言葉がヒトの匂いの脳内情報処理に与える影響~何の匂いと思って嗅ぐかによって一次嗅覚野の脳活動が変化する~

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2024-04-26 東京大学

発表のポイント
  • 超高磁場の機能的磁気共鳴画像法(Functional Magnetic Resonance Imaging: fMRI)を用いて匂いを嗅いでいる際の脳活動を高解像度で計測し、匂いと共に呈示された言葉が嗅覚野の活動に与える影響を明らかにしました。
  • 同じ匂いを嗅いでも、同時に見ている言葉(言葉ラベル)が異なると、匂いの感じ方、および一次嗅覚野の脳活動が変化することが示されました。
  • 本研究成果は、ヒトにおける匂いの脳内情報処理を包括的に理解するための足がかりとなるとともに、産業面では香料のもたらす印象を予測する技術への応用が期待されます。
発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の岡本雅子准教授、東原和成教授、大阪大学大学院生命機能研究科の西本伸志教授、情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))未来ICT研究所脳情報通信融合研究センターの黄田育宏副室長らの研究グループは、超高磁場のfMRI(注1)を用いた検証を行い、同じ匂いを嗅いでも、異なる言葉ラベルを与えられると、匂いの感じ方、および一次嗅覚野の脳活動が変化することを明らかにしました。 匂いの感じ方は、鼻腔に取り込まれた匂い物質の種類だけで決まるわけではなく、言葉ラベルなどにより、その匂いを何の匂いと思って嗅ぐかが変わると、変わることが知られています。一方で、言葉ラベルが脳内での匂いの情報処理にどのような影響を与えるのかについては十分に解明されていませんでした。
匂いの脳内情報伝達経路の中でも上流に位置する一次嗅覚野に言葉ラベルの影響があったことは、ヒトにおける匂いの脳内情報処理機構を包括的に理解するための足がかりとなることが期待されます。また、産業応用の面においては、今回用いられた脳活動から匂いの微細な違いを読み出す技術が、香料のもたらす印象を予測する技術へとつながることが期待されます。

発表内容

ヒトは言語を介して世界を認識できます。一方で、世界を言語化することで思い込みが生じて認識が変化することもあり、特に匂いの感じ方は匂いを表す言葉(当原稿では「言葉ラベル」と呼ぶ)の影響を強く受けることが知られています。言葉ラベルがヒトの匂いの脳内情報伝達に与える影響を解明することは、ヒトが世界をどのように認識するのかを理解する上で重要な足がかりとなりますが、言葉ラベルが脳情報処理に与える影響は十分に解明されていません。匂いの感じ方との密接な関係が知られる脳領域として一次嗅覚野が挙げられますが、これまでの研究では、言葉ラベルの影響は一次嗅覚野より下流の脳領域(前頭眼窩野や前帯状皮質)において報告されていました。一次嗅覚野におけるラベルの影響が明らかになっていなかった理由の1つには、一次嗅覚野が非常に小さい領域であるため、ラベルの影響を検出するのが難しかった可能性が考えられます。
そこで、本研究では高解像度な計測が可能な超高磁場fMRIを用い、従来よく用いられてきた3ミリメートル角の解像度と比較すると27倍の解像度にあたる1ミリメートル角の空間解像度で一次嗅覚野の脳活動を検証しました。同じ匂いに対して異なる思い込みを与えるために、1つの匂いに対して、その匂いの名前として違和感のない2つの言葉ラベルをそれぞれ同時に呈示しました(図)。また、この実験系で匂いの感じ方が変化するのかを検証するために、言葉でラベルされた匂いの主観的な感じ方の違いについて評定を行いました。
まず主観評定を検証したところ、同じ匂いに対して同じ言葉がラベルされた場合に比べて、2つの異なる言葉がラベルされた場合の方が、匂いをより違って感じることが示されました(図)。このことから、同じ匂いであっても異なる言葉ラベルが与えられると匂いの感じ方が変化することが示されました。
次に一次嗅覚野の脳活動に対して脳情報デコーディング解析(注2)を行ったところ、同じ匂いに対して2つの異なる言葉がラベルされた場合に、その活動の空間的なパターンが異なることが示されました(図)。このことから、同じ匂いであっても異なる言葉ラベルが与えられると一次嗅覚野の活動が変化することが示されました。
最後に、一次嗅覚野の活動が言葉によって変化するメカニズムを探るために、一次嗅覚野と嗅覚野以外の脳領域について機能的結合解析(注3)をしたところ、一次嗅覚野と言葉や記憶の処理に関わる脳領域とが連携して機能していることが示唆されました。

言葉ラベルが匂いの感じ方・脳活動に与える影響
同じ匂いに異なる思い込みを与えるために、1つの匂いに対して、その匂いの名前として違和感のない2つの言葉ラベルをそれぞれ同時に呈示しました。同じ匂いに異なる言葉ラベルが与えられた際の主観評定、および一次嗅覚野の脳活動を比較しました。


これらの成果によって、ヒトの匂いの脳内情報処理の一端が明らかになりました。匂いの脳内情報伝達経路の中でも上流に位置する一次嗅覚野に言葉ラベルの影響があったことは、ヒトにおける匂いの脳内情報処理機構、ひいてはヒトがどのように世界を認識するのかを包括的に理解するための足がかりとなることが期待されます。また、産業応用の面においては、今回用いられた脳活動から匂いの微細な違いを読み出す技術が、香料のもたらす印象を予測する技術への足がかりになることが期待されます。

発表者

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
奥村 俊樹 博士課程:研究当時
現所属:情報通信研究機構 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター研究員
東原 和成 教授
兼:東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構連携研究者
岡本 雅子 准教授
情報通信研究機構 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター
黄田 育宏 副室長
兼:大阪大学大学院生命機能研究科招へい准教授
横井 惇 研究員
兼:大阪大学大学院生命機能研究科招へい教員
中井 智也 研究員:研究当時
大阪大学大学院生命機能研究科
西本 伸志 教授
兼:情報通信研究機構 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター研究マネージャー

発表雑誌
雑誌
Human Brain Mapping
題名
Semantic context-dependent neural representations of odors in the human piriform cortex revealed by 7T MRI
著者
Toshiki Okumura, Ikuhiro Kida, Atsushi Yokoi, Tomoya Nakai, Shinji Nishimoto, Kazushige Touhara* and Masako Okamoto*(*は責任著者)
DOI
https://doi.org/10.1002/hbm.26681
URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/hbm.26681
研究助成

本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:JP21J13615)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:JP18H05522、JP18H04998)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:JP21H05808)」、JST ERATO JPMJER1801、JST 未来社会創造事業 JPMJMI19D1の支援により実施されました。

用語解説

注1 機能的磁気共鳴画像法(Functional Magnetic Resonance Imaging: fMRI)
磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging)を用いて脳活動を計測する手法のこと。一般的に、神経活動に伴う、脳血中の脱酸素化ヘモグロビン量の変化を捉えている。他のヒトの脳機能計測手法に比べて活動があった脳部位をより正確に同定できる。装置で用いられる静磁場が強ければ強いほど信号雑音比が上がり、空間的な解像度を上げることができる。近年の多くの研究で用いられる静磁場の強さが3テスラなのに対して、7テスラ以上の静磁場を超高磁場と呼ぶ。本研究では、脳情報通信融合研究センターの保有する7テスラMRIを利用した。

注2 脳情報デコーディング解析
脳活動を説明変数にし、呈示された刺激や認知状態を応答変数にした、機械学習を用いた予測モデル。多変量解析の一種であり、単変量解析のように脳の賦活の大小を比較するのではなく、賦活のパターンを比較することができる。空間解像度が高いほどより精緻な活動パターンを検証できるため、超高磁場fMRIによる高解像度計測の恩恵を多く受けられる。これまで下流領域でしか報告されていなかった言葉の影響を、本研究では一次嗅覚野で検出できた要因として、超高磁場fMRIで高解像度計測を行ったこと、そして活動パターンを検証したことが考えられる。

注3 機能的結合解析
空間的に離れた脳領域が関連して機能しているかどうかを推定する解析方法。脳活動データの時系列の相関などを元に計算される。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
<発表内容に関すること>
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室
准教授 岡本 雅子(オカモト マサコ)
教授 東原 和成(トウハラ カズシゲ)

<広報に関すること>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)

国立研究開発法人情報通信研究機構
広報部報道室

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