2018/10/09 東京大学,中部大学
東京大学大学院総合文化研究科の開一夫教授と中部大学人文学部心理学科の川本大史講師は、脳波の一種である事象関連電位(注1)を用いて、親の応援が幼児の成功・失敗に対する認知処理を変えることを世界で初めて突き止めた。具体的には、幼児がある課題で成功・失敗をした際に、親が隣で応援しながら課題を行った場合は成功・失敗を区別して認知処理できるのに対して、1人で行った場合は区別して処理できないことが示された。特に、応援がある場合は成功に対する報酬陽性電位(Reward positivity:注2)の振幅が大きくなることが明らかになった。これらの結果は、幼児の脳の発達には親の応援が重要な影響を及ぼす可能性を示しており、日ごろの親の関わり方が幼児の良し悪し判断や学習に重要な影響を及ぼすことを示唆している。
用語解説:
(注1)事象関連電位:
特定の刺激に対して生じる一過性の電位を測定したもの。
(注2)報酬陽性電位(Reward positivity):
報酬やポジティブなフィードバックに対して惹起される事象関連電位の成分。これまでの研究から、課題への動機や抑うつの高さによって振幅が変わることが知られている。
論文情報
Taishi Kawamoto*, Kazuo Hiraki*, “Parental presence with encouragement alters feedback processing in preschoolers: An ERP study,” Social Neuroscience, doi:10.1080/17470919.2018.1527250.
関連教員 開 一夫 / 教授 / 大学院総合文化研究科
「親の応援が幼児の成功に対する認知処理を変える」
1.発表者:
開 一夫(東京大学大学院総合文化研究科 教授)
川本 大史(中部大学人文学部心理学科 講師)
2.発表のポイント:
◆親の応援があると、幼児の成功に対する認知処理が変わり、成功と失敗を脳内で区別して処
理できるようになることが明らかになった。
◆世界で初めて親の応援が幼児の成功に対する認知処理に影響を及ぼすことが示された。
◆良し悪し判断や学習と関わる脳発達の理解促進に貢献することが期待される。
3.発表概要:
東京大学大学院総合文化研究科の開一夫教授と中部大学人文学部心理学科の川本大史講師 は、脳波の一種である事象関連電位(注1)を用いて、親の応援が幼児の成功・失敗に対する 認知処理を変えることを世界で初めて突き止めた。具体的には、幼児がある課題で成功・失敗 をした際に、親が隣で応援しながら課題を行った場合は成功・失敗を区別して認知処理できる のに対して、1人で行った場合は区別して処理できないことが示された。特に、応援がある場 合は成功に対する報酬陽性電位(Reward positivity:注2)の振幅が大きくなることが明らか になった。これらの結果は、幼児の脳の発達には親の応援が重要な影響を及ぼす可能性を示し ており、日ごろの親の関わり方が幼児の良し悪し判断や学習に重要な影響を及ぼすことを示唆 している。
4.発表内容:
外部からの成功・失敗あるいは正解・不正解のフィードバックは、行動や学習に重要な役割 を果たすことが知られている。これまでの研究から、大人は成功・失敗のフィードバックに対 して区別した認知処理を行うことが明らかにされている。具体的には、成功・正解などのポジ ティブなフィードバックに対しては報酬陽性電位(Reward Positivity: RewP)が、失敗・不正 解などのネガティブなフィードバックに対してはフィードバック関連陰性電位(Feedbackrelated negativity: FRN)が惹起されることが報告されている。しかし、幼児が成功・失敗を 脳内で区別して認知処理できているか明らかではなかった。たとえば、2 歳半の幼児は脳内で 成功・失敗を区別して処理していることが報告されているが、5 歳児を対象とした研究では両 者を区別して処理できないことが報告されている。これらの結果から、研究者らは、幼児の脳 は発達段階であり、研究することが難しいと推測していた。事実、幼児を対象とした研究を行 う場合、大人と比較して認知課題に対する興味の持続が短く、課題中に動いてしまったり、課 題を理解できなかったりすることも多い。また、これまでの研究では、子供の成功・失敗の認 知発達に及ぼす「状況要因」については検討がなされてこなかった。
本研究グループは、2 つの状況で幼児に認知課題を行わせ、成功(○)・失敗(×)に対する 脳活動を、脳波の一種である事象関連電位を用いて計測した。1 つは幼児が 1 人で課題を行い、 もう 1 つは親が隣で応援しながら幼児が課題を行う 2 つの状況を設定し、認知課題には、幼児 の課題に対する興味が持続するようかわいい動物のイラストを用いた。具体的には、指定され た動物が、コンピューター画面の左側に表示されたか、右側に表示されたかをボタン押しによって回答させた。成功と失敗の割合が同程度になるように、探す動物が表示される時間が長い 場合(見つけやすい)と短い場合(見つけにくい)があるように課題を調節した。課題の内容 を理解してもらうために、「動物さんは逃げ足が早いので、できるだけ早く見つけてね。たく さんの動物さんたちとお友達になってね。」と幼児に説明した。21 名の 5 歳児が実験に参加し た。実験の結果、親が隣で応援しながら課題を行った場合は成功・失敗を区別して認知処理で きたのに対して、1人で行った場合は区別して処理できないことが明らかになった(図)。ま た、親の応援がある場合は成功に対する報酬陽性電位の振幅が 1 人で課題を行う時よりも大き かった。つまり、同じ課題においても、1人で行う場合と親が応援してくれる場合では、子ど もの成功・失敗の認知処理には違いがあるのである。
本研究から、親の応援が成功に対する報酬陽性電位の振幅を大きくすることで、幼児は成功・ 失敗を区別して処理できるようになることが明らかとなった。この結果は、幼児の脳の発達に は親の応援が重要な影響を及ぼすことを示唆している。特に、親の応援がある場合に成功に対 する報酬陽性電位が大きくなったことから、親の応援は成功に対する報酬価値を高める役割を 持つ可能性がある。成功に対する認知処理は抑うつと関連することも知られており、子供の抑 うつに対しても本研究成果は重要な示唆がある。一連の結果は、日ごろの親の関わり方が幼児 の良し悪し判断や学習に重要な影響を及ぼすことを示唆している。
幼児を対象とした事象関連電位を用いた研究は数が少なく、本研究は幼児の認知機能・脳発 達の理解や、子供の認知発達により良い環境を構築することに対して、貢献することが期待さ れる。今後は、親ではない大人が幼児を応援した場合や幼児の友達から応援されている場合で も同様の結果が得られるか、といった応援する対象に着目した検討や、ゲームが始まる前後ど ちらのタイミングで応援するのが効果的かを検討する予定である。加えて、本研究では親の応 援(社会的報酬)に着目したが、お金やモノ(物理的報酬)を報酬として用いて幼児に課題を 行ってもらうことで、成功・失敗の区別が可能か、また、親の個人差(子育て完全主義や子育 てバーンアウト)や環境要因(育児ストレスや周囲からのサポート)が幼児の認知発達・親の 応援の効果に影響するかも検討予定である。
5.発表雑誌:
雑誌名:Social Neuroscience 電子版 10 月 9 日掲載
論文タイトル:Parental presence with encouragement alters feedback processing in preschoolers: An ERP study
著者:Taishi Kawamoto*, Kazuo Hiraki*
DOI 番号:10.1080/17470919.2018.1527250
掲載 URL:https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17470919.2018.1527250
6.問い合わせ先:
東京大学大学院総合文化研究科
教授 開 一夫(ひらき かずお)
中部大学人文学部心理学科講師
川本 大史(かわもと たいし)
7.用語解説:
(注1)事象関連電位: 特定の刺激に対して生じる一過性の電位を測定したもの。
(注2)報酬陽性電位(Reward positivity): 報酬やポジティブなフィードバックに対して惹起される事象関連電位の成分。これまでの研究 から、課題への動機や抑うつの高さによって振幅が変わることが知られている。
8.添付資料:
図:ピンクの網掛け部分は、1 人で課題を行った時と親が応援しながら課題を行った時に違い があった区間(200-350 ms)を示している