固形がんに対して極めて治療効果の高い免疫機能調整型次世代キメラ抗原受容体発現T細胞『Prime CAR-T細胞』の開発

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2018-03-06 国立大学法人山口大学,国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T細胞)療法は、がん免疫療法のブレイクスルーの一つとして近年高い注目を集めています。しかしCAR-T細胞療法は血液がんには著明な治療効果を発揮する一方で、がんの多くを占める固形がんに対しては効果が得られていない、という課題が残っています。
  • 山口大学大学院医学系研究科・免疫学講座の玉田耕治教授らの研究グループは、免疫機能をコントロールする能力を付与した次世代CAR-T細胞の開発に取り組んでおり、今回の研究では、IL-7と呼ばれるサイトカインとCCL19と呼ばれるケモカインの両方を同時に産生する能力を有するCAR-T細胞(論文中では「7×19 CAR-T細胞」と記載)を新規に開発しました。
  • 7×19 CAR-T細胞は、IL-7の効果によりT細胞の生存と増殖を促進し、CCL19の効果によりT細胞や樹状細胞のがん局所への集積を刺激することより、従来のCAR-T細胞では効果の得られなかったマウス固形がんモデルに対して強力な治療効果を示しました。また、7×19 CAR-T細胞の治療効果には、投与したCAR-T細胞のみならず、投与を受けた宿主側の免疫細胞も協調して作用していること、がんに対する長期の再発予防効果を誘導できることも明らかになりました。
  • 研究グループは、7×19 CAR-T細胞のように、免疫機能を調整する能力を有する次世代型CAR-T細胞を『Prime CAR-T細胞(Proliferation-inducing and migration-enhancing CAR-T細胞)』と命名し、固形がんに対する革新的CAR-T細胞療法として、山口大学発ベンチャー企業であるノイルイミューン・バイオテック社と協力して開発に取り組んでいます。
  • 本研究成果は、国際学術誌である『Nature Biotechnology』(4月号)に掲載されるのに先立ち、3月6日午前1時(日本時間)にオンライン版にて公開されました。
概要

山口大学大学院医学系研究科・免疫学講座の玉田耕治教授らの研究グループは、固形がんに対して極めて治療効果の高い免疫機能調整型次世代キメラ抗原受容体発現T細胞である『Prime CAR-T細胞』を開発しました。

血液がんに対して著明な治療効果を発揮することで注目を集めているキメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor: CAR)-T細胞療法ですが、これまでのところ、がんの多くを占める固形がんに対しては効果が乏しいとされていました。固形がんに対するCAR-T細胞療法では、腫瘍部分でのCAR-T細胞の集積と増殖が重要だと考えられていますが、現状ではこの問題を解決する技術は確立されておらず、CAR-T細胞療法における最大の課題の一つとなっていました。

研究グループは、免疫機能をコントロールする能力をCAR-T細胞に追加することでこの問題の解決が図れるのではないかという考えに基づいて研究に取り組み、免疫機能調整能力を有する次世代CAR-T細胞である『Prime CAR-T細胞(Proliferation-inducing and migration-enhancing CAR-T細胞)』の開発に取り組んでいます。今回のPrime CAR-T細胞研究では、IL-7と呼ばれるサイトカインとCCL19と呼ばれるケモカインの両方を同時に産生する能力を有するCAR-T細胞を開発しました(論文内では「7×19 CAR-T細胞」と記載しています)。

マウスモデルを用いた研究によって、7×19 CAR-T細胞は腫瘍内部にT細胞や樹状細胞の著しい浸潤を誘導し、投与を受けた宿主側のT細胞と協調して相乗的に極めて強力な抗がん効果を発揮することを証明しました。さらに7×19 CAR-T細胞の投与によって治療を受けたマウスには長期的ながんに対する免疫記憶も形成されており、がんの再発を予防できる可能性があることも明らかにしました。

これらのことから、Prime CAR-T細胞技術は、固形がんに対する画期的ながん治療法になることが期待されます。

背景

がんは我が国における第一位の死亡原因であり、2016年の死亡総数に占める割合は28.5%です。これは全死亡者の約3.5人に1人はがんで死亡したことを意味しています。そのため、がんに対する効果的な治療法・再発予防法の開発が急務となっています。

がん免疫療法の研究開発は、従来の外科療法、化学療法、放射線療法とは異なる第4のがん治療法として進展しています。特に、CARの遺伝子導入によりがんに対する反応性を高めたT細胞を患者さんに投与するCAR-T細胞療法は、極めて有望な新技術として注目されています。現在、欧米や中国を中心に臨床試験が進行しており、白血病やリンパ腫などの血液がんに対して優れた治療効果が報告されています。

しかし、現在のCAR-T細胞療法は完成されたものではなく、さらなる発展のためには克服すべき問題点も指摘されています。特に、固形がんに対しては治療効果が乏しいという点は極めて重要な課題となっています。研究グループは、免疫機能をコントロールする能力をCAR-T細胞に付与することで固形がんに対しても優れた治療効果を発揮できるCAR-T細胞の研究・開発に取り組んでいます。研究グループは、このような免疫機能調整能力を有する次世代CAR-T細胞を『Prime CAR-T細胞』と命名しています。

方法と結果

今回のPrime CAR-T細胞研究では、IL-7と呼ばれるT細胞の生存や増殖を刺激するサイトカインと、CCL19と呼ばれるT細胞や樹状細胞の遊走を刺激するケモカインを利用しました。これらのサイトカインやケモカインはリンパ節においてT細胞や樹状細胞の集積した構造を形成するために重要なタンパク質です。研究グループはこれらの性質に着目し、腫瘍内部においてT細胞や樹状細胞が集積する構造を形成することができれば、固形がんに対するCAR-T細胞療法の効果を高めることが可能であると想定し、CAR-T細胞にIL-7とCCL19を同時に産生する能力を加えました。本研究では、マウスモデルを用いてこのPrime CAR-T細胞(論文中では「7×19 CAR-T細胞」と記載しています)のがん治療効果を検討しました。

いろいろなタイプのがんを皮下接種した後、腫瘤の形成が確認されたマウスにIL-7やCCL19を産生しない従来型CAR-T細胞あるいは7×19 CAR-T細胞を静脈注射によって投与しました。その結果、従来型CAR-T細胞投与群ではがんの増殖を抑えることができなかった一方で、7×19 CAR-T細胞投与群では顕著にがんの増殖が抑制され、ほぼ全てのマウスでがんが完全に排除されて長期生存を達成しました(図1)。また、CAR-T細胞からIL-7とCCL19の両方が産生されなければ強力な抗がん効果が発揮されないことも明らかにしました。7×19 CAR-T細胞投与後、腫瘍内部にどのような細胞が集積しているのかを検討したところ、投与したCAR-T細胞だけではなく、投与を受けた宿主側の樹状細胞やT細胞も集積しており、腫瘍内部に混在して浸潤していることが判明しました(図2)。さらに、7×19 CAR-T細胞療法において宿主側のT細胞を除去する操作をおこなったところ、がん治療効果が減弱することが判明しました。このことから、7×19 CAR-T細胞の投与によって発揮される強力ながん治療効果には、投与したCAR-T細胞だけではなく、投与を受けた宿主側のT細胞も重要であることが示されました。また、7×19 CAR-T細胞治療を受けてがんを排除したマウスに、100日以上経ってから再びがんを接種してもがんは増殖できないことが判明しました。このことから、7×19 CAR-T細胞投与による治療はがんに対する長期の免疫記憶を形成できることが示されました。

以上のことから、7×19 CAR-T細胞の投与により固形がんの内部にT細胞や樹状細胞の著しい浸潤が誘導され、7×19 CAR-T細胞と宿主側のT細胞が協調して強力ながん治療効果が発揮されること、さらにがん細胞に対する長期的な免疫記憶が形成されることでがんの再発を予防できる可能性があることが明らかになりました(図3)。

固形がんに対して極めて治療効果の高い免疫機能調整型次世代キメラ抗原受容体発現T細胞『Prime CAR-T細胞』の開発
図1.固形がんに対する7×19 CAR-T細胞の治療効果

がんを皮下接種した後、腫瘤の形成が確認されたマウスにIL-7やCCL19を産生しない従来型CAR-T細胞あるいは7×19 CAR-T細胞を静脈注射によって投与しました。その結果、従来型CAR-T細胞投与群では大部分のマウスががんで死亡したのに対し、7×19 CAR-T細胞投与群ではほぼ全てのマウスでがんが完全に排除され、長期の生存が認められました。

図2.7x19 CAR-T細胞治療における腫瘍内部への免疫細胞の浸潤
図2.7×19 CAR-T細胞治療における腫瘍内部への免疫細胞の浸潤

7×19 CAR-T細胞を投与したマウスでは、腫瘍の内部に7×19 CAR-T細胞(黄色の細胞)のみならず、投与を受けた宿主側のT細胞(ピンクの細胞)も認められました。青色はがん細胞や免疫細胞の核を示しています。

図3.7x19 CAR-T細胞が固形がんに対して治療効果を発揮するメカニズム
図3.7×19 CAR-T細胞が固形がんに対して治療効果を発揮するメカニズム

7×19 CAR-T細胞の投与により、腫瘍内部に7×19 CAR-T細胞のみならず、投与を受けた宿主側のT細胞や樹状細胞の浸潤が誘導され、固形がんに対する強力ながん治療効果が発揮されます。また、がん細胞に対する長期的な免疫記憶が形成されることでがんの再発予防効果が期待されます。

社会的意義と今後の展開

従来のCAR-T細胞はがん細胞を直接殺す機能ばかりに注目が集まっていました。しかし今回の7×19 CAR-T細胞のようなPrime CAR-T細胞技術は、患者さんの体にもともと備わっている免疫機能をコントロールして協調作用を起こす分子の「デリバリーシステム」としての役割も担っており、これまでのCAR-T細胞の概念を大きく変えるパラダイムシフトと言えます。Prime CAR-T細胞技術は、これまで血液がんにしか有効性が認められなかったCAR-T細胞療法の適応範囲を固形がんにまで拡大させる、画期的ながん治療法につながることが期待されます。

今後、7×19 CAR-T細胞を含むPrime CAR-T細胞技術が実用化されることが期待されます。そのために、研究グループは山口大学発ベンチャーであるノイルイミューン・バイオテック社と協力し、Prime CAR-T細胞のがん患者さんにおける治療効果や安全性を評価するための臨床試験を2年以内に開始できるよう研究開発を進めています。

本研究は、国際学術誌である『Nature Biotechnology』(4月号)に掲載されるのに先立ち、3月6日午前1時(日本時間)にオンライン版にて公開されました。

謝辞

本研究は、国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム(P-DIRECT)、次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)「免疫抑制に対する制御能を有するCAR-T細胞を利用したがん治療法の研究」の支援およびノイルイミューン・バイオテック社との共同研究により実施したものです。

論文情報
タイトル
IL-7 and CCL19 expression in CAR-T cells improves immune cell infiltration and CAR-T cell survival in the tumor
著者名
安達圭志、狩野洋輔、永井智彦、奥山奈美子、佐古田幸美、玉田耕治
雑誌
Nature Biotechnology
DOI
10.1038/nbt.4086
特許情報

出願済(PCT/JP2015/005080、PCT/JP2017/010437、特願2017-196718)

用語解説
キメラ抗原受容体:
がんの細胞表面抗原に特異的な一本鎖抗体とT細胞の活性化に関わる分子のシグナル伝達領域を組み合わせた人工的な抗原受容体です。
T細胞:
リンパ球の一種で、骨髄で産生された後に胸腺という胸腔内に存在する器官での選択を経て分化成熟した免疫細胞です。その細胞表面にはT細胞受容体(T cell receptor, TCR)を発現しており、がんに対する免疫応答において重要な役割を担っている細胞です。
樹状細胞:
周囲に突起を伸ばした形状をしており、体内に侵入してきた病原体やがん細胞の抗原を取り込み、T細胞にその情報を伝えて活性化させる役割を担っています。
サイトカイン:
免疫系の調節、炎症反応の誘発、細胞の増殖や分化の調整などに関係して、病原体感染時の生体防御や生体機能の調節、様々な疾患の発症や抑制などに重要な役割を果たしている生理活性物質です。
IL-7(インターロイキン-7):
サイトカインの一種で、T細胞の生存や増殖に重要な役割を果たしています。様々な組織の間質細胞によって産生されます。
ケモカイン:
特定の血球に作用して、その物質の濃度勾配の方向に細胞を遊走させる生理活性物質です。
CCL19:
ケモカインの一種で、別名 macrophage inflammatory protein 3β(MIP-3β)としても知られており、T細胞や樹状細胞の遊走や集積に重要な役割を果たしています。
問い合わせ先
本件に関するお問い合わせ先

国立大学法人 山口大学大学院医学系研究科・免疫学講座
教授 玉田 耕治

国立大学法人 山口大学総務部総務課広報室
〒753-8511 山口県山口市吉田1677-1

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国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
戦略推進部 がん研究課

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