2025-01-15 国立精神・神経医療研究センター
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター (NCNP) 神経研究所、病態生化学研究部の嶋岡可純リサーチフェロー、星野幹雄部長らの研究グループは、大脳皮質の浅層の神経細胞だけが減少することによって引き起こされるという、新しいタイプの小頭症の病態メカニズムを明らかにしました。
小頭症は、新生児の頭部が小さい状態のことで、特に脳の発達不全による場合が多いといわれていますが、いまだに小頭症がどのように引き起こされるのか、その病態メカニズムはよくわかっていません。私たちは、小頭症の原因遺伝子の一つとして知られているAUTS2遺伝子1)の解析から、この問題にアプローチしてきました。
大脳皮質の神経細胞は、皮質の深い部分に位置する神経細胞(深層神経細胞)と浅い部分の神経細胞(浅層神経細胞)に大別されます。深層神経細胞および浅層神経細胞は、それぞれ神経幹細胞および中間神経前駆細胞が細胞分裂することによって生み出されます。私たちは、Auts2遺伝子を破壊したマウス(Auts2欠損マウス)では、中間神経前駆細胞の細胞分裂が抑えられ、結果として浅層神経細胞の数が減少し、小頭症が引き起こされることを見出しました。一方、神経幹細胞や深層神経細胞には異常が認められませんでした。さらなる実験から、AUTS2が細胞核内の特殊なタンパク質を化学修飾することで神経発生に関わる遺伝子の機能を制御すること、また、AUTS2が中間神経前駆細胞の細胞分裂を促進することによって浅層神経細胞の数を増やす機能を持つことを明らかにしました。AUTS2の機能が失われると浅層神経細胞だけが減少することになりますが、このような大脳皮質の浅層だけに限定されるタイプの小頭症は今までに報告されておらず、本研究によって新しい小頭症発症の病態メカニズムを発見したと考えられます。
今回の研究は、これまでの知見とは異なる“小頭症の新しい病態メカニズム”を明らかにしており、小頭症の理解に大きく貢献すると思われます。現在、小頭症への治療法は確立されていませんが、今回の研究で病態への関与が示された幾つかの遺伝子・分子が、小頭症の新たな治療標的となるのではないかと期待されます。
本研究成果は、ロンドン時間2025年1月15日(水) 10時 (日本時間 19時)に、国際科学誌The EMBO Journal(電子版)に掲載されました。
今回の発見の概略図1
(左図) AUTS2が正常に働く場合の脳発達。AUTS2は神経発生に関わる遺伝子(Robo1遺伝子など)の働きを抑えることで、中間神経前駆細胞の分裂を促している。これにより、適切な数の浅層神経細胞が生み出される。またAUTS2は、中間神経前駆細胞の核内でポリコーム複合体2(PRC2)2)と協力して、ヒストンという特殊なタンパク質をメチル化修飾し、神経発生に関わる遺伝子の機能を抑えている。
(右図) AUTS2の機能が失われると、ヒストンタンパク質のメチル化修飾が減少し、神経発生に関わる遺伝子(Robo1遺伝子など)の働きが亢進する。その結果、中間神経前駆細胞の分裂が減少し、浅層神経細胞の数が減少する。この減少により、大脳皮質の厚みが薄くなり、小頭症が引き起こされると考えられる。
研究の背景
小頭症は、新生児の頭部が小さい状態のことで、特に脳の発達不全や神経細胞の減少などによってもたらされることが多いとされています。哺乳類の脳の発生は胎児期に始まりますが、初めのうちは脳室に面した神経幹細胞(ラディアルグリア, RGCとも呼ばれます)が細胞分裂し、大脳皮質の深層の神経細胞(深層神経細胞)を生み出します(図2)。その後、神経幹細胞は神経細胞ではなく中間神経前駆細胞(IPC)を生み出し、その中間神経前駆細胞が一回または複数回分裂することによって、浅層神経細胞を生み出します(図2)。こうした幹細胞・前駆細胞の分裂回数が減少すると、生み出される神経細胞の数も減少し、小頭症の原因となりうると考えられます。しかしながら、これらの神経幹細胞や中間神経前駆細胞の細胞分裂の回数がいかに適切にコントロールされているのかは未解明の部分が多く、それゆえに小頭症の病態メカニズムも全容解明にほど遠い状況でした。
AUTS2遺伝子 (Autism Susceptibility Candidate 2) はヒトの小頭症の原因遺伝子の1つであり、この遺伝子の働きが損なわれると小頭症以外にも、自閉スペクトラム症や知的障がい、ADHD (注意欠如・多動症)、統合失調症、てんかんなどのさまざまな脳神経疾患が併発されます。私たちは、中間神経前駆細胞におけるAUTS2遺伝子の機能を研究することで、新しいタイプの小頭症の病態メカニズムを発見することに成功しました。
図2. 大脳皮質の神経細胞の生み出し機構
研究の内容
1. Auts2欠損マウスでは、中間神経前駆細胞の分裂が減少し、浅層神経細胞が減少する
まず、Auts2遺伝子(ヒトではAUTS2遺伝子、マウスではAuts2遺伝子と表記します)を破壊したAuts2 欠損マウスを作製したところ、大脳皮質の深層には大きな影響がないものの、浅層がかなり薄くなることがわかりました。免疫染色によって深層神経細胞と浅層神経細胞をそれぞれ別の色で標識すると、Auts2欠損マウスでは、深層神経細胞の数は変わらないのに対し、浅層神経細胞の数が減少しており、結果として大脳皮質の厚みが減少することを見出しました(図3)。これまでに、大脳皮質の浅層神経細胞の数だけが減少するタイプの小頭症は報告されておらず、AUTS2遺伝子欠損による小頭症は新しいタイプの小頭症であると考えられます。
図3. Auts2欠損マウスにおける大脳皮質の神経細胞数の変化
(A) 浅層および深層神経細胞の免疫染色画像。CUX1(緑):浅層神経細胞のマーカー、CTIP2(マゼンタ):深層神経細胞のマーカー。(B) 各マウスにおける浅層神経細胞の数。(C) 深層神経細胞の数。
次に、神経細胞を生み出す細胞の数を調べたところ、Auts2欠損マウスでは神経幹細胞(RGC)も中間神経前駆細胞(IPC)もその数には変化が認められませんでした (図4A, B)。しかしながら、それぞれの細胞分裂について調べたところ、Auts2欠損マウスでは、神経幹細胞(RGC)では細胞分裂に影響がなかったのに対して、中間神経前駆細胞(IPC)の細胞分裂がかなり低下していることがわかりました (図4C, D)。このことから、Auts2遺伝子にコードされたAUTS2タンパク質が中間前駆細胞の細胞分裂を促す働きを持つこと、そしてこの機能が失われると中間前駆細胞の細胞分裂が抑制されて浅層神経細胞の数が減少し、小頭症が引き起こされるであろうことが示唆されました。
図4. 神経幹細胞/前駆細胞におけるAUTS2の機能
(A) 神経幹細胞の数。(B) 中間神経前駆細胞の数。(C) 神経幹細胞の分裂の数。(D) 中間神経前駆細胞の分裂の数。
2. AUTS2タンパク質は、Robo1遺伝子の働きを抑えることで、中間型神経前駆細胞の分裂を促す
1の結果から、AUTS2タンパク質には中間型神経前駆細胞の細胞分裂を促す働きがあることがわかりました。では次に、どのようにしてAUTS2タンパク質はその分裂を促すのか、そのメカニズムを調べました。そこで、正常なマウスとAuts2欠損マウスのそれぞれから、FACSと呼ばれる特殊な方法を用いて中間型神経前駆細胞だけを集めてきて、それぞれの細胞内で働いている(正確には”発現する”と表現します)遺伝子を調べました。すると、Auts2欠損マウスでは、脳神経系の発達に関わるさまざまな遺伝子の働き(発現)が上昇していることがわかりました。それらの遺伝子の中で、我々はRobo1遺伝子(と、そこから作られるROBO1タンパク質)に着目しました。実際に、子宮内電気穿孔法という特殊な方法でRobo1遺伝子をマウスの中間前駆細胞で過剰に機能(発現)させると、中間前駆細胞の細胞分裂が抑制されることがわかりました。逆に、Auts2欠損マウスで発現上昇したRobo1遺伝子の働きを、ノックダウンという方法で抑えると、中間前駆細胞の分裂が正常に回復することも認められました。これらのことから、Auts2欠損マウスの中間型神経前駆細胞では、Robo1遺伝子が過剰に働くことで、細胞分裂が抑えられ、結果として浅層の神経細胞が減少し、小頭症が引き起こされる、ということがわかりました。
3. AUTS2タンパク質は、ポリコーム複合体2(PRC2)と協働して、遺伝子の働き(発現)を抑える
次に、AUTS2タンパク質がどのようにして、Robo1などの遺伝子の働き(発現)を抑えるのかについて調べました。遺伝子(DNA)には、数種類のヒストンという特殊なタンパク質が巻きついていてます。遺伝子の働き(発現)は、ヒストンタンパク質のメチル化やアセチル化といった化学修飾によって、調節されていることが知られています。私たちは、そのようなヒストンタンパク質の修飾を調べる様々な実験を行うことで、AUTS2タンパク質がPRC2というタンパク質複合体によって行われています。そして、AUTS2タンパク質が、PRC2という特殊なタンパク質複合体と協働し、特にRobo1などの神経系の発生に関わる遺伝子のヒストンのメチル化(正確にはH3K27トリメチル化)に働き、その遺伝子の働き(発現)を抑制することを見出しました。本研究により、AUTS2によるヒストン・メチル化修飾機構と、それによる遺伝子発現抑制機構が初めて明らかにされました。
今後の展望
本研究から、AUTS2遺伝子の機能が失われると小頭症が引き起こされるのか、その発症メカニズムが明らかとなりました。AUTS2機能欠損では、中間神経前駆細胞の細胞増殖が抑制され、浅層神経細胞の数が減少するために、小頭症が引き起こされます。このようなタイプの小頭症はこれまでに報告されておらず、本研究から新たな小頭症の病態メカニズムが明らかにされました。今後は、ROBO1や、PRC2の構成タンパク質を創薬のターゲットとした研究を推進し、AUTS2の機能欠損による小頭症や知的障害などの新たな治療法の開発に努めていきたいと考えています。
用語解説
1) AUTS2 /Auts2遺伝子
AUTS2遺伝子 (Autism Susceptibility Candidate 2) は様々な神経発達障がいに関連する遺伝子である。もっとも高頻度で見られる症状は、知的障がい (98%) で、ADHD (注意欠陥・多動症) や自閉スペクトラム症がおよそ50%程度の患者さんで見られる。また、それら精神疾患を呈する患者さんの約65%は小頭症を併せ持つことが知られている。AUTS2遺伝子の機能欠損によるこれらの症候を総称してAUTS2症候群と呼ぶ。
2) ポリコーム複合体2 (PRC2)
細胞核内でDNAが巻きつく「ヒストンタンパク質」にメチル化の修飾を入れる酵素タンパク質の複合体。ヒストンH3タンパク質の27番目のリジンアミノ酸に対して、3つのメチル基を修飾する(トリメチル化)。このトリメチル化によって、遺伝子の働き(正確には”発現”)が抑えられる。
3) 神経幹細胞(ラディアルグリア, RGC)、中間神経前駆細胞(IPC)
哺乳類の胎児期の大脳皮質には、神経細胞(正確には興奮性神経細胞)を生み出す二種類の前駆細胞が存在する。一つは脳室に面した場所(脳室帯と呼ばれる)に存在する神経幹細胞(ラディアルグリア, Radial Glial Cell, RGC)で、もう一つはそこから少し内側の脳室下帯に存在する中間神経前駆細胞(Intermediate Progenitor Cell, IPC)である。神経細胞産生期の初期には、神経幹細胞が分裂をして直接に深層神経細胞を生み出す。神経細胞産生期の中期から後期にかけては、神経幹細胞が中間神経前駆細胞を生み出し、中間神経前駆細胞がさらに分裂することで、多くの浅層神経細胞を生み出す。
発表論文
著者:Shimaoka K, Hori K, Miyashita S, Inoue YU, Tabe NKN, Sakamoto A, Hasegawa I, Nishitani K, Yamashiro K, Egusa SF, Tatsumoto S, Go Y, Abe M, Sakimura K, Inoue T, Imamura T, Hoshino M:
タイトル:The microcephaly-associated transcriptional regulator AUTS2 cooperates with Polycomb complex PRC2 to produce upper-layer neurons in mice.
雑誌:The EMBO Journal
DOI: 10.1038/s44318-024-00343-7
URL: https://www.embopress.org/doi/full/10.1038/s44318-024-00343-7
助成金
本研究は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
・日本医療研究開発機構(AMED) (24wm0425005h0004、24ek0109764h0001、24wm0625508h0001)
・日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金 基盤研究(B)(JP22H02730)、若手研究 (JP22K15134)
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星野 幹雄 (ほしの みきお)
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 病態生化学研究部・部長
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