2020-09-09 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター,東京医科大学
- 糖尿病、健康寿命延伸に必要なインスリン分泌促進物質であるアルギニンの新しい作用機構を明らかにした。
- アルギニンは主なインスリン分泌制御因子であるグルコキナーゼに結合することにより、グルコキナーゼの分解を阻害し、さらにはグルコース6リン酸の合成を活性化することによりインスリンの分泌を促進する。
概要
国立長寿医療研究センター老化制御研究部 今井剛部長(東京医科大学・客員教授)、東京医科大学ケミカルバイオロジー講座 半田宏特任教授、岐阜大学、東京大学、アイオワ大学らの研究グループは強力なインスリン分泌促進物質であるアルギニンの新しい作用機構を解明した。
準必須アミノ酸の一つであるアルギニンは強力なインスリン分泌促進を有するが、その作用機序は長い間明らかになっていなかった。しかし本年5月にわれわれは小胞体におけるアルギニンの作用機序を明らかにした。今回、小胞体とは異なる第2のアルギニンのターゲットを同定した。それはグルコキナーゼである。グルコキナーゼはもっとも重要な糖(グルコース)によるインスリン分泌制御因子で、複数の遺伝子変異により若年性糖尿病(Maturity-onset diabetes of the young type 2=MODY2)を誘発する。本研究の成果により、若年性糖尿病(MODY2)治療・健康寿命延伸法の開発が期待される。
この成果は9月8日18時(日本時間)、米科学誌「コミュニケーションズバイオロジー(Communications Biology)」に掲載された。
背景
現代の国民病とも言われる糖尿病はその予備軍も含めると1千万人を超えるとも言われ、その平均寿命は男女ともに約10年短い。すなわち、糖代謝を改善すると10年程度健康寿命が伸びる可能性がある。糖代謝を制御するもっとも重要なホルモンはインスリンであり、欧米人に比べて日本人はインスリン分泌能が著しく低い民族の一つである。そのため、日本人の健康寿命延伸のためにはインスリン分泌促進機構の解明を行うことが必要である。
強力なインスリン分泌促進物質であるアルギニンの作用機序は長い間明らかになっていなかったが、われわれは本年5月に小胞体におけるアルギニンの作用機構を明らかにした(趙ら)。今回、新たに分泌小胞におけるアルギニンの作用機構も解明し、それがグルコキナーゼを介することを示した。グルコキナーゼ遺伝子は若年性糖尿病(MODY2)の原因遺伝子の一つであり、その根本治療法は存在していない。今回の結果から、グルコキナーゼとアルギニンの相互作用に関る部位の変異が、若年性糖尿病を引き起こすことがわかった。
結果・知見
アルギニンはグルコキナーゼに結合すると(図1)、キナーゼ活性の亢進およびグルコキナーゼの寿命延長という2つの働きをし、インスリン分泌を促進することを示した(図2)。
まず、グルコキナーゼのアルギニンと結合する部位を同定したところ、図1のように3つのグルタミン酸残基(E256とE442とE443)を含むことがわかった。いずれも変異すると若年性糖尿病になる。その変異による若年性糖尿病患者にアルギニンを投与し、インスリン分泌を測定したところ、インスリン分泌が健常人と比べて低下していた。これは、アルギニンがグルコキナーゼに結合できないと、インスリン分泌不全により若年性糖尿病になる可能性を示唆する。
図1 グルコキナーゼに結合するアルギニンの立体構造
グルコキナーゼ(紫リボン)はアルギニン(黒)と親和性を有している。
特に、3つのグルタミン酸残基(E256とE442とE443、赤字)が
アルギニンとの相互作用に重要である。
次に、アルギニンがグルコキナーゼの量的変化を制御することを明らかにした。アルギニンが少ないと(いわゆる絶食状態)、アルギニンはE3ユビキチンリガーゼであるセレブロンと結合し、グルコキナーゼは分解される。しかしアルギニンが高くなると(食直後)、グルコキナーゼはセレブロンと乖離し、糖(グルコース、Glc)をリン酸化し、グルコース6リン酸(G6P)へ変換し、その結果、インスリン分泌促進が誘導される。
図2 アルギニンによるグルコキナーゼを介したインスリン分泌促進機構
今後の展開
アルギニンによるグルコキナーゼを介した新たなインスリン分泌機構が理解されたために、主に2つの新規治療法の開発が見込まれる。
- 現在治療法の存在しない若年性糖尿病の根本治療法の開発
- インスリン分泌促進につながる新規糖尿病治療薬の開発
論文情報
- 掲載誌
Communications Biology - タイトル
L-Arginine prevents cereblon-mediated ubiquitination of glucokinase and stimulates glucose-6-phosphate production in pancreatic β-cells - 著者
Jaeyong Cho, Yukio Horikawa, Mayumi Enya, Jun Takeda, Yoichi Imai, Yumi Imai, Hiroshi Handa, and Takeshi Imai*
- 掲載誌
Biochem Biophys Res Commun 527(3):668-675, 2020 - タイトル
UGGT1 retains proinsulin in the endoplasmic reticulum in an arginine dependent manner - 著者
Jaeyong Cho, Masaki Hiramoto, Yuka Masaike, Satoshi Sakamoto, Yumi Imai, Yoichi Imai, Hiroshi Handa, Takeshi Imai*
問い合わせ先
研究に関すること
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター 老化制御研究部 部長 今井剛
東京医科大学 ケミカルバイオロジー講座 特任教授 半田宏
報道に関すること
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター 総務係長 里村亮
東京医科大学 総務部 広報・社会連携推進課