顔面奇形がつくられる過程をゼブラフィッシュ胚で追跡

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2023-09-28 東京大学

武田 洋幸(東京大学名誉教授/京都産業大学 教授/研究当時:生物科学専攻 教授)
河西 通(生物科学専攻 客員共同研究員/東京工業大学 助教/研究当時:生物科学専攻 特任助教)
島田 敦子(生物科学専攻 客員共同研究員)

発表のポイント

  • ゼブラフィッシュ胚を用いて頭蓋顔面奇形が誘発される過程を生きたまま追跡した。
  • 奇形を起こす化学物質は胚発生初期に顔面をつくる細胞の移動を妨げることを発見した。
  • 哺乳類を使わずに化学物質の安全性(催奇形性)を迅速・鋭敏に評価できるようになった。

顔面奇形がつくられる過程をゼブラフィッシュ胚で追跡
顔面をつくる細胞が緑色に蛍光するゼブラフィッシュ胚

発表概要

口蓋裂(注1)や小顎症(注2)などの頭蓋顔面奇形は新生児の約700人に1人に見られる頻度の高い先天異常です。日々開発される新しい化学物質が胎児に奇形を引き起こすかどうか(催奇形性)の判定は哺乳類での安全性試験にこれまで頼っていました。

東京大学大学院理学系研究科の研究グループは花王株式会社との共同研究により、奇形を引き起こすことが知られているさまざまな化学物質を、顔面をつくる細胞が光るゼブラフィッシュ胚(注3)に与えることで、顔面をつくる細胞の胚発生初期における「移動」が異常になるために顔面奇形が引き起こされることを発見しました。頭蓋顔面奇形は意外にも発生のごく初期に生じているのです。

この研究によって、化学物質の催奇形性を、マウスなどの哺乳類を使わずに短時間で確実に調べる道が開かれました。

発表内容

新生児の約700人に1人は口蓋裂や小顎症などの頭蓋顔面奇形を伴って生まれるとされます。一般に頭蓋顔面奇形の原因はさまざまですが、妊娠中の化学物質への暴露がその一因であると考えられています。私たちの身のまわりにある化学物質の種類は日々増えています。しかし、化学物質が胎児に異常を引き起こすかどうかを調べる安全性試験(催奇形性試験)はマウスやラットなどの哺乳類を用いており、時間とコストがかかるだけでなく、動物愛護の観点からも懸念があります。そこで簡便で確実に催奇形性を評価できる代替法の開発が急がれています。

ゼブラフィッシュは、発生のしくみはマウスやヒトとほぼ同じであるにもかかわらず受精後120時間以内の個体は「実験動物」とはみなされないため、代替法の材料として近年国際的に有望視されています。また、胚が透明なため、蛍光物質により細胞を光らせて生きたまま身体がつくられる過程を顕微鏡下で容易に追うことができます。そこで本研究グループは、顔面をつくる細胞を緑色蛍光タンパク質(GFP)(注4)で光らせることによって奇形が引き起こされる全過程を胚発生を通じて可視化し、その中で最も重要なステップを特定しようとしました。

頭蓋顔面は神経堤細胞(注5)と呼ばれる細胞が骨格をつくることによって形づくられます。そこで、まずこの神経堤細胞で働くsox10という遺伝子を利用して、神経堤細胞でGFPがつくられるゼブラフィッシュ系統を作りました。次に、マウスやヒトで頭蓋顔面奇形を起こすことが既にわかっている5つの催奇形性物質(バルプロ酸、ワルファリン、サルチル酸、カフェイン、メトトレキサート)を受精4時間後から胚に投与しました。その結果すべての物質について、稚魚の上顎の骨が分岐し(口蓋裂、図1、矢じり)、また下顎の骨が矮小化(小顎症、図1、星印つき括弧)することを見いだし、ゼブラフィッシュでもマウスやヒトとほぼ同じ奇形が誘発されることを確かめました。


図1:催奇形性物質による頭蓋顔面奇形(受精後96時間胚頭部を腹側方向から撮影)。括弧は下顎骨を表し、星印は下顎骨が矮小化していることを表す。矢じりは上顎骨における口蓋裂を表す。

そこで次に、奇形が引き起こされる過程を受精直後から追跡しました。神経堤細胞は受精後12時間目までに頭の神経管の背側で生まれ、その後まもなく顔面に向かって大移動を始めます(図2、移動期)。移動を終えた神経堤細胞は受精後2日目に口まわりの骨のもと(咽頭弓)をつくり始め(図2、分化期)、2〜4日目 に咽頭弓から口蓋や顎など実際の骨を形成します(図2、軟骨形成期)。興味深いことに、用いたすべての催奇形性物質は、胚発生初期に神経堤細胞の顔面への移動を大きく阻害することが分かりました(図3)。しかも移動阻害の程度は最終的な奇形の重篤度と一致していました。また、細胞の移動の様子を動画で観察すると、細胞の「足」(仮足)をうまく出せなかったり逆向きに移動するなど細胞の運動能力の低下が認められました。さらに運動能だけでなく増殖能も低下していること、また細胞死も起こしやすくなっていることも分かりました。

図2:神経堤細胞(緑色)は3つの段階を経て頭蓋顔面骨格をつくる

図3:バルプロ酸投与によって神経堤細胞の移動が阻害される。受精後14時間胚の頭部を側方から撮影した。神経堤細胞の集団(緑色)の先端(矢じり)が、バルプロ酸処理胚では後方に留まっている

これらの結果から、顔面の奇形は骨をつくる神経堤細胞が胚発生のごく初期に身体の正しい場所に移動できなくなることによって生じることが示されました。さらにこの異常は、神経堤の移動先で作られる咽頭弓の大きさや形の異常を引き起こし、最終的に口蓋や顎の骨の形態異常を引き起こすことが分かりました。これらの「異常の連鎖」が分子的な作用機序の異なる化学物質で共通して見られたことから、どのような化学物質であっても顔面奇形が誘発される場合は、今回発見したステップを経ると考えられます(図4)。

図4:本研究によって明らかになった、催奇形性物質が頭蓋顔面奇形をひきおこすメカニズム

細胞移動には、細胞の運動能、目的地を感知する能力などさまざまな細胞機能を統合する必要があります。したがって、神経堤細胞が神経管から長距離にわたって大移動することで形成される頭蓋顔面骨格は、細胞移動の異常を鋭敏に反映して奇形になりやすいと考えられます。

今回の研究によって、化学物質の催奇形性を、マウスなどの哺乳類を使わずに短時間で鋭敏に評価するための道筋が示されました。

論文情報
雑誌名
Toxicological Sciences論文タイトル
Identification of an adverse outcome pathway (AOP) for chemical-induced craniofacial anomalies using the transgenic zebrafish model

著者
Shujie Liu, Toru Kawanishi, Atsuko Shimada, Naohiro Ikeda, Masayuki Yamane, Hiroyuki Takeda*, Junichi Tasaki*

DOI番号10.1093/toxsci/kfad078

研究助成

本研究は、花王株式会社との共同研究により実施されました。

用語解説

注1  口蓋裂(こうがいれつ)
口蓋(上あご)が先天的に(生まれつき)癒合していない状態のこと。

注2  小顎症(しょうがくしょう)
上あごに対して、下あごが著しく後退した状態のこと。

注3  ゼブラフィッシュ胚
熱帯魚ゼブラフィッシュの受精卵。自力で採餌できるようになる前の、発達途中にある個体。

注4  緑色蛍光タンパク質(GFP)
青色の光を照射することで緑色の光を発するタンパク質。

注5  神経堤細胞(しんけいていさいぼう)
胎児の神経管(将来の脳および脊髄のもと)が形成される時期に、神経管の背側から生じる細胞。頭部では骨をつくることで顔の形態形成の主役となる。顔面骨格のほかにも、全身のさまざまな細胞(血管、平滑筋、末梢神経系など)に分化するため、外・中・内胚葉につづく「第4の胚葉」ともよばれる。

医療・健康
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