2024-02-22 国立遺伝学研究所
限られた資源をめぐって競争しているにもかかわらず、生物多様性がどのように維持されているのか、という問題は、生態学・進化生物学における重要な研究課題です。植物の種子やプランクトンの休眠卵といった休眠ステージは、変動環境で競争を緩和するストレージ効果という共存機構を促進することが知られています。これまでのストレージ効果についての研究では、休眠から覚めるタイミングの重要性が示されてきた一方で、休眠を始めるタイミングについてはあまり注目されてきませんでした。本研究では、ミジンコ(Daphnia pulex)の種内の遺伝的多様性に着眼し、休眠を始めるタイミングに種内で違いがあるかを調べ、それが遺伝子型の共存に寄与するか検証を行いました。本研究では、長野県阿南町の深見池から得られたミジンコの2つの遺伝子型を用いて、培養実験と数理モデルのアプローチからこの検証を試みました。実験の結果、日照時間の長さに反応して休眠を始めるタイミングに違いがあり、「昼が短くなるとすぐ休眠し始める遺伝子型」と、「昼が短くなってもなかなか休眠しない代わりに、単為生殖で数を増やす遺伝子型」が見られました。更に、数理モデルのシミュレーションにより、冬の訪れが早い年には前者が、遅い年には後者が有利になることでストレージ効果が促進され、休眠を始めるタイミングの違いが2つの遺伝子型の安定共存を可能にすることがわかりました。以上から、従来着眼されていた休眠から覚めるタイミングと同様に、休眠を始めるタイミングも生物多様性の維持に貢献する仕組みとして重要であることが示されました。
本研究は、日本学術振興会 特別研究員奨励費(特別研究員 大竹裕里恵、 課題番号:18J22937)、文部科学省科学研究費補助金 若手研究(研究代表者:山道真人、課題番号:19K16223)、基盤研究(B)(研究代表者:吉田丈人、課題番号:17H03730、21H02560)の研究助成を受けて実施されました。
本研究は、東京大学大学院総合文化研究科博士課程 大竹裕里恵(当時、現・京都大学生態学研究センター助教)、豪州クイーンズランド大学上級講師 山道真人(当時、現・国立遺伝学研究所 准教授)、東京大学大学院総合文化研究科 吉田丈人准教授(当時、現・東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)、東京大学大学院総合文化研究科の修士課程学生2名の共著論文として、2024年2月14日にイギリスの国際学術誌英国王立協会紀要「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」に掲載されました。
図1: 実験①:共存条件下での単為生殖の速さの評価
図2: 実験②:休眠しやすさの評価
図3: ミジンコの休眠生活史と数理モデル
(a) ミジンコの休眠生活史:春先に確率 Hで孵化し、孵化した個体は秋から冬にかけて休眠卵Y個を産む。湖底の休眠卵は確率 sで夏を、確率wで冬を生きのびる。
(b) 2つの遺伝子型の休眠しやすさの違い:遺伝子型Iは秋から冬にかけてすぐに休眠するが、遺伝子型IIはなかなか休眠しない。右下のヒストグラムは、ミジンコの増殖に適した日数の年ごとの変動を示す。
(c) 湖底における休眠卵数の変動:遺伝子型Iが競争優位な年と、遺伝子型IIが競争優位な年が入れ替わりつつ共存する。
Different photoperiodic responses in diapause induction can promote the maintenance of genetic diversity via the storage effect in Daphnia pulex
Yurie Otake, Masato Yamamichi, Yuka Hirata, Haruka Odagiri and Takehito Yoshida
Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences (2024) 291, 20231860 DOI:10.1098/rspb.2023.1860