巣内のビデオ動画から餌の場所を自動で推定
2019-05-21 農研機構
ポイント
農研機構は、セイヨウミツバチの尻振り(8の字)ダンス1)を自動解読することにより餌として利用されている花の場所を推定する技術を開発しました。本成果は、これまで手動で行われてきた解読作業を飛躍的に迅速化させ、セイヨウミツバチがどこで蜜や花粉を集めているのかを効率よく把握するのに役立ちます。
概要
蜂蜜生産や施設園芸作物の花粉交配に広く利用されるセイヨウミツバチは、餌となる花の場所を尻振り(8の字)ダンスで巣の仲間に伝えることで有名です。ダンスの継続時間が餌場までの距離、ダンスを踊る向きが太陽との角度を表しますが、このダンス情報を読み取ってミツバチの採餌範囲を把握するには人による観察が必要な上に、判読に長時間を要していました。
そこで本研究は、一般的なビデオカメラを用いて巣箱の中を撮影したビデオ動画から自動でダンスを抽出・解読する手法を開発しました。これにより、野外で飼育されるセイヨウミツバチの採餌範囲を効率よく推定できるようになり、ミツバチの飼育環境を的確に把握できます。この飼育環境に餌源を確保するなどの環境管理を行うことで、花粉交配用ミツバチの増殖や国産蜂蜜の増産に役立ちます。
本成果は、ミツバチ研究の国際誌「Apidologie」に2019年4月にオンライン公開されました。
ダンス中の働きバチ(中央)
この程度の画質の動画を自動解読できます
関連情報
予算:農研機構生物系特定産業技術研究支援センター革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)「北海道における花粉交配用ミツバチの安定生産技術の開発」
問い合わせ先など
研究推進責任者 :農研機構農業環境変動研究センター 所長 渡邊 朋也
研究担当者 :農研機構農業環境変動研究センター 生物多様性研究領域 大久保 悟
農研機構畜産研究部門 家畜育種繁殖研究領域 芳山 三喜雄
広報担当者 :農研機構農業環境変動研究センター 広報プランナー 大浦 典子
詳細情報
開発の社会的背景
セイヨウミツバチは蜂蜜やローヤルゼリーの生産だけではなく、イチゴをはじめとする施設園芸作物などの花粉交配にも広く用いられており、国内外問わず農業生産に重要な役割を果たしています。しかし、蜜源となる植物の栽培面積減少や土地利用・農地管理の変化の影響を受け、その飼育が年々難しくなっています。そのため、養蜂場の周辺に餌源を確保するなど飼育環境の改善が求められています。
研究の経緯
通常、セイヨウミツバチは野外で飼育されるため、採餌などに利用している範囲を把握することが飼育環境の管理に重要です。この採餌範囲を把握するのに、セイヨウミツバチの「尻振り(8の字)ダンス」を利用することができます。
採餌に出かけた働きバチは餌となる有用な花をみつけると、巣に戻ってから尻振りダンスを通じて仲間にその場所を伝えます。ダンスの継続時間が餌場までの距離、ダンスを踊る向きが太陽との角度を表しますが、このダンス情報を数多く読み取ることで、観察した巣箱のミツバチが採餌に利用している範囲を把握できます。
これまでは、ダンスの解読には人による観察が不可欠で、巣内を撮影したビデオ動画を何度も巻き戻しながらダンスしている働きバチをみつけ、ダンスの方向と継続時間を計測する長時間の作業が必要でした。そのため、観察できる時間や巣箱の数に限りがあり、採餌範囲の日変化や季節変化をとらえることは困難でした。既往の試みはいくつかありますが、屋内の実験環境で、1秒間に100フレーム程度撮影できるハイスピードカメラや人工照明を使用する必要があり、実際に養蜂家が使う野外環境への適用は不可能でした。そこで本研究では現場での実用化を重視し、一般的なビデオカメラを用いて野外で巣内を撮影した動画から尻振りダンスを自動で解読する技術を開発しました。
研究の内容・意義
- 尻振りダンスをするミツバチを撮影したビデオ動画を用いて、粒子画像流速測定法(PIV)2)による画像解析から、自動でダンスを抽出・解読する手法を開発しました。
- 開発した手法は、一般的なビデオカメラを用いて撮影したビデオ動画を解読できます。地上波デジタル放送と同程度の、HD解像度(1920×1080ピクセル)、約30フレーム/秒が推奨です(解析手法は図1)。
- 手作業では30分間の動画を解読するのに数日を要していましたが、本プログラムを用いることで、解読作業のほとんどをコンピューターに任せることができ、大幅な効率化が図れます。
- 開発した手法は、様々な養蜂場での採餌範囲の推定に使用できます。動画の撮影には側面(一面のみ)をアクリル板にした巣箱が必要ですが(図2)、この観察巣箱は、通常、養蜂で使われるものを少しアレンジするだけで作成することができ、また観察の時以外は巣箱を通常の形に戻すことができます。
- 開発した手法を用いて採餌場所の密度推定マップ3)を作成し、その精度を手動で読み取ったものと比較したところ、約70%程度の範囲が一致しました(図3)。これは、比較的良好な精度といえます。
- 今回、ほぼ同時刻に数キロメートル離れた3つの巣箱で撮影した30分間の動画を用いた検証では、それぞれの巣箱から利用している餌場の方向や距離を特定することができ、巣箱ごとに利用している餌場が異なっているのがわかりました。
今後の予定・期待
今回開発した技術を用いれば、ミツバチの尻振りダンス解読時間を飛躍的に短縮できます。その結果、採餌範囲の時間、日、季節変化(例えば、季節によってはダンスが非常に少ない=魅力的な餌がないこと)を効率よく解析することが可能になります。採餌場所として主に利用している環境を的確に把握することで、例えば、餌場が遠い、農地の近くが餌場になっている、といった蜂群の育成環境の評価にも利用できるようになります。
こうした情報をもとに、必要な時期に餌源を確保するなどの環境管理を行うことで、 花粉交配用ミツバチの増殖や国産蜂蜜の増産に貢献することができます。
用語の解説
- 尻振り(8の字)ダンス
- ノーベル生理学・医学賞を受賞した動物行動学者カール・フォン・フリッシュが発見したミツバチ特有の情報伝達手段です。花粉や蜜、水源など魅力的な資源のある場所を巣の仲間に伝えるダンスで、お尻(腹部)を左右に激しく振動させながら直進し、右回りでもどって再び直進、つぎは左回りでもどる動きをみせるため、ミツバチの動きを上からみたときにアラビア数字の8を描くことから8の字ダンスとも呼ばれます。鉛直方向と腹部を振動させ直進しているときの頭の向きの角度が巣箱から太陽の方向と魅力的な資源のある場所の角度を表し、直進している時間がその場所までの距離で、ダンス継続1秒間がおよそ1kmにあたります。
【参考】http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005401030_00000&p=box
- 粒子画像流速測定法(PIV)
- 液体や気体の動きを調べるのに、その中に混入させた粒子の動きを、光を照射してカメラ撮影した画像から計測する手法です。移動速度を計測したい画像上の領域を設定し、その中の明るく写る粒子と背景の黒い部分の濃淡から、連続撮影した次の画像上で類似した濃淡の場所を探索することで流体の移動を調べるものです。今回は、ミツバチの体、とくにお尻(腹部)が明るく写るのを粒子に見立ててその動きを計測するのに応用しました。本研究ではPIVの計算に市販のソフトウェアを用いましたが、オープンソースのプログラムもあります。
- 採餌場所の密度推定マップと採餌範囲
- ミツバチの尻振りダンスは混み合った巣板の上で行われることもあり、一つ一つのダンスには多くの誤差が含まれていることが知られています。そこで、本研究では既往研究の成果に従い、一つ一つのダンスから解読された餌場までの角度と距離の推定誤差を考慮して、採餌場所を密度で推定しました。また、この採餌場所密度は巣箱から遠くなるほど低下するため、巣箱からの距離(実際には距離の自乗)で重み付けを行いました。
発表論文
Satoru Okubo, Aoi Nikkeshi, Chisato S Tanaka, Kiyoshi Kimura, Mikio Yoshiyama, Nobuo Morimoto 2019. Forage area estimation in European honeybees (Apis mellifera) by automatic waggle decoding of videos using a generic camcorder in field apiaries. Apidologie. https://doi.org/10.1007/s13592-019-00638-3
参考図
図1 尻振りダンス自動解読の仕組み
ダンスの最中に働きバチはお尻を激しく左右に振動させます。本手法では、このお尻が素早く左右に振れる動きをビデオ画像から解析します。
- 画像変化の速度を画像上に等間隔に配置した格子点上で計算します。一般的な動画質のビデオは1秒間に約30フレームで、ダンスの振動は1秒間に10から16往復のため、ビデオの連続するフレーム間でお尻が右から左、左から右に移動するように現れます(a, b, c)。
- フレーム間で計算した速度ベクトル(速度の大きさと向き)の変化を比較します(d, e)。尻振りダンスでお尻が激しく振動している場合、速度ベクトルの向きが大きく変化することになりますので、この大きな変化を捉えることでダンスと思われる候補を抽出します。
- ダンス候補が一定時間(約0.5秒)以上継続して現れるかを確認し、一連のダンスを特定し、ダンスごとの継続時間とその方向を算出します。
図2 実際の養蜂場における観察用巣箱を用いたビデオ撮影の様子
巣内の様子を観察できるようにするため、側面(一面のみ)をアクリル板にした巣箱を準備し、ビデオカメラをアクリル板に正対するように設置して撮影します。また、この巣箱は入り口をアクリル板側に狭めてあり、採餌から巣に帰った働きバチが必ずアクリル板からみえる巣板面を通過し、ダンスを踊るようにしてあります。撮影の際、アクリル板に光が反射したり直射日光が入って巣内環境を邪魔したりしないよう、覆いをします。
図3 自動および手動解読による採餌範囲推定結果
採餌場所を推定密度で示しました。巣箱(中心の”+”)を中心に20km四方の範囲を250m間隔のセルに分割して密度推定マップを作成しており、紫から青、黄色、赤になるほど採餌場所として利用されている可能性が高くなることを示しています。セル値が全体の50%より大きくなる範囲を採餌範囲として定義し、白い枠線で囲いました。