慢性炎症が大腸がん形成を促進する分子機序を解明

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2023-10-24 国立がん研究センター

発表のポイント

  • Kras変異マウスでは、大腸炎を背景とした大腸腫瘍において、Cdkn2aTrp53などの老化関連遺伝子に変異が生じやすいことを示しました。
  • 炎症がん微小環境で高発現するTNFαは、老化関連遺伝子の変異を獲得した腫瘍細胞の増殖を促進することが分かりました。
  • 本研究成果は、今後、慢性炎症を伴う大腸がんにおける個別化治療の開発に役立つ可能性があります。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)研究所(所長:間野博行)の武田はるな分子遺伝学ユニット長らのグループは、マウス生体内スクリーニングの手法を使って、Kras(注1)変異を持つ大腸炎関連腫瘍の形成に関わる遺伝子やシグナル経路を網羅的に同定しました。また、詳細な解析を行うことで、炎症性サイトカインであるTNFα(注2)が、大腸炎関連腫瘍の形成において老化関連遺伝子の変異を促進する選択圧(注3)となっていることが分かりました。さらに詳細な検討を行い、Cdkn2a変異(注4)によって活性化されるCDK4 /6(注5)に対する阻害剤が有効である可能性を、マウスモデルにて示しました。本研究成果は、今後、慢性炎症を伴う大腸がんにおける個別化治療の開発に役立つ可能性があります。

本研究成果は、国際科学誌「Nature Communications」に2023年10月16日付で掲載されました。

背景

日本における大腸がんでの死亡数は、がん全体の死亡数において第二位を占めます。大腸がんには様々なサブタイプがあり、炎症性サイトカインを高発現する大腸がんは予後が悪いことが知られています。また、潰瘍性大腸炎の患者さんは大腸がん発症のリスクが高いことも知られています。このように、大腸がんの発生と進行は、慢性炎症によって促進することが知られていますが、その根本的な分子機序には不明点が残されています。本研究では、Kras変異を持つ大腸炎関連腫瘍がどのようにして形成されるのかを明らかにするため、がんの形成に関わる遺伝子やシグナル経路を網羅的に同定し、分子機序を解明することを目的としました。

研究方法

本研究では、マウスの大腸上皮細胞にランダムに遺伝子変異を引き起こすことのできるSBトランスポゾン(注6)と、大腸炎モデルマウス(注7)を用いて、大腸炎関連腫瘍の形成に関与する遺伝子やシグナル経路を網羅的に同定しました。スクリーニングには、変異原性を持つトランスポゾンとトランスポゾン転移酵素がゲノムに組み込まれたマウスを利用しました。さらに、大腸がんの主要なドライバー遺伝子変異であるKrasG12D変異, TGFb二型受容体欠損変異、p53R270H変異を持つマウスも利用しました。これらのマウスを交配させ、複合変異マウス(K-SB, KT-SB, KP-SB, P-SB)を作成し(図a)、大腸炎を誘発するためにDSS(デキストラン硫酸ナトリウム塩)を投与しました(図b)。形成された腫瘍を摘出し、腫瘍形成に関与する候補遺伝子を同定しました。

さらに、詳細ながん発生機序を明らかにするために、野生型マウスやKrasG12D変異マウスの大腸上皮からオルガノイドを樹立し、TNFa等のサイトカイン添加後、発現解析や増殖アッセイ等を行いました。

最後に、本研究のがん発生機序に関与すると考えられる薬剤をマウスに投与し、有効性を検証しました。

慢性炎症が大腸がん形成を促進する分子機序を解明
a. SB生体内スクリーニングに用いた複合変異マウスの概要
b. 大腸炎を誘導する実験デザイン

研究結果

大腸炎マウスでは、非炎症マウスと比較して寿命が短縮し(図1a)、また、サイズの大きい腫瘍が多く形成されました(図1b)。この結果は、大腸炎によって腫瘍形成が促進することをマウスモデルでも再現できたことを示しています。
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図1.大腸炎が腫瘍形成に与える影響
a. 大腸炎によりK-SBマウスの寿命が短縮
b. 大腸炎により腫瘍形成が促進


腫瘍形成に関与した責任遺伝子を同定するために、腫瘍ゲノム中のトランスポゾン配列を手掛かりに、新たに確立した情報解析パイプラインを用いてトランスポゾン高頻度挿入部位を決定し、その近傍にある1,459個のがん関連遺伝子を同定しました。次に、大腸炎関連腫瘍で高頻度に変異の認められる遺伝子を探索し、細胞老化関連遺伝子が関与する結果を得ました(図2a)。この傾向は、初期腫瘍でも同様であり(図2b)、炎症微小環境で形成される腫瘍は、非炎症微小環境で形成される場合と一部異なる遺伝子変異を獲得する傾向があることがわかります。

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図2.大腸炎関連腫瘍で変異頻度の高い遺伝子
a. 大腸炎関連腫瘍と非炎症腫瘍における、Wnt、TGFb、細胞老化経路遺伝子と接着結合遺伝子の変異頻度
b. 初期腫瘍におけるCdkn2aの変異頻度

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図3. TNFaが大腸上皮細胞に与える影響
a. マウス大腸オルガノイドにTNFaを添加するとp16とp19の発現が上昇
b. マウス大腸オルガノイドにTNFaを添加すると大腸上皮幹細胞マーカーの発現が上昇
c. KrasG12D変異Cdkn2aノックアウトオルガノイドでは、TNFaにより細胞増殖が促進
d. KrasG12D:Trp53R270H変異オルガノイドでは、TNFaにより細胞増殖が促進

スケールバーは0.5 mm


詳細な解析を行うと、TNFaは大腸上皮細胞において細胞老化シグナルを活性化し(図3a)、同時に幹細胞様化(注8)を誘導する(図3b)ことが示されました。細胞老化シグナルは腫瘍形成を抑制するシグナル経路として知られています。この状態で細胞老化経路遺伝子のCdkn2aTrp53遺伝子に変異が入ると、細胞増殖が促進することがわかりました(図3c, d)。これらの結果は、TNFaが高発現するがん微小環境では、細胞老化経路遺伝子に変異がある細胞は増殖に有利に働くことを示しています。

Cdkn2a変異によりCDK4 /6が活性化すると考えられるため、CDKCDK4 /6阻害剤であるパルボシクリブが大腸炎関連腫瘍に効果があるかをマウスで検証しました。6週間の投与で、大腸炎関連腫瘍モデルマウスの寿命が有意に延長したことから、効果がある可能性が示されました(図4)。

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図4. パルボシクリブを用いた治療実験
パルボシクリブ投与により大腸炎関連腫瘍マウスモデルの寿命が延長(右図黒線)

展望

本研究の結果から、慢性炎症を伴う大腸がんの発生メカニズムの一部が明らかとなりました。今後、本研究を元に、治療開発に向けた研究が進むことが考えられ、将来的には慢性炎症を伴う大腸がん治療における個別化医療の開発に役立つ可能性があります。

論文情報

雑誌名
Nature Communications

タイトル
Sleeping Beauty transposon mutagenesis identified genes and pathways involved in inflammation-associated colon tumor development

著者
Kana Shimomura, Naoko Hattori, Naoko Iida, Yukari Muranaka, Kotomi Sato, Yuichi Shiraishi, Yasuhito Arai, Natsuko Hama, Tatsuhiro Shibata, Daichi Narushima, Mamoru Kato, Hiroyuki Takamaru, Koji Okamoto and Haruna Takeda

DOI

10.1038/s41467-023-42228-z

掲載日
2023年10月16日

URL
https://www.nature.com/articles/s41467-023-42228-z

研究費
用語解説

(注1)Kras
細胞増殖シグナル伝達分子をコードする遺伝子。がん組織では12番目のアミノ酸であるグリシン(G)がアスパラギン酸(D)へと置換される活性化型点変異(KrasG12D)が高頻度に見られる。

(注2)TNFa
炎症性サイトカインの一つ。炎症性がん微小環境で高発現している場合が多い。

(注3)選択圧
細胞が遺伝子変異を選択し、ある方向に進化する際に働く力のこと。がん形成過程では、増殖能獲得や、生存に有利になる方向に細胞は進化する。

(注4)Cdkn2a
がん抑制遺伝子。読み枠の異なるスプライシングによって、p16とp19(ヒトではp14)の二つのタンパク質を発現する。p16はサイクリン依存性キナーゼ4を阻害する分子であり、p19はMDM2によるがん抑制遺伝子p53分解を阻害する分子である。

(注5)CDK4 /6
サイクリン依存性キナーゼ4 /6。サイクリンDと結合し細胞周期を促進する。

(注6)SBトランスポゾン生体内スクリーニング
変異原性のあるSBトランスポゾンをマウス体細胞でランダムに移動させ、遺伝子挿入変異を誘発させると、腫瘍が形成される。これを利用して、腫瘍ゲノム中のトランスポゾン高頻度挿入部位を同定し、腫瘍形成に関与する遺伝子を網羅的に同定する方法。ヒトのがんで変異の認められる遺伝子が同定されるなど、ヒトのがんの再現性が良いモデル系である。

(注7)大腸炎モデルマウス
デキストラン硫酸ナトリウム塩(DSS)をマウスに投与して作成される。上皮損傷や潰瘍が誘導される。

(注8)幹細胞様化
本研究では、大腸上皮幹細胞マーカー遺伝子群を高発現する細胞状態になることを示す。一般に、がん幹細胞は自己複製能を持ち、がんの起源細胞とみなされている。

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター研究所
分子遺伝学ユニット ユニット長 武田 はるな
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

医療・健康
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