2024-12-06 京都産業大学
京都産業大学生命科学部の三嶋雄一郎教授らの研究グループは、ジンクフィンガーというドメインの配列を持つmRNAを翻訳する際に、リボソームの衝突が起こりやすいことを突き止めました。
本研究成果は、mRNAを生体内でコントロールする技術の向上や、mRNA医薬品の改良にも貢献できることが期待されます。
発表論文
「Translation of zinc finger domains induces ribosome collision and Znf598-dependent mRNA decay in zebrafish」
(ジンクフィンガードメインの翻訳はゼブラフィッシュにおいてリボソーム衝突とZnf598依存的mRNA分解を引き起こす)
概要
- 細胞内でのタンパク質の合成は、リボソームがmRNAの鎖に沿って塩基の三つずつの並び(コドン)を解読し、アミノ酸を順番に連結すること(翻訳)によって進行する。しかし、実際には、さまざまな要因によって翻訳が途中で停止してしまうことがある。翻訳が停止したままだと、合成が不完全なタンパク質が細胞内に蓄積したり、mRNA上の別のリボソームとの衝突(追突)が起こったりして細胞に悪影響が生じる。
- 細胞には、翻訳が停止してしまったmRNAを取り除く「品質管理機構」が備わっている。しかし、どのようなmRNAが実際に品質管理の対象となっているのかは、これまでほとんど分かっていなかった。
- 今回、三嶋教授を中心とする研究チームは、mRNAの解析手法「RNA-Seq」と、リボソームが衝突しているmRNA 部位を解析する手法「ダイソームプロファイリング」を使って、細胞内(小型熱帯魚ゼブラフィッシュの胚)の大量のmRNAのうち、リボソームの衝突を引き起こして分解されるmRNAを網羅的に探索した。その結果、‘ジンクフィンガー’というタンパク質の部分的な構造(ドメイン)の配列を持つmRNAを翻訳する際に、リボソームの衝突が起こりやすいことを突き止めた。ジンクフィンガーはDNAに結合できるという特徴を持ち、さまざまなタンパク質に含まれているドメインである。
- 本研究の成果は、私たちの体の中でmRNAとタンパク質の量がどのように調節されるのか、その基本原理の理解を飛躍的に高めるものであり、また、本研究で得られた知見は、mRNAを生体内でコントロールする技術の向上や、mRNA医薬品の改良にも貢献できると考える。
背景
生物の細胞の中では、さまざまなタンパク質が、生存に必要な反応を進行させています。私たちの体を作る約300種類の細胞を正常に機能させるには、2万種類以上ともされるタンパク質から必要な組み合わせを見つけ、それを適切な量だけ作らなければなりません。
それぞれのタンパク質は、ゲノムDNAに含まれる特定の遺伝情報に基づいて、アミノ酸分子を、一つずつ、決まった順番で連結させることで合成されます。このときDNAの遺伝情報は、まず、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれる鎖状の分子のうえの塩基の並びとして写し取られます(転写)。次に、タンパク質合成装置であるリボソーム[1]が、mRNAの鎖に沿って一方向に移動しながら塩基を三つずつ解読し、対応するアミノ酸を順番に連結することで、特定のタンパク質を合成します(翻訳)。リボソームによって解読される三つで一組の塩基の組み合わせはコドン[2]と呼ばれ、トランスファーRNA(tRNA)という分子がそれぞれのコドンに対応する特定のアミノ酸を一つずつリボソームへと運びます。
‘塩基を三つずつ解読’といっても、翻訳は必ずしも一定のリズムで進むわけではなく、細胞の中のさまざまな要因によってリボソームの移動速度は変化します。tRNAが足りなくなったり、翻訳しにくいコドンやアミノ酸の並び方に出くわすと、リボソームはmRNAの鎖の上で停止してしまいます。停止時間が長くなると、合成が途中のままの不完全なタンパク質が出来てしまったり、別のリボソームが移動してきて衝突(追突)した状態になったりします。こうした状況が蓄積していくと、細胞に悪影響が及びます。
そこで、細胞には、衝突したリボソームを見つけて対処する「リボソーム品質管理機構[3]」が備わっており、リボソームの衝突を解消するとともに、衝突を起こしてしまったmRNAを分解することで、衝突の蓄積を防ぎます(この機構の存在は、今回の論文著者の一人である東京大学医科学研究所 基礎医科学部門 RNA制御学分野の稲田利文教授らのグループによって解明されていました(Matsuo et al., Nature Commun. 2017ほか))。しかし、細胞の中で翻訳されている大量のmRNAのうち、実際にどのmRNAでリボソームの衝突とその品質管理が起こっているのか、その全体像は明らかになっていませんでした。
研究方法と成果
今回、私たちは、研究用モデル生物の一種である淡水性の小型熱帯魚ゼブラフィッシュを使った実験により、リボソーム品質管理の対象となるmRNAを網羅的に決定しました。
今回の研究では、リボソーム品質管理機構に必須であるZnf598というタンパク質が作られなくなるようにしたゼブラフィッシュの変異体(znf598変異体)を用いました。翻訳の停止を引き起こしてしまったmRNAは、通常ならリボソーム品質管理機構によって分解されるところですが、品質管理が働かないznf598変異体では、分解されずに細胞内に蓄積することが予想されます。そこで、ゼブラフィッシュの野生型とznf598変異体の胚を使って、mRNAの種類と量を網羅的に比較することができる「RNA-Seq」という手法により解析しました。
その結果、znf598変異体で蓄積しているmRNAを200種類以上決定することに成功しました。そして、これらのmRNAの特徴を調べると、‘ジンクフィンガー(zinc finger)[ 4]’というタンパク質の構造(ドメイン)に翻訳されるための塩基配列が、頻繁に繰り返して存在していることが分かりました(図1左)。
次に、私たちが以前に開発した「ダイソームプロファイリング(disome profiling)」(Han et al., Cell Rep. 2020)という手法を使って、リボソームがmRNAのどの部分で衝突しているか解析したところ、この‘ジンクフィンガードメイン’を翻訳している途中でリボソーム同士が頻繁に衝突することが分かりました(図1右)。
ジンクフィンガーは、25~30アミノ酸の並びで構成されるタンパク質ドメインのグループで、それらの多くはDNAに結合して転写を調節する役割を担っています。ジンクフィンガードメインは、動物の全遺伝子(ゲノム)のうちで最も多く含まれているタンパク質ドメインであり、このドメインを繰り返して持つ遺伝子は、各生物のゲノムに数百種類以上も存在しています。このようにジンクフィンガー遺伝子が多様性を持つことは、遺伝子の転写調節の多様性を生み出すとともに、ゲノムDNA中を転移するトランスポゾンの働きを抑制するために重要であることが知られています。
つまりこれまでは、ジンクフィンガー遺伝子をたくさん持つことは生物にとって有利に働くと考えられてきました。ところが今回の私たちの発見から、ジンクフィンガー遺伝子のmRNAは、実はリボソームにとっては翻訳しにくい、いわば「苦手とするmRNA」であったことが分かりました。この結果は、ジンクフィンガー遺伝子は、遺伝子制御の多様性をもたらす正の側面だけでなく、翻訳のトラブルを引き起こす負の側面をも併せ持つ、いわば「諸刃の剣」であることを意味しています。このジンクフィンガーmRNAで起こり得る翻訳のトラブルをリボソーム品質管理機構が解消してくれるおかげで、生物はこの諸刃の剣をうまく使いこなすことができているといえるでしょう。
今後の展望
リボソームの停止を引き起こすジンクフィンガードメインの特徴をさらに詳細に調べ、様々な生物の間で比較解析を行うことで、リボソームが苦手とするmRNAに共通する特徴を分子のレベルで説明できるようになると考えられます。またこの研究成果は、リボソームとmRNA配列がどのようにして協調的に進化してきたのか、そのプロセスのより深い理解にもつながります。さらに、mRNAワクチンのような人工mRNAを作る際に、細胞の中で効率よくかつ安全にタンパク質を作り出せるように設計する技術の開発にも貢献できると期待しています。
引用・参考文献
Matsuo et al., “Ubiquitination of stalled ribosome triggers ribosome-associated quality control.” Nature Commun. 2017 (doi: 10.1038/s41467-017-00188-1)ほか
Han et al., “Genome-wide Survey of Ribosome Collision.” Cell Rep. 2020
(doi: 10.1016/j.celrep.2020.107610)
用語・事項の解説
1. リボソーム
細菌からヒトまで、すべての生物が持つ細胞内のタンパク質合成装置。mRNAの配列(コドンの並び)にしたがって、アミノ酸を一つずつ連結し、タンパク質を合成する。
2. コドン
リボソームが解読する3塩基一組の組み合わせ。64通りのコドンによって、20種類のアミノ酸のいずれか、または翻訳の終結が指定されている。
3. リボソーム品質管理機構
mRNAを翻訳している途中で起こったリボソームの異常停止を解消するしくみ。翻訳を強制終了させてからリボソームを再利用し、mRNAとタンパク質を分解することで、翻訳中のリボソーム、mRNA、タンパク質のそれぞれの異常を解消できる。
4. ジンクフィンガー
25-30アミノ酸で構成されるタンパク質のドメイン(部分的な構造)の一種。構造をとる際に亜鉛イオンを掴むような形を取ることから、ジンクフィンガー(亜鉛の指)と呼ばれる。
論文情報
論文タイトル
Translation of zinc finger domains induces ribosome collision and Znf598-dependent mRNA decay in zebrafish
(ジンクフィンガードメインの翻訳はゼブラフィッシュにおいてリボソーム衝突とZnf598依存的mRNA分解を引き起こす)
掲載誌
「PLOS Biology」(オンライン版)
掲載日
2024年12月6日(金)(日本時間)AM 4:00
著者
石橋 幸大1, 3、七野 悠一4、Peixun Han4、若林 貴美3、水戸 麻理4、稲田 利文5、木村 成介3、岩崎 信太郎4、三嶋 雄一郎2, 3
(1筆頭著者、2責任著者、3京都産業大学、4理化学研究所、5東京大学医科学研究所)
DOI
10.1371/journal.pbio.3002887
謝辞
この研究は、科研費の基盤研究 (B) (JP23H02413, JP23H02415, JP21H02513 ) 、基盤研究(A)( JP23H00095)、挑戦的研究(萌芽)(JP22K19300)、若手研究(JP22K15042, JP21K15023)、学術変革領域研究(A)(JP24H02307, JP21H05734, JP23H04268)、日本医療研究開発機構(AMED)・革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「健康・医療の向上に向けた早期ライフステージにおける生命現象の解明」研究開発領域、同(AMED-CREST)「プロテオスタシスの理解と革新的医療の創出」研究開発領域、の助成を受けて実施されました。
添付資料
図1: タンパク質合成装置であるリボソームは、mRNAの鎖の上のコドンの並びを順番に解読し、対応するアミノ酸を連結してタンパク質を合成(翻訳)する。しかしmRNAの中には、翻訳されにくいためにリボソーム同士の衝突を引き起こしてしまうものがある。今回の研究では、翻訳されにくいmRNAとして、ジンクフィンガードメイン(オレンジ色)の配列を繰り返して持つmRNAを発見した。そして、ジンクフィンガーmRNAはリボソーム品質管理機構によって分解されるという調節を受けていることが分かった。ジンクフィンガー遺伝子は、ゲノム中に数百種類以上も存在していることから(図左下)、遺伝子調節の多様性を生み出す一方で、翻訳しにくいmRNAをたくさん作り出す原因にもなっていると考えられる(図右)。
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内容について:京都産業大学生命科学部 三嶋 雄一郎 教授
取材について:京都産業大学 広報部