに起因することが、検出力計算で証明されました。
AISコホートの人種 | BMIコホートの人種 | 因果関係の強さ | 標準誤差 | p値 |
---|---|---|---|---|
日本人 | 日本人 | -0.56 | 0.18 | 5.1×10-3 |
欧米人 | 欧米人 | -0.20 | 0.24 | 0.42 |
欧米人の小児 | -0.51 | 0.23 | 0.03 | |
多人種 (アジア系、ヒスパニック系、アフリカ系米国人などを含む) |
-0.91 | 0.16 | 1.5×10-8 |
表1 BMIとAISの発症に関するMR解析の結果
AISの発症とBMIには、遺伝的に負の因果関係があることが明らかになった。日本人のみならず欧米人でも同様の傾向があることが分かった。
今回の研究で用いた側弯症の日本人コホートは世界最大規模ですが、BMIのデータは欧米人、欧米人小児、多人種(アジア系、ヒスパニック系、アフリカ系米国人などを含む)のコホートなど豊富に存在します。しかし、このMR解析は人種間では遺伝的構造が異なるため、異なる人種同士を用いて解析することは推奨されていません。そこで、日本人のAISと欧米人のBMIのGWAS解析の要約統計量[9]を使用して、AISとBMIの遺伝的背景を比較しました(図2)。その結果、BMIに、より強く関連するSNPは、AISとBMIのコホート間で負の相関関係にあることが分かりました。一方で、AISの発症に関連するSNPは、AISとBMIのコホート間で相関関係は見られませんでした。この結果は、欧米人小児や多人種のBMIコホートでも同様の傾向が認められたことから、上記のMR解析の結果を裏づけるものと考えられます。
図2 AISとBMIの遺伝的背景の相関を比較解析した結果
BMIに関連するSNPにおいて、AISとBMIのGWASコホートの遺伝的背景の関連の強さを比較すると、負の相関傾向にあることが分かった(青線)。他人種間でも同様の傾向が認められた。一方、AISの発症に関連するSNPにおいて、AISとBMIのGWASコホートの遺伝的背景の関連の強さを比較すると、相関関係は見られなかった(オレンジ線)。
今後の期待
本研究結果を手掛かりに、今後、BMIに関連する因子(筋肉量など)とAISとの関係を明らかにしていくことで、AISの発症メカニズムの解明により迫れるものと期待できます。また、理研の研究チームは引き続き日本側彎症臨床学術研究グループとの疫学研究を継続し、AISと関連のあるBMI以外の因子を同定することで、AISと遺伝的に因果関係を持つ多くの因子が明らかになるものと期待できます。
さらに、日本人や欧米人以外のAISとBMIの因果関係を明らかにすることで、人種共通もしくは人種特異的な要因も明らかになると考えられます。
補足説明
1.遺伝子多型、一塩基多型(SNP)
個人間で遺伝子配列の一部が異なる状態を遺伝子多型と呼ぶ。一塩基多様体(single nucleotide variation: SNV)や構造多型などがあり、ある集団において1%以上の頻度で現れる一塩基多様体を一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)と呼ぶ。ヒトゲノムでは全ゲノム配列の塩基のうち0.1%以上の割合でSNPが存在するといわれている。
2.BMI
ヒトの肥満の程度を示す指標。「BMI=体重(kg)/身長(m)2」の計算式に基づき体重と身長の関係から算出される。値が大きいほど肥満の傾向にあることを意味する。BMIはbody mass indexの略。
3.コホート
一定期間にわたって観察される同一の性質を持つ集団。コホート研究では、一定期間集団を観察・追跡することにより特定の疾病に関わる共通の因子を検討する。
4.バイオバンク・ジャパン
アジア最大の生体試料バンクで、東京大学医科学研究所内に設置されている。オーダーメード医療の実現プログラムの基盤であり、約20万人の日本人から収集したDNAや血清サンプルを臨床情報とともに厳重に保管し、研究者への試料やデータの提供を行っている。
5.メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)
大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)研究で有意になった疾患感受性SNPを用いて、疾患間の遺伝的な因果関係を計算できる遺伝統計学の手法。MRはMendelian randomizationの略。
6.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
疾患の感受性遺伝子を見つける方法の一つ。ヒトのゲノム全体を網羅する遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで、遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に検定する。GWASは、genome-wide association studyの略。
7.疾患感受性遺伝子
単一遺伝子病の原因遺伝子のように、遺伝子に変異があると必ず発症するというものではなく、変異があると発症しやすくなったり、逆に発症しにくくなったりする遺伝子を指す。リスク遺伝子ともいう。
8.ゲノムワイド有意水準、p値
p値は統計学的有意差を示す指標であり、p値が低いほど偶然そのようなことは起こり得ないことを示す。GWASでは数百万個以上のSNPを検定するため、通常の有意水準p < 0.05に対して、多重検定補正(Boneferroni補正)を行った値がGWASの有意水準(ゲノムワイド有意水準)となる。SNPが100万個の場合のゲノムワイド有意水準がp < 5.0×10-8となる。検定するSNPがこれ以上の数になった場合でも、この有意水準は有効に働くことが知られている。
9.要約統計量
データの特徴の記述または、要約するために必要な統計量のこと。本文中の記述は、GWASの要約と統計量のことを指す。
共同研究グループ
理化学研究所 生命医科学研究センター
ゲノム解析応用研究チーム
チームリーダー 寺尾 知可史(テラオ・チカシ)
(静岡県立総合病院 免疫研究部長、静岡県立大学 特任教授)
大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現客員研究員)大伴 直央(オオトモ・ナオ)
(慶應義塾大学 医学部 医学研究科後期博士課程4年(研究当時))
基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢 幸秀(モモザワ・ユキヒデ)
日本側彎症臨床学術研究グループ
慶應義塾大学 医学部 整形外科学教室
教授 松本 守雄(マツモト・モリオ)
教授 中村 雅也(ナカムラ・マサヤ)
准教授 渡邉 航太(ワタナベ・コオタ)
専任講師(研究当時)岡田 英次朗(オカダ・エイジロウ)
専任講師 高橋 洋平(ハカハシ・ヨウヘイ)
助教(研究当時)小倉 洋二(オグラ・ヨウジ)
助教(研究当時)武田 和樹(タケダ・カズキ)
藤田医科大学 整形外科学教室
教授 藤田 順之(フジタ・ノブユキ)
国際医療福祉大学 医学部 整形外科学教室
教授 八木 満(ヤギ・ミツル)
一宮西病院 整形外科
脊椎外科部長 川上 紀明(カワカミ・ノリアキ)
豊田厚生病院 整形外科
脊椎外科部長 辻 太一(ツジ・タイチ)
聖隷佐倉市民病院 整形外科
名誉院長 南 昌平(ミナミ・ショウヘイ)
院長補佐 小谷 俊明(コタニ・トシアキ)
せぼねセンター長 佐久 間毅(サクマ・ツヨシ)
聖マリアンナ医科大学 整形外科
病院教授 赤澤 努(アカザワ・ツトム)
神戸医療センター 整形外科
院長 宇野 耕吉(ウノ・コウキチ)
医長 鈴木 哲平(スズキ・テッペイ)
神戸大学 医学部 整形外科学教室
特命准教授 角谷 賢一朗(カクタニ・ケンイチロウ)
琉球大学 医学部 整形外科学教室
教授 西田 康太郎(ニシダ・コウタロウ)
北海道医療センター 整形外科
総括診療部長 伊東 学(イトウ・マナブ)
北海道大学大学院 医学研究院 整形外科学教室
特任准教授 須藤 英毅(スドウ・ヒデキ)
特任助教 岩田 玲(イワタ・アキラ)
獨協医科大学 整形外科学教室
主任教授 種市 洋(タネイチ・ヒロシ)
准教授 稲見 聡(イナミ・サトシ)
手稲渓仁会病院 脊椎脊髄センター
センター長 飯田 尚裕(イイダ・タカヒロ)
奈良県立医科大学 整形外科教室
講師 重松 英樹(シゲマツ・ヒデキ)
新潟大学大学院 医歯学総合研究科 整形外科学分野
講師 渡辺 慶(ワタナベ・ケイ)
大阪大学大学院 医学研究科 器官制御外科
講師 海渡 貴司(カイト・タカシ)
福岡市立こども病院 整形外科
脊椎外科部長 柳田 晴久(ヤナギダ・ハルヒサ)
九州大学病院 別府病院
准教授 播广谷 勝三(ハリマヤ・カツミ)
順天堂大学医学部・大学院 医学研究科 整形外科学講座
助教(研究当時)佐藤 達哉(サトウ・タツヤ)
自治医科大学 整形外科
講師 菅原 亮(スガワラ・リョウ)
東京大学 整形外科学教室
助教 谷口 優樹(タニグチ・ユウキ)
金沢大学 医学部 整形外科学教室
准教授 出村 諭(デムラ・サトル)
防衛医科大学校 整形外科学教室
教授 千葉 一裕(チバ・カズヒロ)
杏林大学 医学部 整形外科
教授 細金 直文(ホソガネ・ナオブミ)
河野整形外科
院長 河野 克己(コウノ・カツキ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「オーダーメード医療を目指した思春期特発性側弯症の発症・進行予測モデルの確立(19H03787、研究代表者:松本守雄)」「運動器疾患のMulti disease GWAS 解析(22H03207、研究代表者:池川志郎)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
Nao Otomo, Anas M. Khanshour, Masaru Koido, Kazuki Takeda, Yukihide Momozawa, Michiaki Kubo, Yoichiro Kamatani, John A. Herring, Yoji Ogura, Yohei Takahashi, Shohei Minami, Koki Uno, Noriaki Kawakami , Manabu Ito, Tatsuya Sato, Kei Watanabe, Takashi Kaito, Haruhisa Yanagida, Hiroshi Taneichi, Katsumi Harimaya, Yuki Taniguch, Hideki Shigematsu, Takahiro Iida, Satoru Demura, Ryo Sugawara, Nobuyuki Fujita, Mitsuru Yagi, Eijiro Okada, Naobumi Hosogane, Katsuki Kono, Masaya Nakamura, Kazuhiro Chiba, Toshiaki Kotani, Tsuyoshi Sakuma, Tsutomu Akazawa, Teppei Suzuki, Kotaro Nishida, Kenichiro Kakutani, Taichi Tsuji, Hideki Sudo, Akira Iwata, Satoshi Inami, Carol A. Wise, Yuta Kochi, Morio Matsumoto, Shiro Ikegawa, Kota Watanabe, Chikashi Terao, “Evidence of causality of low body mass index on risk of adolescent idiopathic scoliosis: A Mendelian randomization study”, Frontiers in Endocrinology, 10.3389/fendo.2023.1089414.
発表者
理化学研究所
生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チーム
大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現 客員研究員)大伴 直央(オオトモ・ナオ)
(慶應義塾大学 医学部 医学研究科 後期博士課程4年(研究当時))
チームリーダー 寺尾 知可史(テラオ・チカシ)
(静岡県立総合病院 免疫研究部長、静岡県立大学 特任教授)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
慶應義塾大学 信濃町キャンパス総務課:山崎・飯塚・奈良
静岡県立総合病院 総務課
静岡県立大学 教育研究推進部 広報・企画室