てんかんの新しい発症機構の解明~繰り返し配列の異常伸長によっててんかんが生じることを発見~

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2018-03-06 東京大学医学部附属病院,国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表者

辻 省次(東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター 分子神経学講座/東京大学大学院医学系研究科 特任教授)
石浦 浩之(東京大学医学部附属病院 神経内科 助教)

発表ポイント
  • 本邦に多く見られる、家族性のてんかんについて、次世代シーケンサーを駆使したゲノム解析によりその原因遺伝子として3遺伝子を発見しました。
  • 発見した3つの遺伝子(SAMD12遺伝子、TNRC6A遺伝子、RAPGEF2遺伝子)は、いずれの場合も、イントロン領域に存在する、TTTCAという繰り返し配列の異常伸長が、発症原因となっていることを解明しました。
  • TTTCA繰り返し配列の異常伸長が共通していることから、この異常伸長が直接てんかん発症の原因になっていると考えられます。神経細胞核内にTTTCA繰り返し配列を有するRNAの凝集体が観察され神経細胞の傷害に関与していると考えられます。
発表概要
  • てんかんの一つのタイプである、良性成人型家族性ミオクローヌスてんかんの新たな発症機構を解明しました。この疾患は、国が定める指定難病の一つである進行性ミオクローヌスてんかんに含まれる疾患です。
  • 51家系100名のご協力をいただき、次世代シーケンサーを駆使した研究によってその原因を突き止めました。
  • タンパク質を作る情報を持たないイントロンと呼ばれる領域(非コード領域)に、元のゲノム上には存在しない、異常に伸長した新規の5塩基繰り返し配列が挿入されていることが原因となっていることを発見しました。このような配列の変化は、これまで、てんかんでは全く知られていなかった現象です。
  • この5塩基の繰り返し配列の異常伸長は、49家系において、SAMD12という遺伝子のイントロン中に生じていることを見出しましたが、2家系では、TNRC6ARAPGEF2という別の遺伝子に存在することを見出しました。繰り返し配列の繰り返し数は、おおよそ440~3,680回の範囲でした。3つの遺伝子に同じ繰り返し配列の異常伸長が認められることは、このような繰り返し配列の異常伸長そのものが重要で、存在する遺伝子の種類に依存しないことを強く示しています。
  • 異常伸長したTTTCAという5塩基の繰り返し配列は、RNAとして転写された後、神経細胞内に集積、凝集して、 RNA fociという凝集体を形成していることを見出しました。TTTCA繰り返し配列から転写されて生じるRNA分子が、てんかんの病態を引き起こすと考えられました。
  • 今までいくつかの疾患でイントロンの繰り返し配列の異常伸長が見いだされてきましたが、てんかんにおいて繰り返し配列を持った異常RNAが病態に関与していることを示した初めての例になります。
  • 非コード領域の繰り返し配列の異常伸長に伴う疾患は、今後さらに拡大していくと思われます。これまでは、抗てんかん薬を用いた、対症的な治療が行われていましたが、発症機構が判明したことから、その機構に直接介入するような、より効果的な治療法の開発研究が今後大きく発展することが期待されます。また、本研究の成果は、進行性ミオクローヌスてんかんはもとより、様々な原因未解明の疾患の研究に幅広く応用され、発症機構の解明研究、さらには,治療法開発研究に結びつくことが期待されます。
  • 本研究は日本医療研究開発機構(AMED)「難治性疾患実用化研究事業(課題名:オミックス解析に基づく希少難治性神経疾患の病態解明)」、「臨床ゲノム情報統合データベース整備事業(課題名:希少・難病分野の臨床ゲノム情報統合データベース整備)」の支援により行われました。
発表内容
(1)背景

良性成人型家族性ミオクローヌスてんかん(benign adult familial myoclonic epilepsy, BAFME)は、日本において、1990年頃に疾患概念が確立された疾患で、厚生労働省が定める指定難病の一つである進行性ミオクローヌスてんかんに含まれる疾患です。症状は、手指のふるえとてんかんです。発症年齢は、多くは20-60歳で、遺伝形式は、常染色体優性遺伝形式です。本疾患の報告は、大部分が国内からなされており、日本に多く見られると考えられています。通常、てんかんの頻度はそれほど高くはなく、抗てんかん薬によって良好にコントロールされます。細かい手のふるえ(振戦様ミオクローヌスとも呼ばれます)については、ほとんど変わらないか、非常に緩徐にではありますが徐々に増悪することがあります。通常、認知機能障害などは出現しないこと、進行はあっても極めて緩徐であることから、良性という名前が付けられています。

この疾患については、日本で、多くの研究者により、精力的な研究が進められてきており、その遺伝子座が第8番染色体長腕にあることが判明していましたが、候補領域の全遺伝子のエクソンの詳細な解析を行っても、原因となる遺伝子変異は見出せておらず、その原因は謎に包まれたままになっていました。

(2)今回の成果
多施設共同研究体制を構築し、国内の広い施設から検体を収集
今回、東京大学及び新潟大学、京都大学、岡山大学、鹿児島大学、国立病院機構西新潟中央病院をはじめとする多施設共同研究(下記)により、51家系の方々よりご協力を頂きました。
SAMD12遺伝子のイントロンにTTTCA・TTTTA繰り返し配列の異常伸長変異を発見しました
連鎖解析という手法で、本疾患の遺伝子座が第8番染色体長腕に存在することを確認した後、さらにこの領域の多型マーカーについて詳しく調べました。その結果、非常に狭い領域で、発症者が共通して、特定の多型パターンの組み合わせを持っていることを発見し、候補領域を約420万塩基対から13万塩基対の範囲に大幅に狭めることに成功しました。

次世代シーケンサーを用いて、ゲノム全域の配列を決定しましたが、候補領域内の遺伝子のエクソン領域(翻訳領域)には、疾患発症の原因となる変異を見出すことができませんでした。次に、イントロン領域に存在する変異を検討したところ、SAMD12遺伝子のイントロン4に、本来TTTTAという5塩基が20回程度短く繰り返す配列が存在する部位において、TTTTA繰り返し配列の異常伸長が認められたのみならず、通常は存在しないTTTCAという5塩基の繰り返し配列が異常伸長している配列が挿入されていることを発見しました。挿入のされ方には2通り見られることがわかり、2通りのリピート構造は、東京大学新領域創成科学研究科と国立遺伝学研究所との共同研究により、1万塩基対以上を解読できる、最先端の1分子シーケンサーを用いた解析で解読することができました。この繰り返し配列の異常伸長変異は、51家系中49家系の発症者の方全てで認められました(図1)。

繰り返し配列の長さは、患者において合計440回~3680回(2,200~18,400塩基)に及び、この長さはてんかんやミオクローヌスの発症年齢と有意に逆相関を認めました(図2)。また、世代を経るとともに、繰り返し配列の長さは長くなる傾向があり、これまでの臨床的観察により認められている表現促進現象と対応することを見いだしました。

健常者においては稀に、TTTTAの繰り返しの伸長配列が見いだされたことから、TTTCA繰り返し配列がイントロンに挿入されることが、本疾患の病態の形成に主要な役割を果たしていると考えました。

別の2つの遺伝子のイントロンにも同様のTTTCA・TTTTA繰り返し配列の異常伸長変異を発見しました
SAMD12遺伝子のリピート伸長変異は、患者の96%で認められる、最も多い変異であることがわかりましたが、残る2家系においては、SAMD12遺伝子に異常を認めませんでした。全ゲノム配列解析のデータからリピート伸長変異を見いだすために東京大学創成科学研究科との共同研究で開発したTRhistプログラムを用いて、繰り返し配列の異常伸長変異の探索を試みました。その結果、1家系ではTNRC6A遺伝子に、もう1家系ではRAPGEF2遺伝子において、それぞれのイントロンに、SAMD12遺伝子に見られたと同様、TTTTA繰り返し配列が異常伸長しているのみならず、内部にTTTCA繰り返し配列が異常伸長して挿入されていることを発見しました。この2疾患をそれぞれ、BAFME6型(BAFME6)、7型(BAFME7)と名付けました(図3)。
RNAを仲介した病態機序の可能性
これまでの研究で、3つの遺伝子のイントロンに、同一のTTTCA繰り返し配列の異常伸長配列が挿入されることで、進行性ミオクローヌスてんかんという疾患がもたらされることが明らかとなりました。挿入部位はイントロンで、タンパク質を作る情報を持った(タンパク質をコードする)領域ではないこと、挿入されている遺伝子は異なっていても同一の繰り返し配列の異常伸長が同一の疾患を引き起こすことから、繰り返し配列そのものが重要で、そこから転写されて生成されるRNA分子が、神経細胞に対して機能障害をもたらすものと考えられました。

これを裏付けるように、SAMD12遺伝子に繰り返し配列の異常伸長を持つ患者では、神経細胞内にTTTCA繰り返し配列がRNAに転写され、神経細胞の核の中でRNA fociという異常凝集体を形成していることを見いだしました(図4)。このことは、RNAによる病態機序を強く支持するものと考えられました。

(3)本研究の意義と今後の展望
てんかんの新規病態機序の解明
  • これまで発症の機構が不明であった本疾患の発症機構が解明できたことから、遺伝子検査により本疾患の診断確定ができるようになり、これまでに経験的に蓄積されてきている、本疾患の臨床的特徴や治療法等に関する正確な情報を患者さんに提供できるようになります。
  • これまでの治療法は、一般的に用いられている抗てんかん薬でありましたが(対症療法)、原因が究明されたことから、より効果的な治療法の開発研究が発展すると期待されます。(病態機序を直接治療する治療薬の開発)
  • てんかんで見出された新しい発症機構であり、他のてんかんの原因究明にも大きく貢献すると期待されます。本研究成果に基づき、国際共同研究を展開中です。
非コード領域の繰り返し配列異常伸長病の疾患スペクトラムの拡大
  • 非コード領域の繰り返し配列の異常伸長変異を探索することは難しいため研究が進んでいない部分もありますが、本研究により、従来考えられてこなかったような多くの疾患についても、繰り返し配列がその原因となっている可能性を示唆するものと考えます。
  • 複数の遺伝子で、同じ繰り返し配列の異常伸長を見いだし、異常の存在する遺伝子によらず、繰り返し配列の異常伸長そのものが疾患発症に直接関与することを見出した初めての報告でもあり、次世代シーケンサーを駆使した研究手法を含めて、今後、さらに数多くの神経疾患で、その原因究明に大きく貢献すると期待されます。
発表雑誌
雑誌名:
Nature Genetics
論文タイトル:
Intronic TTTCA and TTTTA repeat expansions in benign adult myoclonic epilepsy
著者:
東京大学神経内科
石浦浩之、三井 純、松川美穂、柴田頌太、三枝亜希、田中真生、市川弥生子(現杏林大学)、高橋祐二(現国立精神・神経医療研究センター)、伊達英俊、松川敬志、上田順子、中元ふみ子、東原真奈(現東京都健康長寿医療センター)、清水 潤、花島律子(現鳥取大学)、林 俊宏(現帝京大学)、寺尾安生(現杏林大学)、寺田さとみ(現杏林大学)、濱田 雅、代田悠一郎、久保田 暁、後藤 順(現国際医療福祉大学)、辻 省次
東京大学大学院新領域創成科学研究科
土井晃一郎、吉村 淳、曲 薇、市川和樹、百合野秀朗(現金沢大学)、日笠幸一郎(現京都大学)、森下真一、鈴木 穣、菅野純夫
新潟大学脳研究所病理学
豊島靖子、柿田明美、高橋 均
同神経内科
他田正義、小野寺 理、西澤正豊(現新潟医療センター)
国立遺伝学研究所
藤山秋佐夫
岡山大学神経内科
阿部康二
国立病院機構西新潟中央病院神経内科
小池亮子、黒羽泰子
同てんかん科
長谷川直哉
同臨床検査部
笹川睦男(現とよさと病院)
国立病院機構高崎総合医療センター循環器内科
金澤紀雄
京都大学神経内科
近藤孝之、人見健文
同てんかん・運動異常生理学講座
池田昭夫
立川綜合病院神経内科
高野弘基
三之町病院神経内科
斎藤 豊
佐渡総合病院神経内科
三瓶一弘
鹿児島大学精神神経科
中村雅之、佐野 輝
倉敷紀念病院神経内科
安田 雄
自治医科大学さいたま医療センター神経内科
﨑山快夫、大塚美恵子(現国際医療福祉大学)、植木 彰
防衛医科大学校神経内科
海田賢一
福島県立医科大学神経内科
宇川義一
山梨大学神経内科
高 紀信、瀧山嘉久
東京大学大学院総合文化研究科
吉田奈摘、石浦章一(現同志社大学)
九州大学神経内科
山崎 亮
筑波大学神経内科
玉岡 晃
平塚病院
秋山 寛
てんかん病院ベーテル
大槻泰介
DOI番号:
10.1038/s41588-018-0067-2
添付資料

てんかんの新しい発症機構の解明~繰り返し配列の異常伸長によっててんかんが生じることを発見~
図1 SAMD12遺伝子に認められた2種類のリピート伸長変異

SAMD12遺伝子のイントロンにリピート伸長変異が同定された。元々存在する短いTTTTAリピートが伸長するのみならず(青)、新しいTTTCAリピート伸長配列(赤)が挿入されていることが判明した。ロングリードシーケンスを行い、2種類のリピート構造を確認した。expは伸長していることを示す。


図2 SAMD12遺伝子の伸長リピート長と発症年齢
SAMD12遺伝子の伸長リピート長はてんかんの発症年齢と有意に逆相関を認めた。


図3 TNRC6A遺伝子、RAPGEF2遺伝子にも同様のリピート伸長変異を同定した

SAMD12遺伝子にリピート伸長変異を見いださなかった家系においては、TNRC6ARAPGEF2遺伝子のイントロンにリピート伸長変異が同定された。SAMD12遺伝子の変異と同様、短いTTTTAリピートの存在する位置において、TTTTAリピートが伸長しているのみならず、新規のTTTCAリピート伸長配列が挿入されていることが判明した。expは伸長していることを示す。


図4 患者神経細胞で見いだされたRNA foci
患者神経細胞に、赤色で示されるように、TTTCA配列が転写されて生じるUUUCAリピートからなるRNA fociが認められた。

問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ

東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター 分子神経学講座
特任教授 辻 省次(つじ しょうじ)

東京大学医学部附属病院 神経内科
助教 石浦 浩之(いしうら ひろゆき)

AMED事業に関するお問い合わせ

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部 難病研究課
基盤研究事業部 バイオバンク課

広報担当者連絡先

東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター (担当:小岩井、渡部)

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