高齢ドライバーにおける主観的な記憶低下症状は過去の自動車事故と関連することを発見

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2023-09-27 国立長寿医療研究センター

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井 秀典。以下 国立長寿医療研究センター)の老年学・社会科学研究センター、予防老年学研究部の栗田智史研究員、島田裕之センター長らのグループは、高齢ドライバーにおける主観的記憶低下、Motoric cognitive risk syndrome (MCR)は過去の自動車事故、ヒヤリハット経験と関連することを発見しました。

研究の背景

高齢期において車を運転することは買い物や人に会いに行くなど、自立した生活を送る上で必要とされます。しかし、加齢とともに車の運転に必要な視聴覚機能や認知機能は低下し、自動車事故の重傷度は増加することが報告されています。そのため、高齢ドライバーにおいて、自動車事故のリスク増加を早期に把握することは重要と考えられます。

わが国やデンマーク、カナダなど諸外国では高齢ドライバーの免許更新時に認知機能検査を実施し、認知症の疑いがないかを判定しています。一方で、主観的な認知機能低下(記憶低下)と歩行速度低下により容易に判定できるMotoric cognitive risk syndrome(以下、MCR)は認知症のリスクが高い状態ですが、MCRと自動車事故の関連はこれまで報告がありませんでした。MCRは、MCRでない人より将来の認知症リスクが約3倍高いことが報告されています。MCRと自動車事故との関連が認められれば、自動車事故のリスクを把握する手段になると考えられます。そこで本研究は、MCRと自動車事故(主要アウトカム)、ヒヤリハット経験(副次的アウトカム)の有無との関連を調べることを目的としました。

研究成果の内容

本研究は、大規模コホート研究National Center for Geriatrics and Gerontology-Study of Geriatric Syndromes(NCGG-SGS)の横断データを用いて行いました。2015年~2018年にかけて愛知県大府市、高浜市、豊明市、東海市にて高齢者機能健診を実施し、参加した65歳以上の高齢ドライバー12,475名(平均年齢72.6 ± 5.2歳、女性43.1%)を解析対象としました。MCRは、5項目の質問により評価する主観的記憶低下(表1)、NCGG-SGSのデータベースより算出した基準値により評価する歩行速度低下に両方該当した場合に判定しました。自動車事故は過去2年間の有無、ヒヤリハット経験は過去1年間の有無(12項目のうち1つ以上で有と判定)を聴取しました。対象者を健常群(3856名)、主観的記憶低下のみ群(6889名)、歩行速度低下のみ群(557名)、MCR群(1173名)に分類し、自動車事故、ヒヤリハット経験の有無との関連を、ロジスティック回帰分析により検討しました。調整変数は年齢、性別、教育年数、眼疾患の既往、難聴の有無、服薬数、睡眠時間、日中の眠気、客観的認知機能低下の有無としました。客観的認知機能低下は、認知機能検査ツールを用いて記憶、注意力、実行機能、情報処理速度の4領域のうち、1領域以上で低下がみられた場合に判定しました。

4群の対象者特性を表2に示します。特徴としては、眼疾患の既往、難聴、日中の過度な眠気は主観的記憶低下のみ群、MCR群で有意に多く、客観的認知機能低下については健常群、主観的記憶低下のみ群、歩行速度低下のみ群、MCR群の順で多くみられました。4群の自動車事故があった者、ヒヤリハット経験があった者の割合をχ2検定により比較すると、いずれも主観的記憶低下のみ群、MCR群が有意に多い結果となりました(図1左側)。ロジスティック回帰分析の結果においては、自動車事故、ヒヤリハット経験ともに、健常群を参照すると主観的記憶低下のみ群、MCR群でオッズ比が有意に増加しました(図1右側)。これらの傾向は、4群をさらに客観的認知機能低下の有無により8群に分けて解析した場合においても同様でした。

表1 主観的記憶低下の判定に用いた質問

1.あなたは記憶に関して問題をかかえていますか
2.以前よりも、物を置いた場所を忘れることが多くなりましたか
3.親しい友人、知人の名前を忘れることがありますか
4.周囲の人から忘れっぽくなったといわれることがありますか
5.ほかの人に比べて記憶力が落ちたと感じますか

※いずれも「はい/いいえ」で回答し、一つでも「はい」と回答した場合に主観的記憶低下と判定

表2 対象者特性

こちらの表は対象者特性をまとめています。4群の人数は左から健常群3856名、主観的記憶低下のみ群6889名、歩行速度低下のみ群557名、MCR群1173名となりました。特徴としては、眼疾患の既往、難聴、日中の過度な眠気を有する者は主観的記憶低下のみ群、MCR群で比較的多くみられました。一方、客観的な認知機能低下があると判定された者は健常群、主観的記憶低下のみ群、歩行速度低下のみ群、MCR群の順で割合が高くなりました。

こちらの図は4群と自動車事故、ヒヤリハット経験との関連についての結果をまとめています。図の左側の棒グラフは4群の各アウトカムの割合を示していますが、自動車事故、ヒヤリハット経験のいずれも主観的記憶低下のみ群、MCR群において有意に割合が高い結果となりました。右側はロジスティック回帰分析の結果ですが、こちらも自動車事故、ヒヤリハット経験ともに、健常群を参照すると主観的記憶低下のみ群、MCR群において有意なオッズ比の増加がみられました。

図1 カイ2乗検定による各アウトカムの割合の比較(左側)とロジスティック回帰分析の結果(右側)

これらの結果より、高齢ドライバーにおける主観的記憶低下、MCRの状態は客観的に評価した認知機能低下の有無を問わず、過去の自動車事故、ヒヤリハット経験と関連することが示唆されました。主観的な記憶低下症状がある者、MCRの者は客観的に評価した認知機能低下以外の事故の危険因子を有していたことが影響した可能性が考えられます。本研究は横断研究であるため、今後は縦断研究や主観的記憶低下に伴う症状の探索により、これらの関連性について知見を確証する必要があります。

本研究成果は、2023年8月25日にJAMA Network Openに掲載されました。

  • 論文情報:Kurita S, Doi T, Harada K, Katayama O, Morikawa M, Nishijima C, Fujii K, Misu Y, Yamaguchi R, von Fingerhut G, Kakita D, Shimada H. Motoric cognitive risk syndrome and traffic incidents in older drivers in Japan. JAMA Netw Open, 6(8):e2330475, 2023.
  • 論文リンク:10.1001/jamanetworkopen.2023.30475このリンクは別ウィンドウで開きます
リリースの内容に関するお問い合わせ

この研究に関すること
予防老年学研究部 栗田智史(クリタ サトシ)

報道に関すること
国立長寿医療研究センター総務部総務課広報担当

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