都市部地域住民における軽度の高血圧性網膜症と循環器病発症リスクとの関連

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2022-01-26 国立循環器病研究センター

国立研究開発法人国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)健診部の小久保喜弘特任部長らは、都市部地域住民を対象とした吹田研究(注1)を用い、軽度の高血圧性網膜症とその後の循環器病発症リスクとの関連について検討しました。本研究成果は、日本動脈硬化学会の専門誌「Journal of Atherosclerosis and Thrombosis」に2022年1月15日に早期公開されました(注2)。

背景
令和元年の人口動態統計によると、高齢者(65歳以上)の人口10万人当たりの死亡率はがんの920.2人に次いで、循環器病の812.3人が第2位を占めています。また、高齢者で介護が必要となった主な原因のうち、循環器病が19.7%と第1位を占めており(注3)、循環器病の予防対策が極めて重要な事であることがわかります。特定健診が開始される前までは健康診査時に全員眼底検査を実施してきており、中等度または高度の高血圧性網膜症はその後の循環器病発症予測になりました。しかし、わが国において眼底検査と循環器病との関係についての論文があまりなく、軽度の高血圧性網膜症に関するエビデンスはまだ乏しい状況でした。

■研究方法と成果
吹田研究の参加者である30~79歳の都市部一般住民のうち、ベースライン調査時に循環器病の既往がある者を除外した7,027人(男性3,261人、女性3,766人)を対象として、循環器病の新規発症を追跡しました。その結果、平均17年の追跡期間中に598人の循環器病の発症を観察しました(脳卒中351人、虚血性心疾患247人)。高血圧性網膜症はKeith-Wagener-Barker分類に基づき、正常(網膜症の所見なし)群と比べて、軽度所見(網膜細動脈に軽度の狭窄や硬化を認める、または網膜細動脈に中程度〜著しい狭窄,中程度の硬化を認める)群の循環器病発症の危険度を計算しました。その結果、正常群と比べて、軽度所見群では循環器病と脳卒中の新規発症がそれぞれ24%、28%増加しましたした(循環器病:調整ハザード比1.24、95%信頼区間1.04~1.49; 脳卒中:調整ハザード比1.28、95%信頼区間1.01~1.62)。眼底細動脈のびまん性狭細と血柱反射群において循環器病の新規発症がそれぞれ24%、33%増加しました(びまん性狭細:調整ハザード比1.24、95%信頼区間1.00~1.54;血柱反射:調整ハザード比1.33、95%信頼区間1.02~1.74)。さらに、正常血圧者(収縮期血圧140mmHg未満かつ拡張期血圧90mmHg未満かつ降圧剤服用履歴なし)においても、軽度の高血圧性網膜症を有する群において、新規脳卒中発症が48%増加しました(調整ハザード比1.48、95%信頼区間1.01~2.18)。

■考察
現在、我が国の特定健診・特定保健指導における眼底検査は、循環器病重症化の進展の評価のため、特定健診の結果に基づき、血圧・血糖の基準に該当した者で実施されます(注4)。しかし、今回の結果は、これまでの欧米と日本の研究と一致し、軽度の高血圧性網膜症と循環器病発症リスクとの関連を示しました。その関連は血圧と糖尿病などの危険因子からも独立していました。
我が国の先行研究では、軽度高血圧性網膜症と循環器病死亡リスクとの関連が示されましたが、今回の研究では、高血圧の有病率の低い都市住民において、眼底検査により循環器病発症を予測できるというエビデンスを初めて示しました。

■今後の展望と課題
本研究は、特定健診・特定保健指導の現場で、中等度または高度の高血圧性網膜症だけではなく、軽度の高血圧性網膜症も循環器病予防に意義がある所見である可能性が示唆されました。眼底細動脈狭細の進展は早期高血圧と仮面性高血圧患者でも報告されており(注5)、今回のエビデンスを踏まえ、特定健診・特定保健指導の眼底検査の必要性を再検討することは今後の課題と考えられます。

■謝辞
本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
・国立研究開発法人国立循環器病研究センター(循環器病委託研究費「20-4-9」)
・研究成果展開事業 共創の場形成支援プログラム: 世界モデルとなる自律成長型人材・技術を育む総合健康産業都市拠点(JPMJPF2018; 分担研究者 小久保喜弘)
・厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)「生涯にわたる循環器疾患の個人リスクおよび集団リスクの評価ツールの開発及び臨床応用のための研究(20FA1002;分担研究者 小久保喜弘)
・明治安田生命・明治安田総合研究所

表1.眼底所見に関する日本の研究の要約

著者(発行年)
研究名
対象者数
(年齢)
追跡期間, 年目的疾患結果
西連地利己ら. (2011)
茨城県健康研究 [1]
87,890人
(40-79 歳)
14.1年間循環器死亡(全脳卒中、脳内出血、脳梗塞と虚血性心疾患)軽度高血圧性網膜症と循環器病死亡との関連を認めた。高血圧者と正常血圧者共に、軽度高血圧性網膜症が循環器病死亡との関連を認めた。

[1] Circulation. 2011; 124: 2502–2511; [2] J Hypertens. 2021

<注釈>
(注1).吹田研究
国循が1989年より実施しているコホート研究(研究対象者の健康状態を長期間追跡し、病気になる要因等を解析する研究手法)で、性年代階層別に無作為に抽出した大阪府吹田市民を対象としています。全国民の約90%は都市部に在住していることを考えると、その研究結果は国民の現状により近い傾向があると考えられています。

(注2). Jiaqi Li, Yoshihiro Kokubo, Ahmed Arafa, et al. Mild hypertensive retinopathy and risk of cardiovascular disease: The Suita Study. J Atheroscler Thromb.  doi.org/10.5551/jat.63317

(注3)令和元年国民生活基礎調査(厚生労働省)

(注4)平成30年度版標準的な健診・保健指導プログラム(厚生労働省)
当該年度の特定健康診査の結果等において、血圧又は血糖が、次の基準に該当した者
血圧: 収縮期 140mmHg 以上または拡張期 90mmHg 以上
血糖:空腹時血糖値 126mg/dL以上、HbA1c(NGSP 値)6.5%以上または随時血糖値126mg/dL 以上。ただし、当該年度の特定健康診査の結果等において、血圧の基準に該当せず、かつ血糖検査の結果の確認ができない場合、前年度の特定健康診査の結果等において、血糖検査の基準に該当する者を含む。

(注5)Triantafyllou A, et al. Divergent retinal vascular abnormalities in normotensive persons and patients with never-treated, masked, white coat hypertension. Am J Hypertens. 2013;26:318-325.

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