根を成長させる細胞群の振る舞いをつぶさに計測し その変化を明確に提示する技術を開発~自動顕微鏡・人工知能・人間拡張工学の融合で実現~

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2023-10-20 奈良先端科学技術大学院大学,立命館大学,東京大学,生命創成探究センター,大阪電気通信大学

発表概要

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 中島 敬二 教授、郷 達明 助教、立命館大学(学長:仲谷 善雄)情報理工学部 情報理工学科 陳 延偉 教授、東京大学(総長:藤井 輝夫)先端科学技術研究センター 稲見 昌彦 教授、同大学院理学系研究科 生物科学専攻 米倉 崇晃 助教、自然科学研究機構・生命創成探究センター(センター長:根本 知己)定量生物学研究グループ 近藤 洋平 助教、大阪電気通信大学(学長:塩田 邦成)情報通信工学部 情報工学科 岩本 祐太郎 講師らの研究グループは、植物の根の成長を駆動する数百個の細胞の振る舞いを精密に計測し、得られた膨大な数値データを統合して人間が直感的に解釈できる形式で提示する技術を開発しました。この技術は、根の先端を自動的に追尾し時間の経過を含めた4次元の細胞動態を記録する顕微鏡システム、人工知能を用いて画像情報を数値データに変換するプログラム、複雑な数値データを人間の視覚や聴覚に適した形式で提示する人間拡張工学(注1) の融合により実現したものです。
この技術により、人間の処理能力を大きく超える膨大な画像データの取得と定量化を機械化し、得られたデータを熟練した研究者がその知識や経験に基づいて解釈する「人機協働」の研究アプローチを展開する道が拓かれます。これにより、生育環境の変動や遺伝子の違いに応じて根の成長が変化する仕組みを精密に調べることが可能になります。根の成長は作物を始めとした植物の成長力や環境への適応力に大きく寄与していることから、この研究成果は、基礎と応用の両面において大きなインパクトをもちます。
この研究成果はPlant and Cell Physiology誌(英国オックスフォード大学出版局 (Oxford University Press)が発行する植物科学の国際誌)にオープンアクセス論文として発表されました。

解説

多細胞生物の成長は、器官を構成する細胞の数を増やし、細胞のサイズを適切に増加させることで実現されています。細胞をいつ、どこで、どれだけ分裂させ、細胞の形やサイズをどのように変化させるかで器官の成長速度や形態が決まります。植物の根は土壌中を自在に伸長しますが、この過程には根の先端部にある細胞の分裂と伸長の制御が重要な役割を果たしています。根が栄養や水分、重力といった環境刺激を受けると個々の細胞の振る舞いが変わり、その合算が根の成長を変化させます。このような分散処理型の成長制御系はとても興味深く、その機構を解明するため、モデル被子植物であるシロイヌナズナの根(注2) を用いた研究が精力的に進められてきました。しかし成長を続ける根の先端を構成する数百個の細胞の振る舞いを精密に計測し、統合的に解釈することはこれまで技術的に不可能でした。
研究グループは、成長を続けるシロイヌナズナの根の先端を自動的に追尾し、根端を構成する個々の細胞の分裂や伸長を3次元の画像データとして連続的に取得する顕微鏡システム(水平光軸型動体トラッキング共焦点顕微鏡)を開発しました。研究グループは、この顕微鏡を用い、シロイヌナズナの根を構成する主要な組織である「皮層」をターゲットとして、その細胞群の動態を3日間にわたってつぶさに記録しました。
得られた4次元の画像データには膨大な数の細胞の動態が記録されているため、そこから個々の細胞の振る舞いを抽出したり、時間に応じた変化を定量化したりすることは人間の能力では不可能です。そこで研究グループは、深層学習(注3) と呼ばれる人工知能の画像解析手法を3次元データに応用し、分裂している皮層細胞の核と分裂していない核を自動的に識別するプログラムを構築しました。さらに識別された核が存在する細胞の位置関係や、分裂する核とそこから生み出された2つの核の関係を自動的に紐づける追跡法を開発しました。また画像解析の自動化につきもののエラーを、研究者が簡単な操作で検出し補正できるようにデザインされたユーザーインターフェースを併せて開発することで、精度の高い定量データを得ることを可能にしました。
解析ツールから出力されるデータは膨大な数値データとなっているため、研究者が直感的に解釈することが困難になります。そこで得られたデータを人間の知覚に適したグラフやアニメーションとして描画したり、「人間拡張工学」と呼ばれる技術を用いて、細胞の分裂動態を楽器の和音へと変換して提示する「可聴化」ツールを開発しました。
これらの新規な技術を統合することで、シロイヌナズナの皮層細胞が根端部の狭い区画内で素早く5回連続して分裂することでその数を約30倍に増やし、これにより生み出された細胞集団が、根の基部側の区画で一斉に伸長することで根の成長を駆動していることが明らかとなりました。また「可聴化」ツールを利用することで、皮層を構成する縦方向の細胞列の間で細胞分裂のタイミングが同調していない可能性が示され、計算機シミュレーションにより確認されました。興味深いことに、細胞分裂が細胞列間で同調していない状態でも、根自体はほぼまっすぐに伸長することが明らかとなりました。
本研究で明らかにされた根端細胞群の精密な振る舞いは、従来の静的な観察手法では見逃されていた現象であり、ここで開発された手法は、根の成長を駆動する仕組みや、環境条件に応じて成長を最適化する仕組みの解明を加速するものです。

背景と目的

植物は一生を通じて根、葉、花などの器官を作り続けながら成長を続けます。植物器官の成長は、細胞分裂と細胞伸長の頻度や方向によって制御されるため、これらの細胞動態を定量的に解析することが、成長制御の仕組みを解明する上で重要なステップになります。シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の根の先端は、透明かつシンプルな組織パターンを持つことから、植物発生研究のモデルとして広く用いられ、植物の成長を司る基本的な原理の構築に大きな貢献を果たしてきました(図1)。しかし根端の位置は、根の成長に伴って移動してしまうため、そこで繰り広げられる細胞群の分裂や伸長の時間的変化を継続的に捉えることは困難でした。また根端には非常に多くの細胞が密集しており、個々の細胞の振る舞いを精密に定量化することは人間の処理能力を超えるものでした。


図1

またシロイヌナズナの根端では、細胞が分裂する領域(分裂領域)と伸長する領域(伸長領域)が空間的に独立しています(図1B)。根の成長を変化させるためには、「分裂領域の大きさを変える」ことをはじめ、「分裂自体の回数や頻度を変える」、「伸長領域の大きさを変える」、「伸長自体の速度や最終サイズを変える」など、さまざまな過程が想定されますが、これらの要素過程を遺伝子の働きや環境因子に結びつけるためには、根端を構成する多数の細胞の動態を精密かつ迅速に定量する手法の開発が不可欠でした。

実験の結果

本研究では、重力方向に従って自然に下向きに成長する根の先端を自動的に追尾できる「水平光軸型動体トラッキング共焦点顕微鏡」(図2)を開発し、シロイヌナズナの根の皮層と呼ばれる単一細胞層の核の動態イメージを3日間にわたって継続的に取得しました。シロイヌナズナの根は、外側から表皮、皮層、内皮、内鞘、維管束の細胞層が放射状に配置されたシンプルな構造をしています。このうち、皮層は8本の細胞列が作る単一の細胞層から成っており、分裂や伸長状態の評価に多用されています(図1C)。研究グループは、皮層細胞の核で特異的に赤色蛍光タンパク質を発現する形質転換植物(図1D)を作出し、その蛍光シグナルの動態を上記の顕微鏡システムを用いて取得しました。この顕微鏡システムには「スピニングディスク型共焦点スキャナ」と呼ばれる検出器が装備されており、高速かつ低浸潤に器官の深部の蛍光を観察することが出来ます(図2A)。これにより皮層を構成する8本の細胞列の核の3次元動態を、時間軸に沿って記録した4次元画像データが取得されました。

図2

得られた画像データには、分裂や伸長を続ける膨大な数の皮層細胞核の動態が捉えられていますが、それらの状態や3次元的な配置を正確に識別し、かつ細胞分裂で新たに生み出される核や、根の回転運動による位置関係の変化を加味しながら精密に追跡することは、人間の能力を遥かに超えるタスクでした。そこで研究チームは、画像識別に多用される人工知能の1つであるU-Netと呼ばれる深層学習器を3次元の画像データへ応用し、核の位置や分裂状態を自動的に識別するプログラムを開発しました(図3A,B)。また識別したすべての核を8本の細胞列に帰属させるため、「遺伝的アルゴリズム(注4) 」と呼ばれる生物の進化を模倣する最適化手法(進化的最適化手法)で探索した2次元平面に核の位置を投影し、細胞の分裂履歴も加味しながら各細胞列の核の系譜を自動的に紐づけるプログラムを開発しました(図3C)。人工知能を用いた画像解析においては誤差を完全に排除することが出来ないため、出力されたデータの誤差を研究者が簡単な操作で検出し、補正できるようにデザインされたユーザーインターフェースを併せて開発しました。これにより、誤差の修正にかかる時間を大幅に短縮し、根の先端における皮層細胞の分裂、伸長、系譜を網羅した精密な定量データを得ることに成功しました(図3D、動画1)。

図3

左)動画1
右)動画2(音声は0’30”から開始)
動画へのリンク


上記のツールは膨大な数値データを出力するため、研究者が直感的に解釈することは困難です。そこで「人間拡張工学」を応用したデータの提示技術を開発しました。人間拡張工学とは、人間が生まれながらに持つ身体能力や五感の機能を、機械や計算機の力で拡張する工学技術の総称です。なかでもヒトの五感の1つを別の感覚に変換する技術は感覚変換と呼ばれます。本研究では画像データに含まれる多数の細胞の同時多発的な分裂という視覚情報を、和音という聴覚情報に変換することで、細胞分裂の同調性を人間が容易に「聴き分ける」ためのツールを開発しました(動画2)。これを用いた解析から、隣接する細胞列間で細胞の分裂が同調していない可能性が示され、計算機シミュレーションを用いた統計学的解析により確認されました。

研究チームはこれらのツールを駆使し、シロイヌナズナの根端における細胞分裂と伸長の動態に関して、これまで見過ごされてきた特徴を見出しました。皮層の細胞は分裂領域で5回連続して分裂してその数を約30倍に増やしていました。分裂領域の最先端部の細胞は約30時間という極端に遅い周期で分裂していたのに対し、中間領域の細胞は約12時間という高い速度で同調的に分裂していました。さらに、同調的な分裂で生み出された細胞群が一斉に分裂を停止することで、同等なサイズをもつ細胞からなる集団が次々と生み出され、その後、各集団が根のさらに基部側の領域で急速な伸長を始めることで、根の成長を駆動していることが明らかとなりました(図4)。一方で、隣接する細胞列の間では細胞分裂が同調しておらず、このような状態においても根自体はほぼまっすぐに伸長することがわかりました。

図4

今後の展開

本研究では、自動化された顕微鏡、人工知能を駆使した画像解析、人間拡張工学を用いたデータ提示技術を融合することで、成長を続ける根の先端における細胞集団の隠された振る舞いを明らかにしました。これらは従来の静的な観察手法では見逃されていたものであり、ここで開発された手法は、根の成長を駆動する細胞レベルの制御機構を解明するための重要な基盤となります。また根の成長ベクトルは、栄養条件、水分、重力、機械刺激、微生物との相互作用といったさまざまな環境条件に応じて柔軟に変化し、このような能力が植物の生産力や環境適応力の基盤となっています。本研究で開発された技術を用いてさまざまな環境条件に応答した根の細胞の振る舞いを精密に比較解析し、さらに遺伝子の機能や発現パターンと相関させることで、環境に応じた根の成長制御機構が明らかになることが期待されます。また今回開発された手法は、シロイヌナズナの根の皮層細胞に最適化されたものですが、今後は作物を含むさまざまな植物種や根以外の植物器官への展開が期待されます。

用語解説

(注1)人間拡張工学と可聴化 (Human augmentation and sonification)
人間拡張工学は、人間がもつ身体能力や知覚機能を機械やコンピューターの力で補助することで、主体的な能動性を保ったまま人間の能力を拡張させる技術の総称。要素的技術としては、ロボット工学、仮想現実・拡張現実、センサー技術、情報処理、情報提示、ヒューマン―コンピューターインターフェースなどが含まれる。人間の五感を別の知覚に変換する「感覚変換」も人間拡張工学技術の1つであり、本研究で用いた画像情報を音声情報に変換して伝える「可聴化 (sonification)」については、視覚障がい者の活動支援や、運動選手の体性感覚のトレーニングに応用する研究などが進められている。生化学の分野では、タンパク質のアミノ酸配列や立体構造を可聴化した例が報告されている。

(注2)シロイヌナズナとその根 (Arabidopsis thaliana and its root)
シロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana) はアブラナ科の一年性草本植物。2000年に高精度な全ゲノム配列が解読された最初の植物であり、栽培の容易性、生活サイクルの短さ、繁殖性の高さ、形質転換やゲノム編集の容易さなどの理由により、被子植物の研究モデルとして世界的に最も広く用いられている。また、シロイヌナズナの根は単純な組織構造を持ち、かつ根端部に存在する幹細胞群が各組織を生み出す過程が明瞭に定義されている。さらに根が細く透明なため、共焦点レーザー顕微鏡(注5) を用いたイメージングに適している。このような特性から、植物の発生や生理応答の研究に広く用いられ、植物発生学や細胞生物学の発展に大きな貢献を果たしてきた。

(注3)深層学習 (Deep learning)
2次元画像をピクセル(画素)の情報と画像に含まれるオブジェクトの関係を重みづけする行列計算を階層的に繰り返しながら圧縮・復元することで画像とオブジェクトの関係を学習させ、これをもとに未知の画像に含まれるオブジェクトの存在確率を予測する人工知能の代表的技術。ライフサイエンスの分野では医用画像の識別に応用するための研究が広く行われている。基礎生物学の分野でも顕微鏡画像に含まれる組織や細胞の領域を識別する手法が普及しつつある。作物の成長や病気の有無を予測する農学的な応用研究も進められている。

(注4)遺伝的アルゴリズム (Genetic algorithm)
自然界における遺伝子の偶発的な変異と適応個体の選抜過程を模倣することで、最適解を近似的に探索するための数学的アルゴリズム。染色体の交叉(つなぎ換え)を模倣したパラメータの領域的な入れ替えや、点突然変異を模倣したパラメータの局所的な変化を繰り返しながら、適応度の高い条件を収束的に探索する。本研究では、8つの皮層細胞列に帰属する核を効率的に分離するための投影面を探索するために用いられた。

(注5)共焦点レーザー顕微鏡 (Confocal laser scanning microscope)
透明度の高い生物サンプル内部の蛍光像を、組織切片を作製することなく容易に観察することができる顕微鏡。光学的な合焦面(焦点が合う面)に由来する蛍光シグナルを選択的に検出器に届けるピンホールを備えることで、生体内部の観察を可能にする。また、連続した異なる焦点面から得られた画像を計算機上で再構成することで、3次元の画像を得ることもできる。生物の自家蛍光や蛍光染色による細胞構造の観察に加え、蛍光タンパクを発現する生体サンプルを用いることで、タンパク質や遺伝子の発現動態をも可視化することが出来る。強力なレーザー光を光源とするため長時間の観察では蛍光の退色が問題になりがちであるが、回転するディスクに開けた多数のピンホールを通してレーザー光を照射するスピニングディスク型スキャナを用いることで、退色の影響を最小限に抑えることができる。

論文情報
雑誌:Plant and Cell Physiology(10月20日:オープンアクセス、CC BY-NC)
題名:In-depth quantification of cell division and elongation dynamics at the tip of growing Arabidopsis roots using 4D-microscopy, AI-assisted image processing, and data sonification.
著者:Tatsuaki Goh, Yu Song, Takaaki Yonekura, Noriyasu Obushi, Zeping Den, Katsutoshi Imizu, Yoko Tomizawa, Yohei Kondo, Shunsuke Miyashima, Yutaro Iwamoto, Masahiko Inami, Yen-Wei Chen, and Keiji NakajimaDOI:
10.1093/pcp/pcad105
問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター 身体情報学分野
教授 稲見 昌彦(いなみ まさひこ)

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