ヒト脳の新しい加齢バイオマーカーを発見~脳萎縮のメカニズム解明へ向けて~

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2020-05-15 理化学研究所,京都大学,東京医科歯科大学

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター脳コネクトミクスイメージング研究チームの麻生俊彦副チームリーダー、京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座の上田敬太講師、村井俊哉教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野の杉原玄一准教授らの共同研究グループは、磁気共鳴画像法(MRI法)[1]の新しい手法を用いて、ヒト脳の「静脈排出[2]」パターンが加齢とともに変化することを発見し、加齢や脳損傷に伴う静脈排出不全が「脳室[3]の拡大」を引き起こすメカニズムを初めて提示しました。

本研究成果は、脳の静脈排出パターンを加齢バイオマーカー[4]とすることで、脳萎縮の指標となる脳室拡大の原因究明や老化予防の新しいアプローチへの展開、さらには高齢者に特有の脳室が異常に拡大する疾患「特発性正常圧水頭症[5]」の解明への手がかりとなると期待できます。

今回、共同研究グループは、脳血管障害を検出するためのMRI法(ラグマッピング法[1])を、脳の表面や深部における静脈の血液の流れの検出に応用しました。約300名の被験者を対象に、従来法では観察が困難だった脳の静脈排出を詳細に解析した結果、そのパターンが、加齢や脳損傷の影響を受けて変化することを突き止めました。この変化は脳室の拡大に先行して現れたことから、静脈排出異常が脳室拡大の原因であることが示唆されました。

本研究は、科学雑誌『Brain』(6月号)の掲載に先立ち、オンライン版(5月6日付)に掲載されました。

ヒト脳の新しい加齢バイオマーカーを発見~脳萎縮のメカニズム解明へ向けて~

本研究で見いだされた静脈排出の加齢変化を示すグラフ(左)と脳静脈構造(右)

背景

ヒトの脳は年齢とともに体積(容積)が減少し、これを萎縮といいます。多くの場合、年齢相応の脳の働きは維持されるので、軽い萎縮は疾患ではなく正常な加齢変化と考えられます。一方で、アルツハイマー型認知症などの疾患では、異常な速さで、脳の特有の領域で萎縮が起こります。しかし、老化であれ疾患であれ、脳が萎縮する仕組みは共通していて、脳の実質[6]を構成する神経細胞やグリア細胞[6]が死滅する神経変性が主な原因とされています。

認知症の画像診断では、脳室の拡大が指標の一つとなります。脳は脳脊髄液[3]という液体の中に浮かんでおり、脳脊髄液を溜めている空間が「脳室」です。健常人でも中年以降、脳実質の容積が小さくなるとともに脳室は拡大するため、これも脳の萎縮であると理解されてきました。一方で、脳室が異常に拡大する水頭症という病態があり、なかでも「治せる認知症」として知られる「特発性正常圧水頭症」は、高齢者に特有の原因不明の疾患です。一般に水頭症では、脳脊髄液が溜まり過ぎて脳室が膨れていると考えられており、特発性正常圧水頭症では、脳脊髄液を除去することで、認知症や歩きにくさなどの症状が軽減します。しかし、なぜ脳脊髄液が溜まるのかは解明されていません。

麻生俊彦副チームリーダーらは先行研究で、特発性正常圧水頭症では脳の「静脈排出」の異常が起こっていることを報告しました注1)。静脈排出とは、動脈からの血液が毛細血管を経て静脈へ排出されることです。この異常は、脳脊髄液を除去する治療によって正常化したため、水頭症の病態と静脈排出になんらかの関係があると考えられました。そこで共同研究グループは、静脈と脳室の大きさにどのような因果関係があるのかを詳細に調べるため、さまざまな年齢の健常者と脳損傷患者の脳の静脈排出パターンの大規模解析を試みました。

脳の血流を非侵襲的に調べる手法の一つに、「ラグマッピング法」と呼ばれる画像診断法があります。撮像原理は、脳活動を測定する機能的MRI(fMRI)[1]と同じですが、解析法の工夫により、脳活動ではなく血流に由来するシグナル成分を取り出すことが可能です。脳血管障害を検出する方法として2010年ごろに研究が始まりましたが、麻生副チームリーダーらは、より汎用性のあるラグマッピング法の研究開発を進めてきました注2)(図1)。

血流ラグマップの例の図

図1 血流ラグマップの例

脳の血液動態を反映するMRI信号は、脳の部位によって少しずつ時間的にずれる(タイムラグがある)ことが分かっている。そこで、全脳の平均信号を±5秒間にわたって、0.5秒ずつずらしながら各部位のシグナル強度との相関を調べ、相関が最も強く現れる時間と部位の組み合わせを血流ラグマップとして画像化した。この図は、6例の撮像それぞれの、水平断面、垂直断面、矢状断面を組み合わせたもの。赤色の部位は正の時間方向へのタイムラグを、青色の部位は負の時間方向へのタイムラグと相関を持つ。

注1)Alteration of venous drainage route in idiopathic normal pressure hydrocephalus and normal aging. Satow, Takeshi; Aso, Toshihiko; Nishida, Sei; Komuro, Taro; Ueno, Tsukasa; Oishi, Naoya; Nakagami, Yukako; Odagiri, Masashi; Kikuchi, Takayuki; Yoshida, Kazumichi; Ueda, Keita; Kunieda, Takeharu; Murai, Toshiya; Miyamoto, Susumu; Fukuyama, Hidenao, Frontiers in Aging Neuroscience, 2017

注2)Axial variation of deoxyhemoglobin density as a source of the low-frequency time lag structure in blood oxygenation level-dependent signals. Aso, T., Urayama, S., Fukuyama, H., & Murai, T. PLoS ONE, 14(9). 2019

研究手法と成果

ラグマッピング法では、10分間のMRI撮像だけで脳の静脈の血流情報を得ることが可能です。共同研究グループはこの手法を用いて、加齢に伴う静脈排出パターンの変化と脳室拡大、脳萎縮の関係を明らかにするため、21歳から89歳まで225名の健常者の脳を計測しました。その結果、脳の萎縮について、表面にあるしわの隙間(脳溝)の開大により評価すると、20代から進行が始まっており、既に知られている神経細胞・グリア細胞の減少と一致しました。一方、静脈排出の変化と脳室の拡大は中年以降に進行し、両者とも似たパターンで50代に進行が加速しました(図2)。この結果は健常者においても、静脈排出の変化と脳室拡大に関係があることを疑わせるものでした。

健常者の加齢に伴う静脈排出パターン変化、脳室拡大、脳萎縮の図

図2 健常者の加齢に伴う静脈排出パターン変化、脳室拡大、脳萎縮

黒実線は萎縮(脳溝の開大)、赤実線は脳室拡大、青実線は静脈排出の指標を、二次関数でフィッティングしたもの。破線はそれぞれの増加の勢い(微分)を表す。縦軸はそれぞれの指標の相対値、横軸は年齢を示す。静脈排出パターン変化と脳室拡大はともに、50代で進行が加速する傾向を示すのに対し、脳萎縮を反映する脳溝の開大は20代から進行が始まる。

次に、病態としての脳室拡大と静脈排出パターンの関係を調べるために、12歳から70歳まで71名の外傷性脳損傷の患者症例を調査しました。外傷性脳損傷は、なんらかの物理的な力で脳が損傷したもので、日本では交通事故が原因の多くを占めます。こうした患者では、神経細胞やその線維連絡[7]が壊れた結果として脳が萎縮するとともに、しばしば脳室の拡大を伴う水頭症を合併しますが、このメカニズムは不明です。ただ、患者では加齢による認知機能低下が早まるといった知見から、外傷性脳損傷と老化には共通する要素があると考えられてきました。

解析の結果、外傷性脳損傷では、静脈排出のパターンもまた、加齢の方向に進んでいました(図3左)。この変化は、萎縮などの形態変化とは有意な相関関係になかったため、脳室の大きさなどの影響が混入したものではないと考えられました。そして興味深いことに、この脳損傷の影響は、脳損傷を受けた年齢が若いほど強いこと、つまり10代では大きく、中年以降ではほとんどなくなることが分かりました(図3右)。これは脳損傷による静脈の変化が、加齢によるものと共通したメカニズムを持っている可能性を示しており、若年層には老化を加速させる一方、老化がある程度進んでいる高齢層への影響は小さいためと考えられます。

同様の傾向は、萎縮と脳室拡大の両方を反映する脳実質容積でも見られ、年配の脳外傷例ほど脳実質容積の大きさが正常と変わりませんでした。これは細胞死による脳萎縮のメカニズムが、やはり脳外傷と加齢で重複しているからだと考えられます。しかし、脳実質容積と静脈の変化との間に相関はほとんどなく、静脈の変化が反映するのは細胞死とは別のメカニズムであると考えられました。

外傷性脳損傷患者の静脈排出パターンと年齢の関係の図

図3 外傷性脳損傷患者の静脈排出パターンと年齢の関係

左:健常群(青点=225名)と脳損傷群(赤丸=71名。そのうち塗りつぶした丸=21名は大きい病巣のないびまん性軸索損傷)における静脈排出と年齢の関係。縦軸は、静脈排出パターンの変化を数値化したもの。横軸は年齢。実線のグラフは、健常者での静脈排出パターンの年齢変化を曲線で近似したもの。灰色の帯は、この近似曲線の95%信頼区間。脳損傷群の静脈排出パターンは、健常群の曲線よりも上方(加齢の方向)に位置する例が多く、特に若い年齢でその傾向が強いことが読み取れる。

右:脳損傷群の静脈排出パターンは、脳損傷の影響と加齢に伴う変化の両方を反映していると考えられるため、健常群での測定データをもとに加齢変化を取り除く年齢調整を行い、脳損傷の影響のみを抽出するグラフを作成した。縦軸は年齢調整後の静脈排出パターンの変化を数値化し、横軸は脳損傷を受けた年齢を示す。原点(0)を通る水平の黒線は、基準となる健常群の近似直線。赤線は脳損傷群の近似直線を示し、黒線とのずれが脳損傷の影響を反映すると考えられる。脳損傷による変化には、損傷を受けた年齢による違いがあり、若年層ほど強い影響を受けることが分かる。

では、この細胞死ではない脳室拡大のメカニズムとは何でしょうか。本研究で見いだされた静脈排出の加齢変化とは、「深部静脈系[2]」と「表在静脈系[2]」という二つの静脈系統の間で、血流のタイミングが年々ずれていくというものです(図4)。

水頭症において表在静脈系に異常があるという報告があり、また外傷性脳損傷でも静脈の流れに異常が報告されています。静脈排出異常が、脳脊髄液の吸収を阻害するなどして脳室拡大の原因となっているという見方は長らく議論されてきましたが、本研究はその仮説と一致します。また、本研究で観察した年齢変化のカーブを比較すると、わずかに静脈の変化のほうが脳室拡大よりも先行しており、これは「静脈→脳室拡大」という因果関係を支持するものです(図4)。以上の結果は、病的な脳室拡大のメカニズムが、健常な加齢変化でも起きることを示唆する初めての証拠となりました。

本研究で見いだされた静脈排出の加齢変化の図

図4 本研究で見いだされた静脈排出の加齢変化

左で示したグラフイメージは、静脈排出パターンの加齢変化(黄色)と外傷性脳損傷での結果(紫)。右で示した脳のモデル図には、加齢変化を検出する脳静脈の構造(青)と、深部静脈領域(黄色)を示した。なお背景の曲線は、血流を捉える手がかりとなる画像信号のタイムラグ構造のスペクトル。

今後の期待

本研究で見いだされた静脈排出パターンの変化は、脳の老化の進行を客観的に評価する新しい加齢バイオマーカーとなります。

脳における静脈の重要な機能は老廃物の排出であり、アミロイドなどの病的なタンパクの蓄積が起こるアルツハイマー型認知症や、外傷性脳損傷でも排出系の異常があるとされています。さらに、加齢とともに脳に鉄の蓄積が起こることが知られており、水頭症や静脈機能不全との因果関係が疑われてきました。年齢と静脈排出、そして鉄沈着の間の関係を調べることが、脳の老化メカニズム解明の糸口となる可能性があります。また、生活習慣の改善や医療的介入による脳の血流変化の有無や、他の加齢バイオマーカーとの関連を調べることで、老化予防への新しいアプローチ法の開発につながると期待できます。

なお、本研究で用いた、非侵襲的に血流を見る新しい血流マッピング法が多くの用途へ広がることを推進するため、本法のコンピュータスクリプト(MRI信号から血流情報を取り出すための計算処理を記述したもの)をインターネットで一般公開しています注3)

注3)Extraction and removal of the time-lag structure within 4D blood oxygenation level dependent (BOLD) signal MRI data

補足説明

1.磁気共鳴画像法(MRI)法、機能的MRI法(fMRI)、ラグマッピング法
「磁気共鳴画像法」は、磁気とラジオ波、それに水素原子の動きを利用して、主に身体の解剖学的な情報を得る技術。水素原子には磁気に反応する性質があるため、磁場を作る装置の中で体にラジオ波を当てると、体内の水素原子が反応して信号を発する。その信号を捉えてコンピューターで解析し画像にする。「fMRI」は、脳内の酸素濃度に依存して変化する信号(BOLD信号)をMRIで捉え画像化することで、脳血流や脳神経活動の変化を同定する手法。1990年代初頭に日本の小川誠二博士がBOLD信号変化の現象を発見して以来、非侵襲的にヒトの脳機能を解明するツールとして利用が拡大した。一方、「ラグマッピング法」は、fMRIではノイズとして除去される循環器系の活動を反映した成分から、血流現象に由来する成分を取り出す操作を行う。本研究ではさらに、静脈近傍の値を取り出すことで静脈排出パターンを観察した。なお、無侵襲の血流検査としては動脈スピンラベリングMRIという手法があるが、静脈を観察することはできない。MRIはMagnetic Resonance Imagingの略。fMRIのfはfunctionalの略。

2.静脈排出、深部静脈系、表在静脈系
「静脈排出」は、動脈からの血液が毛細血管を経て静脈へ排出されること。脳では、基底核・間脳・中脳の毛細血管から深部の硬膜静脈洞に排出される「深部静脈系」と、新皮質の毛細血管から表在の硬膜静脈洞に排出される「表在静脈系」の二つに大別され、これらの脳静脈は脳の血液循環の調節に重要な役割を果たしていると考えられている。

3.脳室、脳脊髄液
脳室は大脳の内部に存在する空間であり、脳の水分含有量を緩衝する脳脊髄液を生産する。左右1対の側脳室と、中心に位置する第三脳室、第四脳室の四つで構成される。全ての脳室は連絡しており、さらに、くも膜に接続して脳脊髄液を循環させる。

4.加齢バイオマーカー
バイオマーカーとは、生体の変化やその予兆を示す指標のこと。特に、疾患の有無や進行度を正確に把握するために用いられることが多い。加齢バイマーカーは個体の老化の進行度を示す指標。

5.特発性正常圧水頭症
「特発」は、原因不明の発病を指す医学用語。クモ膜下出血や脳腫瘍など、明らかな疾患に伴う水頭症(続発性水頭症)に対して、原因不明の水頭症を特発性正常圧水頭症と呼ぶ。高齢者に多く、認知障害、歩行障害、尿失禁が主な症状である。

6.実質、グリア細胞
脳を構成する中枢神経(大脳、小脳、脊髄など)を、それ以外の脳神経(末梢神経)、脳室や髄膜と区別して脳の実質と呼ぶ。グリア細胞は、脳内の神経細胞を除いた多くの細胞の総称で、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアなどがある。

7.線維連絡
脳の異なる領域間が、神経細胞から伸びた軸索により解剖学的につながっていること。

共同研究グループ

理化学研究所 生命機能科学研究センター
脳コネクトミクスイメージング研究チーム
副チームリーダー 麻生 俊彦(あそう としひこ)

京都大学大学院 医学研究科
精神医学講座
教授 村井 俊哉(むらい としや)
講師 上田 敬太(うえだ けいた)
特定助教 生方 志浦(うぶかた しほ)
特定病院助教 植野 司(うえの つかさ)
大学院生 藤本 岳(ふじもと がく)

京都大学大学院 医学研究科
附属高次脳機能総合研究センター
教授 福山 秀直(ふくやま ひでなお)
特定研究員 浦山 慎一(うらやま しんいち)
京都大学 学際融合教育研究推進センター 健康長寿社会の総合医療開発ユニット
研究員 Dinh Ha Duy Thuy(ディンハデュイ テュイ)

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 精神行動医科学分野
准教授 杉原 玄一(すぎはら げんいち)

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)・戦略的国際脳科学研究推進プログラム(国際脳)、文部科学省新学術領域研究(研究領域提案型)「非線形発振現象を基盤としたヒューマンネイチャーの理解(領域代表者:南部篤)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Toshihiko Aso, Genichi Sugihara, Toshiya Murai, Shiho Ubukata, Shin-ichi Urayama, Tsukasa Ueno, Gaku Fujimoto, Dinh Ha Duy Thuy, Hidenao Fukuyama, Keita Ueda, “A venous mechanism of ventriculomegaly shared between traumatic brain injury and normal aging.”, Brain, 10.1093/brain/awaa125

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 脳コネクトミクスイメージング研究チーム
副チームリーダー 麻生 俊彦(あそう としひこ)

京都大学大学院 医学研究科
精神医学講座
講師 上田 敬太(うえだ けいた)
教授 村井 俊哉(むらい としや)

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 精神行動医科学分野
准教授 杉原 玄一(すぎはら げんいち)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
京都大学 総務部広報課 国際広報室
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係

医療・健康
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