APDS患者の効果的な治療法の提供に貢献
2018-04-05 国立大学法人 広島大学,国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
本研究成果のポイント
- 活性化 PI3K-delta症候群(APDS)は、2013年に報告された新しい免疫の病気で、既にわが国で30名以上の患者の存在がわかっています。
- フローサイトメトリー(※1)を用いた、APDS(※2)の迅速診断法の確立に成功しました。
- APDS患者では、血液中のBリンパ球(※3)でAKT(※4)のリン酸化状態が変化していることを発見しました。
- APDS患者では、分子標的薬(PI3K阻害薬など)が有効な場合があるため、迅速かつ正確な診断のニーズが高まっています。今回開発した迅速診断法が、APDS患者の診断に役立つことが期待されます。
概要
本研究で対象とする活性化PI3K-delta症候群(APDS)は先天的な免疫の病気であり、この病気を持つ患者は、気管支炎や肺炎、副鼻腔炎などの感染症を繰り返します。APDS患者では、体内に侵入した病原体を排除するリンパ球の減少や、細菌やウイルスから体を守る抗体の産生障害(IgG低下、IgM増加)があり、そのため、細菌やウイルスに容易に感染すると考えられています。さらにAPDS患者は稀に、全身のリンパ節の腫れがコントロールできず、生命の危険に脅かされることがあります。近年、分子標的治療薬(PI3K阻害薬など)が有効であることが明らかとなり、臨床に利用できる本疾患の迅速かつ正確な診断の重要性が高まっています。一方でAPDSは、別の先天的な免疫の病気[高IgM症候群(HIGM)、分類不能型免疫不全症(CVID)]と症状が類似していることから、APDSの患者がHIGMやCVIDと診断されている可能性や、あるいは、未だAPDSと診断されずに原因不明とされている場合もあります。そのため、APDSの適切な診断法の確立は、本疾患患者を正確かつ早期に同定し、診断するための有用なツールとなり、さらには、効果的な治療法の提供に結びつきます。
この度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援(難治性疾患実用化研究事業、課題名「原発性免疫不全症の診断困難例に対する新規責任遺伝子の同定と病態解析」)を受け、小林正夫(広島大学大学院医歯薬保健学研究科小児科学教授)、岡田賢(同講師)、浅野孝基(同大学院生)らの研究グループは、東京医科歯科大学、防衛医科大学、岡山大学、長崎大学、金沢大学、かずさDNA研究所との共同研究で、APDS患者の迅速診断法の開発に成功しました。本研究で我々は、APDS患者では血液中のBリンパ球でAKTのリン酸化が変化していることを発見しました。この発見に基づき、フローサイトメトリーという機器を用いてBリンパ球におけるAKTのリン酸化状態を解析することで、APDS患者を迅速に診断する方法を世界で初めて確立しました。
本研究成果は、4月5日(木)13時(日本時間)、「Frontiers in immunology」で公開される予定です。
論文発表
- 論文タイトル:Enhanced AKT phosphorylation of circulating B cells in patients with activated PI3Kδ syndorome.
- 共著者:Takaki Asano, Satoshi Okada*, Miyuki Tsumura, Tzu-Wen Yeh, Kanako Mitsui-Sekinaka, Yuki Tsujita, Youjiro Ichinose, Akira Shimada, Kunio Hashimoto, Taizo Wada, Kohsuke Imai, Osamu Ohara, Tomohiro Morio, Shigeaki Nonoyama, Masao Kobayashi
- *Corresponding Author(責任著者)
背景
活性化PI3K-delta症候群 (APDS)は先天的な免疫の病気で、この病気を持つ患者は、気管支炎や肺炎、副鼻腔炎などの感染症を繰り返します。APDS患者では、体内に侵入した病原体を排除するリンパ球の減少や、細菌やウイルスから体を守る抗体の産生障害(IgG低下、IgM増加)があり、そのため、細菌やウイルスに容易に感染すると考えられています。APDSは先天的な遺伝子異常により、細胞の分化、増殖などに重要な役割を果たすPI3キナーゼ(PI3K)の機能が過剰になることで発症します。APDSは2013年に報告された新しい免疫の病気ですが、既に30症例以上の患者がわが国で同定されています。そのためAPDSは稀少な疾患であるものの、先天的な免疫の病気の中では比較的頻度が高い疾患であると考えられます。APDS患者は稀に、全身のリンパ節の腫れがコントロールできず、生命の危険に脅かされることがあります。近年、それらの患者に分子標的治療薬(PI3K阻害薬など)が有効であることが明らかとなり、本疾患の迅速かつ正確な診断の重要性が高まっています。
一方でAPDSは、別の先天的な免疫の病気[高IgM症候群(HIGM)、分類不能型免疫不全症(CVID)]と症状が類似していることから、本来APDSと診断されるべき患者がHIGMやCVIDと診断されている場合や、あるいは、未だAPDSと診断されずに原因不明とされている場合が危惧されており、その診断は容易ではありません。そのため、APDS患者に対する適切な診断法の確立は、本疾患患者を正確に同定し、診断するための有用なツールとなり、さらには、効果的な治療法の提供に結びつくことが期待されます。
こういった背景を踏まえて我々は、APDS患者の適切な診断を目的として、フローサイトメトリーを用いてAPDS患者細胞に特徴的な所見を利用した迅速診断法の確立を試みました。迅速診断法を確立することで、APDS患者の診断を容易にし、適切な診断に基づく治療方針決定に貢献することを最終的な目的としました。
研究成果の内容
PI3Kは、下流に存在するAKTのリン酸化状態をコントロールすることで、細胞の分化、増殖を制御しています。APDS患者では、PI3Kが過剰に活性化していることが知られていたことから、我々はAKTのリン酸化状態に着目して研究を行いました。フローサイトメトリーを用いて、血液中のリンパ球におけるAKTのリン酸化を解析したところ、APDS患者のBリンパ球ではAKTのリン酸化が著明に亢進している(AKTが過剰にリン酸化されている)ことが明らかとなりました。他方で、免疫能が正常な健常者や、APDS と鑑別が必要な HIGM、CVID の患者では、Bリンパ球におけるAKTのリン酸化の変化は認められず、この現象はAPDS患者でのみ認める特徴的な所見と考えました。APDS患者で認めたBリンパ球におけるAKTのリン酸化の亢進は、PI3K阻害薬で処理すると正常化することも判明しました(図1)。
次に、このBリンパ球におけるAKTのリン酸化の程度を、MFI(Mean Fluorescence Intensity)(※5)という指標を用いて数値化を試みました。具体的には、PI3K阻害薬の処理の前後でMFI値を測定し、両者の差(ΔMFI)を算出することで、AKTのリン酸化の亢進の程度を数値化しました。その結果、APDS患者群において有意にAKTのリン酸化が亢進していることが確かめられました(図2)。これらの一連の結果から、我々は血液中のBリンパ球に着目してAKTのリン酸化状態をフローサイトメトリーで数値化し比較検討することで、APDS患者の迅速診断が可能であることを明らかとしました(図3)。
今後の展開
本研究で我々のグループは、フローサイトメトリーを用いた、APDS患者の迅速診断法を開発しました。本法を用いることで、過去に未診断であったAPDS患者を迅速に診断し、適切な診断に基づく治療方針決定に貢献できると考えています。
用語解説
- ※1 フローサイトメトリー:
- 細胞を懸濁させた液体を細胞が一列になるように流れる状態にし、1個1個の細胞にレーザー光を照射して分析することで、細胞の情報を測定する方法。
- ※2 Activated PI3Kδ syndrome(APDS):
- 反復呼吸感染、リンパ球減少、抗体産生障害(IgM増加、IgG低下)、EBウイルス・サイトメガロウイルスに対する易感染性を特徴とする先天的な免疫の病気。
- ※3 Bリンパ球:
- 抗体産生を行い、免疫応答に関わるリンパ球。骨髄で産生される。
- ※4 AKT:
- 細胞の分化、増殖などに重要な役割を果たすPI3K経路の中心的役割を果たす分子でセリン/スレオニンキナーゼと呼ばれるタンパク質のグループに属する。刺激によりAKTタンパク質にリン酸が付与されることでAKTタンパク質が活性化し、様々なタンパク質との相互作用が導かれ、その結果、細胞の機能が変化する。AKTはPI3K経路の中心的役割を果たすため、その異常は細胞が元来有する機能を変化させる場合がある。
- ※5 MFI(Mean Fluorescence Intensity):
- フローサイトメトリーの結果を評価する際に用いる、細胞1個あたりの蛍光強度。
参考図
図1:Bリンパ球における細胞内AKTのリン酸化解析
赤実線: PI3K阻害薬処理前、黒点線:PI3K阻害薬処理後
APDS患者では、定常状態で細胞内AKTのリン酸化の亢進を認める。
図2:ΔMFIによるAKTのリン酸化状態の比較
APDS患者群において、健常者、CVID/HIGM患者群と比較して有意にΔMFI値が高値を示した。
図3:フローサイトメトリーを用いたAPDS迅速診断フローチャート
お問い合わせ先
広島大学大学院医歯薬保健学研究科医学講座 小児科学研究室
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