100μMの高濃度条件で たんぱく質フォールディングを促進する低分子化合物の開発に成功 ~「寛容的」な基質認識が可能にする、たんぱく質製剤の合成効率向上と認知症などの変性疾患治療への技術基盤~

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2024-07-29 東京農工大学

ポイント

  • ポリペプチド鎖の折りたたみ(フォールディング)は、タンパク質が機能を獲得する上で必要不可欠なプロセスです。疎水性効果やジスルフィド(SS)結合注1)の形成によって一本のポリペプチド鎖が折りたたまれると、正常な構造(天然構造)を形成します。一方、高濃度な条件では、疎水性効果やSS結合が分子間で形成されることで複数のポリペプチド鎖が不可逆的に凝集し、フォールディング効率が大幅に低下する問題があります。本研究では、SS結合形成を伴う酸化的タンパク質フォールディングを、初めて、サブmM(100μM)の高濃度条件で効率的に進める人工分子βCDWSHの開発に成功しました。
  • 通常の分子認識材料の開発では、特定の基質分子を識別する選択的認識が重視されます。本研究では、タンパク質の凝集を抑制し、高濃度でのフォールディングを促進する上で、選択的認識とは対照的に、従来注目されてこなかった「寛容的」な認識機構が重要であることを、初めて突き止めました。
  • フォールディングの異常によって生じる構造異常タンパク質は、アルツハイマー病などの認知症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、沖縄型神経原性筋萎縮症注2)、2型糖尿病などの、いずれも根本的な治療法が確立されていないミスフォールディング病の原因と考えられています。生体内のタンパク質濃度は非常に高いため、高濃度環境で構造異常タンパク質の形成を抑制し、天然構造タンパク質の合成を促進する本化合物は、ミスフォールディング病の根本的な治療へ結びつく技術基盤を創出します。
  • 抗がん剤などとして利用される抗体医薬注3)や、糖尿病治療薬であるインスリンなどの医薬品タンパク質は、その合成効率が低いことが課題となっています。高い濃度でフォールディングを促進する本化合物によって、タンパク質製剤の合成効率向上につながると期待されます。

本研究成果は2024 年7月29日(月)、英国化学会誌「Chemical Science」のオンライン版(オープンアクセス)で公開されます。
【報道解禁】2024年7月29日(月) 午後5時(日本時間)
論文タイトル:Redox-active chemical chaperones exhibiting promiscuous binding promote oxidative protein folding under condensed sub-millimolar conditions
著者: Koki Suzuki, Ryoya Nojiri, Motonori Matsusaki, Takuya Mabuchi, Shingo Kanemura, Kotone Ishii, Hiroyuki Kumeta, Masaki Okumura, Tomohide Saio, and Takahiro Muraoka
*責任著者 村岡貴博、奥村正樹、齋尾智英
DOI:10.1039/D4SC02123A
URL:https://pubs.rsc.org/doi/D4SC02123A

概要
東京農工大学大学院工学研究院の村岡貴博教授、同大学院工学府の鈴木洸希大学院生、野尻涼矢大学院生(研究実施当時)、徳島大学先端酵素学研究所の齋尾智英教授、松﨑元紀助教、東北大学流体科学研究所の馬渕拓哉准教授、東北大学学際科学フロンティア研究所の奥村正樹准教授、金村進吾助教、石井琴音大学院生、北海道大学大学院先端生命科学研究院附属施設の久米田博之学術専門職の研究グループは、ジスルフィド(SS)結合の形成を伴う酸化的タンパク質フォールディングを、初めて、サブmM(100μM)の高濃度条件で効率的に進める人工分子βCDWSHの開発に成功しました。また、その鍵となる特徴は、従来の超分子化学では注目されてこなかった「寛容的」な分子認識機構であることを突き止めました。
アミノ酸が連結した高分子であるタンパク質は、天然構造と呼ばれる特定の三次元構造を形成することで機能を発現します。変性状態と呼ばれる伸びた高分子鎖が天然構造を形成する過程をタンパク質フォールディングと呼び、分子鎖内での疎水性効果やSS結合形成によって進行します。天然構造とは異なる三次元構造を持つ構造異常タンパク質は、分子間で疎水性効果やSS結合を形成し、凝集する特性があります。そこで、通常の人工系でのフォールディング反応は、タンパク質濃度が数μMと希薄な条件で行うことで凝集を防ぎながら行われます。希薄条件のため収量を上げることが困難であり、合成反応としての効率が低いことが課題でした。
また、生体内での構造異常タンパク質の凝集は、認知症などの神経変性疾患注4)や2型糖尿病などのミスフォールディング病注5)の原因と考えられています。生体内のタンパク質濃度は非常に高いため、生体内環境で構造異常タンパク質の凝集を抑制し、正常な天然構造へ再生するためには、高濃度条件でタンパク質フォールディングを促進する分子材料の開発が重要となります。
本研究では、SS結合形成を伴う酸化的タンパク質フォールディングを、サブmM(100μM)の高濃度条件で促進する初めての人工分子の開発に成功しました。反応濃度の大幅な向上を可能にする本研究成果は、インスリンや抗体医薬など、医薬品タンパク質の合成効率向上や、ミスフォールディング病の予防や治療技術の創出につながる重要な基盤と位置付けられます。

背景
タンパク質が機能を獲得するためには、天然構造と呼ばれる立体構造を形成する必要があります。この立体構造を形成する過程をフォールディングと呼びます(図1a)。タンパク質の中には、疎水的な側鎖を有するアミノ酸残基や、SS結合を形成するシステイン残基があり、天然構造の中では、それらは分子内部に配置されます。しかし、非天然型の立体構造を有する構造異常タンパク質の場合、それらのアミノ酸残基が表面に配置されるため、分子間での疎水性効果やSS結合形成につながります。その結果、多数のタンパク質分子が会合した凝集体が形成され、天然構造の形成が大幅に阻害されます。
タンパク質の凝集は、医薬品タンパク質の製造効率を低下させる原因となり、さらに認知症などの神経変性疾患や2型糖尿病などのミスフォールディング病を発症する原因と考えられています。これらの課題を解決するためには、高濃度条件でタンパク質フォールディングを効率的に促進する技術の構築が求められますが、特にSS結合形成を伴う酸化的タンパク質フォールディングでは、その技術は未開拓でした。

研究体制
本研究は、東京農工大学大学院工学研究院の村岡貴博教授、東北大学学際科学フロンティア研究所の奥村正樹准教授、徳島大学先端酵素学研究所の齋尾智英教授の研究グループが中心となって行われました。本成果は、日本学術振興会科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)「遅延制御超分子化学」(課題番号: JP21H05096、研究代表者:村岡貴博;課題番号: JP21H05095、研究代表者:奥村正樹;課題番号: JP21H05094、研究代表者:齋尾智英)、国際共同研究加速基金(海外連携研究)(課題番号: JP23KK0105、研究代表者:奥村正樹、研究分担者:村岡貴博、松﨑元紀)、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業FOREST (課題番号: JPMJFR2122、研究代表者:村岡貴博;課題番号: JPMJFR201F、研究代表者:奥村正樹;課題番号: JPMJFR204W、研究代表者:齋尾智英;課題番号: JPMJFR212H、研究代表者:馬渕拓哉)、JST CREST(課題番号: JPMJCR19S4、研究分担者:村岡貴博)、KISTEC(村岡貴博)、公益財団法人武田科学振興財団(村岡貴博)、公益財団法人旭硝子財団(村岡貴博)、公益財団法人G-7奨学財団(村岡貴博)の支援を受けて得られました。

研究の内容と成果
 生体内の多くの化学反応は、酵素によって進められています。消化酵素などの大部分の酵素は「選択的」な分子認識特性を持ち、特定の基質分子を精密に識別し、化学反応を触媒します。タンパク質フォールディングも、分子シャペロン注6)や酸化還元酵素によって補助されながら進められます。多数の分子が高濃度に存在し凝集性が高い細胞内において、これらのフォールディング促進酵素の働きによって、凝集を抑えながら多くのタンパク質のフォールディングが効率的に進められています。ここで、フォールディング促進酵素の多くは、一般的な酵素とは対照的に、「寛容的」な分子認識特性を有しています。これは、基質タンパク質を曖昧に認識する性質であり、少ない種類の酵素で多種多様なタンパク質のフォールディングを補助する上で重要な特性と考えられています。
酵素機能を人工的に模倣する酵素模倣化学は、触媒をはじめとする機能性分子を開発する学術基盤であるとともに、生命機能の原理を詳細に理解する重要な解析を可能にします。従来、酵素の「選択的」な分子認識機構は詳細に調べられ、人工分子による模倣を基盤に高機能な人工触媒の開発や精密な分子集積技術へと発展しています。一方、フォールディング促進酵素の「寛容的」な分子認識特性の人工模倣はこれまで行われておらず、その特性がフォールディング促進に与える効果について、詳細な解析には至っていませんでした。私たちは、より高濃度な条件でフォールディングを促進する人工分子を開発するためには、これまで注目されてこなかった分子認識の「寛容性」が重要であると考えました(図1a)。
水中で、疎水的な分子を認識する代表的なホスト分子として、βシクロデキストリン(βCD)が挙げられます。お椀型の構造を持つβCDは疎水的な内部空間を有し、お椀の広い口から疎水的なゲスト分子を取り込みます。さらに、βCDはトリプトファンやチロシンなどの疎水性アミノ酸側鎖と相互作用することが知られ、タンパク質と結合するバインダーとして有用です。本研究では、かさ高い置換基による立体的な障害(立体障害)によってβCDの分子認識選択性を妨げ、寛容性を持たせるとともに、タンパク質のSS結合形成と組み替え反応に作用することを期待し、βCDのお椀の広い口にチオール基を導入した分子βCDWSHを開発しました(図1b)。また比較のために、お椀の狭い口にチオール基を導入したβCDNSHも合成しました。フォールディングに関する評価は、主に、分子内に3つのSS結合を有するタンパク質、ウシ脾臓由来トリプシン阻害剤(BPTI)を用いて行いました。
SS結合を持たない還元BPTIを変性状態のタンパク質モデルとして用い、βCDWSHおよびβCDNSHのタンパク質に対する認識特性を分子動力学シミュレーションによって予測しました(図2)。その結果、βCDNSHは主に疎水性アミノ酸残基と選択的に結合する一方、βCDWSHはポリペプチド鎖全体に広く結合することが示されました。
実際に、還元変性BPTIを用いてβCDWSHおよびβCDNSHのフォールディング促進効果を調べた結果、希薄条件で60分反応させた時点で、βCDNSHに比べβCDWSHの添加によって天然構造BPTIの収率が約6倍向上しました。
全てのシステイン残基をセリンに置換し、さらに同位体ラベルを加えたBPTIを用いて、核磁気共鳴(NMR)スペクトルによってβCDWSHおよびβCDNSHの相互作用をアミノ酸残基レベルで解析しました。その結果、βCDNSHは、BPTI中のチロシン残基近傍に特に選択的に相互作用するのに対して、βCDWSHはポリペプチド鎖全体と弱く相互作用することが示されました。この結果は、シミュレーションで示された結果とよく一致するものです。シミュレーションでは、βCDの狭い口に置換基を導入した場合、ポリペプチド鎖との相互作用の大部分がβCDの広い口で行われるのに対して、βCDの広い口に置換基を導入すると、狭い口とポリペプチド鎖との相互作用割合が顕著に増加することも示されました。これらのことから、バインダー分子の認識サイトに対して立体障害を導入することで、「選択的」な認識と「寛容的」な認識を制御できることが示されました。
寛容的な認識特性を持つβCDWSHは、高いタンパク質凝集抑制効果を持つことも示されました(図3)。還元変性BPTIは、150μMの高濃度条件では凝集し、沈殿を生じます。βCDNSHの存在下でも沈殿が見られましたが、βCDWSHを加えた場合は溶液状態が維持され、凝集形成が抑制されました。βCDWSHの添加によって、凝集抑制に加えて天然構造へのフォールディングも速やかに進行することが確かめられました。同様のフォールディング促進は、分子内に4つのSS結合を持つリボヌクレアーゼAの還元変性体の100μM溶液でも見られたことから、βCDWSHは様々なタンパク質に対してサブmMの高濃度条件でフォールディング促進効果を示すことがわかります。

今後の展開
 フォールディングは、タンパク質合成において、活性体を得る上で必要不可欠なプロセスです。生体内でその促進を担う分子シャペロンや酸化還元酵素に倣い、「寛容的」な分子認識機構を持つバインダー分子を設計することで、通常のタンパク質濃度に比べ、10〜100倍高い濃度での効率的なフォールディングが可能になることを、本研究で実証することができました。
ストレスなどによって、生体内のタンパク質品質管理機構が破綻することで構造異常タンパク質が蓄積し、その凝集によってアルツハイマー病などの認知症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、沖縄型神経原性筋萎縮症、2型糖尿病などのミスフォールディング病が発症すると考えられています。生体内のような高濃度環境での構造異常タンパク質(変性タンパク質)の凝集抑制、さらに天然構造体への再生が、寛容的な認識特性を持つチオール化合物によって実現されることを初めて見出した本研究成果は、これらの難治疾患の発症予防と、根本的な治療を可能にする新たなアプローチとして注目されます。
バイオ医薬品の中核を成す抗体は、複数のSS結合を持つタンパク質です。その合成効率、特にフォールディング収率を向上させることは大規模生産を行う上で重要です。凝集を防ぐために、タンパク質は通常数μMの希薄濃度で取り扱われます。SS結合含有タンパク質のフォールディングを、サブmMの高濃度で促進する初めての人工化合物の開発に成功した本研究は、抗体などの医薬品、およびその他機能性タンパク質の合成効率を飛躍的に向上させる基盤技術として位置付けられます。
本研究を基盤にして、これらの医薬、そして産業に関する研究が今後加速的に展開されると期待されます。

100μMの高濃度条件で たんぱく質フォールディングを促進する低分子化合物の開発に成功 ~「寛容的」な基質認識が可能にする、たんぱく質製剤の合成効率向上と認知症などの変性疾患治療への技術基盤~
図1 a) 「寛容的」な基質認識とタンパク質フォールディングのコンセプト図、b) 本研究で開発した人工フォールディング促進酵素βCDWSH、およびその比較分子βCDNSHの分子構造 a) βCDWSHでは、お椀の広い口にチオール基を導入することで、変性BPTIのポリペプチド鎖全体と弱く相互作用するが、狭い口にチオール基を導入したβCDNSHはBPTI中のチロシン残基近傍に特に選択的に相互作用した。


図2 分子動力学シミュレーションの結果 SS結合を持たない還元ウシ脾臓由来トリプシン阻害剤(BPTI)とa)βCDWSHおよびb)βCDNSHとの相互作用解析の結果。(上図)分子動力学計算のスナップショット、(下図)BPTI中のアミノ酸残基番号とβCDWSHおよびβCDNSHの接触割合。


図3 βCDWSHによる還元変性BPTIの高濃度条件での凝集抑制とフォールディング促進 150μM還元変性BPTIに対する各添加剤の凝集抑制効果の評価結果、a) 添加剤無し、b) βCD、c) βCDWSH、d) βCDNSH。βCDWSHが凝集抑制効果を持つことが示された。e) 150μM還元変性BPTIに対する各添加剤のフォールディング促進効果の評価結果。βCDWSHが高いフォールディング促進効果を持つことが示された。

用語説明
注1)ジスルフィド結合
タンパク質を構成するアミノ酸のひとつ、システインは、側鎖にチオール基(SH基)を持つ。2つのSH基が酸化されて形成される2つの硫黄原子の間の結合。

注2)沖縄型神経原性筋萎縮症
沖縄地方に多発する感覚障害をともなう遺伝性神経原性筋萎縮症。

注3)抗体医薬
抗体を利用した医薬品。抗体は、がん細胞などの細胞表面にある抗原を特異的に認識し、治療する。抗原を持たない他の細胞は攻撃しないため、副作用が少ないと考えられている。

注4)神経変性疾患
特定の神経細胞群が障害を受け発症する神経疾患の一つ。構造異常タンパク質の蓄積や沈着が神経細胞群の障害を引き起こす主要因の一つと考えられている。

注5)ミスフォールディング病
タンパク質フォールディングの結果、タンパク質が天然構造とは異なる異常構造を形成する場合がある。タンパク質の異常構造体が沈着することで引き起こされる様々な疾患の総称。

注6)分子シャペロン
細胞内でフォールディング途中のタンパク質や、熱や酸化などのストレスを受けて構造を変化させた変性タンパク質の凝集を防ぎ、そのフォールディングを手助けするタンパク質。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学 大学院工学研究院
教授 村岡 貴博 (むらおか たかひろ)

東北大学 学際科学フロンティア研究所
准教授 奥村 正樹 (おくむら まさき)

徳島大学 先端酵素学研究所
教授 齋尾 智英(さいお ともひで)

◆報道に関する問い合わせ◆
東京農工大学 総務課広報室

東北大学 学際科学フロンティア研究所 企画部
特任准教授 藤原 英明 (ふじわら ひであき)

徳島大学 先端酵素学研究所 事務室
藤井 陽子 (ふじい ようこ)

科学技術振興機構 広報課

◆JST事業に関する問い合わせ◆
科学技術振興機構 創発的研究推進部
加藤 豪(かとう ごう)

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