bFGFがFGFRとインテグリンに同時に結合することがプライム型ヒトiPS細胞の未分化状態を制御する

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2024-01-16 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. プライム型ヒトiPS細胞において、bFGFがFGFRおよびインテグリンと結合することをin vitroで示した。
  2. bFGFとFGFRとの結合によるERK活性化は、プライム型ヒトiPS細胞の培養の初期に必須であることを明らかにした。
  3. bFGFがFGFRとインテグリンに結合することで、プライム型ヒトiPS細胞コロニーのfocal adhesion構造(接着斑)の形成が促進され、それが長期培養において重要であることを明らかにした。
  4. プライム型ヒトiPS細胞の未分化性維持には、bFGFがFGFRとインテグリンに同時に結合することによる細胞内シグナルが影響しあうことが重要であることが示唆された。

bFGFがFGFRとインテグリンに同時に結合することがプライム型ヒトiPS細胞の未分化状態を制御する
概要図

1. 要旨

鄭羽伸大学院生(CiRA未来生命科学開拓部門)、中川誠人講師(CiRA同部門)らの研究グループは、組換えタンパク質の塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor、bFGF)と、FGF受容体(FGF receptor, FGFR)やインテグリンと結合しないbFGFの変異体を用いて、プライム型注1)ヒトiPS細胞の維持培養を行い、bFGFとインテグリンが未分化性維持に及ぼす影響を評価しました。その結果、bFGFがFGFRとインテグリンに同時に結合することによる細胞内シグナルが影響し合うこと(クロストーク)が、プライム型ヒトiPS細胞の未分化性維持に重要であることを明らかにしました。
この研究成果は、2023年12月23日に国際学術誌「Regenerative Therapy」にオンライン掲載されました。

2. 研究の背景

プライム型のヒト人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell、iPS細胞)やヒト胚性幹細胞(embryonic stem cell、ES細胞)の維持培養には、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor、bFGF)がFGF受容体(FGFR)と結合して生じるシグナルと、細胞-基質間接着分子のインテグリンが細胞外マトリックスと結合して生じるシグナルの両方が必要であることが知られています。
近年、がん細胞株においてbFGFとインテグリンの結合が報告され、この結合を阻害したところ、がん細胞の血管新生に影響を及ぼすことが明らかとなりました。これはbFGFとインテグリンの相互作用によるクロストークの重要性を示す結果であり、さらにはbFGFがFGFRとインテグリンの両方に結合して機能している可能性が示唆されるものです。ヒト多能性幹細胞の未分化性維持に重要な働きをするインテグリン(インテグリンα6β1)とがん細胞の血管新生に重要なインテグリン(インテグリンαvβ3)は異なっており、ヒト多能性幹細胞でbFGFとインテグリンが結合しているかどうかは不明でした。
本研究では、組換えタンパク質として精製したbFGFの野生型と、FGFRまたはインテグリン、または両方に結合しないbFGF変異体を用いて、bFGF-FGFR結合とbFGF-インテグリンの結合、およびFGFR-bFGF-インテグリンの相互作用がヒトiPS細胞の未分化性維持に与える影響を評価しました。

3. 研究結果

bFGFとFGFRまたはインテグリンとの結合
ヒトiPS細胞においてbFGFがFGFRとインテグリンの両方に結合するかどうかを検証しました。組換えタンパク質のbFGFを用いてプルダウンアッセイ注2)を行った結果、プルダウン後のサンプルでFGFR1とインテグリンα6が検出され、ヒトiPS細胞においてbFGFがFGFRおよびインテグリンの両方と相互作用することを確認しました(図1A)。次に、in vitroでbFGFがFGFRとインテグリンに結合することを固相結合アッセイ注3)により明らかとしました(図1B)。得られた結果は、ヒト多能性幹細胞においてbFGFがFGFRとインテグリンの両方に結合し、三者複合体を形成して機能する可能性を示唆しました。iPS細胞の未分化性維持に対する影響を評価するために野生型のbFGF(WT)に加えて、FGFRと結合できない(Y103A/N104A:103/104)、またはインテグリンと結合しない(K125E:125)、または両方ともに結合しないbFGF変異体(Y103A/N104A/K125E:103/104/125)を作製しました(図1B)。


図1:bFGFとFGFR、またはインテグリンとの相互作用解析
(A)プルダウンによる、bFGFとiPS細胞由来のFGFR、またはインテグリンの相互作用解析
(B)固相結合アッセイにおいてbFGFがFGFRとインテグリンの結合

ヒトiPS細胞の未分化性維持におけるbFGFとFGFRおよびインテグリンとの結合の重要性
bFGFの野生型と変異体を用いてヒトiPS細胞の維持培養を行い、未分化マーカーのOCT3/4の免疫染色を行いました。その結果、WTのみでOCT3/4が強く検出され、bFGFがFGFRと結合することが未分化性維持に必須であることが確認できました。インテグリンに結合できないbFGF(125)が完全には未分化を維持できなかったことから、bFGFがインテグリンに結合することも重要であることが明らかとなりました(図2)。


図2:免疫染色によるbFGFとFGFRやインテグリンの結合が
未分化性維持に与える影響の評価

細胞播種後から24時間の間にbFGFがFGFRと結合することが未分化性維持に必須
iPS細胞の維持培養において、bFGFが未分化性維持に寄与するタイミングを解明するため、維持培養中にbFGFを入れるタイミングを変化させ(図3A)、図2と同様に免疫染色を行いました。その結果、維持培養の最初の24時間にbFGFを入れないと、OCT3/4が発現しない細胞が確認されました。一方、最初の24時間のみbFGFを添加し、その後除去した場合、OCT3/4は発現しているものの、発現量自体は低下しました(図3A)。これらの結果から、細胞播種後の24時間にbFGFが細胞に作用することが未分化性維持に必須であることが分かりました。
次に、播種後24時間におけるbFGFの重要性をより詳細に検討するため、最初の24時間にbFGF変異体を添加し、24時間後にbFGF野生型へと入れ替えた実験を行いました。OCT3/4の免疫染色により、インテグリンに結合しない変異体(125)でもOCT3/4が強く検出されましたが、FGFRに結合しない変異体(103/104、103/104/125)ではOCT3/4を発現した細胞は少なくなりました。細胞播種後から24時間の間にbFGFがFGFRと結合することが未分化性維持に必須であるが、bFGFがインテグリンに結合することは必須でないことが分かりました(図3B)。


図3:維持培養初期にbFGFの結合が未分化性維持に与える影響の比較
(A)維持培養中にbFGFが未分化性維持に働くタイミングの検証
(B)維持培養初期にbFGFの結合が未分化性維持に与える影響

bFGFがFGFRおよびインテグリンに結合することによって制御される下流シグナルが与える未分化性への影響
ヒトiPS細胞の未分化性の制御におけるシグナル伝達を解明するために、bFGFの下流シグナルである細胞外シグナル制御キナーゼ(Extracellular signal-regulated kinases、ERK)に着目しました。ウェスタンブロッティングによってERKの活性を測定したところ、維持培養開始24時間後のERKの活性化がヒトiPS細胞の未分化性維持に重要であることを確認しました(図4A)。次に、インテグリンの下流シグナルであるFAK(Focal adhesion kinase)に着目しました。先行研究から、ヒトiPS細胞コロニーの周縁部にはリン酸化FAK(pFAK)から構成されるfocal adhesion注4)があり、未分化性を維持しているヒトiPS細胞のfocal adhesionは大きいことが知られています。免疫染色により、維持培養したヒトiPS細胞のpFAK(赤色)を検出しました。細胞コロニーの周縁部に局在するpFAKの面積の定量解析を行ったところ、bFGFがFGFRとインテグリンの両方に結合することがpFAKの蓄積されたfocal adhesionの形成を促し、ヒトiPS細胞の未分化性の維持に寄与していると推測されました(図4B、C)。


図4:ヒトiPS細胞におけるbFGFによるシグナル伝達の解析
(A)ERK活性に与える影響(播種後24時間における結果)
(B)pFAKが蓄積されたfocal adhesionを可視化した結果
(C)(B)の定量結果(黒いドットの面積を測定し、グラフ化した)

bFGFがFGFRとインテグリンの両方に結合することが未分化性維持に重要
最後に、bFGFがFGFRとインテグリンの両方に同時に結合することが未分化性維持に重要かどうかを検討しました。FGFRに結合できないbFGF変異体(103/104)とインテグリンに結合できないbFGF変異体(125)を混合したbFGF mixtureでは、OCT3/4がほとんど検出されず、未分化性を維持することができませんでした(図5)。この結果はbFGFがFGFRとインテグリンの両方に同時に結合することが重要であることを示唆しています。


図5:bFGFがFGFRとインテグリンの両方に結合することが
ヒトiPS細胞の未分化性維持に与える影響

4. まとめ

本研究により、ヒト多能性幹細胞の未分化性維持には、bFGFがFGFRとインテグリンの両方に結合することが重要であることが明らかになりました。bFGFとFGFRの結合は細胞播種直後に必須であり、一方でbFGFとインテグリンの結合はその後の培養期間が終了するまでに必要であることから、bFGF-FGFRおよびbFGF-インテグリンによるシグナルのクロストークが重要であることが示唆されました。今後はシグナルのクロストークと三者複合体形成の解析を進めたいと考えています。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Simultaneous binding of bFGF to both FGFR and integrin maintains properties of primed human induced pluripotent stem cells

  2. ジャーナル名
    Regenerative Therapy
  3. 著者
    Yu-Shen Cheng1, Yukimasa Taniguchi2, Yasuhiro Yunoki1, Satomi Masai1, Mizuho Nogi1,
    Hatsuki Doi1, Kiyotoshi Sekiguchi2, and Masato Nakagawa1,*
    *:責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 大阪大学蛋白質研究所
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
    再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞研究中核拠点」[JP21bm0104001]
  2. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1)プライム型
細胞の発生段階と分化多能性の程度を示す用語であり、着床後の胚(エピブラスト)に類似した性質を有する多能性幹細胞。

注2)プルダウンアッセイ
タンパク質の相互作用を測定する手法の一つ。目的のタンパク質を使ってプルダウンすることで、相互作用しているタンパク質だけが含まれたサンプルを得ることができる。

注3)固相結合アッセイ
特定の分子同士の結合を測定する実験手法の一つであり、固定された分子とその相互作用対象の分子との結合を評価する。

注4)Focal adhesion
細胞が細胞外マトリックスと結合するための構造。外部のシグナルを感知し、それに応じて反応するための重要な構造の一つ。

細胞遺伝子工学
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